18.はじめての外交
「それはできません」
あまりの即答に三人の王どころかゲプロスまでもが唖然としていた。
今までと変わりない付き合いをお願いしたい、という申し出を断ったのだ。
「どういうことでしょうか」
「僕たちは必要ない……?」
「まさかやはり……」
「落ち着いてください」
物事をはっきりさせておきたいという几帳面さからの即答だったのだろうが、場を混乱させてしまい失敗したとかるく反省した。
言葉とは投げられるものなのだ。突然遮断してはあらぬ方向へと飛んで行ってしまう。
一方的に言葉を投げかけられ、一方的に言葉を投げかける中間的な立場にいた彼は、まだその時の癖が抜けていないのだ。
「悪い意味ではありません。
今までの国交は国力に物を言わせた不公平なもの、それでは支配と変わりありません。
ですので、あくまでも公平な条件での付き合いを所望します」
いままでの付き合いは税や国防の面においても、すべてにおいてマーバルクが有利になるような物であった。
しかし、支配は同時に保護でもある。
支配した物を簡単に失っては、支配するまでに払った対価や維持費が無駄になってしまうからだ。
弱小国は保護を求めて自ら支配されようとすり寄る国もある。
それが、ホムンクルスが今まさに対峙している三ヵ国なのだ。
「確かに、そうですな」
「今までは我々の国が搾り取られるような契約ばかり」
「ですが、だからこそ生産する限り、我々を切り捨てないという安心もあった」
搾取されることで保護を絶対的なものにする。
まるで家畜のようにも思えるが、生産力もまた国としての力であり武器であることには違いない。
唯一ともいえる交渉の武器を否定されてしまえば、関係は薄いものとなってしまう。
「失礼を承知でお聞かせ願いましょう。
この国は生産力に乏しい。
我々からの搾取を弱めては維持が難しくなってしまうのではないでしょうか。
我々としても困るのですよ。
当初は確かに反発もありましたが、我々は適応してしまったのです。
兵力をマーバルク王国に委ね、生産力だけを重視したのですから」
「ありがたい話ですが、我が国でも問題が発生してましてね。
失業者が増えているのです。
東と西の大国が戦争しているせいで商品が吐き出せなくなり、国内にたまる一方なんです。
需要が低迷して品物が売れなくなれば当然、価格は下がり、それらにまつわる者の賃金も低迷します」
賑やかなお祭りの裏にはちょっとでもいいから商品を売りさばこうとする魂胆があったのだ。
どうせ売れる前にだめになるからいっそ派手に、という事もある。
「なるほど、薄々はわかっていたけれども。
これは僕も頭が痛い」
「左様、物があふれるというのは我々も同じ。
このままでは共倒れですぞ」
仕入れを止めたからと言って、生産が止まるわけでもない。
ただ問題を押し付けているだけであり、解決とは程遠いのだ。
それに、いたずらに生産を止めてしまえば、産業に携わる者の多くが破滅するだろう。
「そこでですが、私に考えがあります」
「なんと、即位してもう対策を練っておられたのですか」
「ですから、忙しかったのです。
我が国の領土は恥ずかしながら9割が荒野です。
この荒野はレヴァナード公爵の領地ですが、彼の手にも余るものなのです。
荒野を管理するには資材と人手が圧倒的に不足しており、見返りもまた少ない。
ですが、我が国は荒野に住まう者たちと友好的に接触することに成功しました」
ゲプロスが鼻で笑った気がしたが、ホムンクルスは説明を続ける。
「彼らの協力のもと、我が国は荒野の開拓に着手することを決めたのです。
そして、今我が国はその協力者を探しておりまして」
背の高い王が腕を組み、少し考えて頷いた様に頭を動かし喋りだした。
「なるほどなるほど、搾取をやめるから投資しろという訳ですか」
「強制はしませんし、必要以上の税なども取りやめますが、どうでしょう」
残りの二人も同じように腕を組み、考え込んでいる。
投資とは一種の賭博である。
生産力があるとはいえ、見返りが決定的でないところに物資を送るのは損失が伴うのだ。
それも広大な荒野の開拓ときたものだ。
かかる費用や物資も莫大なものとなるだろう。
成功すれば広大な土地をそのまま生産力にできる上、人が増えれば経済発展も見込めるのは確かだ。
しかし、失敗すればどうなるだろう?
