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008:広場のバザー

――翌日。


 俺とリチェルカーレは研究室で待ち合わせをしていた。


「では行こうか。リューイチにとっては初めての『外』となる訳だが」

「……正直言ってドキドキしてるよ。あの城壁の外に広がる世界がどんなものなのか」


 地球に居た頃に読んだ創作だと、いきなり野に放り出されてモンスターに襲われたりするケースがあった。

 主人公であるが故に必ず助かってはいるのだが、正直自分がそのような状況に置かれていたらと思うとゾッとする。

 いきなり外の洗礼を受けるより、色々と準備を整えてから外へ出られる現状は幸せなのだろう。


「何がしたい……とかはあるかい?」

「んー、まず何が出来るのかが良く分からないんだよな。外に出てから考えさせてもらうよ」


 城の広間を出て、城門までの道のりを歩く俺達。この時点では高い城壁が見えるだけで、外の様子は全く分からない。

 日本のように、壁の上から突き出た高層ビルがある訳でもなく、ただただ青空が広がっているのみだ。


「魔導研究室長のリチェルカーレだ。開門を頼む」

「ひっ、魔導研究室の……っっ! 何故ここに!?」

「室外へ出る事すら珍しいのに、外出とは天変地異の前触れか何かか!」


 兵士達がそう言った瞬間、まるで強く額を撃たれたかのように大きくのけぞり、そのまま倒れ込んでしまう。


「……何か言ったかい?」

「「……」」


 身を起こした兵士達の額に、円形状の腫れが浮かび上がっていた。

 表情を完全に恐怖の一色で染めた兵士達は、慌てて開門するため持ち場へ走っていった。


「リチェルカーレ、今のって……」

「魔術さ。期待していた所悪いが、詠唱や派手な演出は省かせてもらった」

「今の魔術は何が起きたんだ?」

「空気を飛ばしたのさ」


 おぉ、確か向こうの世界の創作でもそういうのがあったな。指で空気の弾をはじいて飛ばすやつとか。

 そもそも俺にはリチェルカーレのアクションすら見えなかったんだが……いつの間に撃ったんだ?


「と言うか、兵士達のお前に対する評価は一体何なんだ……?」

「研究室で言っただろう? 魔導の研究者は危険だって思われてるのさ。そもそも、奴らが何も言わなければアタシだって何もしやしないさ」

「まぁ、確かに無礼な態度を取ったのは兵士達が先だが、さすがにやりすぎじゃないか?」

「これがやりすぎだって? こんなショボい魔術に反応すら出来ずにぶっ飛ばされる兵士達が軟弱すぎるだけさ」


 この世界における魔術の事はまだよく知らない俺だが、絶対にそれは嘘だと断言出来るぞ……。

 いくらなんでも完全ノーモーションで魔術を放つ事がショボい訳がない。普通は詠唱とかポージングとかが必要なハズだ。

 自身で「詠唱や派手な演出は省かせてもらった」言ってたしな。その省くという行程が実は並大抵じゃないんだろう。



「「か、かいもーーーん!!」」



 俺達が魔術の話をしている間に、持ち場へ戻った兵士達が城門を開いていた。


「さぁ、話はこれくらいにして、いよいよ出発だね」

「よし、いよいよ国を救うための旅の始まりだな……」

「ははっ、まるで勇者みたいだねぇ」


 勇者……か。本当に国を救ったりしたら、俺もそう呼ばれたりするんだろうか。






 ・・・・・・・・・・






 ――城門を抜けると、そこは異世界だった。


「……これが異世界の街、か」


 視界一杯に広がるのは、盛況とも言える人の波だった。城の前には大きく開けた広場がある。


(まるでイタリアの市場みたいだな。一体どんなものがあるんだ……?)


