5.レヴァナード公爵
移動に丸一日かけ、ようやくたどり着いた王国の辺境。
道中途切れることなく領主自慢を聞かされていたゲデルはいい加減うんざりしており、やっと解放されると胸をなでおろすのであった。
町中に入ると自慢話は止み、今度は町中で暴れるなとか、失礼のないようにといった注意に切り替わった。
魔王も魔物の延長線として捉えられているのだろう。盗賊団の亜人達を思えば納得できないこともない。
ただ、ゲデルを晒しものにしながら連行しないあたり、ここの領主は権威を振りかざしたり無駄に示すような人間ではないと伺える。
つまり、丸一日聞かされた自慢話も、嘘や妄言では無いのだろう。
ゲプロスの時のように、思ったよりもうまく話が進むかもしれない。
そうした楽観もできる。ただ、何故夜中なのだろうか。
普通ならば暗くなる前に休息をとり、夜が明けてから再出発する物だろう。
いくらこの荒野に生物が少ないとはいえ、危険が全くないわけではないのだ。
魔物や肉食獣だけではない、ゲプロス達がそうだったように盗賊が出ることもあるのだから。
それに、夜中に領主の元を尋ねるのも非常識ではないのだろうか。
なにか引き渡しを急ぐ理由でもあるのだろうか、とゲデルは勘ぐるが、あまり深く考える前に目的地へ到着したようだ。
蜘蛛車が停まった屋敷は明かりが灯っており、門番の出迎えもあった。
受け入れ準備万端と言った形だ。
門の前で蜘蛛車から降ろされ、紐を引かれ連行される。
寝静まった町中と違い、屋敷の中は活気が溢れていた。
まるで昼夜が逆転しているかのような状況だ。
物珍しそうにしている気配を察したのか、後ろを歩いている兵が説明しだした。
それによると、この屋敷は休むことなく行政を行っているそうだ。
常に二人一組で業務を行い、昼と夜で交互に休ませているとか。同じく、休日もずらすことにより止まることなく仕事を続けさせられるとの事。
今では落ち着いているものの、50年ほど前から始まった荒野化の影響でこのような体制を取り始めたのだという。
当時は人々の移住や荒野化を食い止める政策等で、休んでる暇などなかったそうだ。
レヴァナード公爵は二人一組の体勢を作ったり、難民受け入れに関する政策で評価された。
その結果として、荒野をまるまる領地として与えられ現在の地位についたそうだ
荒野を与えられるとは、単純に押し付けられたのではないかとゲデルは勘ぐるが、兵士が誇らしげなので黙っておくことにした。
蜘蛛車の中でもそんな話を聞かされた気がするし、今更なのである。
「ところで、私はどこに向かっているんだい?」
「応接室だよ。牢獄じゃなくて良かったな」
最初こそは見た目に対する戸惑いや魔王と言う存在に対する畏怖などを感じたが、今となってはお互いに警戒心を持っていない。
兵士からしてみれば、思っていた以上にゲデルが人間的で親近感さえ沸いていた。
従順で有れば、領主もゲデルを理不尽に責め立てたりすることはないだろうとも言い聞かせていた。
ゲデルも無駄な抵抗をせず、人質という強行的な手段に不満を感じながらもとりあえずは話を聞いてみようと従順な態度は崩さずにいた。
「すまないが、しばらく我慢してくれよ?一応は安全のためだからな」
応接室に到着したゲデルは、魔封じの紐ごと椅子に縛り付けられた。
魔王を相手取るなら安全策を講じるのは当然の事だろう。問題は、それが不十分過ぎるという事だが。
兵達は部屋を後にし、ゲデルだけが取り残された。
三階ほどの高さにある応接間、唯一ある扉の外には人の気配がする。
