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私の世界は今よみがえる  作者: ハチノサギリ
第1章-目覚めの魔王
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2.獣王ゲプロス

 アルマスの村の広場にて、臨時集会が開かれていた。

 ゲデルが獣人を伸してしまったがために、来ることが予想される報復の対処についてだ。

 ピリピリとした空気で進む会議、その場の全員にとってゲデルはよそ者であり、厄介ごとを持ち込んだ元凶でしかない。

 そんな奴とっとと追放してしまえ、生贄に差し出してしまえ、等と言った意見も出るが、無理もない。


「遅れてごめんよ」


 一斉に注目を浴びるシャリア、彼女もまた厄介ごとの原因と言えるのだ。

 シャリアは軽く見渡したが、全員が全員、なんという事をしてくれたのだ、と目で訴えている。


「シャリアさん、あんたが助けた子が余計な事をしたって話を聞いたんだが、本当なのかね?」


「村長、余計なことではありません」


 一歩前に出て、事実確認をした老人は村長だ。

 助けた子が野盗を追い返さなければ、村はまだしばらくは安全なままだった。

 しかし、それは仮初の平和で、長く持たないものだと、シャリアは理解していた。


「余計なことだ!あんたがどこの誰かもわからない奴を拾ったせいでこうなったんだ!」


「聞いた話だとその子は亜人って話じゃない!縁起でもない!」


 好き勝手に騒ぎ出す村民たち。

 村長が場を収めようとしないのも、彼らと同じ思いがあるからだろう。

 ともあれ、うんざりしたところで話は進まない。

 まとめ役が止めないのであれば、シャリア自身が収めるしかない。


「黙りなさい!私はね、いくら獣人が相手でも、荒野に女の子が一人歩いているのを放っておくほど人情を捨てるつもりはない!」


「しかし、シャリアさん、拾わなければこの様にならなかったのも事実なのでは」


「遅かれ早かれ、どうにかしなければならなかった問題であることには違いないでしょう?」


「しかし……」


 過ぎたことを言い出し、まだ食い下がる村長に対して頭痛すら感じる。

 そんなシャリアの鬼のような表情を見て、反論しようとするのは村長だけだった。

 よほど肝が据わっているのか、考え無しなのかはわからない。

 だが、時間の無駄という事だけはゲデルにも理解できた。

 繰り返される問答に付き合ってやる時間の余裕もない、ならばと、ゲデルは会話に割って入った。


「私がその余計な事をした張本人だ。だが、責任は私がちゃんと取るつもりだ。何か問題でも?」


 シャリアは深くため息をついた。今のゲデルの態度では、火に油を注ぐ様なものだ。

 案の定、村民たちは再び騒めき、罵詈雑言を放ち始める。

 村長も相変わらず、納める気配がない。

 仕方なしにシャリアが再び収めようとした時だった。

 ゲデルが先に動き、地面を踏みつぶした。

 乾いた地面はまるで炸裂するかの如く土煙をぶちまけた。


「で、責任の取り方だが、私に考えがある。聞いてもらえないだろうか」


 何事もなかったかのように、ゲデルが問いかける。

 力関係が明確となったこの期に及んで反論する者はいなかった。


「いいかな、件の獣人だが、あれは私がすべて引き受けようと思う。

 奴さんの頭をつぶし、組織として機能しなくなればあとはどうとでもなるだろう」


 襲ってきた獣人もあの見た目であり、弟分を連れていることからそこそこ上の立場に居るものと想定できる。

 ならば、4人を蹂躙したという実績は、彼らに一番響くに違いない。

 頭を失った後も、死を覚悟で挑んでくる奴はそう多くないだろう。


「で、だけど、集団で来たらどうするんだ?獣人達が一斉に来たら、とてもじゃないが村を守り切れない」


「そう、だからこっちから一騎打ちを申し込む」


 再び騒めきだす村民たち。

 しかし、さっきと違い、全員が否定的という訳でもない。

 役に立たない村長の代わりに、一人の青年が質問を投げ掛けてくる。


「たしかに、一騎打ちであればどうとにもなるかもしれないけど、その算段は?相手が素直に受け入れるとは思えない」


