112:この分野は異世界の方が進んでいる
芋虫達の上を通り抜けるようにして飛んでいき、そのまま最奥の扉をすり抜けた俺は絶句した。
そこに広がっていたのは、SF作品などでよく見る円筒形の水槽が多々並んだ巨大な実験室だった……。
白衣の者達が書類を手に水槽の間を行き来しつつ、水槽の中に浮かぶ何かに目をやっている。
(さっき見た芋虫に、何やら形が崩れた動物みたいな……明らかに人型のやつも居るな。間違いない、ここは魔族――いや、魔物の製造プラントだ)
エリーティでは人間に血を与える事で魔物に変貌させるという単純な手段をとっていた。
その後も特に管理するでもなく、荒野の廃村にそのまま放置して様子を見ていただけという感じだったが、この国は違う。
過程における一から十までの全てを管理している。おそらくは変貌のメカニズムなどの解析も行っているだろう。
徹底的に魔物化を研究して実用化にこぎつけようという意志を感じる。どうやら、ダーテを支配する者はなかなかのやり手のようだ。
この時点で、既にエリーティとの大きな差が出ているな。国造りゲームとやら、対決していたらホイヘルが負けていただろうな。
(さて、もう少し内部を見て回ったら暴れるかな……っと)
◆
宮殿の『禁忌の領域』とは、人間や動物を魔族化させる件について研究するための施設だった。
竜一の世界における科学技術の代わりに魔術が用いられている以外は、SFなどで良くみられる生物研究とほぼ変わりがない。
対象となる生物を水槽に入れ、チューブで魔族の血液を少しずつ注入して、変化していく過程を細かくチェックする。
時には加減を誤って暴走させてしまったり、変化に歯止めが利かず崩壊してしまったりと、少なからず失敗も見受けられた。
しかし、それは数で補われていた。動物はもちろんの事、人間なら平民を捕獲してくればいくらでも調達できる。
「ふーむ。やはり元々の能力が高い動物の方が、魔族化させた際の戦力としては期待が出来そうですな」
「いやいや、人間も捨てたものではないですぞ。惰弱な個体と強力な個体の振れ幅は大きいですが、強力な個体は時にとてつもない化け物が生まれる時もあります」
「残念ながらギャンブル性が高いのは当てになりませんな。確実に安定した戦力を生み出せなければ新たなダーテ王国の軍勢は作れませんぞ」
研究者達が会話しながら目の前の水槽の中に居る人間に魔族の血を注入する。人間は、全身をビクビクと震わせながら全身の筋肉が隆起していく。
そして、全身の肥大化と共に肌が色黒く変化していき、手足の爪も伸び、人型を保ったまま巨大化したような姿の魔族が出来上がる。
「こんな感じで、人型のまま変貌を遂げた例は成功と言えますな。一方で――」
別の水槽の人間は、血を注がれた直後に一気に肉が膨れ上がって瞬く間に人としての形を失ってしまった。
肌の色の変化も色黒い感じではなく、不気味な青系。四肢も無くなり、水槽の中でウネウネと動くだけの芋虫のようになった。
「これがハズレ個体の部類ですな。魔族というよりモンスターだ」
「モンスターと言えば、モンスターを魔族化させる研究はどうなっておりますかな?」
「モンスターは動物や物質が瘴気によって変貌した個体です。既に魔の力に染まっているせいもあってか、魔族の血を加えても影響が薄いようです」
「それでも多少ばかりの強化はされますが、大きく変化はしないため研究対象としてはつまらないのが本音ですな」
虎のような生物が魔族の血を注入されると、全身が大きく変化しつつ体毛が鱗へと変貌し、顔が爬虫類のようなものへと変わっていく。
元々から肉を捕食する生物であったのだが、爪や牙も肥大化し、口もより大きく開けるようになってますます効率が良くなった。
鳥も何種類か水槽に入れられており、いずれも見た目の変化は少ないが全体的に巨大化し、太古の原始的な姿を思わせる風貌になっていた。
「癪ですが、今はまだ強靭な肉体と精神を持った方々が魔族の血を飲んで変化した個体の方が強いですな……」
「あちらは人間としての意思を残していますし、人間としての姿と魔族としての姿を自在に切り替える事も出来ますからな」
「ひ弱な平民を無理矢理変貌させているのとでは訳が違いますな。だが、だからこそ挑む価値があるとも言えますが」
