19.暗殺者の襲撃
「王として……そう、私は王として自分に都合のいい世界を作るつもりだ。
食べるものがおいしい、いろいろ楽しい、安住の地。
その上で、すごいと褒められたい」
「褒められたい……と、言いますと」
何かの難しい言い回しとでも思われたのだろうか。
ゲデルがちらりと目を横に向ければ、あきれ気味の国王陛下が見えた。
真意を察しているのは身近の者だけの様だ。
そもそも、言葉通りの意味なのだが。
「何か勘違いしている様だが、私は目覚めたとき、ただ単純に魔王であり支配者でなくてはならない……という自覚しかなかった。
そんな私が荒野の民やゲプロスたちに出会った。
彼らのおかげで学ぶという事を学んだ。彼らはよくできたと褒めてくれたし、褒めた側の者を見ても、何となくうれしそうに見えた。
ならば、皆が褒めてくれるような状況を作れば、みんな嬉しいんじゃないか、と思っただけだ」
三人の王はそれぞれ感心したように唸った。
理由こそは浅はかかもしれないが、支持される人間とは他人に褒められる人間であるのは確かだ。
魔王の受け答えに王としての経験が浅いことはよく感じ取れるが、学ぶ姿勢はとても評価できるものだった。
故に、とりあえずの回答としては悪くないものと評価されたのだ。
「なんとも自己中心的な」
「まさか自己の範囲に民までも巻き込むなんて」
「なるほど、共感性ですか。
民もまたご自身の一部と」
言葉は批判的だが、彼らの態度はおおらかだった。
「よくわからないがそうなんだろう」
ゲデルの答えに背の高い王はゆっくりと頭を縦に振って、納得した。
この魔王は支える人間次第で良くも悪くもなる、と。
「ゲデル様の目指す先はわかりました。
何をすれば褒められるか、学びながら実践していくという姿勢、評価すべきです。
ですが、他人を気にしすぎてもいけません。
仲間とそうでない者をしっかり区別したうえで行動を選択すべきです」
受動的すぎる姿勢は侵略国から見れば格好の的なのだ。
時には他国を押しのける強情さも持たなくてはならない。
たとえ、万人に褒められるようなやり方でなくともだ。
「肝に銘じるよ」
三人の王は満足そうに小さく頷き、荒野についての会議を再開した。
近隣国もまた荒野の拡大による作物被害が無視できない物となっているのだ。
幸い、拡大そのものは止まったため生産力が出荷量を下回ることはなかったが、再び拡大を始める恐れもないとは言えず、現状を打開するための策を必要としていた。
なので、今回の投資の話は願ってもないことだったのだ。
生産力が損なわれれば、自力があるうちに別の活路を見出すしかない。
彼らには元々選択の余地などなかったのだ。
荒野の開拓に関する様々な意見が飛び交い、より現実を見据えた有意義な議論が続く。
---
日も傾いて照明を灯そうかと思い始める頃、飛び交っていた話がまとまって良い塩梅となった。
大まかな取り決めを終え、あとは時間を置き流れを見て調整といったところだ。
「以上で、我が国及び周辺国家間に関する会議を閉会します」
ホムンクルスが宣言すると同時に、何の意味があるのかはわからない拍手が起こった。
「我々の急な来訪にもかかわらず丁寧な対応をしていただき感心するしかありませんな」
「人は見た目によらないという事を再確認しましたよ」
「左様、どん欲に知ろうとする心意気は見習うべきです」
三人の王はそれぞれ新しい二人の王を褒めたたえる。
ホムンクルスは気恥ずかしそうにしているが、ゲデルはふんぞり返っていた。
「うんうん照れるなぁ、いやははは、もっと褒めて」
「すぐ調子に乗ってしまうのが玉に瑕なんですがね」
伸びすぎた鼻を挫くのは自分の役目と言わんばかりにゲプロスは横槍を入れた。
痛いところを突かれたゲデルは何を言い返すでもなく、ただ恨めしそうな顔でゲプロスを見るのだった。
「いやしかし、もうじき暗くなるというのに城下の喧騒は留まるどころか、より盛り上がっていますな」
「祝い事は夜からが本番なんだよ。
僕らも少しくらい楽しんでいこうじゃないか」
「ちょうど、小腹がすき始めたころ合いですし何か食べていきましょう」
会議の途中、食事を用意するかどうかという話も出たが、満場一致でなしになった。
祝い事の日は様々な露店が珍しい食べ物を売っていたりするもの。
普段から贅沢をしている貴族でもなければ、この機会を逃すまいと民を装って出向く貴族までいるほどだ。
