6.荒野の領主
彼の話は長かった。
手に力を込め熱く語る様はとても気持ちよさそうだ。
しかし、話すことに夢中になって周囲が見えなくなるのは良い事ではない。
何故ならば、扉向こうに立っていたはずの兵士たちの気配が弱まり、ゲプロスと思わしき大きな気配に変わったからだ。
この領主は気配からして人間ではないとゲデルは察していた。
話に夢中になっていなければ、亜人特集の魔力に対する敏感さでゲプロスの気配を察知していただろう。
だが、そのゲプロスが部屋に入ってきても気が付かない。
姿勢を低くしようとも、この黒色獣人は存在感の塊なのだ。何故気が付かない。
ゲデルが何気なく手を振ってやると、ゲプロスは立てた指を口に当て静かに、という仕草を返してきた。
ゲプロスは音を殺し、ゆっくりとナインの背後に忍び寄る。
「覚悟ぉ!」
間合いに入った時だった。素早く抱え上げ、その勢いのまま背後に向かって反り返ったのだ。
「ほぁっ?!」
抱えられたままのナインは後頭部から床に突き立てられることとなった。
鈍い音が響く。衝撃魔法の応用だろうか、消音使用だった。
ナインは何が起きたのか咄嗟に理解できなかったらしく、楽な姿勢をとっているゲデルをしばらく唖然と見つめた。
状況を理解したとたん痛みがやってきたのか、途端に後頭部を抑えて転がり始めた。
「いやぁ、愉快痛快」
「ゲデル様ご無事で何よりです」
「扱いが人道的だったからね。人ならざる物に人道的とはなんだか妙だけど」
落ち着き始めていたナインが人ならざる物と言われた瞬間、動揺を見せた。
「俺はお前のような気配を知っているぞ。闇に生きる者が何故領主の真似事などしている」
「な、なんのことであるか?我輩はナイン・レヴァナード、確かに古語ではないが、歴とした人間の名前なのである」
亜人である事を隠しているのだろうか。
であれば、これは弱みを握ったことになるのだろう。形勢逆転である。
「阿保か貴様、古語による名は亜人の方が多い。貴様、吸血鬼だろう」
古語が何なのかは置いといて、吸血鬼とはまた新しい種族だ。
どのような特徴をもって吸血鬼とするのかは非常に気になるところ。
ゲデルの中には既に好奇心が渦巻いていた。
「かく言う貴様はゲプロスであるな?荒野の盗賊王が何故ここに居るのだ!」
「盗賊王?俺は魔王ゲデル様の右腕だ。王様が捕らえられたのであれば、取り返しに行くのが道理だろう!それもわからず手を出したのか貴様!」
下調べの情報は古かったらしく、ナインの元には盗賊団が魔王の傘下となった話は伝わっていなかった様だ。
しかし、そうであれば何故私を捕らえようとしたのか、とゲデルは疑問に思った。
ゲデルが目覚めてから一週間もしないうちに盗賊団は傘下となったのだ。
そのわずかな間の情報だけだとしても、村に居たのは盗賊団が攻めてくるまでの数時間ほど。
情報として出回るにはあまりにも短すぎる時間だ。
「まさか本当に魔王として君臨しようとしていたとは思っていなかったのである!」
「ちょっとまって、君……。もしかしてすごい感知能力とか持っていないかい?」
ナインが持っている情報の曖昧さ、そこから推測するに、情報を誰かから得たのではなく自らの能力で状況を把握したとすれば納得がいく。
もし感知能力で有れば、その範囲の広さはゲプロスやゲデルの比ではない。村に滞在していた事まで把握してたとなれば精度も高いだろう。
ゲプロスの接近に気が付かなかった当たり、集中力を必要とするのであろうが、それでも魅力的な能力である。
「よくわかったのであるな!我輩は荒野全域の魂を把握することができるのだ!」
「慎め!」
「ひぃ!」
再びふふん、と胸を張ったナインだったが、ゲプロスが壁を殴り一喝すると縮こまってしまった。
だが、荒野全域と言う言葉は捨て置けない。予想以上の感知範囲である。
ゲプロスと同じく部下にできればどれほど心強いか、とゲデルはナインの事を欲しがり始めていた。
「ゲプロス、あまり彼を威嚇しないでくれるかな」
「申し訳ありません」
ゲプロスは一礼すると、ナインから数歩離れた。
「さて、ナイン……君の能力の事は解った。そこで、次の質問なんだが、君は荒野に生きる亜人と何か繋がりがあったりするのか?」
もし、繋がりがあるならば全て吐いてもらわなくてはならない。
魔王が居なくなった森に攻めてくる種族が解れば対策の取り様もある。