「違いありませんな。いずれは我々の手で意思疎通可能、姿の切り替えも可能な、中級上級クラスの魔族を生み出してみたいものです」
研究者達が揃って笑った瞬間の事だった。
「残念だが、あんたらの研究は今日で終わりだ……」
それが、彼らにとって最後に聞いた言葉となった。
◆
俺は復活と同時にガトリングガンを召喚して手当たり次第に撃ちまくった。
こんな研究所ぶっ壊してやるという気持ちも強いのだが、中途半端に壊して水槽の中身に暴れられても困る。
故に、破壊し尽くすと同時に殺し尽くす……。研究者達も魔族化させられた被検体もまとめてだ。
撃ち尽くしたらまた同じ物を召喚してもう一度、さらに撃ち尽くしたらもう一度と、室内を徹底的に蜂の巣にする。
『我の研究室で好き勝手暴れおって……』
聞き覚えのある声だ。これはさっき上で念入りに始末したはずの大公か。
『貴様、確か上でいきなり現れて我を殺した奴だな。再びいきなり出現するとは……まさか空間転移の使い手か?』
そういう事にしておこう。確かに、俺の死体が無い状況だといきなり出現したように見えるしな。
「さてな……。あんた、一体何者だ? 上で確かに殺したはずだが」
『知った上で襲撃をしてきたとは思うが、改めて名乗らせてもらおう。我が名はファウルネス、この国の大公だ。ふふふ、安心しろ。上で貴様が殺したのは間違いなく我だ』
「じゃあ今喋っているあんたは何なんだ? いや、この研究室からして……まさか!」
これだけバイオ的な研究をしているというのであれば、当然お約束のアレもやっているハズ……。
その答えを示すかのように、研究室のさらに奥にある扉が開き、上で見たのと全く同じ姿の大男が姿を現した。
「我は数多の生物を研究した上で、ついには己自身を複製する事に成功しているのだよ。上に居たのは、我の複製に過ぎない」
「やっぱクローンってやつか……。未遂に終わったが、複製なんかに異邦人の肉を喰わせても良かったのか?」
「異邦人の肉を喰らった複製を我に統合すれば良いだけの話だ。元々そ奴も我なのだから、最終的には我に還る事になる」
「なるほどな、ささやかな疑問が解けたぜ。感謝する……ッ!」
同時に両手の銃を何回か発砲する。しかし、大公は腕を無造作に振るうとその全てを叩き落してしまった。
「二度目は通じんぞ。上で殺された複製が得た経験は、既に我へと還元されている。ふん、種さえ知っていれば防げないものでは無いな」
「いやいやいや、普通の人は種を知っていても銃弾を防げないからな……」
「おそらくそれは銃の類か……。しかも、その見た目。この世界の技術ではないな?」
ツッコミは無視して問うてくる大公。銃という単語が出た以上、銃そのものはこの世界にもあるようだ。
「……ご名答。これは異世界の文明の賜物だ」
「面白い! 我に見せてみろ、貴様の世界の道具の力とやらを」
だが断る。何故通用しないものを使わなければならないんだ。俺は銃を放り捨てて剣を手に取り、一気に距離を詰める。
「ふん、警戒したか。だが、何を使おうと打ち砕くまでだ」
俺は様子見のつもりで剣を振り下ろしたが、大公はあろう事かそれに対して拳を合わせてきた。
まさか、打ち砕くつもり――いや、もっととんでもない事をやってきた! まさか、中指と薬指で刃を止めるとはな。
片手で刃を止めてしまったレミアにも驚かされたが、こいつは指と来たか……。だが驚いてばかりも居られない。
そう思う間にも既に剣を離していた俺は、しゃがみ込みつつ横へ滑るようにして再び銃を召喚して撃つ!
躊躇わずに頭を狙い撃ったのだが、大公は発砲と同時に反応し照準をずらし、片目のみを犠牲にするだけで抑えた。
「ちぃっ! 並大抵の攻撃では我の目など潰せぬと言うに……。何という破壊力なのだ、異世界の武器は」
銃撃の痛みで大公が取り落とした剣を飛びつくようにして拾いながらその場で振り回し、奴の右足を斬り裂いた。
「先程のような芸当を見せれば、大抵は驚いて一瞬ばかり動きが止まるんだがな……。貴様、戦い慣れしているな」
「と言うか、敵の行動に驚いて動きが止まった所を思いっきりぶっ飛ばされた――という例を、つい最近間近で見たばかりなんだよな」
「なるほどな。実例があったが故か。ならば、我も本気を出していかねばならぬようだな」
片目を抉られ、片足を斬り裂かれてなお余裕の大公。やはり、既に人間を辞めているようだな……。