104:王国の内情
――ダーテ王国。
この国は元より王侯貴族達による平民への差別が目につく国であった。生活苦の寒村に容赦なく重税を課したり、街に出ては我が物顔で歩き、好き放題に立ち振る舞う。
時には気に入った女性をさらい無理矢理自分のものにしたり、自身に不愉快な思いをさせた男性らを捕えて拷問・処刑するなどの行為も見受けられた。
しかし、ある時を境として王侯貴族達が歪んだ欲望を隠さなくなり、望むままを行うようになってからは、それらの非道が良く分かりやすい形で顕在化した。
街中での堂々たる婦女暴行や、民を強引に集めての公開処刑および拷問、店の商品の略奪行為など、もはややる事なす事が悪逆非道の盗賊団に等しくなっていた。
その魔の手は国内の者にとどまらず、外部からやってきた冒険者達や商人、旅人達ですら例外ではなくなっており、自分達こそがこの世界の神とでも言わんばかりであった。
この当時、まだ数少ない正常な思考を保っていた者達が上層部に進言をするも、聞く耳すら持たれる事なく、問答無用で処刑されてしまった。
それはこの国の王子の諫言ですら意味をなさなかった。処刑こそされなかったものの、明らかに扱いが悪くなり、逐電せざるを得なかったほどだった。
その際、昔から王族の近衛騎士を務めていたヴェッテも出奔し、それに続くようにして文官のスピオンも出奔した。しかし、二人の状況の違いが命運を分けてしまった。
スピオンは、王侯貴族達に王都で暮らす妻や娘達を人質に取られてしまったのだ。一方のヴェッテは、妻子や孫達がこの国におらず、脅迫材料が無かった。
「そこで、私は取引を持ちかけられたのです。王子たちに合流しても良いが、その様子を逐一報告する事。定時連絡を怠ったり、報告がバレた際は、妻子の命は無い……と」
◆
まるで聴衆に語り聞かせるようにスムーズに話すスピオンの遺体。本当に死んでいるのかと疑いたくなるくらいだ。
「お二人に伺いますが、このスピオン殿が語っている内容は、事実に相違ないですか?」
レミアがジークとヴェッテさんに確認をする。ニヒテン村において彼女が抱いていた疑念の事だな……。
果たして本当に死者が自身の記憶を語っているのか、あるいは王が操って都合の良い事を喋らせているだけなのか。
「うむ。スピオン自身の事は初耳であるが、それ以外の件に関しては紛う事なき事実だ」
「王子が王に対して諫言されている際にはワシもおりましたからな。今思えば、その時の王の言動が、王子側に付くきっかけとなりましたな……」
「王だから好き勝手にやっても良い。民など王侯貴族のための奴隷に過ぎない。我らが豊かである事が国の隆盛に繋がる――などと、そこまで腐りきっておったとは思わなかったぞ」
「さすがに王がそこまで堕ちてしまっているのを目の当たりにすれば、まともな事を仰っている王子の側に付かないと遠からず国が滅びると察するに至りました」
ジークの父親を悪く言うのはどうかとも思うが、控えめに言ってもさすがにそれはクソだと言わざるを得ないな。
その場にいて、王の言葉を聞いて王子側に付く事を考えたのがヴェッテさんとスピオンだけとは……どうやら、周りもかなり腐っているようだな。
「それで、レミアは納得したのか?」
「スピオン殿が語られた事はその場にいたお二方が認めるものですし、第三者には語る事の出来ない内容と判断します。王国の内情を知らぬ死者の王が、捏造して語らせるには無理があるでしょう」
やはり王は本当に死者に自身の記憶を語らせる事が出来るという事になる。ならばニヒテン村の死者達も……?