「彼らは獣人だ、魔族だ。力関係を尊重し面子を重んじる。故に、こちらからけじめとして申し込めば断らない筈だ。

そうでなければ、無法者の集団でしかない。仮に、彼らが無法者なら、今までの関係は成立してなかっただろう。

彼らは大きな争いを望まないか、この村が潰れない程度に搾取することを考え、実行する程度の理性はある」


 実際、こちらが攻勢に出たときは、驚き戸惑っていた様でもあった。

 手出ししなければ戦う事もなかった、ともとれる発言もしていた。

 彼らと交戦した事があるであろう、防具を身に着けた男たちの中には頷いている者もいる。


「でも、ゲデルちゃん、信頼しないわけじゃないけど、一騎打ちなんてしたら私たちも加勢できない。

勝てなかったとき、どうするの?」


 一騎打ちの最中に加勢なんてしたら、それこそ両者の関係に決定的な亀裂を生むだろう。

 だが、加勢できないからこそ、ゲデルが負けたときの言い訳もできる。


「その時はさっきの通りだ。私が余計なことをした部外者だと言い張ればいい」


「そんなこと……」


「シャリアさん、貴女は優しい人だ。だけど、私が持ち込んでしまった問題なのは間違いない。

だから、責任はちゃんと取りたい。取らなければならない」


 上に立つ人間は必然と責任者となる。

 責任者が責任逃れなど、言語道断だろう。

 なので、この時点で責任はちゃんととるよと、強調しておくのも悪くない。

 負けるつもりは毛頭ないが、姿勢は大事だ。

 かくして、ゲデルの意思に折れたシャリアも説得に参加し、ゲデルが獣人の大将と一騎打ちを行う方向で話はまとまった。

 村長は相変わらずのお飾りだったが、ゲデル一人が責任を取ることに何ら不満はなさそうだった。

 答えが決まれば行動は早いもので、一度村民は解散して獣人の襲来に備えることにした。


---


 村人たちが着々と準備を進める中、シャリア呼ばれ再びゲデルはシャリア宅へと戻っていた。


「ゲデルちゃん、こんなもので良ければ使ってちょうだい」


 シャリアから手渡されたのは、古びた短剣だった。

 片刃なので、短剣というよりはナイフに近い物のようにも見える。


「これはね、私の夫が使っていたものなの。今はもういないけど、きっとゲデルちゃんにも力を貸してくれるはず」


 形見というやつか、とゲデルは呟き、手に取った短剣をじっくりと見つめる。

 古びているのは間違いないが、手入れはしっかりとされている。

 それだけ大切に保管されていたのだろう。


「ありがとう。何もないよりはいい」


「そう、剣や弓でもよかったのだけれど、むしろ邪魔になるんじゃないかとおもってね」


 シャリアの配慮は正しかった。

 ゲデルには剣や弓の教養はなかった。初めて手に取る者が扱う武器ではないのだ。

 その点、短剣であれば素手とあまり変わらない動きができるだろう。

 ゲデルは外に出て、短剣で素振りをしてみることにしたのだった。

 

 しばらくして、村の見張り台から鐘の音が響いた。

 獣人達がやってきたのだ。


「獣人だ!女子供は表に出るな!男どもは守りを固めろ!」


 村人たちは慌ただしく指示に従う。

 大きくない村だからだろうか、なかなかに統率が取れているではないか。

 周辺環境の悪さは大抵無法をもたらすが、理性が勝れば反転して強い連携や秩序が生まれる。

 裕福な土地の連中では、こうまでしっかりした段取りで動くことなどできないだろう。


 ゲデルは感心しながらも、鐘の音がする方角へと走る。

 こちらが間に合わず、相手が先制して事態を動かしては意味がないからだ。

 だが、その意気込みは目の前に広がる光景により、打ち砕かれることとなった。


 獣人達はどこから持ってきたのか、首元程度の高さがある岩を四方に設置していた。

 設置が終わると、今度はそれを取り囲むように整列し始めたのだ。

 よく見てみると、獣人以外の亜人もちらほらいるが、それどころではない。

 村人たちは予想外の行動に唖然としていた。ゲデルも見間違いではないのかと、自身の目を疑うほどだった。


 獣人達の整列が終わると、どこからともなく地面を蹴る音が近づいてくる。

 音の主は整列した獣人を飛び越え、設置された岩の一つに着地した。

 その姿は筋骨隆々な黒豹の獣人だった。

 

