17.新たな王とよその王
元国王であるユーテルは度々事情聴取に呼ばれていた。
彼からの情報によると、魔王復活の情報をもたらしたのは黒装束の魔導士だという。
客人として迎えられていた物の、誰もそのような人物は知らないという事だった。
つまり、その黒装束の人物若しくは集団が暗示をかけた犯人とみて間違いなさそうだった。
それ以上の情報はなく、正体を暴く決定打にはならなかったが、何もわからないよりはマシだろう。
村やナインに対する賠償は、全てナインに送られることとなった。
森の開拓に大した金額は必要ない為、ナインの部下や町の人々を労力として貸し出し、その賃金や食料に回したのだ。
ただでさえ経済に疎い村人たちに管理させるわけにもいかず、ナインの屋敷でまとめて管理する事となったのだ。
ナインの屋敷は行政を行うにはとても良くできた連携体制や分担ができており、あと二つ三つ村が増えても大丈夫、との事だった。
マーバルク王国の貴族たちは国王より信頼するホムンクルスとレヴァナート公を失いかけたことで怒り心頭といった所だったが、国王の王位剥奪とホムンクルス達による説得でなんとか納得してくれたようだった。
中には後ろに魔王がいる、という事で委縮してしまった者も居るそうだが、そういった人々は時間が解決してくれることを祈るしかないだろう。
しかし、ここで一つ問題が起こった。
誰が王となるかだ。
ゲデルが王を名乗れば体裁が悪すぎるとナインが主張したのだ。
当然、ゲデルは不満を漏らすが、一連の騒動は大まかに知れ渡っているに違いないという事。
つまり、現状でゲデルが王を名乗れば、魔王の怒りを買い攻め滅ぼされたという構図が完成してしまう。
それだけは避けなければならない。
慎重に事を運ばなければならない、とは理解しているのでゲデルは納得し、人の王を選ぶこととなった。
そこで、元国王を除き最も権力のある人物を連れてくることとなった。
魔導隊の創立者たる王国の重鎮、賢者コクマンだ。
「と、いう訳で君に王になってもらいたいわけなんだけど」
「はん!わしは研究者だ!政治のごたごたに巻き込むでない!とっとと部屋に帰せ!」
「これが、いつも通りの閣下です」
シャイズがあきれた様子で彼を紹介し、そのまま研究室へ送り返した。
「取り付く島もないとはこの事か」
「申し訳ありません……」
何故か謝るホムンクルスだが、後に聞いたところ、コクマンはホムンクルスの育ての親だとか。
性格こそは全く似ていないものの、研究者気質や魔法の才は良く受け継いでるそうだ。
ともあれ、王がいないままでは国を維持できない。
いっそ議会制にしてしまおうか、とも提案されたが、具体的にどうすればいいかは誰も解らなかった。
最終決定を執り行う代表者が結局必要になるからだ。
「ナインナインナイーン」
「聞こえない聞こえない聞こえないのだぁ」
ナインは王になる事を頑なに拒否する。
もっとも、ナインも魔族であるが故と付け加えられてしまえば、納得するしかないのだが。
こうなってしまえば、消去法で一人しか残っていない。
「ホムンクルス、残るは君しかいないな」
「は?ちょっと待ってくださいよ!私は公爵でもないですし……!」
「騎士とは、貴族の集まりなのである。
となれば、騎士団長も正式に爵位を貰えば相応の地位になるのだ」
実際に、国における立場ではナインと大差なかったそうだ。
それに、民に慕われているのであれば、好都合である。
「いっそユーテル殿の養子扱いにしてはどうであろうか」
ユーテル元陛下は歳のわりに伴侶も子孫もいなかった。
その為、王位継承の問題を解決すべく養子を迎えた、という筋書きにすれば周辺国も大して怪しまないだろう。
魔王に手を出した責任で王の座を降りた、という事にもできる。
「うん、結局それが一番無難なんじゃないかな」
「こんな急な話、誰も納得しませんよ!」
「荒野に生きる民は細かいことは気にしないのだ」
かくして、ホムンクルスは無事、王位を継承することとなった。
当のユーテルも彼なら任せられると二つ返事で承諾した。
王の座から降りれば責任なんて軽いものである。
王位継承の件はあまり間を置かず場内に知れ渡る事になる。
ナインがホムンクルスから拒否権を徹底的に奪うため情報を流布したとも噂されたが、真偽は定かではない。