「組織的な繋がりは無いのだ!食い扶持に困った連中を積極的に兵として採用はしていたが、それだけなのだ」
つまり、ナインは荒野の種族間における状況を把握していない。
従ってゲデルが捕まっているという情報は広がっていないと思われる。
仮に何らかで情報が出回っていたとしても、そう早く広まることはないだろう。
「では、君は何故私を狙ったんだ?」
「魔王種が突然現れれば荒野の均衡は崩れるのだ。それを阻止するか、抑圧力として確保しておきたかったのだ」
「なんだ、ゲプロスと同じ考えじゃないか」
「そうですな。ただ、時期が悪かったな」
「どういうことなのだ?」
ゲデル達はこれまでの経緯を話した。
そして、現状において荒野の均衡を保つのであれば、ゲデルを魔王に据えて森を管理させる必要があるとも。
ナインなりに平穏を考えての行動だったが、逆効果であると指摘されまたひどく落ち込み始めた。
「我輩、道化ではないか!」
「行動をする前に、しっかりと事前調査をすべきだったな」
「うーむ、想定外とはいえ、確かに反省すべき点であるが……」
悪人ではない。そして改善しようとする意志がある。ゲデルにとってそれだけで十分だった。
このナインと名乗る吸血鬼は仮にも公爵なのである。味方に引き込むだけで様々な道が開けるだろう。
また、ゲデルは話の中で無視できない言葉を聞いていた。それについても追及しなくてはならない。
ともあれ、まずは現状を落ち着かせることが先決だろう。
「とりあえずだ、私を村に返してくれないか?」
「むむむ、わかったのだ。我輩等が責任をもって送り届けるのだ」
「それならちょうど良い。皆を落ち着けてから村に戻って、今後の事について話し合おうじゃないか」
「わかってる。わかってるのだ!」
ゲデルを帰すだけで解決する訳ではないとナインも理解していた。
人質まで取ってしまったのだ。それなりの償いをしなければならない。
ゲデルはそれに乗じて彼を部下に引き入れようと企む。多少強引でも構わない、と。
「おい、まだ終わらんのか!」
「え、村長!?」
すっかり忘れられていた村長が扉から顔を出した。
予想外の人物が登場したことにゲデルでさえ驚きを隠せなかった。
「借りを返しただけだ。これで憂いはない」
「そういう事です。もう一人居るんですが搖動で騒ぎを起こしてまして」
「それはイカンな。我輩に任せるのである」
ナインは寝ている警備兵を叩きおこし、ゲデル達を客室へ案内するように指示する。
「私は行かなくていいのか?」
「こうなった以上は客人なのだ。客人の手を煩わせれば我輩の名が廃れるのである!」
と言い残し、駆け足でナインは二階へと向かった。
ナインにとって公爵であるという事は人間の真似事等ではなく、ナイン自身の大切な存在意義なのだ。
公爵と言う立場に恥じぬように振る舞い、しっかりと責任を持とうとする。
ナインの背を見てゲデルは、ゲプロスとはまた違ったことを学べそうだと期待する。
かくして、一連の騒動は収まる事となり、ゲデル達は気分よく翌日を迎えたのだった。
搖動として働いていた若者は割と早い段階でばれていたらしく恨めしそうな目線でゲプロス達を見ていたが、結果良ければすべて良しと言う奴だろう。
約束通り、ゲプロスとゲデルが乗った蜘蛛車にナインも乗り込み、村長たちは来るときに乗ってきた蜘蛛車に乗り込んだ。
兵士が蜘蛛車の点検を済ませ、ナインの部下たちに見送られつつ出発した。
「ところで、何故吸血鬼であるアンタが人間の領主なんかやってるんだ?」
街が見えなくなってきた当たりで、ゲプロスがずっと気になっていた質問をナインにぶつけた。
吸血鬼であることは隠している様子ではあったが、そのような面倒なことをしてまで人として領主やっていくのは簡単なことではない。それに、単純なもの好きとも思えなかったのだ。
特に吸血鬼はその名の通り、人の血を啜る亜人だ。餌であるはずの人間を配下にするなんて聞いたことがなかった。
「単純な話なのである。我輩は人間が好きなのだ」
「好きで為せる領域ではないと思うんだが」
「いろいろあるのだ。簡潔に言ってしまえば好きでやってるのだ」
ゲプロスはそれ以上踏み込むのをやめた。何か理由があって人間を好きになり、その為に公爵となったのだろう。
態度からして、あまり愉快な話では無いことが伺えた。
ゲデルも察したのだろう。特に追及はしなかった。
帰りも特に問題はなく、順調に進んでいる。