 リチェルカーレが教えてくれた情報によると、この広場は王族が演説をする際や、式典を行う時に首都内の民が集まるための場所であるらしい。

 普段は市場として利用されており、一日中入れ代わり立ち代わりで何かしら出店され続けているらしい。そのため、そこら中に商品の陳列されたブースが立ち並んでいた。

 店舗によっては屋台部分のみならず、その前に棚を並べた販売スペースまでも用意されている。そういう所は大手の業者なのだろうか。

 農産物に海産物、畜産物。飲料や酒などあらかたの飲食物に加え、衣類や小道具、他には武器防具や魔術関連のアイテムも売られているという。


「しばらくの間ここを散策しようか。リューイチにはコレを渡しておくよ。気になるものがあったら何か買うといい」


 そう言って巾着袋を渡してくれた。ジャラジャラと音が鳴っている事からして、おそらくは貨幣だろう。だが……。


「すまん、この世界のお金について教えてくれないか? 例えば百出せば何が買えるとか基準が知りたい」

「あぁそうか。リューイチはまだこの世界のお金について知らない状態だったね」


 この世界における一般的な貨幣単位は『ゲルト』というらしく、百ゲルトで店頭販売のジュースや、パンなどが一つ買えるくらいらしい。

 一般的な家庭における仕事の月収は、およそ二十万ゲルトが平均であるらしい。どうやら日本と近い経済感覚で考えて良いようだ。

 偶然なのか、貨幣の種類も日本と同じだった。ただ、日本においてお札に該当する金額は金属板のようなもので置き換えられているが……。




 実は、外へ出るにあたって密かに用意していたものがあった。

 今は城で用意してもらった衣装を身に纏っているのだが、そこにちゃっかり自分の世界から召喚したネクタイを装備している。

 だが、このネクタイはあくまでも付属品に過ぎない。本体はそれに付いているネクタイピンの方だ。


 盗撮じみた真似だが、裏社会などを密かに取材する場合、呑気にカメラなど構えていたら間違いなく始末されるだろう。

 あるいは文明の発達していない地域においては変に警戒を招いてしまい、人々の『あるべき日常』を撮影したいのにそれが出来なくなってしまう。

 そう言った場合に用いていた特殊なカメラが、このネクタイピンを模したカメラである。


 戦場が主舞台であったとは言え、カメラマンの名を冠していた身だ。せっかく訪れた異世界、撮影しなければ損というものだろう。

 異世界においては文明未発達の地域と同様の事態になりそうだと考え、今回はこう言った形で密かに撮影する事にした。


 ……あとはバッテリーがどれだけ持つかだ。どうにか充電する方法を考えなければ。




 ネクタイピンカメラを作動しつつ、早速フラフラとの人ごみの中へ入って行ってみる。

 最初に訪れた店に陳列されていたのは農産物の数々だった。


 桃みたいな果物はピィ、カボチャみたいな野菜はパンプ、葉っぱみたいなやつは……ジュウト?

 名前を聞いただけで何となく連想出来る、非常に分かりやすいネーミングだった。違う次元であれど同じく人類が住まう世界、やはり何かしら似てしまうのだろうか。

 ジュウトなる葉菜は良く分からなかったが、おそらく地球のどこかに何かしら類似したものがあるのだろう。


 そうして目線を動かしていくと、陳列棚の横にデデンと三つほど、地球でも見た事があるような巨大なカボチャ――パンプが置かれていた。

 値札が付いているからこれも商品なのだろうが、これを一体どう扱うのか気になったのでリチェルカーレに尋ねてみる。


「なぁ、この巨大なパンプとやらも食うのか……?」

「まぁ単純にそうするのが第一だね。大味だけど、それ故の活かし方もあるし……。あとは、加工だね。これだけ大きいと、芸術品などにうってつけさ」


 なるほど……地球のやつと使い道はほぼ一緒か。けど、買ったとしてどう運ぶんだコレ? などと思っていると、背後からドンッと誰かに衝突された。


「おっとごめんよ。ちぃとばかしそこ退いてくんな。ジャイアントの追加搬入だ」


 背後に居たのは、実に筋骨隆々のたくましい中年男性であった。驚くべき事に、背中にジャイアントと呼ばれたパンプを入れた巨大な籠を担いでいる。


 うそだろう……? 地球の物と同等なら、軽く数百キロはあるはずだ。試しに俺も床に置いてあったジャイアントを担いでみようとするが、ビクともしない。

 一体どうなっているんだ、この世界の人類は……。地球の人類とは根本からしてスペックが違うのか?