つぎ込んだすべてが無に帰すのだ。
もしくは、開拓が軌道に乗る前に力尽きるかだ。
安易に決められるはずもない。
ホムンクルスも悩ませる話であるとは分かっていた。
だから急かすこともせず、無理強いもしない。
そこで、意を決したかのように口を開く背の高い王。
「我々が答える前に、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
眉間にしわを寄せ考えていた顔から一転、真剣なまなざしで見透かすようにホムンクルスを見つめて問いかける。
「この政策はもしかして、荒野にいる人々によく思われたい、等という思惑があるのではないでしょうか。
我々の国からしても通行税などが安くなればとりあえずは支持されるでしょうが、そういう事ですかな?」
「その通りです」
彼は言い切った。
三人の王は互いに顔を合わせ聞き間違いではないかと確認しあっている。
ホムンクルスは無視して言葉を続ける。
「国が大きく動けば民は少なからず不安を覚えるでしょう。
それに、荒野の開拓も着手したばかりであり、先が見えないのが現状です。
我が国がよその国にやさしくなり、よその国が我が国の計画を支持してくれている。
この状態になればある程度の不安はぬぐいされるでしょう」
「我々の国を利用すると」
「僕らを結局いいように扱うと」
「そう捉えてもよろしいのかな」
人の計画の通りに動かされるというのは誰にとってもあまり面白くないものだ。
ましてや、彼らは小国とはいえ国王である。
王には尊厳というものがあり、尊厳を踏みにじられるようであれば、どんなに良い結果をもたらす話も蹴るしかなくなるのだ。
「捕えようによっては確かにその構図となります。
ですから私は、いえ、我が国は強制しません。
ただ、頭を下げてお願いするだけです」
「やめてください」
ホムンクルスが頭を下げようとしたとき、三人の王に止められた。
「申し訳ありません。
少々意地悪でしたね」
「僕らとしても断ったところで良いことはない。
それに、荒野の魔族たちは僕らが見たこともないような魔法を扱えると聞く」
「魔族を働き手にできるのであれば、可能性は未知数。
投資する価値は十分にありますな」
期待できる返事をもらい、ホムンクルスの表情が明るいものとなる。
この時、気が緩んでしまったのだろう、彼は次の発言にも揚々と答えてしまう。
「これも、魔王の協力あってのことすかね」
「ええ、そのせいで混乱もありましたが今となってはうまくまとまって」
発言の途中で凍り付く。
何故そこで魔王という単語が出たのか。
「我々の情報網を甘く見ないでいただきたい」
「内乱ともとれる混乱でしたね」
「今のところ魔王が悪しき存在ではないという事も十分承知しておりますが」
「ご存じだったのですね」
後ろめたいことがなくとも、隠し事というだけで罪悪感が沸いてくるもの。
隠された側としてもあまり気分のいいことではない。
「混乱の結果は革命ともいえるもの」
「あまり交易がない国ならともかく、我々くらいならばあの王に後継者などいなかったのは周知の事実」
「左様、それに魔王と接触した直後の話ですからな。
関与してても不思議ではない」
何故わかっていたのかを淡々と述べる三人の王たち。
ホムンクルスは浅はかだったかと羞恥を覚えた。
「政治は腹の探り合いです。
あなたはもう少し勘繰り深くなるべきです」
「人としては素直な方がいいんだけどね」
「綺麗ごとや純情さの多くは政治においてよからぬ結果を招く。
まったく不本意極まりないですな」
羞恥を覚えるのは彼らもだった。
純粋で真っすぐな王を軽く疑い言葉でもてあそんだようなものだ。
王になった当時はより良い国を目指そう。等と彼らも思ったものである。
それが、交渉事等を続けているうちにすっかり捻くれてしまった。
「気を落とさないでください。
魔王が悪しきものでないという事は、この街を見て納得しております」
「ですから、今度は魔王を交えて、改めて話し合いましょう」
「私ならここにいるぞっ」
力強い声と共に扉が開け放たれる。
「隠れるようなことをしていて悪かったね。
私こそが魔王ゲデルだ」
ずいずいと歩き、ホムンクルスの隣に座る。
当然のことと言わんばかりの態度と動作で会話に参加してきたが、魔王という存在は現代の王たちにとっては非現実的存在。
遠い国や伝説上の話だった存在が目の前にいるのだ。
当たり前のように来られても、考えを切り替えるのに少々の時間を必要とした。
4人の王が固まることにより生じたつかの間の静寂、ゲプロスが扉を閉める音だけが響いた。
我に返った王たちが口を開く。
「知ってはいたものの、実際目の当たりにすると反応に困りますな」
「これはまた可憐な」
「さよ……本気か!?」
ホムンクルスの後ろで耐えきれず噴き出したかのような声が聞こえた。
確かに、ゲデルの顔立ちは整ってはいるが、言動から肩書から全てにおいて可憐という言葉からは程遠いところにいる。
「失礼だな君は」
「は、いえ!そのような意味では決して!」
ゲデルの反応に対して背の低い王は狼狽える様にして返した。
先ほどまでの凛とした態度はどこへ行ったしまったのかと言いたくなるくらいの反応だ。
たとえ少女のような見た目でも、魔王という肩書が真っ先に与える印象は畏怖である。
大きくない国であれど、兵力は大国と渡り合えるほど洗礼されていると噂のマーバルク王国。
目の前にいる魔王は戦力的強国に改革を起こした張本人である。
怒りに触れてしまえばどうなることか、マーバルク王国が負けたならば小国なんて簡単に滅ぼされるに違いないだろう。
「そして君も失礼なんじゃないかな」
魔王は狼狽える王をよそに振り返ってゲプロスを指さした。
「事実かと」
「失礼だっ」
「おほん」
ホムンクルスのわざとらしい咳払いによって師弟の問答はやんだ。
おふざけが過ぎたとき、決まって説教をするのはホムンクルスなのである。
なので、彼に逆らえるものはこの国にはいない。
国王が魔王を制する状況を目前にした三人の王は、呆気にとられていた。
「魔王とお聞きしてどんなに恐ろしいものかと思えば意想外というもの」
「ああ、驚かせてしまったなら申し訳ないね。
私としても君たちとは仲良くやっていきたいつもりなんだ」
ゲデルは隣人と接するかのような態度で話しかける。
さすがに失礼ではないかとホムンクルスが咎めるが、三人の王はこれで当然と返す。
「人同士の立場では確かに大した格差はないのかもしれません。
しかし、魔族としての立場では我々が圧倒的下位なのです」
「魔族は力が序列、騎士団長殿を国王陛下としたのも、人の政治と魔族の政治を区別するためでしょう?