途中、マチョウの群れに遭遇したが、三匹を食肉加工して事なきを得た。
いい土産ができたと満面の笑みを浮かべる村長とゲプロス。
ゲデルが捕まっている間に何があったのか、今まであったわだかまりは消えていた。
ただ、それ以上にマチョウの肉は大変美味であるとの事。
ゲデルは帰ってからの晩餐が楽しみと、心を躍らせ目を細めた。
その緊張感のない一行に対して、魔王種について真剣になっていた自分が馬鹿らしいとナインは嘆いた。
ゲプロスは切り替えが大事だと説くが、ナインはつんけんした態度で余計なお世話だと突っぱねた。
無礼な態度ではあるが、あえてそうすることで彼なりに打ち解けようとしているのだろう。
貴族である以上引けないところは引けないのだ。だから、せめてわかりやすく対応することで和らげている。
態々人のプライドを突くような趣味を持つ者もこの場におらず、多少窘める程度だ。
この場の皆が短期間に起きた物事を通して受け入れることの重要性を学んだ結果だろう。
ともあれ、親睦を深められたのは良い事だった。
アルマス村に到着したのは昼前だった。シャリア達の心配をよそに、マチョウが三匹も獲れたと報告すると村は湧き上がった。
マチョウはゲデルと同じくらいの背丈をした大型の鳥であり、4足歩行に適応した肉体には可食部が多い。
100人ちょっとしか居ないアルマス村でなら、全員で分け合っても余るほどだった。
そうした肉は腐らない様に保存食として加工される。
「そんなにうまいのであるか?」
村民たちのはしゃぎっぷりにナインの心が揺らいだ。
アルマス村では御馳走だが、マチョウは動物に近いとはいえ魔物なのである。
調教師も少なく、人に慣れず気性も荒い事から家畜には向かず、人里にはあまり出回らない食材なのだ。
「少々臭みがあるが、しっかり下ごしらえすれば問題ない。
独特の歯ごたえと切れの良さが癖になるぞ」
「であれば、我輩達にも少し……」
「その前に、やるべきことをやらないと」
ゲデルに言葉を遮られ我に返ったナインは、咳払いをして軽く誤魔化した。
気を取り直して貴族然とした態度を取り始めようとするが、ゲデルが人の指摘をしながらも口から涎を垂らしているのを見逃さなかった。
気のゆるみっぷりをじと目で一瞥してから本題に入る。
「うぉっほん!挨拶が遅れたのである。我輩は荒野一帯を領主とする公爵こと、ナイン・レヴァナートなのである。
この度は我輩の早とちりで村長殿並び村の方々に不安と不自由を与えてしまい、深く詫びるのである」
言葉遣いこそはお高くとまって居るものの、ナイン達が深々と下げた頭はしっかりと誠意を見せていた。
貴族にとって、下々の者に頭を下げるという事は屈辱として断固と譲らない者も居る。
様々な場所で多くの人間を見たゲプロスは後に、人間よりも人間性が良くできた亜人と語った。
「償いは行動で示すとして、まず荒野についての今後の事をって聞いているのか」
ナインの事は眼中にないとばかりにマチョウを捌き、加工を始める村人たち。
流石狩猟民族というだけあって手早く手際よく部位ごとに分けて分担して下ごしらえを始めている。
「これは、我輩は怒るべきなのか呆れるべきなのか」
「さんざん放置されてたんだ。今更領主と言われてもピン来るものじゃない。
アンタも手伝うんだ。飯を食いながら会談するのも悪くはないだろう」
「もういいのである。さ、お前たちも手伝うのだ」
ナインはツッコミを入れる気力さえ失せ、部下に手伝いを命じた。
魔族の適応力は高いのだ。
「しかし、いくら我々が悪いとはいえ、この様な態度はあんまりでは」
兵達の意見は間違いではなかった。
少なくとも、貴族社会の中ではだが。
「言いたいことは解るのだ。だが、ここは我輩の領地で有れど、権力までは行き届いていないのだ。
それに、相手は魔王であるぞ?人間社会の掟は通用しないのだ。
我輩はこんな言葉を聞いたことがあるぞ、郷に入れば郷に従うべしである、と。
従って、今は彼らの手伝いをするのが一番合理的なのである」
ナインが言った通り公的にはナインの領地なのだが、実質はゲデルの支配下なのである。
権力が無いに等しい魔王とでも、友好的な関係を築くに越したことはない。
相手が危害を加えてこない以上、無理に敵対する必要はないのだ。
ならば早とちりで騒動を起こした償いに雑用程度なら軽いもの。
率先することで信頼関係の第一歩ともなるだろう。
何事も、些細な積み重ねからなのだ。
