128:王城突入
「なぁ王子。お前の連れてきた助っ人達……とんでもないな」
「余も彼らが味方で良かったと思っておるよ。もし彼らが居なければ、未だに王都侵攻は成っていない」
「だろうなぁ。巡り会わせが良かったと言うべきか」
ジーク達の眼前で繰り広げられているのは、もはや侵攻というよりも蹂躙だった。
竜一による異世界の近代兵器で次々と戦列が崩されていき、崩れた者達は死者の王によってゾンビとなり手駒と化す。
そして、その手駒は意思を残したまま操られ、その身で味方を喰らうという地獄を味わう事になる。
「我らの革命が正義だ――などとは言わぬが、この光景が悪夢じみているのは間違いないですな」
「はっ、出奔した時点で既に正道など捨てておるわ。腐りきったものを根こそぎ排除する事に今更手段は選ばぬ」
「いやいや、奴らの主張に合わせるなら俺達も充分に正義だぞ?」
竜一がジーク達の前に陣取り、次々蘇っていくゾンビ諸共に生存者を討ち貫いていく。
ゾンビは撃たれて倒れるもののすぐに起き上がり、今死んだ者達を合わせてさらに数を増やして生存者に襲い掛かる。
「奴らは力によって平民を虐げ、正義を語っていた。力で正義を語るなら、より圧倒的な力を持つ俺達こそが真の正義って事になる」
これは、竜一達による平民達に代わっての意趣返しだった。ようするにお前らも一度蹂躙されてみろという事である。
蹂躙しつつ正義を語る貴族達が、蹂躙されながら正義を語られたらどういう気持ちになるのかを知れとでも言わんばかりだ。
「……恐ろしい事を考えるな、お主」
貴族達を根こそぎ排除する事を決めたジークでさえ、竜一の考えにはゾッとするものを感じた。
(この男、若そうな身の上で一体どんな人生を歩んでおるのだ……。異邦人の世界とは、それほどまでに過酷とでも?)
異邦人だという事は先程聞いていても、竜一が実際は三十年以上生きているという事をジークは知らない。
しかも、その人生の多くを戦地に滞在しており、常に死と隣り合わせで生きてきたという事も。
(この者の目は平穏の中に居た者の目ではない。冒険者――いや、最前線を共に戦ってきた同胞達と同じ、戦地に生きる者のそれだ)
経験豊富なヴェッテは竜一の目から何となくバックボーンを感じ取る。過去に同じ目を見た事があった。
戦地で生きてきた男の目。竜一は兵士では無かったが、死と隣り合わせの極限状況に対する慣れはベテランの域にある。
(スピオンの時もそうだった。最悪を想定した上で考える……言うは簡単だが、普通はどうしても希望的観測が入ってしまうもの。おそらくは――)
「師匠! 考え込んでいる場合じゃねぇって! 指揮官が逃げ腰になってるから俺っちが行くぜ!」
竜一について考えている所へステレットが割って入ってくる。彼の言葉を受けて前方に目をやると、確かに指揮官が一歩二歩と背後に下がり始めている。
「行くとは言うが、この乱戦の中どうやって……」
「こうやってだよっ!」
言うや否や、ステレットは指揮官に向けて勢い良く一本の短剣を放り投げた!
◆
い、一体何がどうなっておるというのだ!?
上からは「敵は十人足らず。全てを以って蹂躙せよ」と言われたから楽に構えていたというのに、蓋を開けてみれば地獄ではないか!
なんなんだあの男は!? 罠だとハッタリをかましたと思ったら本当に爆発するし、凄まじい武器まで取り出してるし……。
極めつけは仲間らしきアンデッドだ! 男が殺した騎士共を次々とゾンビ化させて手駒にしている。あれはまるで伝説の死者の王・リッチでは――
「ひぃっ!?」
直後、物凄い勢いで何かが飛んできたので、驚いた吾輩は思わず転んでしまった……が、回避は出来たぞ。
避けた先の背後で門が爆発し、衝撃が背中を揺するが仕方ない。さすがに吾輩の命には代えられん。
「おっと、逃がさねーよ」
背後から喉元へと突き付けられる刃。い、いつの間に!?
まさかさっきモノが飛んできた一瞬のうちに瞬間移動したとでも……?
