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私の世界は今よみがえる  作者: ハチノサギリ
第1章-目覚めの魔王
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8.秘伝の魔法

「いくら魔王種が潜伏してるとはいえ、気が進まんな」


「仕方ないですよ。隊長の命令ですし」


 火の手が完全に回り、炎に包まれた村を見てつぶやくのは王国兵。

 彼らとて、守るべき民草を手にかけるのは気が引ける。

 しかし、命令には逆らえない。自らの命には代えられないのだ。

 罪なき者も一絡げに処刑しろとの命令、拒否すればその場で自分が処刑されかねない。

 兵である以上、彼らに拒否権はないのだ。

 生産性もない集落に不穏分子を残すなら、いっそ全て焼いてしまえという判断なのだ。


「せめて、恨むなら俺等じゃなくて王国を恨んでほしいものだな」


 王国兵が自分達に言い聞かせるよう呟いた直後だった。

 村の様子がおかしい事に何人かが気が付いた。

 炎が揺れ、破片が舞っている。

 声に出すのも間に合わず、衝撃波が瓦礫と兵士を弾き飛ばし一直線に通り抜けた。

 衝撃波がやってきた方向を見ると、地面の表面ごとすべてが吹き飛ばされた跡。

 続いてやってきたのは限界まで加速した蜘蛛車だった。

 唖然とする兵士たちを無視して一目散にと突き進んで行く。


「追え!村の連中が逃げたぞ!」


 王国兵達は即座に体勢を整え、追撃に走る。

 一体連中は何をしたのか、と兵達は驚きを隠せずにいる。

 これが、ゲプロスの秘策だったのだ。


---


 時は少し遡り、村の中央通り。

 燃える村道を走り抜ける蜘蛛車。

 先頭を走る蜘蛛車に繋がれた二匹の岩蜘蛛。

 その上に立つのはゲデルとゲプロスだった。

 二人とも腰を深く落とした構えをとっている。


「良いか、魔法の応用は想像力に左右される。

 頭の中に強く思い描くことが重要だ。

 集中力を欠けばうまくいかない。俺の言葉以外一切を意識するな」


「わかった」


「よし、まずは目の前に蜘蛛車よりも大きい円盤状の板が立ちふさがってる想像をするんだ。

 衝撃魔法を拳に纏わせる時と同じように力を注ぎ、それを形にする想像だ」


 ゲプロスの言葉通りに想像する。

 集中し、一切の乱れなく頭の中に図形を形成する。

 想像上の空間に作られた物体。それに力を注ぎこむと、実際の空間にうっすらと光る円盤状の力場が出現した。


「すばらしい。いきなり乱れの無い力場を作り出すとはな。

 想像の形を崩さず力を存分にため込むんだ!」


 二人の目の前に現れた円は徐々に輝きを増して行く。


「今だ!ため込んだ力を衝撃魔法を放つ要領で真正面に殴り飛ばせ!」


「でぇい!」


 正拳突きの要領で円形の力場に拳を穿つ。

 すると、力場は円形のまま衝撃となって炎と瓦礫薙ぎ払い、一直線に突き進む。


「すっげぇ!炎が抉り取られてるみたいだ!」


 蜘蛛車を駆る若者が目の前の光景に歓声を上げた。

 それを聞いたゲプロスは誇らしげにしている。


