118:嵐が去った後
一同は王都の上空に曇天が広がっていく光景を見ていた。
まるで誰かが魔術で呼び寄せたかのように唐突に現れたそれは、直下に滝のような激しい雨を落とし始める。
その様はまるでゲリラ豪雨。超巨大な水柱が王都を丸々包み隠しているかの如き圧巻の光景だった。
「さぁ、御覧なさい。悪しき者に下る天罰を。主は、きちんと見ておられるのです」
王都のみを狙う雨。エレナが言葉を添えた事により、一同の表情は恐れから喜悦へと変わっていく。
元々悪しき貴族を討伐すべくレジスタンスに参加した者達だ。貴族への天罰と聞いて喜ばないはずがなかった。
しかし、雲が徐々に拡大し、自分達の下にまで雨風が迫ってくると、皆が顔色を変え始めた。
(あら……? せっかく士気を立て直したのに、これでは……)
エレナ自身、この暴風雨が一体何なのかはよくわかっていない。しかし、王都に起きた出来事という事で利用した。
だが、それがこちらにまで迫ってきてしまうと『悪しき者への天罰』論が通用しなくなってくる。
このままではレジスタンス達がまた取り乱してしまう……と感じ始めたところで、唐突に雨雲が消失する。
「ご、御覧なさい! 嵐は我らの許へ迫る前に止まりました! やはり、裁かれるのは悪しき者達のみという事なのです!」
再び一同の士気を上げるエレナ。と、同時――目線はリチェルカーレの方へと向ける。
「さぁ、今のが盛大な合図だ! 今頃王都は大混乱の真っ只中……このタイミングで乗り込むよ!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
エレナからの目線でバトンを受け継いだリチェルカーレが、士気が高まった一同を更に煽る。
まるでカーレースの如く一斉に空飛ぶじゅうたんが飛び出していく。彼らのテンションがそのまま飛ぶ速度に繋がっていた。
「あんな勢いで突撃して……皆さん、ぶつかったりしないでしょうか」
「ふむ。ちゃんと道なりに進んでいけば何の障害物も無い道だから大丈夫とは思うのだが……」
「おいおい、呑気にしている場合じゃないよ。先に行かせてしまったけど、彼らで門を突破出来るのかい?」
残った一同が「あっ」と口を揃える。彼らはあくまでも一般的な戦力に過ぎない。
守りが一際強固な門を突破するとなると、やはり一騎当千の強大な戦力が必要になってくる。
「では、私が彼らを抜き去り、そのまま門を打ち破りましょう」
素早く軽装鎧からシルヴァリアスに換装し、銀に染まった髪を風になびかせるレミアが皆の前に立つ。。
「おや。君はじゅうたん要らないのかい?」
「下手に慣れない道具を使うより、信頼するシルヴァリアスの力を借りた方が間違いなく早く行けますから」
『ふふん、当然よ! この私が本気を出せば音だって置き去りにしちゃうんだから!』
何処の馬の骨かわからないアイテムよりも自分を頼ってくれた事が嬉しくて、シルヴァリアスもご機嫌だ。
全身から銀色に染まった闘気を放出し、瞬時にして超速に達したレミアが視界から消える。
そして、ほとんど間を置かずして遠方から盛大な爆発音と、瓦礫が崩壊するような音が響いてきた。
「もう着いたんですか!?」
「「……」」
一瞬の早業に仰天するエレナと、目を点にしているジークとヴェッテ。
自分達と模擬戦をした時とは比べ物にならないレミアのスピードを目の当たりにし、まともに言葉が出せなかった。
「ほらほら、ボサッとしていないでさっさと行った。これはキミ達の革命だろう? リーダー達が行かないでどうするんだい」
「あ。む、そうだな……。よし、行くぞヴェッテよ!」
「り、了解いたしました。今こそ我らの決戦の時……行きますぞ!」
二人はそれぞれじゅうたんに飛び乗り、先んじた者達に追いつくべく速度を上げつつ丘の向こうへと消えていった。
「みんなを煽るだけ煽っておいて当人がぼさっとしていてどうするんだい。キミも早く後を追ってサポートしてあげないと」
「そ、そうですね……。でも、リチェルカーレ様はどうなさるのです?」
「アタシは空間転移して一瞬で追いつけるから問題ないよ。ちょっとばかりやる事が残ってるから、先に行っていてくれないかな」
行った行ったとばかりに手を振ってエレナを先に行かせるリチェルカーレ。
そして、一人この場に残ったリチェルカーレに何かを感じつつも、一行を追って王都へ向かうエレナ。
「やれやれだ。あの子は勘が鋭いから困るね。立場上仕方がない事ではあるんだけど……。さて、そろそろいいかな?」
『……すまないな。手間をかける』
リチェルカーレが一見すると何もないような場所に目を向けると、その場の空間が歪んで人影が姿を現した。
全身を包む黒タイツのような姿と、顔を隠す道化師面……。ホイヘル戦の時にも姿を見せた存在だった。
・・・・・
――王都デルプニスの門兵は、当時をこう語る。
あれはいつでしたか、唐突な地震と嵐が発生して王都が大混乱に陥ったんですよ。
幾人かの方々が「ここに居ては危険だから外に出たい」と仰ったんですが、私達はそれを断りました。
と言うのも、厳重に守られた王都と異なり、外は野生生物やモンスターが徘徊していて危険です。
貴族の方々の言葉とは言え、本当の意味での安全は王都の中にこそあると説得し、後を警備兵に任せて帰って頂きました。
それから少しして、災害も収まり安堵できると思った所で、何やら丘の向こうから雄叫びが響いてきました。
私はそれが気になり、同僚達に門を任せ、その場を少し離れたのですが……まさにその直後でした。
背後。先程まで私が居た門のあった場所が盛大に爆発し、轟音と共に崩壊していく光景が目に飛び込んできました。
倒れ伏す同僚達。周りの城壁諸共、完膚なきまでに砕かれた門……。堅牢を誇っていたそれが、一瞬ですよ。
その只中に、全身を銀色で固め、同じ色の凄まじいオーラを発する美しい女性剣士が立っていました。
いやぁ、立場としては王都に攻めてきた敵なんですけどね。それを忘れてしまうくらい見入っちゃいましたよ。
戦女神というものが存在するのであれば、それはあぁいう存在を言うのだろうな、と。
……門兵は、話をそう締めた。
ちなみに、この場で助かったのは彼のみだそうだ。
門が破壊された直後、怒涛の勢いでレジスタンス達が攻め込んできたが、隅で腰を抜かしていた彼には目もくれなかったそうだ。
これが、後にダーテ王国の革命へと繋がる一大決戦の始まりになるとは当時の彼は思いもしなかったという。




