7.動乱は続く
「屋敷に居る家臣達は立てこもってるそうであるが、どういうことなのだこれは」
ナインの屋敷は軽い要塞とも言える作りをしている。
なので、強行過ぎる手段を取られなければひとまずは安全だろう。
問題は何故、王国兵がナインの屋敷を包囲したかだ。
ナインの部下による報告だと、アルマス村にも王国兵が向かって来ているらしい。
「私との接触が知られたのか?」
「それにしては対応が早すぎるのだ」
「では、君が人でないと知られたか」
「偶然にしては状況が悪すぎるのだ。
兎に角、向かってくる兵士に直接話を聞くしかなかろう。
流石に我輩を問答無用で捕らえるのであれば、民や周辺貴族が黙ってないのである」
ナインの余裕は地道に築き上げてきた信頼故の物だろう。
部下たちとのやり取りからも、相当信頼されていることが見て取れる。
周辺貴族と言うからには顔も広いのだろう。
この村が国の事情に無頓着なだけであり、ナイン・レヴァナート公爵は有数の有力貴族。
正当な理由なしに捕らえることなど不可能なのである。
「何か向かってくるぞ!結構な数だ!」
見張り台から声が響いた。
状況からして王国兵だろう。
ナインの屋敷だけならともかく、二手に分かれてまでアルマス村に来たという事はこの村にナインが居ると予測しての動きだ。
若しくは、ゲデルも目的の内なのかもしれない。
「この匂いは」
向かってくる王国兵は風上の位置にいた。
鼻が敏感なゲプロスはこの村ではあまり嗅ぎ慣れない臭いを感じ取った。
その鼻につく嫌な臭いは他の獣人達も違和感を感じ、ゲプロスの元へ駆け寄ってくる程だった。
「ゲプロス様!なんか妙な臭いがするんッスけど」
「お前たちも感じたか、ならば話は早い。
急いで蜘蛛車を用意しろ!村にあるやつ全部だ!」
訳も聞かずゲプロスの命令を遂行すべく駆けだす獣人達。
咄嗟に理解できるほどの臭い、野生に近い獣人だからこそ判断できたのかもしれない。
獣人ほどでもないがナインも鼻が良かった。
時間差でゲプロスが感じ取った臭いに気が付いたのだ。
街に住まうナインにとっては良く嗅ぎ慣れた匂い。
「何かの冗談であろう?!」
「二人とも私にもわかる様に話してくれないかな」
「油なのだ!灯火に良く使われるものである!」
「見張りが気が付く程度の距離で匂ってくるとは、奴らはこの村を焼き払うつもりなのかもしません」
「なんだって!」
問答無用で捕らえられるならまだ余裕があるものの、問答無用で焼き払われてはたまったものではない。
その行為は明らかな無法。納得の出来る理由なしに行うなど許されるはずもない。
逆を言えば、それほどの理由が、大義名分が存在するという事だ。
ゲデルの存在はこれで十中八九認識されていたと見るのが妥当だろう。
では、ナインはどうなのだろうか。
協力関係や内通を疑われたのか。
であれば、交渉中という事で難を逃れることもできるかもしれない。
しかし、事実確認の為だけであれば態々油を持ってくる必要などあるのだろうか。
ここでゲデルは最悪な発想に至った。
今までが都合よく進んでいたが故に、考えたくなかった事。
もしナインが人間でないと露見していたならば、それを良しとしない国柄だから吸血鬼である事を隠していたならば。
王国は名を遺すほどの貴族に気に食わない存在が居るなど、歴史上の汚点として許しはしないだろう。
国だけがこの事実に気が付いたのであれば、関係者を皆殺しにして事実を隠蔽する、なんてこともあり得ない話では無い。
この予想が的中しているのであれば、話し合いの結果がどうなろうとも火を放つだろう。
最悪は到着次第問答無用で放ってくる恐れもある。
「出迎えよう。私たちなら足止め位できるはずだ」
「しかしゲデル殿!仮にも王国兵、一人一人には負けなくとも数で押されれば分が悪すぎるのである!」
「民を守るのが上に立つ者の務めだろう?」
ゲプロスとナインから学んだもの。
二人とも部下や民を守るべく行動していた。
かくあれば、魔王たるゲデルも民を守らずして王を名乗る事はできない。
「それはそうであるが……わかったのである。我輩も出迎えるのだ!