「そうだろう?衝撃波は点ではなく、面より放った方が効果的に遠くまで届く。

 だが、魔力は食うし想像の形を上手くまとめなければならないしで実戦向きではない」


 ゲプロスの言う実戦とは肉弾戦の事。

 そんな状況では魔法の活用法など限られて当然だろう。

 想像力による魔法の応用は、衝撃波だけでなく様々な物に転用できるだろう。

 状況が落ち着いたら色々と試してみるのも良いだろう。

 村長も何か魔法を扱える様だし、ナインも何かしらできるかもしれない。


 ゲデルが思考に耽っていると、王国兵達の怒号が聞こえた。

 荷台に飛び乗り、身を乗り出すと後方から王国兵達が迫ってきていた。

 ゲデルは荷台の幌を開き、後ろに向かって立った。


「一番後ろの蜘蛛車と並走してくれないか。私が迎え撃つ!」


「了解!」


 若者は手綱を引き蜘蛛車の速度を落とした。

 中間の蜘蛛車を追い越させ、最後尾の蜘蛛車と並ぶ。

 そこにはゲデルと同じようにナインが敵を迎え撃つ体勢を整えていた。


「先ほどは中々面白いものを見させてもらったのである!」


「魔法にあのような扱い方があるとは驚きだよ」


「魔法使いとはひどく閉鎖的な物であるからな。

 不用意に教えれば広まってしまい、秘伝は秘伝でなくなり誇れるものでもなくなるのだ」


 長い年月をかけて作り上げた秘伝の魔法。それが世間に伝わってしまえば費やした時間も無駄になってしまうだろう。

 その為、多くの魔法使いは秘伝を信頼できる弟子にしか伝えたがらないのだとか。

 しかし、それでは伝えられなかった場合、秘伝はそこで費えてしまう。

 秘匿性があるほどその秘伝は後世には伝わらなくなる。

 いつしか、この辺りは改革する必要があるだろう。


「お返しと言ってはなんだが、我輩も一つの秘伝をお見せするのである!

 良く聞いて良く見ているのだ!」


 魔法とは想像が物を言う力である。

 秘伝もよほど洞察力が鋭い人物でなければ、見よう見まねなど不可能だ。

 態々説明するという事は、秘伝を伝える事。


「良いのかい?」


「ここまで来たら後には引けないのである。

 ゲデル殿には更に大きな戦力になってもらった方が安心なのだ」


 お調子者の様に見えて、損得勘定をしっかりしている。

 ここぞという時には一切を出し惜しみしない。

 人に対する慧眼さと、この思い切りの良さが今の地位を築き上げたのだろう。


「我輩は本来苦手とする火炎魔法を扱えるのだ」


 ナインが手をかざすと、その先に手のひらほどの火の玉が発生した。


「下級の火炎魔法なぞこんなものなのだ。

 だが、我輩の秘伝、投擲発現を駆使すればこのような火の玉でも大いに活用できるのだ。

 見ているのだぞ。狙った相手と手が線でつながった形を想像するのだ。

 極限まで細めて、杖を触媒にする感覚で魔法を放つ!」


 ナインが魔力を放つと、追って来ていた一人の王国兵の頭が火に包まれた。

 火を消そうと顔を手で覆うが、魔法で点いた火は簡単に消えない。

 哀れな兵士はもがきながらマチョウから崩れ落ちた。


「線の想像にコツが要るから簡単には会得できないかもしれないのである!