 他の獣人と違い、生まれながらや環境によって自然にできた肉体ではない。

 明らかに鍛えたものであると、素人目にも理解できるほど逞しいものだった。


「俺の名はゲプロス!この亜人盗賊団の首領と言えばわかるか」


 強者が来るとは思っていたが、まさかいきなり頭が出てくるとは思ってもみなかった。

 だが、状況は理解できた。このゲプロスという男は想像以上に理性的な奴という事だ。


「私はゲデル!盗賊を蹴散らした張本人だ!」


 負けじと前に出て声を張り上げる。

 体格で負けていても、気迫まで負けるつもりはない。


「ほう、隠れず出てきたか。誉めてやろう」


「野盗ごときが、随分と偉そうな事だ」


 今の言葉に反応したであろう亜人たちが怒りの視線を向けてくるのが解る。

 だが、少々の雑言で収まるあたり、このゲプロスという男が獣人にとって絶対の存在であると確信する。

 この男であれば、面子を潰した奴に制裁を与えると誰もが信じているのだろう。


「ふん、まあいい。俺は部下に泥を塗った貴様をただで許すことはできない!

 俺と勝負しろ!お前が勝てば今回のところは引き下がろう!」


 状況から察してはいたが、まさか相手から決闘を申し込まれるとは想定外である。

 だが、引き下がらせるわけにはいかない。完膚なきまでに叩きつぶし、二度と逆らえないようにしなくてはならない。


「いいだろう。受けて立つ」


「物怖じもしない蛮勇か、今に身を滅ぼすぞ貴様。

 一度受けたならもう取り消させんぞ。貴様が負けたら、俺の部下になってもらおう」


 なんと、まあ。猛獣の餌とか言い出すのかと思いきや、私を部下にだと?冗談ではない。

 しかし、徹底して殺す気のないその姿勢には好感が持てる。

 野盗どもに殺気を感じなかったのも、この男が教育したからなのかもしれない。


 だが、予想外だったのはゲデルだけでなく、亜人たちもだった。

 騒めきの中にはゲデルをしっかり見定めようとする者や、今にも怒りに任せ列から飛び出しそうな者までいる。

 大半はゲデルに対して処罰を下す事を望んでいたのだろう。


「黙れ!この荒野において、力こそが秩序だ!」


 一喝、それだけで亜人たちは静かになった。

 信頼だけでなく、決定的な力関係があるのだろう。

 これは一筋縄ではいかないかもしれないと、ゲデルも腹をくくる。


「お前が蹴散らしたのは俺の部下の中でも五本指に入る連中だ。

 若者を育てるために慣れた者を向かわせたのだが、まさかこの様な結果になるとはな」


 溜息を吐き、軽く首を振るゲプロス。

 五本指に入るほどの者が逃げ帰ってきたのであれば、落胆するのも仕方がないだろう。

 しかし、ゲデルは妙な言い回しに引っかかっていた。

 向かわせた、と彼は言っているのだ。まるで、初めから何かが起こることを予期していたかのように、だ。

 ともあれ、まずは戦いに勝たねば話は進まない。


「お前の力は看過できない。だが、殺すには惜しいものだ」


「わかった、御託は良い。始めよう」


「ふん、相変わらずの態度だな。

 軽く説明するが、俺は命の奪い合いまでするつもりはない。

 よって、この決闘には厳守すべき規則を付けることにする!」


 なるほど、部下にする以上、単純な殺し合いでは望む結果に収まらないという訳か。

 この男、野盗というよりは戦士に近い気質を持っている。

 この決闘も単純に私と戦いたいがために準備したものなのかもしれない。


「まず一つ!四方に置いた岩より外に出た場合、早期復帰しなければ戦意喪失と見なす!

 二つ!どちらかが気を失った場合、一時中断とし、追撃は禁止とする!