ゲプロス殿は村の人々の手伝いを頼むのである」
「了解した。だが二人だけで大丈夫なのか?」
「いざとなったらゲデル殿を抱えて飛ぶので任せるのだ!」
「飛べるの?!」
ゲデルは好奇心を隠せなかった。ナインには軽くあしらわれたが、魔法であれば必ず習得しようと心に決めた。
村の外に向かおうとした時、見張りが再び大声を出した。
「なんだありゃ……でっかい山みたいな虫も居るぞ!」
見張りの声に反応したゲデルはすかさず小屋の屋根に飛び乗り、王国兵の方角へ目を凝らした。
王国兵の先頭集団はマチョウに跨り、その後ろに蜘蛛車が数台並列している。
注目すべきは、蜘蛛車の後ろで民家程度の大きさである虫が櫓を背負い、中に多くの物資や兵を乗せて走行している事。
重量がある物の、多く生えている大きく太い脚は岩蜘蛛と変わらぬ走行速度を維持している。
「装甲虫まで引っ張り出してきたのであるか!」
「知ってるのかい?」
「あれはデ・ウェーアノムスと言う名の大型の虫で多くの兵と物資を積める上に高い生命力と頑丈な装甲と強靭な脚力をもった生物なのだ。
装甲虫とも呼ばれてる通りで、特に王国で飼われているのは大型個体で突進だけでも十分に脅威なのである。
その様なものを持ち出すとはやはり話し合いで解決する気はなさそうであるな」
「いきなり切り札を持ち出してきたのか」
最初から武力で解決するつもりであるのならば、出し惜しみせず全力で戦うのが妥当だろう。
逆に言えばナインの言う通り、やはりこちらの話を聞くつもりはないと言うことだ。
だから言って先手で攻撃する訳にもいかないのだ。
ナインが周辺貴族の庇護を受けられるのは大義名分があればの話だ。
後手になってしまうが、結果が見えていても話し合いの姿勢は崩せない。
臍を噛みながらもゲデル達は村の外へと向かう。
せめて時間だけは稼がなくてはならないのだ。
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「止まれ!」
先頭を走っていた者の声が響き、村へ向かっていた兵団は速度を落とした。
その目前にはゲデルとナイン。
「これはこれは、大層な兵団と思いきや率いていたのは騎士団長であるホムンクルス殿であったか」
先ほど指示を出していた魔導士然とした人間。
仮面をしているものの、手入れされている髪の毛や声の質からして女性だろうか。
その背丈はゲデルとさほど変わらず、少女ともいえる風貌。
とても武器の扱いが得意とは思えない体つき、しかし騎士団長という役柄からしてそれなりの能力を持っていると見たほうが良いだろう。
「我が領地に兵を無断で差し向けるとは何事であるか。
納得の行く理由はあるのか聞きたいものなのである」
「理由など語る必要はありません。
ナイン・レヴァナード公爵……いえ、吸血鬼、貴方の存在は以前から感知してたんですよ」
ナインは唖然とした。
感知していたのならば何故、今更になってなのか。
そして、何故このタイミングなのか。
「混乱している様ですね。
貴方の優れた感知能力は訓練した人間でも再現する事が出来るんですよ。
つまり、魔王種の出現も、貴方の行動も筒抜けでした」
「ま、待つのだ!
我輩の正体を掴んでいたことはわかったのだ!しかし、屋敷にまで兵を向けられる理由にはならないのだ!」
ナインとゲデルの接触に対して警戒した行動であれば、屋敷まで包囲する必要はない。
標的にナインも含まれることは百も承知だったが、理由を知りたかった。
「理由など、吸血鬼であると言う事だけで十分ではあるのですが、まぁ正体が露見してなかった以上情けで見逃す事も出来ました。
ですが、魔王種と接触した以上見過ごす訳にはいきません」
「だから、我輩の正体が公になる前に魔王共々口封じをすると?」
人間視点からすれば潜り込んでいた魔族が、強力な力を持つ種族と自ら接触しようと動いていたのだ。
確かに、看過できる問題ではないだろう。
だからと言ってなにをやっても許される事ではない。
「目覚めてから様々な人物と関わったが、君らが一番野蛮だね」
「承知の上です。甘い判断で行動した結果、後手に回って大損害を被るなど御免ですからね」
「なら、一手遅かったね。あの村の人々は避難している頃合いだろう」
確認できた時点で準備は始めていたのだ。
何か問題が起きない限りは出発している頃合いだろう。
そう、何か問題が起きなければ。
「貴女は、我々が馬鹿正直に正面だけから来ている物と思っていたんですか?」
まさか、とゲデルが振り返った瞬間だった。
村の方角から爆発音が響いた。
「どういうことだ?まだ合図は出してない筈ですが」
このタイミングで爆発音など、王国兵達も予定外だったらしく確認を取っていた。
「は!連絡によりますと、村を包囲した兵が亜人による抵抗を受け交戦を開始したそうです」
「ゲプロス達か!」
村を守るために亜人達が総出で戦っているのだろう。
しかし、村が包囲されたとなると状況はあまりよろしくない。
装甲虫を引き連れた仰々しい団体は揺動だったのだ。
時間を稼ぐつもりが、時間を稼がれていた。