 だが……」


 ナインが語っている横でゲデルは正面に向かって拳を突き出していた。

 空間に向かって更に拳を叩きこむ。すると、王国兵達が一人二人と殴り倒されるようにして弾き飛ばされる。


「なるほど。これならば衝撃魔法も素早く飛ばせるんだね」


「そ、そうであるな……!呑み込みが早くて、うん……なのだ」


 苦笑いとはこういう物か、と思えるほど渋い顔をしているナイン。

 荷台で大爆笑しているは村長。

 つまり、多少聞きかじった程度では再現できない秘伝を一発で習得してしまったのだ。

 ゲデル自身には自覚が無いが、二人の反応を見るにそういう事なのだろう。


「えぇい!片っ端から落とすのである!」


「了解した!」


 丁寧に一人ずつ撃退する魔族。

 王国兵も負けじと盾役が前に出て弓兵を援護する。

 準備を終えた弓兵は魔族に向かって矢を放つ。


「面で直線なら、湾曲した面ならどうなるかな!」


 ゲプロスから会得した秘伝、その応用。

 面で発するよりも遠くへは届かないが、それでも強い威力を持ったまま衝撃は拡散した。

 向かって来る矢は全て衝撃により弾き飛ばされる。


「まだ数が揃っていないからそれでも凌げるのであるが、撃退を急がねば手に負えなくなるのだ!」


「ならば組み合わせでどうかな!」


 ゲデルは振りかぶり、勢いをつけ手の甲で空間に打撃を加えた。

 すると、王国兵の前衛に何か巨大な壁でも出現したかのように何人かがまとまって弾き飛ばされた。

 同じく巻き込まれ転倒したマチョウは後方のマチョウや岩蜘蛛の足を止め、部隊を大きく停滞させた。

 流石にこのような状況では部隊を放って追う事も出来ず、王国兵は一時撤退を余儀なくされた。


「予想以上の結果だ」


「滅茶苦茶であるな」


 ともあれ、危機はいったん去った。

 王国兵が体勢を立て直す前に、まずはこちらが体勢を立て直さなくてはならない。

 向こうは揺動部隊と合流したら即座に向かって来るだろう。

 時間的猶予はあんまりない。

 だが、幸いにして森は山脈に覆われる形で存在している。

 迂回して挟み撃ち等と言った芸当は不可能。

 となれば、真っ向からのぶつかり合いとなる。その場合、防衛側が非常に有利なのだ。

 森に火を放つ可能性もあるが、生木はそう簡単には燃えない。

 水を操れる魔法を扱える亜人を収集すれば十分に対策できるだろう。

 どうせ相手が一まとまりで来るならば、一網打尽にする方法も考えたいもの。

 そこで、ゲデルは作戦を思いついた。


「ナインの秘伝、ゲプロスの部下に教えられるかな?」


「馬鹿言わないでほしいのである!秘伝と言う言葉の意味わかっているのであるか?!」


「彼らは信用できるし、四の五の言ってる場合でもないだろう」


「ぐぬぅ……、しかし、うまく会得できなかった場合はどうするのだ?」


 秘伝の会得は伝えるものの語彙力や表現力に依るところもあるが、会得しようとする者の直感的センスや理解力も問われる。

 ゲプロスの部下のほとんどは理解力に乏しいものが多いが、直感力には非常に優れている。

 名前の解らない物を身振り素振りで伝えれば大抵伝わるほどに勘が鋭い。

 なので心配は特にしていないが、もしもの場合もある。


「その時はしかたない、正面からぶつかるしかないだろう」


「覚悟を決めるしかないのであるな」


 先ほどまでの戦いでは王国側戦力の半分も把握できていない。

 揺動部隊には魔術師も居た。弓や剣だけが武器という訳ではないだろう。

 そんな中まともにぶつかり合えば、双方ともに損害を被る事間違いなし。

 恐らくはだれも望まぬ結果に終わるだろう。

 そうしないためにも一人でもいいからナインの秘伝を会得する事を願う。


「ところで、ホムンクルスって言ってたけど知っているのかい?」


 ナインは揺動部隊を率いていた少女に対し呼びかけていた。

 あれは最も警戒すべき人物の一人であると、ゲデルは直感的に感じている。

 戦いの前でも高圧的な態度を崩さないものは、見合った力を持つかただの蛮勇。

 彼女は確実に前者だ。


「今回の部隊を率いていた者の名である。

 王国の騎士団長であるが、見ての通り魔導士なのである。

 多くの秘伝を持ち合わせていることは知っているのであるが、どのような戦い方をするのかは未知数なのである。

 肝心の騎士団は国の防衛をしていると思うのだ」


 つまり、詳しいところは解らない、と。

 それは仕方のない事だ。秘伝が秘伝である以上手の内を晒さない様にして戦うのは当然の事。

 戦術的にも優れているのかもしれない。


「騎士団長とやらとは戦いたくないね」


「もっともな意見なのだ」


 下調べの済んでいない相手に突っかかるのはナインの二の舞である。