「ははは、驚いているね。あれは『闘気』による身体強化の賜物さ」


 あれが身体強化……。良く創作物で見たやつだ。ル・マリオンでも常識だったんだな。

 闘気――闘うための気。だから、身体強化に用いられているのか。


「ちなみに魔力でも法力でも身体強化は出来る。ただ、闘気の場合は非常に相性が良いんだ。少量の力で、大きく強化できるからね」


 逆に魔力や法力などは、大きく力を使っても闘気ほどには身体強化が出来ないらしい。

 他の例では、法力で魔術の発現が上手くいかなかったり、魔力での治癒や補助が上手くいかなかったりだとか。

 それぞれ向き不向きがあるんだな……。さすがに万能の力というものは存在しないという事か。




 俺達は農産物の売り場を離れ、近くの食肉売り場へとやってきた。

 不思議な事に、売り場の近くへ寄ると辺り一帯がひんやりして気持ちが良かった。


「ん? 外は結構暖かいハズなのに、ここだけ妙に……」

「食品の鮮度を保つために、魔導石を用いて冷却魔術を展開しているのさ」


 早速、俺がまだ知らないであろう事を先んじて説明してくれる。

 彼女が指し示す先を見ると、店主が手をついている机の上にキラリと光るものがあった。

 宝石のように綺麗にカットされた石で、冷却魔術を展開しているとあってか、冷たそうな薄い青色をしていた。


「魔導石は結構高価な商品なんだよ。それを惜しげもなく使うとは、こう見えてここは大きな商会が運営しているようだね」


 曰く、このクラスの魔法石だと軽く十万ゲルトはするらしい。一般家庭における月収の約半分……確かに高価である。


「お、嬢ちゃん。わかるかい? ウチはゲシェフト商会の傘下なんだ。品質は保証するぜ?」




 ――ゲシェフト商会。


 ル・マリオンにおける販売業の大手で、世界中に広がるコミュニティを持つ商会である。顔の広さと会員数の多さで、カバー出来ない地域は無いとさえ言われている。

 商品に対する扱いやそれに携わる者達の知識や経験、実績なども申し分なく、この商会が携わり名を掲げる事自体が品質の保証にもなる程だ。

 故に、第三者が勝手に名乗ったり詐欺に利用されるケースも起きているが、商会側は信用に関わる問題であるとしてこの手の事態には非常に厳しく対応している。

 王侯貴族にとっても商会による恩恵が大きいため、商会は各国においてかなり幅を利かせ、国によっては先述の問題に関する事での『私刑』すらも許容しているという。




「会員証も本物のようだし、間違いないね……」

「あたぼうよ。商会はその辺すげぇ厳しいんだ。正規会員でもないのに名乗ったりなんて出来るわきゃねぇ」


 『ゲシェフト商会』の名と商売人らしき者の名が刻まれた、エンブレムが輝くカードが机の隅に置かれている。

 これこそが正規会員の証であるらしい。これを持たぬ者あるいは偽造したりした者が商会の名を名乗る事は決して許されないという。


「生肉は非常に傷みやすいし、このような暑い場所で売るのは本来御法度。それをこういう形で補うとは……さすがはゲシェフト商会だね」


 この世界において、市場で売られる肉は燻製であったり加熱調理が施されたものがほとんどであるとの事だ。

 冷蔵ショーケースやクーラーボックスのように、誰でも気軽に使えるような冷却設備がないのが主な要因で、生肉は専用の設備が整えられた店舗でしか売っていないらしい。

 今の所、使える者が限られた『魔術による冷却』、あるいは非常に高価である『魔術の込められた魔導石』を用いるくらいしか、外部における冷却手段は無いという。


「他に誰もやっていねぇような事をやれば集客しやすいからな。せっかくだ、何か買っていってくれよ」

「申し訳ないけど旅の途中なのさ。生肉を購入するのはちょっと困るね」

「安心しな。ちゃんと生肉以外もあるぜ」


 そう言われて陳列を見回すと、ちゃんと燻製肉や揚げ物、焼き物といった調理品が置いてあった。


「抜け目ないねぇ。ではいくつか適当に見繕ってもらおうじゃないか。せっかくだし、リューイチに色々と試してもらいたい」


 リチェルカーレがそう言うと、店主は何種類かの品を手に取り、丁寧にそれを包んでくれた。


「お代に関してだが、これをくれてやろうじゃないか」


 手渡したのは硬貨などではなく、一枚の書類だった。


「おいおい、嬢ちゃん……こりゃあもしかして」

「商品代金の請求は王城へお願いするよ。せっかくだし、この機会に新たな販路を開拓するのもアリじゃないかい?」


 この旅は『国を救うために行われる任務』の扱いであるため、経費は国が負担してくれる事になっているという。

 さすがに出先の些細な買い物までは各自の自腹であるし、本来ならこれもその範疇なのだが、幸か不幸かこの市場は王城の眼前に展開している。

 リチェルカーレはこれだけ近いならば……と、市場で使ったお金の支払いを王城へ請求してしまおうと考えたようだ。

 店主にとってはお金の受け取りに多少の手間となるが、王城来訪を機に取引を結ぶ事が出来れば今後に置ける大きなプラスになるだろう。


「ありがてぇ。ツェントラール王家と取引でも結べりゃますますウチは安泰だ。アンタ、一体何者だい……」

「ツェントラール魔導研究室長、リチェルカーレさ。また縁があればよろしく頼むよ」


 リチェルカーレがささっと書類にサインを書き、すっかり置いてけぼりになった俺も軽く会釈し、二人はその場を後にした。

 余談であるが、店主は後に王家との取引が成立し、世界中の新鮮な肉を提供するための販路を結ぶ事に成功したという。



「で、何を買ったんだ?」

「モォの燻製肉と、コケェの揚げ物さ。これなら、道中に食する事も出来るだろう」


 どうやらモォが牛に類するもの、コケェが鶏に類するものらしい。この世界では鳴き声イコール名前なのか?


「ちゃんとした動物の肉なんだな……。てっきりモンスターの肉とか売っているのかと思ったが」

「モンスターの肉を食する習慣もあるけど、一般的な動物と比べて衛生管理や販売ルールが厳しいから、まず市場では出回らないよ」


 モンスターの原点は、穢れた気『瘴気』によって変質した動植物のなれの果てだと言われている。瘴気は人類にとって有毒であり、それを宿すモンスターの身体もまた人体に有毒である場合が多い。

 現在のモンスターは原点たるモンスターが繁殖を繰り返して世代を経た個体がほとんどであるため、最初期よりは毒性が弱いとされるが百パーセント安全ではない。

 そのため、専門の知識と技術を備えた者達による加工や管理が必要とされ、通常の動物の肉以上に扱いが難しいため市場の出店などで販売するのは非常にリスクが高いのだ。


「後日、そういう方面にも案内しよう」

「ありがたい。せっかく別世界へ来たんだし、地球には無いものを堪能したいからな……」


 ――という俺の希望は、まもなく違う形で叶う事となる。

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