一応は、逃げられたら困る人物を相手にする為の部屋ではあるようだ。
壁には絵画や高そうな壺が飾られ、資産の余裕を見せつけられているようだ。
目覚めてからというものの、田舎の質素な部屋や森の中で生活していたゲデルはこのような部屋は中々に落ち着かない。
早く帰って寝たい。兵士との会話ですっかり緊張感が抜けたゲデルは公爵との対話の前に、眠気との戦いを強いられていたのだ。
とっくに人は寝静まる時間帯なのだ。無理もない話だろう。
扉から物音に反応し、飛びかけだった意識は急速に覚醒した。
そのせいで体が瞬間的に強張り、椅子が音を立てた。
何とも言えぬ気恥ずかしさから部屋を見渡し、誰もいないことを再確認する。
涎が垂れていなかった事は不幸中の幸いだろう。
扉が開き、兵士に頭を下げられながら入ってきたのは、金髪で堀の深い顔をし黒い衣服に身を包んだ男だった。
その顔には、若干年季を感じさせる皺が刻まれている。
「待たせたな。我輩こそが荒野の領主であるレヴァナート公爵こと、ナイン・レヴァナードなのである」
ふふん、と胸を張るナイン。その言動は絶対の自信からくるものなのであろうか。
「その角、やはり魔王種で間違いないようであるな」
魔王種?魔王ではなく魔王種、聞きなれない単語が出てきた。
「何を不思議そうな顔をしておるのだ?まさか、自覚が無いわけではあるまいな」
「すまない、魔王と言う自覚はあるが、魔王種って言葉は聞きなれてなくてね」
「魔王?城も持たずに魔王であるか?これはこれは面白い冗談である!」
気にしているところを突かれ今すぐにでも殴り飛ばしてくれようかという衝動に襲われるが、ここは寛容的な心をもって聞き流してやる事にした。あとで覚えてろ。
しかし魔王が城を持つものであるならば、眠る前の私が魔王だったから魔王と言う自覚があるのではなく、魔王種という存在だから魔王に成ろうとしているのだろうか。
記憶がないのではなく、こういう存在として発生したと?
解らないことはとりあえず聞いてみよう。
「魔王種とは何だ?何をもって魔王種なんだ」
「何も知らないのであるな、仕方ないのである。我輩が教えてやるのである!」
なんだろう、一々腹立つなこいつ。
ゲデルは話を聞く態度をとりつつ、報復に何をしてやろうかと考え始めていた。
それに対して、ナインは話し始めると至って真剣になった。
「魔王種とはどの様な希少個体にも表れる事のない不自然な黒い角を持った知的な亜人達の総称なのである。
質感が生物的な物とは全く違うものであるから、同じく黒い角を持った亜人でも魔王種かそうでないかは簡単に見分けられるのである。
もう一つ共通点を挙げるのであれば、逸脱した魔力とそれに呼応した身体能力を例外なく持ち合わせているという所であるな」
ゲデルの肉体は大して鍛えてもいないのに、単純な力はゲプロスより強い。
もしかしたら魔力も扱えていないだけで、そこらの魔法使いよりあるのかもしれない。
魔法も学び、試してみる必要があるだろう、とゲデルは帰ってからの予定を立て始める。
「そこで問題なのが、魔王種の発生方法なのである。
自然発生など聞いたことがないのだ。大抵は他の魔王種を取り込むか、亜人の器に収まりきらぬほどの魔力を抱え込んで変質するかなのだ。
貴様はどうやって魔王種に成ったのだ?我輩はそれを知りたいのである」
「残念だが、私はその答えを持っていない。森で目覚める前の記憶がないんだ」
そうであるのか、と今度は目に見えて落胆するナイン。少し面白い奴でもある。
「しかし、魔王種と魔王が別物であるのならば、何故魔王種と呼ばれているんだ?