 想定外の攻撃や策を取られて翻弄されてはひとたまりもない。

 防衛戦である以上、有利ではあるがそれでも極力危険は減らしたい。

 その為にも、作戦の要となる投擲発現を一人でもいいから会得してもらわなくてはならない。


「ゲプロス、君の部下に衝撃魔法を扱えるのは居るかい?」


「10名ほど、集めますか?」


「うん、ナインの元に集めて彼の秘伝を会得させるんだ。

 王国兵を一網打尽にするには何としてでも一人は会得してもらいたい」


「承りました」


 かくして、当面の危機を乗り越えた一同の行く先に見えて来たのはアツィルトの森。

 追手は見えず、各自落ち着いたのは良いが、落ち着きすぎてむしろ、村を焼かれたことによる悲しさを堪えられなくなった人が出始めた。

 亜人達が宥めてはいるものの、長年暮らしてきた村を失った喪失感は余程でない限り堪えられるものでは無いだろう。

 年老いた人々ならば尚更だ。村長も強がってはいるものの、顔色は良くない。


 ふとナインを見れば通信水晶の欠片を手に持ち、険しい顔で風景を眺めている。

 屋敷の状況も芳しくないのだろう。

 今すぐにでも飛んで行きたい気持ちもあるだろう。

 だが、この様な状況で部下を残していくわけにもいかず、或いは関わってしまった以上の責任感の方が勝っているのだ。

 ゲプロスと同じくとても義理堅い。

 よそ者に対しては厳しいが、身内に対しては驚くほど親密である。

 これは魔族が持ち合わせている共通の特質なのかもしれない。


「おかえりなさいませ!状況は把握しております!」


 狼に乗った大柄の獣人、ダカンターが蜘蛛車に寄り並走する。

 話によると、見張り役の獣人が追走劇の一部始終を目視していたそうだ。

 彼らの身体能力と荒野と言う遮蔽物の少ない地形が肉眼での遠距離観察を可能にしている。

 おかげで話は順調かつ手短に進んだ。

 また、もともと森が争いの火種になると警戒していただけあって、用意も周到。

 入り口周りは巨木同士を橋で繋ぎ、立体的行動を可能にした要塞となっていた。

 森の外側に対してだけ一部橋を支えるロープに板が設置されている。

 流石に時間的猶予がなかったのか疎らではあるが相手が弓を使う以上、無いよりは断然マシである。

 一部の村人たちは、森の様子を見て元気を取り戻した様だ。


「衝撃魔法と水流魔法を扱える者を早急にかき集めろ!」


「は!」


 到着早々ゲプロスの指示を受けた獣人が森に散っていく。

 完全にこの森は元盗賊団の縄張りとなっている。

 ただし、森の中にはマチョウを始めとした危険な肉食生物も多く居る。

 なので、できる限り木の上を行き来できるように手を加えられている。

 高台の移動を容易にする構造は外敵に対する優位性も確保でき、まさにこの状況の為に作られたと言っても違和感はない。


 素晴らしいと褒め称えたい所ではあるが、火を放たれては終わりだ。

 思っていたよりも森の手入れが進んでいたのだ。それもちょっとどころの話では無い。

 生木なら火を放たれても簡単に対処できるが、板や蔓を編んだロープは燃えやすい。

 先手で消火係を配置しないとあっという間に燃え広がる。

 人手不足であれば幾つか橋を先行して破壊しなくてはならないだろう。

 非常に勿体無いが、燃やされるよりは軽傷で済む。


「水を操れるものは少ないな」


「水汲みしている時間もないでしょう、幾つか橋を分断する他ないですね」


 盗賊団を率いていただけあってか集団戦における判断も冴えていて頼もしい部下だ。

 ゲプロスの指示通り、主要な橋は片側のロープをほどき、垂れ下がらせる形となった。

 水を操れるのは5人、奥まったところに一人配置して、後は左右に二人ずつ配置された。

 巨木は水分を多分に含んでいる。水辺ほどではないにしろ、不自由なく水を発生させられるだろう。


「ナイン、そっちはどうだい」


「惜しいところまでは行っているのである!

 呑み込みは確かに早いのであるが、ごく短時間で形にするにはやはり厳しいものがあるのだ!」


 ギリギリの様だ。

 間に合わなくてもしっかり対応できるように、しなくてはならない。

 少しでも手を抜けば、そこから全てが崩壊する恐れがある。

 従って、防衛戦を前提に考えるならば亜人達だけが頼りなのだ。

 村人たちは動揺しており、正直に言ってしまえば戦力にはならないだろう。

 だが、このまま放っておくわけにもいかない。

 自暴自棄になられてはどの様な行動をとるか予測がつかないからだ。

 王を名乗るのであれば、配下となる者達は自力でまとめ上げなくてはならない。

 戦支度をゲプロス達に任せ、ゲデルは村人達を集めたのだった。

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