食い意地が張りすぎているのは娯楽が少ない証拠ともゲプロスは言っていたが、娯楽をあまり知らないゲデルには理解できなかった。
「露店は食べ物もそうですが、道具とかも売っていますし娯楽を提供する店もあります。
折角だ。ゲデル様に遊びとは何たるかを教えて進ぜましょう」
「それは楽しみだ!」
気合い入れるぞ、という掛け声に三人の王まで同調していた。
ホムンクルスはゲデルたちに対して呆れることに飽きるほど呆れたものだが、今回ばかりは大目に見ることにした。
というのも、貴族や王族は幼少時からがんじがらめな生活を送っている者も少なくはない。
特に、分裂した三国の王である彼らの先代は、とても厳しい人等だったという噂も聞いている。
こんな時くらいでしか羽目を外せないのだろう。咎めるのは無粋である。
そう思ってあたりを見渡し、自分も何を食べようか等と考え始めていた時だった。
「ホム!」
突然、ゲデルがホムンクルスを左手で引き寄せた。
「何を……」
「あっつい!」
ゲデルが右手で掴んでいたもの、ほんのり赤く輝く剣だった。
「これを熱いで済ますか!」
気配を殺して接近してきた剣士が突然襲い掛かってきたのだ。
彼が持つ剣の赤い輝きは熱によるものの様だ。
ホムンクルスが触れずとも焼けるような錯覚を覚えるほどの熱気。
これも何かの秘伝なのだろうか、魔力の反応はほとんどなかった。
だから一切気が付かなかった。
王族にはよくある話とは聞いていたものの、自分の身に降りかかるとは夢にも思っていなかった。
無防備にもほどがあったのだ。
これは、暗殺だ。
「ゲデル様!手が!」
「大丈夫!これも修行の成果だ!」
これほどの熱を持った剣を素手で受け止めてしまえば、ただでは済まない。
しかし、ゲデルは、もとい、ゲプロスの教えは違った。
局所的に治癒魔法を集中させることで、無理やり相殺していたのだ。
素手で戦えるならばこんなこともあろうかと、と教えていたのだ。
「苦痛を感じるようではまだまだだぞ!」
力自体はゲデルが勝っていても、技術と対応はやはりゲプロスの方が上手だった。
別の方向から同じような秘伝を使い襲い掛かってきた者を手際よく組み伏せたのだ。
防ぐのではなく、流すのがゲプロスの流儀なのだ。
受けるのならばいっそのこと防御姿勢をとらないで、体で受けた方が敵を精神から圧倒できるというもの。
「私はそこまでに至れないよ!」
ゲデルは受けるか流すかで手一杯である。
体の任意の場所から一点集中の衝撃波を出して弓や剣をはじくなんて芸当は、世界中どこを探してもゲプロスにしかできないんじゃないだろうかと言う疑惑さえあるのだ。
「ナハル王たちは!」
「すまん、つい」
三人の王はゲプロスが親指で示唆した方向に頭から突っ込んで露店を倒壊させていた。
見た目とは裏腹に怪我はなさそうだが、突然のことで腰を抜かしている様だ。
大方、突然突き飛ばしてきたゲプロスの方に恐れおののいているのだろう。
「お前もいい加減にしろ!」
剣を握りしめたままで持久戦にでも持ち込んだつもりなのだろうが、ゲデルは剣を引っ張り寄せてつんのめった暗殺者を思い切り蹴り飛ばした。
吹っ飛んだ暗殺者も別の露店に突っ込み、棚を破壊して商品であるイーコウの果汁を散乱させた。
「ああ、うちの店が!」
「ごめんよ、そいつが弁償するからふっかけたまえ!」
襲い掛かってきたやつの肩を持つ義理はない。
ゲデルは破壊された二つの露店を全額襲撃してきた連中に払わせると心に決めたのだった。
「くそっ失敗だ!」
ゲデルたちのことを城壁の上から監視していた何者かが地団駄を踏んだ。
所謂盗賊と呼ばれる装備を施した人間の様だ。
襲撃した二人が拮抗状態に持ち込んだ時、孤立したホムンクルスに飛び降りざま短剣でとどめを刺すつもりだったのだ。
しかし、ゲデルが抱き寄せたまま放そうとしなかったため、気を逃してしまった。
「いっそあの魔王ごとやっちまうか……いや、危険すぎるな」
魔王という存在は簡単に名乗って良いものではない。
簡単に名乗る者は頭のおかしい自殺志願者か、何に狙われようがどこ吹く風の強者だ。
どちらにせよ関わり合いたくないものには違いない。
「あいつらには悪いが、ここは逃げる!」
ゲデルたちに背を向け、気が付かれないように逃げる……はずだった。
いつの間にやら退路を塞ぐようにして金髪の男が立ちふさがっていたのだ。
一切の気配がなく、一切の物音も立てずに出現した様にも思える。
「もうお帰りであるか?