ナインの思考を理解したのか、兵達は下ごしらえの手伝いを始めた。
牧拾いや水汲み等、やることは多いので村人たちも口々に助かると彼らを受け入れた。
亜人を受け入れた村人たちである。ちょっと敵対的だった程度の人間ならば何も気にしない。
ゲデルが見渡す限りでは特に敵対心や恐怖心と言ったものは見られない。
村長が亜人に対する対応を改めたように、亜人に対して懐疑的だった人々も考えを改めた様だ。
まだちょっと躊躇は見られるものの、積極的に亜人と接している。
ナインの騒動がこれらの結果をもたらしてくれただけでもゲデル個人としては満足できる結果だが、魔王としてはそうもいかない。
忘れそうにはなるが、ナインは公爵なのだ。
並みの貴族とはわけが違う、とゲプロスに教わった。
公爵の言葉であれば王国も無視しきれるものではない。
このナイン・レヴァナート公爵を足掛かりにして、王国に取り入る事もできるようになる。
魔王として勢力を拡大するのであれば、いずれ王国が何らかの対応をするのは必然と言える。
その時、話を円滑に進めるにはナインの存在が必要不可欠だろう。
幸い、ナインも状況を受け入れる寛容性がある。
今度はただ押すだけではない、引くところではしっかり引き、双方納得のいく結果を導き出さなければならない。
ゲデルはちょっとした緊張を感じつつ、涎をぬぐった。
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「……であるからにして、我輩はもう少し状況を調べる事にしたのである」
肉料理を囲んで行われている晩餐会。
ナインは料理をつまみながら、事の顛末を話していた。
まともに聞いている者は少ないが、まとめ役であるシャリアと村長がしっかりと聞いているので、問題はない。
ナインが連れてきた兵士たちは既に酒が回っており、村人たちと騒いで大笑いしている。
ちなみに、ゲデルはお酒が飲めなかった。鼻が良いからか、初めて嗅いだ臭いだからかは分からないが、醗酵したもの独特の臭いがだめだったのだ。
酒を浴びるように飲む人々を見て理解に苦しむが、楽しそうな彼らはちょっと羨ましい、そう思いながら肉を頬張る。
飲めない分食べるのだ。だれもゲデルを止められない。
「そうなの、この村としても外から人が来ることは稀だしもっと話を聞きたいものね」
「我輩が知ってることであれば話すのだ!何を聞きたいのだ」
酒が回り気分がよくなっているのか、聞いたこと聞かない事なんでも話している。
シャリアも乗せるのがうまく、より多くの情報を聞き出そうと話を合わせている。
この流れで有れば、とゲデルはナインに話しかけた。
「ねぇナイン、客観的に聞いて状況を吟味したけど、君は魔王に対して決して軽くはない事をやらかしてしまったね?」
「な、なんであるか急に」
ナインの方に肘を置き、絡みつくような声で続ける。
その顔はとっても悪そうだったと、シャリアは後に語った。
「君は私に借りができてしまったわけだ」
「う、うむ!我輩は逃げる男ではない、責任はしっかりとるのだ!」
「そうか、ならば君とは長い付き合いになりたいものだな!私の元で!」
「そんな事であるか!お安い御用なのである!こんごともよろしくなのだ!」
承諾した。彼は承諾してしまった。ゲデルの部下になるという事を。
酒に酔うと思考が鈍る、ゲデルにはそれが単純に気分がよくなっているとしか思えなかった。
飲まない人が酒に酔った状態を想像できるわけがない。
仕方ないとはいえ、この手法は誉められたものではない。
村長は笑いをこらえ、シャリアは冷ややかな目線を送り、他の輪に居たゲプロスは耳を傾けていたのか驚き振り返っている。
ゲデルは妙な空気を感じやらかしたかと一瞬思ったが、ナインが楽しそうなのでよしとした。
ナインとゲデルの約束なのだ。締結した以上、誰にも口出しさせるつもりはない。
それでありながらも、酒の場での約束事は控えた方が良いと覚えるのであった。
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ナインは朝日の眩しさに目を覚ます。酒の力とは恐ろしい物、いつの間にか寝入っていた様だ。
あたりを見渡すと、同じようにその場で寝た人々が目を覚まし始めていた。
「うーむ、なんであるか、なにかゲデル殿と話していた気がするのであるが……」
「お前覚えていないのか」