 三つ!気絶してから即座に復帰できない場合、その時点で決着とする!」


「面白い」


 相手に有利な制限という訳ではない。単純に最低限の安全を考慮したものなのだろう。

 実に面白い男だ。私が勝ったらこの男を部下にしよう。

 これは負けられなくなった、とゲデルは胸の高鳴りを感じていた。


 ゲプロスは岩から飛び降り、舞台の中央に立った。

 ゲデルも歩み寄り、ゲプロスと向き合う。

 岩で区切られた空間内の地面はよほど丁寧に清掃されたのか、石一つ落ちていない。

 これほどに気を回せる男が何故野盗なんかに、という疑問は浮かぶが、後で聞きだせばいいだろう。


「では、私が号令を掛けさせていただきまっす」


 亜人たちの中から、女の獣人がでてきて仕切り始めた。

 ルールがある以上、それを審査する為の人物なのだろう。


「人間代表、ゲデル!亜人代表、ゲプロス様!決闘開始っす!」


 開始と共に、ゲプロスは一歩踏み込み渾身の一撃をかました。

 やはり、獣人とはこんなものかと軽く飛びのくゲデルだったが、ゲプロスはそのまま拳を振りぬき、勢いを保ったまま後ろ回し蹴りを繰り出した。

 とっさに腕で受け止める。しかし、重量感はあれど衝撃がない。

 それが見せかけだと気が付いた時には遅く、ゲデルに放った踵を支柱にして飛び上がったゲプロスは、がら空きの頭に落とすような蹴りを食らわせた。

 弾ける様な音が響く。ゲプロスは反動を生かして飛びのき、構えなおしていた。

 ゲデルは多少ふらついたものの、余裕は消えてなかった。


「今の一撃を食らっても大した様子はないか、意識を落とせると思ったが、なかなか頑丈だな」


「追撃の機会を逃したな」


 一つの動作を次の攻撃の起点にする、そういう戦い方もあるのかとゲデルは感心していた。

 相手の動きを読まなければ、防いだつもりで思わぬ一撃を貰う。

 それも、魔法を乗せた一撃だ。

 先ほどの弾ける様な音は単純な勢いだけではない。蹴られた瞬間、頭の表面で何かがはじけたような感覚があった。

 そのせいで頭が揺さぶられ、ふらついてしまったのだ。

 

 ゲデルは自分の持ちうる格闘技術での小細工など、通用しないことは直感的に理解していた。

 ならば、と防御されてもある程度の打撃力を期待できる一撃をぶつける。

 ゲプロスはそれを避けようともしないどころか、防ぐこともせず左胸に打ち込ませた。殴り抜けた瞬間、ゲデルの後頭部に衝撃が走った。

 体を回転させることにより相手の勢いを吸収し、尚且つ吸収した勢いを乗せた肘を入れたのだ。

 脳裏から顔面に響くような痛みと衝撃、たまらずゲデルの鼻から血が滴る。


 ただ殴るだけではだめだ。

 ゲデルはこの戦いには得る物が多いと、早くも感じ始めていた。


「武器は使わんのか?なんなら弓でもいいんだが」


 ゲプロスは手を広げ、挑発の文句を発する。


 言葉を聞いたゲデルは腰の短剣に軽く意識を向けたが、すぐに思考の外に追いやった。

 最も理想的な結果を得るためには、ただ勝つだけではだめなのだ。

 同じ条件の下で勝利しなければならない。そうでなければ自分の力を完全に証明できないからだ。

 しかし、ゲデルは踏み出すのを躊躇する。攻撃しなければ勝てないのはわかっている。


 だが、むやみに攻撃しても、反撃の隙を与えるだけなのだ。

 単純な力比べをすれば、ゲデルが勝るだろう。されど、ゲデルは力だけでは勝機を見出せないと気が付き始めていた。

 ゲプロスの持つ技量と経験が、力関係を物ともしないほどに勝っているのだ。

 加えて、あの衝撃魔法である。ゲデルが伸した獣人程度であれば、一撃で戦闘不能に追い込めるだろう。


 ゲデルがむやみに攻撃してこなくなったのを見て、ゲプロスはほう、と声を漏らし感心する。

 たったあれだけの攻防で、相手の動きを読むのが重要と学んだらしい。

 所謂睨み合いの状態となったのだ。

 達人同士であるならば、このままわずかな隙に付け込まんとして睨み合うのだが、対するゲデルは格闘戦において素人同然。

 このまま長い睨み合いになっても無意味だろう。そう判断したゲプロスは再び踏み込み、先ほどの連撃を試みる。

 回転する攻撃は相手の動きに合わせて繋げる技を咄嗟に変えられる。

 ゲデルがどう防ごうとも、間合いの外に出ない限りは当たるまで続く連撃。

 受け止められたところで、衝撃魔法の前では意味がない。体の内側を攻撃するものだからだ。

 だが、ゲプロスはゲデルの恐るべき成長速度に驚くこととなった。


 ゲデルは後ろ回し蹴りを回避したのち、逆に踏み込み、手でゲプロスの蹴りを受け止めた。

 本来ならば、ゲプロスの衝撃魔法がゲデルの腕を穿つのだが、逆にゲプロスの足が衝撃で弾かれたのだ。


「これは、俺の衝撃魔法か!」


「何となくの見様見真似だけど、結構痛いな」


 戦い方の変化ならまだしも、ゲデルは魔法までたった数分で習得したのだ。

 本来ならば、何がどういう結果を生むかという想像が重要なので、その心象をつかむまで何度も試行錯誤しなくてはならない。

 どんな卓越した魔術師であろうと、数回受けただけで再現するなど不可能なのだ。

 反動を消しきれてない故に、完全とはいいがたいがそれでも異常なのは確かだ。


「もっと来い、お前の技を奪ってやる」


「すこし驚いたが、奪うだと?教えを乞うのでなく奪う!愉快だ!だが、態度がでかい!