折角のお祭り、もう少しゆっくりしていけばいいのである」
口元をゆがめ、鋭い牙を露にするのはナイン・レヴァナード公爵。
「そんな、魔力は完全に遮断していた……なぜわかった!」
ナインはしたり顔で人差し指を振りながら数回舌打ちした。
「魔力は隠せても、魂までは隠せない、隠しようがないのである。
魂を隠せるのは闇の住人だけ、即ち、今この場においてでは我輩だけにしかできない芸当なのである」
「闇の……住人……?」
「貴様だけに見せてやろう。
夜は、闇は我輩の世界であると」
ナインの背後からまるで世界をくり貫いたかのような暗黒が広がった。
広がる暗黒は盗賊の視界を覆いつくし、完全なる闇に閉じ込めた。
「何も見えない!何をした!どこだ!
やめろ、やめてくれ!」
今二人のいる場所は城下町に張り巡らされている城壁の上だ。
高所である上に人がすれ違うだけでも少々気を使うほどの足場である。
そんな場所で視界を封じられれば、ちょっと突いただけでも最大限の恐怖となるのだ。
「ほれほれほほほ、我輩をもっと怖がるといいのだ」
敵に情け容赦なし。
ナインは盗賊が許しを請うまで、揺さぶったり突いたり軽く背中を叩くといった拷問を続けた。
---
「こいつらどうしますかね」
ゲプロスの目の前にはまとめて縛られた剣士風の男二人が転がっていた。
屈強そうな商人たちに囲まれており、震えあがっている。
ホムンクルスが咎めているため威嚇で済んでいるが、祝い事で盛り上がっていたのを台無しにされたのだ。
本当ならば取り囲んで叩きのめされているところだろう。
「ゲデル殿ー、ゲプロス殿ー!」
のんきな声を上げてやってきたナイン。
背後には涙で顔をぐしゃぐしゃにした盗賊風の男が縛られている。
「やはりもう一人いたのか」
ゲプロスは襲撃者が二人だけではないと感づいていたようだ。
「うむ、我輩の感知を甘く見てはいけないのである」
ホムンクルスが気が付かなかったのは、魔力を巧みに隠していたからというものもあるが、人ごみの中だったからというのが一番の理由だろう。
群衆の中からたった一人隠れた暗殺者を見つけ出したナインの能力は、地味であれど規格外なのだ。
地味さゆえに恐るべき能力であるとは本人でさえ気が付いていないが、しっかりと活用はしている。
ナインは暗殺に対する切り札となりえる者なのだ。
「さすがの感知能力だ。
私も見習いたい」
「ゲデル殿が言い出すと本当に習得されそうで怖いのだ」
能力もまた秘伝と似たようなもの。
無意識に習得していたか、考え付いたものかの違いだ。
自分にしかない能力や秘伝というものは所謂個性という事にもなる。
そんな個性をおいそれと模倣されてしまっては誰だって面白くないものだ。
「大丈夫だよ。
私が習得しても君の代わりにはなれないだろうし、君のおかげという事も忘れないさ」
「本当であるか?」
「ほんとにほんとさ」
ゲデルたちが仲良く問答を続けている傍ら、ホムンクルスが尋問を始めた。
「あなたたちは誰の差し金で動いていたのですか」
「いえるわけがないだろう」
刺客として雇われたものが雇い主を喋ってしまえば損しかない。
帰る場所を失い敵を増やし信用も無くなるからだ。
「まぁ、そうでしょう。
では質問を変えます。
あなた方の狙いは何だったのですか?ゲデル様ですか?それとも私か、彼らか」
「答える義務はない!」
「そうか、では城壁の上にご案内するのだ」
剣士風の男二人は覚悟を決めた顔をしたが、盗賊風の男は激しく拒否した。
「もうたくさんだ!やめてくれ!