しかし、情報が広まる一方で露呈した事実もあった。
それは前王の圧倒的人望のなさだった。
どうにも、あまりにも王都本位な政治ばかりしていたがために周辺貴族からは快く思われていなかったのである。
絶対的な力とは言えない中程度の国だからこそ、たとえ王都にいる貴族とて周辺貴族の意見は無視できるものではなかった。
貴族と国王で決定的な対立が起こるとするならば、中心となるのは騎士団長かレヴァナート公爵か、どちらに媚びを売っておくか、などという話になっていたそうだ。
それらの貴族としては大した動乱にもならず手短に澄んだ上、ホムンクルスとナインが結託している現状なので万々歳といったところ。
下手に派閥ができてしまうと、昨日まで良き隣人だった貴族と敵対する恐れもあるからだ。
ナインの話では本当ならば革命などと言われてもおかしくない現状、ここまで円満に話が済むのはそう有ることではないとか。
もともと内輪もめの様なものだった、という所もあるのだろう。
王位継承の件がひと段落した後、変装したユーテルとゲデルを連れてナインはあちこちの貴族と交渉した。
荒野の今後を取りまとめる為だ。
事実上森の主であるゲデルが王国の上にも君臨するのであれば、つながりを作っておいた方が何かと便利だからだ。
結果、アツィルトの森には定期的に行商人が来ることとなった。
物資のやり取りができるようになれば、多少人が増えても問題はないだろう。
こうしてナインを中心に戦後処理は着々と進み、一月ほどで国は落ち着きを取り戻した。
助手という名目で様々な交渉に立ち会ったゲデルも、ユーテルの教えもあり人の政治とはどういうものかを何となく学んでいた。
あとは実践あるのみ、という訳で、ユーテルは復興班の仕切り役として森に送られた。
蜘蛛車に乗り王都に別れを告げる彼は、出会った当初よりも随分と良い表情をしていた。
人の上に立つということは、相応の重圧も受けるものなのだ。
ユーテルは重圧に耐えきれず、振り払おうとしてしまった。
ため込んでしまう質だったのだろう。冷静に判断できるときであれば、もっと適切な手段を選べただろうに。
ゲデルはユーテルを見送りながら、王としてどうあるべきかと考えた。
王都では派手なお祭りがおこなわれていた。
落ち着いてきたところで敬愛するホムンクルス王の即位を祝っていたのだ。
『東かぁら南へ、西かぁら北へ、巡りゆく...』
皆がはしゃぐ中、ひと際大きな女性の歌声が響いている。
「歌か、すごい大声だね」
「拡声器ですよ。
通信水晶の音を増幅する単純な魔道具です」
ゲプロスが言うに、詳しい構造はわからないものの、大きな国ではそこそこ使われることがあるという。
大衆に声をかけるときに便利そうな道具だ。
魔王ゲデルは便利そうなものに目がない。どうにか手に入れられないものかと思案する。
「旅の歌姫、クルト・ナーマイムが立ち寄っているそうなのだ。
どこで祭りの噂を聞き付けたかはわからぬが、賑やかなのはいいことなのである」
クルト・ナーマイムとは世界を旅しながら彼方此方で歌を披露する女性だとか。
折角だからとついていくものも多いそうで、いつの間にか商人たちの間では重要な移動拠点と化していた。
近場で催し物があれば商人たちが情報を流して駆けつけて盛り上げてくれるので各国での評判は高く、時に旅路の途中で催し物や娯楽の提供のために呼ばれることもあるそうだ。
荒野化の影響で人々の住む幅が減ったため、今では決まった道順で東西南北を巡っているらしい。
「それにしても本当に人が多いね。
そんなにいっぱい行商人が来てるのかな」
「情勢からしてそんなに来ている筈はないのであるが……折角なのだ。
何か変化があったのかもしれないのだ。
我輩は行商人どもに東西大国の情勢を聞いてくるのである」
東西大国、繰り返し行われる会議の中で自然と生まれた言葉だ。
その言葉が示唆するのは東のハーヘーヤー連邦と西のエシュハル帝国である。
東西大国の戦争には遅かれ早かれ巻き込まれることになるのは明確だ。
なので、情報を集めて少しでも有利になるよう立ち回らなくてはならない。
2大国に比べてマーバルク王国はあまりにも無力なのだ。
ナインと別れ、ゲデルはゲプロスと共に食べ歩きながら露店を巡っていた。