 いいだろう!ならば、俺の本気で身の程を知らしめてやろう!」


 ゲプロスは構えを変えた。

 今までの体を横に向けたものではなく、正面に向かってどっしりとした構えになった。

 ゲデルはその変化が何をもたらすのか理解していなかった。

 

 行くぞ!と声を挙げ、ゲデルにむかって踏み込む。

 ゲデルは迫る手を迎撃すべく、再び衝撃魔法を乗せた拳を打ち込むが、ゲプロスは衝撃波を物ともせずそれをつかみ取った。

 手を離さないまま反転し、肩を貸すような形に潜り込み、ゲデルの股ぐらを持ち上げた。

 何をするとゲデルが叫ぶが、ゲプロスはそれをかき消すように雄たけびをあげ、ゲデルの後頭部を地面に打ち付けるように倒れ込んだ。

 まるで巨岩が落下したかのような轟音が響き、大地は震動した。


「これが俺の本当の戦い方だ。さぁ、立て!俺を楽しませろ!」


 ゲプロスに言われるまでもなくゲデルは立ち上がる。

 だが、よほど堪えたのかその足取りはおぼつかない。


「掴んだ相手を魔法の触媒にするのか」


 衝撃魔法の発生源を掴んだ相手に指定し、その反動を利用して威力を底上げしたのだ。

 故に、ゲデルとゲプロスの重量では発生しえない轟音が発生したのだ。

 音だけではない、威力も相応のものだった。


「なかなか見込みのある奴だな。やはり敵にしておくのが惜しい、この戦い負けられんな」


「奇遇だな。私もお前を絶対に部下にしたくなってきた!」


 息を整えたゲデルが先手をとり連続した打撃を繰り出す。

 捕まれないように、隙の出ないように、最低限の威力で振り抜かず、足りない威力は数で補う戦法だ。

 衝撃魔法を展開した打撃、防御されても多少の損害は期待できる算段だった。

 だが、ゲプロスは守るどころか、胸を張り堂々と打撃をすべて受けた。


「俺を部下にだと?貴様、首領にでもなるつもりか?」


「私は魔王だからな!」


 会話で気がそれたゲデルの腕をつかみ引っ張る。

 ゲデルの体勢を崩し、反対の手で胸倉をつかみ弧を描くように持ち上げ地面に叩きつけた。

 響く轟音、打ち付けられた地面は陥没している。


「たった一人で魔王なのか!」


 ゲデルは距離を取るようにして立ち上がりながら答える。


「そうだ。なぜか一人だ。だが、私はその自覚に従って行動するまでだ!」


「やはり面白い!自称とはいえ弱くはない魔王を従えれば俺にも箔が付くというものだ!

 貴様の意気込みも気に入ったぞ!俺に勝てばこの黒衣をくれてやろう!」


 ゲプロスが身にまとっている袖のない上着を親指で指した。


「かっこいいとは思うが、そんな獣臭いもの別にいらん」


「は!そう言うな、この黒衣は代々亜人盗賊団の長が身に着けていたものだ。

 つまり、この気質溢れるものしか着ることを許されない黒衣を纏う事は、俺たちを部下にし、正真正銘の魔王として君臨することを意味する!」


 ゲデルにとっては願ったり叶ったりの話だ。

 だが、何故急にそのような事を言い出したのかまでは理解できなかった。


「随分と気前がいいんだな」


「負ける気がしないからだ。盛に盛った景品は双方からの退路を奪う!

 ここで逃げ出したなら二度と大きな態度は取れまい!魔王を自称するなら尚更にな!

 自らの退路を断ってでも貴様を手に入れる価値はある!さぁ、貴様の本気を俺にぶつけてみろ!」


「後悔するなよ!望み通りお前たちのすべてを私が奪ってやる!」


 過熱していく決闘。野次や声援を飛ばしていた獣人や村人たちもいつの間にか静まり返っていた。

 二人の真剣勝負に一丸となって見とれているのだ。

 後にこの戦いは、壮大な尾ひれをつけられ伝説となって語り継がれるのであったが、それはまた別のお話。


挿絵(By みてみん)

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