こちらが釘付けになってる間で村を落とす作戦だろう。そう考えればこの場所に長居する必要が無いのは明確。
相手に行動を許せば、こちらの足を止める為何をしでかすかわからないからだ。
どの程度の速さかは分からないが、ここはナインの飛翔魔法に頼るしかない。
「……多少物事が前後しただけ、作戦に支障はありませんね。
ふふ、搖動作戦は古今東西通じる良い兵法ですね。被害を最小限にできる。
さて、魔導士兵!魔王種及び吸血鬼を拘束せよ!」
装甲虫の櫓から数人の魔法使いと思しき兵士が下りてくる。
魔力を集中させており、何らかの魔法でゲデル達の動きを封じるつもりだろう。
「ナイン、私が連中の目を眩ませるから、その隙に私を抱えて村まで飛ぶことはできるか」
「余裕である」
小声でやり取りし、心強い返事だとにやけそうになるが堪えた。感付かれてはならないのである。
拘束するほど持続力の有る魔法はそう遠くまで届くものではない。
ならば、寄ってきたところで一泡吹かせてやろう。と策略する。
敵兵たちがゲデルを取り囲み、にじり寄る。
「今だ!」
震脚。
ゲデルの放った技はゲプロスから最初に教わった技だった。
曰く、如何なる技もまず地をしっかり踏み込むことからだとか。
なので、しっかり踏み込んだ。特大の衝撃魔法を乗せて。
「しまった!」
騎士団長とやらが叫ぶがもう遅い。
拡散した衝撃で近くにいた兵は吹き飛ばされ、大きく舞い上がった土煙が視界を遮る。
更に、ゲデルは衝撃の反動を利用して直上に飛び上がっていた。
落下を始めたゲデルを受け止める為に土煙から飛び出してきたナイン。
ゲデルをしっかりと抱え、宙をすべるように飛ぶ。
「思ったより全然早いな!」
「驚いたであるか?これが我輩の真髄なのである!こんな程度の距離ものの数分なのだ!」
本当に驚きである。
この速度で飛べる魔法ならば、あらゆる場面で便利に活用できる。
ナインの言うものの数分も例えではなく、村に戻るまで本当に数分だった。
だが、村の状況は一言でいえば最悪だった。
すでに火は放たれ、村の中央広場に皆は追い詰められていた。
「ゲデル様!」
空から降りてきた二人を見て亜人達が駆け寄る。
「すまない。相手を甘く見過ぎていた。
状況はどうなんだ」
「見ての通り、火に囲まれております。
火の勢いはまだ強行突破できる程度ですが、火を抜けたとしても王国兵が完全に包囲しています。
時間が経てば、いくら広場と言えどここも……」
「そうか、ところでゲプロスはどこだ?」
村を完全に包囲するとは、小さい村とはいえ別動隊もそこそこの規模で攻めてきたのだろう。
しかし、ゲデルは真っ先に報告に来そうなゲプロスの姿が見えない事が気になっていた。
「ゲプロス様は……戦いで傷ついた我々の手当てをしてくれました。
そのせいで、魔力の回復が追いつかず自身の傷を治せずあちらの方に」
「なるほど、それで撤退したのであるか。
ゲプロス殿が戦闘不能であれば相当に厳しいのである……」
「とりあえず様子を見てみようか」
案内を頼まれた亜人は躊躇したが、諦めるようにしてゲデル達を案内した。
蜘蛛車の幌を覗き込んだ時、ナインは一瞬言葉を失った。
ゲプロスは半身が焼け爛れていたのである。
「ゲプロス様は逃げ遅れた村人を庇って炎上した民家の倒壊に巻き込まれてしまったんです。
治癒魔法を扱う力も残っておらず、患部を冷やすのが精いっぱいでして」
「申し訳ありませんゲデル様、情けないことにしくじりました」
ひねり出すような声で詫び、表情で余裕を見せる。
それは精いっぱいの空元気であるとゲデルでも理解できた。
そのような状況ではあるが、ゲデルはどこか余裕がある様に笑顔を返していた。
楽観的なのか、現状打破の方法があるのか、傍から見ているナインには判別できなかった。
「どのような状況だって、余力はちゃんと残しておかなきゃね。
ちょっと試させてもらうよ」
「これは……」
嘗てそうされたように、ゲプロスの火傷に手をかざし、なぞる様に撫でていく。
すると、撫でられた部分は何事もなかったかのように火傷が完治していた。
「俺の治癒魔法、見よう見まねで覚えたのか!」
「もっと褒めたまえ」
ゲデルの態度と元気になるゲプロスが悲観的になりつつあった場の空気を和ませる。
だが、全体の状況が変わったわけではない。
和んでないでどうやって脱出するのかとナインは二人を急かした。
「ゲデル様、衝撃魔法の応用で活路を開くぞ」
完全回復し、師として切り替えるゲプロス。
魔力自体は回復しきっていないので、ゲデルに現状を打破するための秘策を伝授するつもりだ。
「どうすればいい?」
「時間がない、まずは蜘蛛車を一列に並べ森に向けて走らせるんだ。
俺達は先頭に立ち、衝撃波ならぬ衝撃砲を放って直線状の一切を薙ぎ払う」
「衝撃砲?」
「練習している暇はない。ぶっつけ本番、言葉通りに想像するんだ」
そんな無茶な、と誰もが思う所ではあるが、火の手は今も勢いを増しているのだ。
やって成功させるしか道はない、とゲデルは腹をくくった。
村人と亜人たちの命はゲデルとゲプロスに懸かっているのだ。
失敗は許されない。