右手に串焼き、左手に独特の強い香りと酸味のあるイーコウの果汁を薄めた飲み物を持っている。
お酒ではない。お酒の屋台も多かったが、万が一を考えてゲプロスが禁止していたのだ。
「あの紫色の飲み物なんかもいつかは飲んでみたいね」
「あれはパールッツ酒、お酒です。
落ち着いたときの暇なときにでもどうぞ」
「行商人が来ているだけあってみたことがない食べ物がいっぱいで私は幸せだよ」
いままでゲデルが食べてきたものといえば肉か野菜か芋だった。
味付けもほとんどが塩だけだ。
うまいことにはうまいのだが、毎日では飽きてしまう。
特に、こうして様々な味を知ってしまえばなおさらである。
「昔は、荒野が広がる前はこの辺りも様々な果実が取れたものなんですがね」
「絶対にこの荒野をなんとかしなきゃな」
串焼きを頬張りながら味わっていると、遠くからゲデルを呼ぶ声がする。
走ってきたのは魔導隊の人だった。
「ゲデル様!お客様です!……いや、ゲデル様にではありませんが、とにかく来てください!」
「まて、まて、まて。
落ち着け。こういうのは連絡係とかがするものなんじゃないかい?なんでまた魔導隊の君が……」
「こんな人ごみの中感知能力なしで探せますか!」
「探せる……わけもないか」
背の高いゲプロスが一緒なら見えるのではないか、と見渡してみたものの、露店や飾りでゲプロスもあまり目立たない。
確かに、これでは感知なしで探すのは不可能に近いだろうとゲデルは納得する。
「もっと楽しみたかったんだけどね」
「仕方ありませんな」
やれやれ、と肩をすくめる。
「それで、妙ないい方だったけど結局どういう来客なんだい?」
「それなんですが……」
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「なんとも、聞いていた以上に平和そのものではないですか」
「なんか食べていかない?
折角だし」
「そりゃ用事が済んでからの話だろう。
お祭り騒ぎに紛れて来訪したんだ、きっと慌てているに違いない」
一見ちょっとした貴族に見える三人が商人を引き連れ城に向かっている。
先導しているのは親衛隊長だった。
貴族を囲んだ商人たちもよくみれば懐に武具を忍ばせている。
このような状態ではだれが見ても重要人物であることは明白なのだが、今は通りを中心にして祭りがおこなわれている。
周辺国から貴族が来ることもあり、さほど目立ってはいなかったしだれも気にしていなかった。
「しかし、ついにあの王も失墜したか」
「概ね予定通りだな」
「僕も、身軽になりたいものなんだけど」
太り気味の貴族が溜息を吐く。
彼も何らかの重圧を受けていて疲れ切っている様だ。
王とは最上の責任者であり、当然多くの責任がいつだって付きまとうものなのだ。
「肉体的にか?」
最も背が高い貴族が茶化す。
彼には余裕があるようだ。
「失礼な!」
お互いを罵り始める貴族、傍から見ればとても滑稽なものだが、護衛している王国兵は物珍しそうにしている。
貴族同士で悪口を言い合える仲というのは珍しいものなのだ。相手に失礼のないように礼儀を尽くすのが貴族の立ち振る舞いだからだ。
「おしゃべりはここまでの様だ」
城門の柵がゆっくりと上がっていく。
柵の向こう側で彼らを待ち受けていたのは、いつもの野性味のある服装ではなく、正装したゲプロスだった。
執事にもみえる格好だが、厚手の生地にかかわらず隆々な筋肉が隠しきれていない。
報告を聞いてから急いで準備したのか、少々汗をかいている様にも見える。
「どうやら、突然の訪問は相手方に要らん労力を使わせてしまう様だ」
「これは申し訳ない」
「本来であれば私の代わりとなる者が居る筈だったのですが、我が国の王もまた気まぐれでして。
まぁ、それは置いとくとして、本日のご用件は兵より伺っております。
既に会談の準備は整っております。会議場へどうぞ」
かるく笑みを浮かべながら流す。
急な使命でもそつなくこなせるのは経験豊富なゲプロスだからこそだろう。
そんな彼をよそに、三人の貴族は会議場に案内されると聞いて予想外だという反応を示していた。
「謁見の間ではないのか?」
「使いの者ならいざ知れず、同じ王を見下す形になっては失礼というもの。