魔王種に魔王となるものが多かった……じゃないな、最初の魔王種が魔王だったのかな?」
「どちらも外れではないのであるが、魔王種が魔王種呼ばれ畏怖されるのは、その最初の魔王種が最大の原因なのである。
我輩が生まれる前の話なので詳しくは知らないのであるが、3匹の魔獣と共に地上を焼き払い、文明を大きく後退させたとも言われてるのだ。
そして、その魔王の象徴が魔王種に存在する不自然な黒い角なのだ」
ナインはゲデルの角を指さし、なぜか得意気になっている。
思っていた以上にスケールの大きい話でいまいちゲデルは理解できなかったが、魔王種に対する懸念は理解できた。
おとぎ話や伝承で恐れられているのだ。孤立した村故に伝承が廃れていたのかもしれないが、よくこの魔王を名乗る魔王種を受け入れたものだとアルマス村の人々に対して感心するのであった。
しかし、ここでまた新たな疑問が浮かぶ。
「それほど強い魔王なら何故現存しない」
「それであるが、伝承ではひどく曖昧でな?我輩も調べてみたのだ。
すると、ほかの魔王種が発生して打ち倒したとか、勇者が表れて撃ち滅ぼしたとか、或いは地の底に封印されたとか地域によって様々なのである」
詳しい事は誰一人と知らない。結末はわからず、終わったという事実から様々な尾ひれを付けられたのだろう。
それがナインの推論だった。ゲデルとて、同じ情報しかなければ同じ答えを出すだろう。
「ありがとう。私自身私が何者なのかはよくわかってなくてね。
興味深い話を聞けたよ。
それで、君は私をどうするつもりなんだい?」
慣れてきたとはいえ、縛られたままなのはあまり気分がよくない。
なので率直に目的を聞いてみる。
「うむ、貴様には我輩の手足となって働いてもらうのである!
従わぬ場合は投獄、気は進まないが処刑も手段にあるのだ」
ふむふむ、とゲデルは頷く。
内心では処刑という言葉を聞き、手加減する必要はないと判断を下していた。
なので、音の出ないように紐を千切る。何時でも戦える体制を整えるのだ。
「貴様が我輩の元で働くのであれば、好待遇は約束するぞ?
仮に処刑になったとしても、魔王種を討伐したという実績は大きなものとして残るのだ!」
拳に力を込め、熱く語るナイン。
勢いはとどまることを知らず、自己の世界に陶酔し始めている。
彼には周りが見えていない。
ゲデルは椅子を前後に置き換え、背もたれに腕と頭を乗せて欠伸をしている。
また、ずいぶんと長い話になりそうだ。
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「ゲデル様、どこにいるんでしょうかね」
「三階だ。俺にはわかる」
「野生の勘ってやつですか」
会話というものは人と人の心を繋ぐのに大いに役立つ。
ゲプロスに対して恐怖にも近い反応を見せていた若者は、今となっては何気なく話すことも躊躇わない。
今起きている問題が無事に片付けば、アルマス村の人間と亜人の心の距離は大きく縮まるだろう。
困難を共に乗り越えるには直面した者達で力を合わせるほかない。
たとえ一時的な協力だとしても軽い友情のようなものは生まれる。
戦士として経験豊富なゲプロスはそれをよく理解していた。
そして、今この状況がそれなのだ。
同じ村の仲間である以上、この連携は願ってもないチャンスなのだ。
確実にゲデルを奪還しなくてはならない。村の未来の為にもだ。
「しかし、照明の明るさだけで薄暗いとはいえ良くばれないな」
村長や若者はともかく、ゲプロスはとても目立つ。
たとえ他の兵士が全体を把握しきれていなくとも、何かしらの話題にはするだろう。
まだすれ違っていないだけで、亜人兵とやらに似たようなのが多くいるのかもしれないが。
「まさか罠じゃないですよね?」
「それはないだろう……とは、言い切れんな」
「警戒してもどうにもならん、行き当たりで対処するしかない」
侵入がばれているとして、あえて進ませているとしたらこの屋敷の兵士や使用人は相当の役者だ。
いっそ姿を見せない方が確実性が増すだろう。