王が自身で『何らかの意思が介入していなければ起こらぬ事』と言っていたが、介入したのはあくまでも死者に対して「喋れ」という命令を出した程度って事か。
だとするならば、王の前で捕らえられた敵達の自害あるいは遠隔での殺害による口封じは、全く以って無意味の行動となってしまう。
あちらにとっては情報を渡さないための最終手段が、こちらにとっては情報を引き出すための打開策となってしまう。まさに本末転倒だな。
『……ふふ、それは重畳だ。では、この者にさらなる奥を語ってもらうとしようか』
記憶操作疑惑も晴れて、何処か王の声も嬉しそうだ。
◆
スピオンもまた、ヴェッテと同じくまだまともな状態であったため、王の言葉を聞いて王子の側に付く事を決めた身だった。
しかし、出奔する際に貴族の一人に見つかってしまう。その場で殺されるのであればまだ良かったが、突き付けられたのはより深い悪意だった。
「私は寛大だ。それに、貴様とは長い付き合いもある。出奔する事自体は咎めないでおこう。だが、代わりに王国側の内通者として王子に付け。そして、逐一内情を伝えよ」
「なっ! 私に王子のスパイをせよと……?」
「確か貴様は王都に妻子を残して城に勤めている身だったな。貴様が王を裏切り出奔したと知れたら、果たしてどうなるかな?」
脅迫だった。等しく王に忠誠を誓う者達の中、王に反逆した者の身内が取り残される。それは、猛獣の檻に餌となる小動物を放置するに等しい。
だが、貴族達に反逆の事さえ知らされなければ、家族は今まで通り貴族社会の中で平穏に生き続ける事が出来る。平民こそ人とも言えぬ扱いをされているが、同じ貴族に対しては普通の人のそれと変わらない。
「……ぐっ。約束しろ。私の家族には絶対に手を出さないと」
「もちろんだとも。君が約束を守り続ける限り、こちらも約束を守ろう」
それから、貴族はスピオンの胸部に魔導石を埋め込んだ。それは、約束を違えた時に発動し、貴族の持つもう一つの魔導石に反応が現れる監視用の道具だった。
「もし貴様がこの件を王子達に漏らしてしまった時、その魔導石の力が発動し、私に失敗を知らせる」
「そう言えば、貴方は元々魔導師団に所属し、今も研鑽を続けている現役の魔導師でしたね……。やはり、こういった物はお得意という事ですか」
「ははは、魔術は便利だろう? そうだ。もし貴様が死するような事があっても、この件が漏れてさえいなければ不問としよう。最後まで諜報に殉じた事を称賛し、家族の生涯を保証しようではないか」
例え捕まっても口を割るな。割られそうなら命を絶て。ようするに秘密は墓まで持っていけという事である。
◆
一通り語り終えて黙するスピオンから遅れて少々、沈黙を破ったのは王だった。
『……ふむ。家族を盾に脅迫されておったと、そういう事か』
「幸か不幸か、ワシの家族は皆して他所におります故、脅迫材料が無かったのでしょうな。故に彼を……。このような非道を思いつく貴族の魔導師……奴か」
「ならばせめて、スピオンの家族くらいは助けてやらねばなるまいな。今の話を聞く限りでは、スピオンは『死ぬまで口を割らなかった』のだし、死後に口を割るのは対象外であろう?」
確かに王子の言う通りだ。俺達は例外とも言える方法で事情を聞いてはいるが、スピオンが死するまで秘密を守った事には違いない。
貴族との約束の内容から考えると、その条件を満たした時点で不問となり、枷からは開放されたという事になる。
最初にスピオンが潔く死のうとしながらも、死後に口を割らされると聞いて急に死を恐れ出したのは、おそらくその点に至らなかったのだろう。
「残念だが、そう言った希望は捨てた方が良いだろうな。相手は腐った貴族……下手したら魔族化して身も心も完全に魔のものとなっているのであればなおさらだ」
俺は現実がそう甘くない事を知っている。人質を用いた脅迫と言えども、状況によってはその扱い方も大きく変わってくる。
例えば身代金を要求する場合は、その人質と引き換えに金銭を受け取るために人質を生かしておく必要がある。
しかし、代わりに何かしらの行動を要求する場合は、その行動さえ済ませてしまえば人質も脅していた相手も共に必要なくなる。
何せ既に要求する側の望む利は得ているのだ。利を得た以上、残る害は排除する。口封じにもなるしな……。
「リューイチぃ……。キミ、なかなかにえげつない事を考えるねぇ。それも『経験』ってやつかい?」
リチェルカーレの指摘通りだ。俺は戦地で子供を盾に親を戦わせる例を見た。だが、親は子供と再会することなく自爆要員にさせられて死ぬ。
そして、その親の死を子へ伝えると共に、親の死の原因は自分達の敵であると教え込み、親の仇を取りたいという意志を利用して子供を新たなる兵として教育する。
まともに人質が返却される例なんて少ない。もちろん、俺達日本人も例外じゃない。ヘマやらかした同業がつかまって、何人かが首を斬られて終わっている。
「……期待はしない方が良いって事だ。事前に最悪を知っておくのと、その場で最悪を突きつけられるのでは大きく変わるからな」