だそうです」
たいていの王ならば国力の差を身分の差と同然にみなすものである。
マーバルクの元国王もそうだったのだ。
しかし、初っ端から彼らの想定とは全く違う対応である。
新しい王を見極めるつもりだった彼らは出鼻を挫かれたのだった。
「同じ王だと、ばれておるわ。
せれでもこの対応、器の違いかな?」
「はたまた世間知らずか」
「これは先が読めませんな」
まぁ両方だろう、とゲプロスは聞こえない振りをしつつ心の中でつぶやいた。
ユーテルの指導があったとはいえ、ホムンクルスもゲデルも圧倒的に経験が足りないのだ。
ホムンクルスは勤勉なので大した過ちは犯さないだろう。
心配なのはゲデルである。
あの魔王は正真正銘の素人である上に、楽天家な思考が見え隠れしている。
師匠であるゲプロスでも時折何を考えているかわからなくなる時があるのだ。
本格的に政治が絡みだしてからというものの、ホムンクルスが間に入っていて本当に良かったと思う場面が少なくはない。
先を見据えられないわけではないのだが、目先の欲に弱いのだ。
つまりは、現場での決断力はあれど交渉には向かない性格である。
師として先の先を読むことを教えるか、即決の行動力を褒めるべきか、悩ましいことこの上ない。
とにかく、話し合いの席などにはナインやホムンクルスを置いて最終決定だけゲデルに任せればいい。
しばらくはそうした方が安泰だろうとだれもが思っていた。
「こちらにお掛けください」
促されるままに三人の王は席に着いた。
座った各々が部屋に飾られた調度品等を一瞥し終える程度の間をおいてから、正面の扉が開かれた。
会議室に入ってきたものは、少々身の丈に合わない王位を着たホムンクルスだ。
しかし、多少の着崩れは彼の色白な肌を際立てて美しさをよりいっそう強く演出していたのだった。
三人の王は軽く見とれてしまっていた。
「どうも。初めましてではない方もいらっしゃいますが、改めて自己紹介させていただきます。
私が、マーバルク王を継承したホムンクルス・マーバルクです」
一緒に入ってきたリウレンに促され、席に着く。
「おお、これはいつかの騎士団長殿、ご立派になられて」
「失礼ではないかね、国王陛下になられたのだぞ」
「美しい……この国のものは果報者ですな」
口々に称賛の言葉を並べる三人の王だが、当のホムンクルスは気恥ずかしそうにしている。
「あ、あの!あなた方も私と同じ国王なのです。
そこに大した差はございません!なので、あまり持ち上げないでいただけると……!」
耐え難かったのか、遮るようにして自らの立場を説明する。
年の差もあるのだろう、三人の王は愛娘でも見るかのような優しい目つきをしながら微笑んだ。
しかしながら表情とは一変して、ホムンクルスの言葉は間違いであると言い切る。
「同じ王でも格差はあります。
交渉の場において、国そのものの格差をしっかり見極めなければいいように扱われますぞ」
「左様、もともと我々も正式ではないにせよマーバルクの属国の様なもの」
「王が変わる、それは正直言ってしまえば喜ばしいことでした。
しかし、我々をのけ者にするのは少々……あぁ、少々……」
失礼、と続けるにもちょっと批判的すぎではないかと言葉に詰まる太り気味の王。
正式な属国でないにせよ、継承式くらいは呼ばれたかったし告知くらいあるものだろうとするのも事実。
「さみしい話ですな」
「そうそれ」
見かねたゲプロスが横から差し込んだ言葉に同調する。
国交上で非難するほどの話でもないが、無関係とも言い切れないあやふやな関係なのだ。
感情的な言葉とは便利なものである。
「申し訳ありません。
恥ずかしい話なのですが、処理すべく問題が多くて継承式も豪勢には行えなかったのです」
前の動乱で魔王一人のために物損被害を出し過ぎていた。
なので、多大な損害賠償や復興支援をせざる得ないのだ。
一言にすれば、お金がないというのがこの国の現状である。
「そうですか、お察しします」
背の高い王は少々同情的に言った後、表情を切り替え姿勢を正し、両手を顎の前で組んだ。
「では、いったんこの話は置いておきまして、本題に入りましょう。
我々、ナハルレグノ、シュマーレグノ、ギヴァーレグノ、そしてここマーバルク、この4国の今後の関係についてです」