俺たちの狙いは、標的として依頼されたのはマーバルク王の討伐なんだ!」
「おいお前……!」
「体験してないからあの恐怖がわからないんだ!
それにおかしいと思わないのか?騎士団長が魔王に魂を売って国を乗っ取ったってはなしだったろう!?
どうだこの国は!?見掛け倒しなんてもんじゃない、平和そのものじゃないか!
俺たちゃ騙されてたんだよ!」
今の発言で大体は察しがついた一同。
この手口には身に覚えがあるのだ。
元国王を中心にたぶらかし、大胆な広域魔法で正常な判断力を封じた奴らだ。
「あなたたちの置かれている状況は分かりました。
必要であれば保護も考えます。
ですので、依頼主を教えてはいただけませんか」
「だめだ、騙されていたとしても、あなた方をそこまでは信用できない」
雇い主に騙されていることと、標的を信用することとは話が別である。
両方とも良くない存在であるとも考えられるのだ。
ホムンクルスは彼らの立場を理解しつつも、どうにか情報を得られないかと説得を試みようとする。
だが、ゲプロスが遮り、彼らの拘束を解いた。
「お前たちは使節団の方々を狙ったわけではないのだな?
俺らを狙ったならばまた来るといい。いつでも返り討ちにしてやる。
だが今日はお客様がいる。
見なかったことにしてやるから帰って失敗報告でもあげるんだな」
突然のことにゲデルが何かを言おうとしたが、ゲプロスが分かっているという合図か、後ろ手に人差し指を立ててきた。
何か考えがあっての行動だろう。
襲撃者たちはけん制するかのごとく後ずさりをして、間合いから出たと思いきや一目散に散っていった。
「我々をほかの国々に売り込むために、悪印象となりえることは許されません。
捕らえたところであの手の連中は口を割らないでしょう。
ですから敢えて甘さという隙を見せつけるのです」
「なるほどいつもの」
隠れた相手を表舞台に引き出す方法はいたって簡単である。
勝った気にさせることだ。
政治目的であれば、必ず魔王討伐を名乗り上げる愚か者が再び現れる事だろう。
隙を見せつければ、情報をもとによその国を取り込もうとしてくるかもしれない。
「彼らがほかの国に協力要請するとしたらどうなると思う」
ゲデルは節々の痛みを気にしている三人の王に尋ねた。
「そういう発想ですか」
「もちろん僕らを含めた南方諸国でしょう」
「左様、中立を貫いてきた以上、よほどのことでは帝国や連邦に有利な立場で協力要請などできますまい。
折角の手柄、暗殺など考える姑息な連中は決まって独占欲が強いもの……」
魔王の情報を手に入れた、手伝えは名誉を分け与えよう。
と言ったところだろうか。
中立国は帝国や連邦からこうした高圧的な協力要請がたびたび届くそうだ。
今回の首謀者も、権力者ならば他所に協力を求めるだろう。
「これは俺の推察ですが、次に奴らが姿を現したとき、正義を語れば王族が相手でしょう。
死ぬ物狂いであるならば、どこぞの貴族が独断で命令していると思われます」
大きな権力も一種の魔法の様なものである。
特に王族は狡猾な者が多く、言葉巧みに民を信用させて妄信的半独裁政治を行う者もいる。
逆に言えば、民の信用を得られない王は失墜もやむなしという事なのだが、それはマーバルク王国が証明している。
恐ろしいのは妄信されている王が適当な者を指さし悪と言えば悪となることだ。
大義名分を得た人間は判断の基準を他人に委ねがちだ。
魔王だから悪党、と根拠のない決定を疑うことなく正しいと思ってしまうほどに。
「さて、どう来るかな」