「ひぃっ! ゆ、許してくれぇ! ゆるし――」
◆
「それで許される事かっつーの」
指揮官が何かを言い切る前に、ステレットはその首をサクッと刎ねていた。
当然の話であるが、貴族がこれまでに行ってきた所業の数々は、とても「許してください」で許せるものではない。
基本的に言動のノリが軽い印象のステレットも、さすがにその辺の判断に関してはシビアであった。
「おーい。指揮官は討ち取ったぞー。どうする? まだ続けるのかー?」
首を掲げまだ生き残っている騎士達にそう告げると、ほぼ全ての騎士達が首を横に振るが、そんなリアクションをする間にもゾンビが次々と仲間を喰らっていく。
竜一はもう充分と判断したのか既に攻撃を止めているが、ゾンビ達は止まる気配がない。と言うのも、王が停止を命令していないからなのだが……。
『若干数の生き残りを仲間外れにするのも可哀想であろう? 皆一緒にゾンビとなれば寂しくなかろうと思ってな』
騎士達は「理不尽だ!」と思ったが、言葉にした所で止まらないのは分かっているので、死に物狂いでかつて仲間だった者達を斬っては倒していく。
しかし不死の軍団は斬って倒した所ですぐに起き上がる。切断しても部位単位で動いてくる。騎士達は数に押されて囲まれ、また一人また一人と食われた挙句ゾンビになっていく。
「ま、そういう事らしいな。残念ながら、お前らは付く相手を間違えたって事だ。恨むんなら見る目の無かった自分自身を恨むんだな」
ステレットは指揮官の首を電撃で爆破すると共に、無情にも騎士達に末路を突きつけた――。
・・・・・
それからそう時間を置かずして騎士団の全ては根こそぎゾンビへと置き換えられた。
死者の王の命令によりきちんと隊列を組み、主が言葉を発するのを待っている光景はただただ異様だ。
竜一達は先程まで指揮官が立っていた門の前に陣取ってゾンビ軍団を見下ろす形になっていた。
『我が忠実なるしもべ達よ! この城を取り囲み、誰一人として逃がすでないぞ!』
『『『『『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!』』』』』
ビシィッ! と敬礼するゾンビ達。同時に響く耳障りな怨嗟の声に思わず顔を歪めて耳を塞いでしまう一同だが、これは彼らにとっての雄叫びだった。
人間であれば勇猛で勇ましい声が響く場面なのだが、ゾンビと化してしまった影響で、死の魔力を宿す有害な音波を放つようになっていた。
「一体だとただ不愉快に感じる程度の声が、ここまで集まるともはや兵器だな……」
「す、すいません! すぐに緩和の障壁を展開しますね!」
エレナが障壁を展開すると、彼らの耳に聞こえる怨嗟の声が遮断され、同時に不愉快感も軽減されていく。
人が絶対的に忌避する死の力と魔の力は、大なり小なりそれを浴びた者に何らかの影響を及ぼす。
『済まぬな。我とした事が主らに気を回し損ねるとは……』
ゾンビ達は左右に分散し、城を取り囲むべく定められた位置に向けてゆっくりと歩いていく。
足が欠損しているゾンビ達は腕の力で這っていこうとしたが、近くに居た別のゾンビが抱えて運んでいった。
「私はいったい何を見ているのでしょうか……。違う意味で頭が痛くなりそうです」
頭を抱えるレミア。エリーティにおいて王のゾンビ支配を見てはいても、まだ統率されたゾンビ集団には慣れられそうに無かった。
『これで外は大丈夫であろう。中に居る不届き者共は誰一人として逃がさぬ』
「けどさ、それだと城に捕らわれている女の子――いや、人々も逃げ出せなくなっちまわないか?」
王城に居るのは、必ずしも悪しき貴族や王族ばかりではない。自分達の世話のために残している使用人達や、さらってきた人間も混じっている。
この混乱に乗じて逃げ出す可能性を考えると、城を出た所でゾンビ達に襲われて喰われてしまうのはあまりにも不憫であろう。
『安心せよ。ゾンビは聖性を嫌う。真に心清らかな者であれば、存在そのものが聖性を持つ。一切の非無き者は襲われる事なく逃げ出せるであろう』
王の言葉に安心するステレットであったが、後々に彼は思い知る事となる。
人間はそんなに綺麗な生き物ではない。いくら被害者側の立場と言えど加害者に悪意を抱かずにいられる者は極めて少ない。
『(さて、本当の意味で逃げ出せる人間が一体どれだけいるのやら……)』