僕らは自分から魔王様を呼び出した。然るべき対応をするのはこちらの務め」
「左様、魔王様と対面すると決めた時から心得ております」
思っていた以上に買いかぶられていたからか、ゲデルは少々照れつつ無言で頭をかいた。
とはいえ、まだゲデルから何か話を持ち掛けたわけでもない。
相手がしっかりとした対応をするのならば、ゲデルも同じく対応しなくてはならない。
人付き合いとは最初が肝心なものなのだ。
「これが王たるものの余裕というものか、すごいな君たちは。
私も見習わなくてはならないね」
とりあえず褒める。
褒められて気に障るようなひねくれものは少ないはずだ。
少なくともゲデル本人はいくらでも褒めてほしいと感じている。
「おほめいただき光栄です。
我々はより良い国のためであれば、自己を優先しすぎないという事を先代から学んでおりますゆえ……」
「魔王様もいずれはご自分の尊厳と国の発展を天秤にかけるときが来るでしょう。
どのような形でとまではわからないですが」
ナハルレグノ、シュマーレグノ、ギヴァーレグノの3国はもともとはフォーレグノという一つの国だった。
王位継承争いで分裂してしまい、原因となった三つ子の王の子孫である彼らが、先代から遺された面倒ごとを苦労して片付けているのだ。
無責任と自己中心的な活動は自分よりも子孫や民に負担をかけると身をもって知っているという事だろう。
ゲデルは周辺国の成り立ちについても大体は教わっていたのでなんとなく察していた。
「心中察するよ」
「ありがとうございます。
いずれにせよ我々はこの国とも魔王様ともよい関係でありたいと願っております」
「私も同じ意見だ。
だれだって仲がいいことに越したことはないだろう?」
全員が安心したのか、会議場はちょっとばかし和やかな雰囲気となった。
「では、魔王様にも僕らから幾つか問わせていただきたい」
「そのまえに」
ゲデルが口をはさんで会話を止め、自分を指さした。
「私のことはゲデルと呼んでほしい。
魔王という呼び名は印象がだいぶ悪いと聞いた」
背の高い王は少々驚いた様子だったが、ほかの二人は笑顔を隠しきれていなかった。
見下しているわけではないが、彼らは子供を見守る大人の目になっていた。
「そうなるよなぁ」
様々なことを教えてきたゲプロスも、保護したいという欲求に駆られていたのかもしれない。
魔王ゲデルの成り上がろうとする志向や秘めたる力こそは魔王と認めざる得ない存在である事の証明たりえる。
しかしながら、肩書とは裏腹に彼女自身の精神はまさに無垢と言い表せる。
無垢ゆえの好奇心、知りたいと思う心は探求心にもなる。
勤勉な者に物事を教えるのは楽しい上に誇りに思える。
無垢な魔王を偉大な王にするも、破壊の魔王にするも、支える人次第なのだ。
出来のいい果実ほど私が育てましたと言いたくなる、という下心もあるのだろうが。
「では、ゲデル様……我々はゲデル様が勤勉なお方だと理解しました。
その上で、お聞かせ願いたい。
ゲデル様はこのマーバルク王国で何をするおつもりでしょうか。
何を思い魔王を名乗るのでしょうか」
心を見透かすようにして魔王の目を見る三人の王。
国を揺るがす重大な決定は瞬間的な心の揺らぎで決定してはならない。
相手の考えを吟味したうえで慎重に決めなくてはならない。
魔王が友好的であろうと、確たる意思が無い者について行く事はできないのだ。