そうせず普通に出歩かせていることから、本当に侵入者であると気が付いていない可能性の方が高い。
「この屋敷、二階への階段は広間にあったのに、三階への階段は奥にあるんですね」
若者の言う通り、ゲプロス達は緩く曲がった廊下を歩いていた。
外壁はガラスを贅沢に使った窓が並んでおり、昼間であればなかなかの絶景なのだろう。
特に、2階からは円のような間取りとなっており、見張り台としての役割も果たしているのかもしれない。
とすると、2階と3階の階段が反対側にあるというのは侵入者が入ってきたときの時間稼ぎなのだろうか。
戦術的に作られた屋敷、ここの主は相当に用心深いのかもしれない。
であれば、このままうまく進めるとは到底思えない。そう思ったゲプロスは二人を呼び止めた。
「この構造、三階からは何か特別な警備をしている可能性が高い。もしかしたら逆で2階までは一般人でも立ち入れるのかもしれない」
「なるほど、であればこの無防備さも理解できる」
見知らぬ者を警戒しないのではなく、見知らぬ者が出歩くという事が日常だとすれば、すれ違う者が皆一様に気にしないというのも納得がいく。
「そうなると目立つ俺は警備を抜けられないかもしれない」
「大体の位置で魔王を探すのも良い判断ではないな」
ゲプロスの感知能力ではおおよその位置がわかるだけなのだ。
対象から離れるほどその位置は曖昧になる。ゲプロスが二階で脱落すれば大体の方向にある部屋を総当たりする事になる。
それでは時間もかかる上、どう見ても異常として即座に捕らえられるだろう。
であれば、三階にはゲプロスだけでも送り込まなければならない。
その為には誰かが囮として搖動する必要がある。
「お前、逃げ足には自信があるか?」
「ここは演技力だろうに」
ゲプロスと村長は同じ考えに至ったらしく、同時に若者に声をかけた。
「は、何言ってるんですか?」
「搖動だよ。お前が侵入者を発見した体を装って警備兵を引き付けるんだ」
「ちょっと待ってくださいよ!一人で逃げろと言うんですか?!」
この構造の屋敷から一人走って逃げ出すのは至難の業だろう。
だからこそ物怖じしない度胸が必要なのだ。
村長が言う通り、演技力もあれば申し分ない。逃げ出すのではなく兵に紛れてしまえばいいのだから。
「騒ぎになったあたりでそれとなく隠れるか、紛れて外に出てしまえばいい」
「そんなうまくいきますかね?」
「捕まったら何とかするから何とかがんばれ」
理不尽である。しかし、断れる雰囲気ではない。
若者は覚悟を決めた。
「侵入者だ!一階に逃げたぞ!」
「なんだと?!魔王を取り返しに来たのか!」
「絶対に逃がすな!追え!」
ゲプロスと村長は柱の陰に隠れやり過ごし、警備兵と入れ替わる形で三階に向かった。
ゲデルを回収したら素早く若者も回収しなければならないのだ。
あまり問題を大きくし過ぎてしまうと、アルマス村の大義名分の効力が弱まってしまうのだ。
戦闘など言語道断である。やるとすれば一撃で気絶させる他ない。
「どこの部屋だ!」
「一番奥だ!」
搖動がバレて兵が戻ってくる前に事を済ませなければならない。
二階と同じように曲がった通路を駆け進む。
途中、兵士と出くわしたが、村長が咄嗟に遠隔絞首によって沈黙させる。
突然、首を絞めつけられ暴れる兵士はゲプロスの当身により気絶させられ、無力化された。
何が低級の魔法使いだ、とゲプロスは思ったが、今はそれを口に出して言う時ではない。
しかし、遠隔的な物理操作という物は見てくれこそは単純なものであるが、非常に扱いの難しい魔法でもある。
本来ならば投石器の様に岩石等を飛ばしたりするのに使われる魔法だ。
ただ、それらの用途もそれぞれの属性に干渉したほうが手っ取り早いので、態々遠隔操作など回りくどい魔法を扱おうと思う者は少ない。
特に人間に対して使うなど論外の領域である。大抵の場合加減が聞かず首をへし折ってしまうだろう。
そうならず声が出なくなる程度の力で兵の首を締め上げた村長は卓越した魔法使いであることがわかる。
それも物凄く繊細な操作を可能とする、所謂達人と呼ばれるべき技量だ。