先に起きていたであろうゲプロスが後片付けをしていた。
ナインは問いに答えるべく記憶をたどる。
最後の記憶、眠る前、そして思い出す。
「やってしまったのだ!」
「やっぱりか」
酔った勢いで深く考えずに返事してしまったことを今更後悔するナイン。
いくらなんでも公爵がまだ無名の魔王の配下になるなどあり得て良い事ではない。
ナイン自身のプライドだけの問題であれば我慢できよう物の、公爵という立場では許されない。
事の顛末を詳しく知らない部下や領民が絶対に納得しないのも火を見るより明らかだ。
「やっぱり駄目でしたとは言えば殺されるのである!」
「殺されはしないだろうが、相当にがっかりするだろうな。その結果何が起こるのかまでは知らないが」
ゲプロスはゲデルに楽観的なところがあるとみていた。
故に、ナインがやっぱり無理と断ったとして深く責める様な事はしないだろうとも想定できた。
しかし、権力を逃しまた魔王が野放しとなるならば、早かれ遅かれ様々な問題が起こることも予期される。
なのでゲプロスとしてはどうにかしてでもナインとゲデルに協力関係を持ってもらいたい。
「ナイーン、昨日の話なんだがー」
ナインの顔が青ざめる。
ゲデルも先に起きており、身なりを整えていたのだ。
満面の笑みで話しかけてくる魔王、と言うよりも無邪気な子供のようにも見えるその姿を見てナインは罪悪感に似た感情も沸き始めていた。
だが、覚悟を決める。
「申し訳ないのである!酒に酔った勢いとはいえ、軽々しく引き受けておいて何なのだが部下にはなれないのだ」
「え……」
固まった。魔王が。
ゲプロスもこのような反応を見るのは初めてで物珍しさに目を丸くするが、ここで万が一にも敵対的行動をとられたりしたら困るのでナインを援護する。
うまく誘導すればよい関係性を築くことも可能だろう。
今ここで理性的な対応をとれるのはゲプロスしかいないのだ。
「ゲデル様、この間話した通り公爵と言う立場はとても高い位にあるものです。
公的に部下になるには様々な段階を踏む必要があるでしょう」
「そうである!我輩もゲデル殿の成り上がりを見ていきたい所なのであるが、立場上やらなくてはならないことも多いのだ」
「逆を言えば公的に部下にならなければいいだけなんです。な!」
「え?!あ、そうなのである!部下にはなれなくとも、協力者にはなれるのだ!」
「よしそれで手を討とう」
即決。ゲデルは待ってましたとばかりにナインからの提案を受け入れた。
協力してくれるだけで結構、魔王と関係性がある事自体が問題と言われればちょっとした脅しも辞さないつもりが、杞憂だった。
ナインとしては嵌められた様な気分だが、怒りを買わなかっただけ御の字と無理やりにでも考える。
何とか話をまとめた時だった。ナインの懐から声のようなものが聞こえ始める。
ちょっと失礼、と懐から取り出したのはペンダントのようなもの。
中央にはめられた水晶は淡い光を放っているようにも見える。
「ほほう、これは通信水晶の欠片だな」
また面白そうなものが出てきた、とゲデルは目を輝かせた。
ゲプロスもその様子を見て催促されたわけでもないのに説明する。
通信水晶の欠片とは、文字通り通信水晶を砕いたものである。
その通信水晶とは長年魔力が染み込み変質した水晶で、つがいとなる水晶同士で映像と音声のやり取りができる代物。
つがいの片方を砕くことにより映像は見れなくなるが、より多くの人間と音声のやり取りができるようになる。
ただし、通信できる範囲は砕かない方が広く、水晶自体の魔力も細かくなるほど長持ちしなくなる。
例外的に地脈と呼ばれる地下の魔力流が比較的浅いところにある地域では、魔力の消費なしで広域通信を行なえる。
魔力が切れた水晶も、ある程度魔法を扱える者であれば自分で充填できる。
数が少なく値も張る事から一般には出回っていないが、国の重役等にとっては必需品。
今となっては国同士の争いですら通信水晶の保有量が戦局を分けている。
もし、これが安価で生産できるようになれば人々の生活は大きく変わるだろう。
ゲプロスは少々楽し気に説明していたが、どうにもナインの様子がおかしい事に気が付いた。
「おい、どうした」
「我輩の屋敷が王国兵に包囲されたのである。部下からの報告ではこちらにも向かってるとの事なのだ!」
平穏はまだ訪れない。
魔王の目覚めによる動乱は、想定以上に広がっていたのだった。