もしこの村長がゲデルの代わりで決闘の場に立っていたら、勝負は一瞬で終わっていたかもしれない。
ゲプロスは自分の首を撫で、ぞっとしない考えに軽く冷や汗を流した。
「いらん心配をしているようだが、貴様の首は太すぎる。私には圧し折れんよ」
「どうだかな」
「はん!魔力の保有量があれば、私も今頃は賢者とか言われて持て囃されてただろうよ」
技量は確かに卓越している。だが、それを生かすための魔力が不足しているのだ。
大気に含まれる魔力が少ないこの土地も影響しているのだろうが、それ以上に村長は魔力を取り込めない体質だったのだ。
魔力の保有量は鍛錬によりいくらか増やせる事もある。それでも、体質によっては全く保有できない人もいる。
力の使い方を磨き上げた村長なのだ。保有量を増やす鍛錬も試みない筈はない。
保有量を増やす鍛錬は長期にわたって行うものと聞いている。村長はもう若くはない、老人と言った方が正しい年齢だ。
悪いことを言わせてしまった、とゲプロスは軽く反省するのだった。
「なんだ、なんか、悪い事を聞いたな」
「気にせんで良い。あんな訓練やってられんからな!」
は?と思いもよらず声が出てしまったゲプロスだったが、その反応も無理はないだろう。
体質的な問題で諦めたのかと思いきや、なんとこの村長は投げ出していたのだ。
ゲプロスの中に芽生えた村長に対する同情や敬いといった感情は一瞬にして砕け散ったのだった。
同時に、疑念も浮かんだ。この村長がお飾り等と言われている理由、ゲデルを助けに行くのを渋った理由、それら全ては……。
「おいアンタまさか、全部面倒くさいからって」
「しっ警備兵だ!さっきと同じようにいくぞ!」
ゲプロスの問いを遮るかのように指示を出した村長だが、ゲプロスも優先順位を見誤らない。
兵士がゲプロス達に気が付く前に首を締めあげる。そしてゲプロスが殴って気絶させる。
一連の動作は実に鮮やかなものであった。お互いに高い技量を持っているからこその連携だろう。
「しかし、この様な魔法を教えるとは……アンタの師匠は誰だ?」
「帰ったら教えてやる。魔王はこの先か?」
「ああ」
ゲプロスは用心し扉に耳を当て、一旦中の様子を探る。
すると、話し声が聞こえてきた。男の声であり、あまり若さは感じない。
何かを説明するかのように長い話をしているようだ。
なにを話しているのか、もうしばらく聞き耳を立てていたいものではあるがあまり悠長なことはしていられない。
しかし、時折聞こえるのはゲデルの声だ。会話の邪魔をするのも気が引ける。
なので、会話の内容を吟味する。それが他愛もない話なのか、重要な話なのか、内容によっては遮る様になってでも突入すべきだろう。
……。
「貴様が我輩の元で働くならば、好待遇は約束するぞ?
仮に処刑になったとしても、魔王種を討伐したという実績は大きなものとして残るのだ!
つまりは、魔王を集中に収めた若しくは討伐した領主として、我輩、ナイン・レヴァナードの名は広まり、民の信頼も一層厚くなる事間違いなしなのだ!
まだ子孫を作る気はないのであるが、望むならそういう立場に置いてやってもいいのだ!
気たるべき時が来れば次世代を育てるのも重要であろう!魔王の血を受け継ぐとなれば強力な者が生まれるに違いないのだ。
貴様の容姿は悪いものではない。その点でも民の納得は得られよう。
うぅむ、悪くない話ではあるな。戦域から離れてるとはいえ領主夫妻が強力な力を持っているとなれば、民は身の安全を我らに委ねてくるのだ!
かくすれば荒野だけではない、近隣小国も取り込み王国をより良き道へ誘うのも夢ではないのだ!
最悪は貴様の血を啜って力だけでも――」
喋っている者が自己の世界に陶酔していることを確信したゲプロスは音をたてないよう、慎重に扉を開けて侵入した。
ゲデルが手を振って無事であると示したのを確認し、熱く語る男の背後に忍び寄った。
「覚悟!」
「ほあっ!?」
ナイン・レヴァナード公爵は背後から抱えられ、ひっくり返る様にして後頭部から床に突き立てられた。