表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の世界は今よみがえる  作者: ハチノサギリ
第1章-目覚めの魔王
15/62

15.マーバルク王国

 マーバルク王国は大国ではない。だが、決して弱小国家という訳でもない。

 西のエシュハル帝国、東のハーヘーヤー連邦、中央の商業国家であるドゲメク共和国、北の凍土、そして南の大荒野を管理するマーバルク王国と近隣5ヶ国だ。

 その他、まだ帝国や連邦に統合されていない中立の小国がいくつかあるそうだが、影響力の無さからか詳しくは説明されなかった。

 荒野の発生により国同士が手を取り合おうとしたものの、元々仲の良くなかった帝国と東側諸国が商業国を挟んで対立。

 そのせいで長年の戦争状態にあり、近年はまた激化しているらしい。

 事の発端となった荒野を管理するマーバルク王国は中立を維持していた。


 だが、今はその中立という状態が揺らぎ始めている。

 それもそのはずだ。戦争が激化するという事は、どちらかが、若しくはお互いに決着を付けようと躍起になっているという事だ。

 西と東の間には山脈があり、進行するのであればドゲメク共和国領内を通る必要がある。

 それ故に、両者から板挟みにされており戦況の悪化で真っ先に被害を被ると言われている。

 ただ、商業国家の肩書の通り周辺国の流通を取り仕切る仕組みは他国に存在しない。

 分け隔てなく接する精神や不満の出ないぎりぎりの税、それら共和国の領分を他国がやろうとしても、必ず誰かの欲が混じり捻じ曲がるものだとか。

 それ故に、重宝されている国でもある。なので、ドゲメク共和国が脅かされるのは本当にどうしようもない状況に陥った場合なのだそうだ。

 共和国を進んで巻き込めないとなると、山脈を迂回して進行するか、険しい山道を通るしかない。

 北の凍土は論外である。永久凍土と言われる不毛の地だ。

 好き好んで通る者は居ない。

 となると当然、平地が多い荒野に目が行く。

 マーバルク王国を手中に収めれば、荒野をある程度自由に動き回る事ができる。

 兵力があるならば一方から攻めるより二方向から攻めたほうがより効率的かつ効果的なのだ。

 何らかの理由でだらだらと戦争を続けていられなくなったどちらかの大国は喉から手が出るほど荒野を欲しがっているのだ。

 なんとも現金な話ではあるが、荒野を通るだけなら道を作ってくれる分有益だし、放っておいていい話だ。

 どうせ戦うのは彼らの国境線なのだから。

 しかし、何を考えているのか彼らはそれを良しとしない。

 この国を戦力にするか拠点にしようとでも考えているのだろう。

 暗示などで浸食するようなやり方は気に食わないし、国際的にも許されることではないそうだ。

 国王をどうにかしたところでまだまだ問題は終わらない、という事だ。


「移動中暇だし、いろいろ情勢を教えてくれるのはありがたいんだけどね」


「ゲデル殿は無知の無知、もっと知って頂かなくてはならないのである」


「いやさ、まだ縛る必要はないんじゃないかい?」


「誰が見ているかもわからないのだ。辛抱するのである」


 揺れる蜘蛛車の中、王国兵と共に近隣の情勢を教わるゲデル。その様子はまさしくお勉強会。

 王国兵とて誰もが国について詳しいわけでもない。眠そうにしているのも居れば、聞き入っている者も居る。

 不自然な点を挙げるとすれば、やはり一人だけ厳重に縛られている事だろうか。


「辛抱すると言ってももう三日だよ?

 いい加減私も窮屈で仕方がない」


「食後の運動で我慢するのである」


 朝昼晩の食後に拘束を緩められ、少しばかり自由に体を動かせる時間があった。

 しかしながらゲデルにとってとても短い時間でしかなかった。


 ナインとしても必死である。

 非常事態故、国内の有力者とは話が付いた。

 戦いは打ち負かすだけではなく、お互いの納得でも終わる。

 第三者の介入が発端となれば本来ならば戦う理由がなかった、若しくはまだ戦う段階ではなかったのだ。

 話し合う事でお互いが解りあった今、無意味な戦いであると王を止めるだけだ。

 暗示がかかっているのならば尚更、仮にそうでないならあまり快くはないが、罪人として捕らえる事になるだろう。

 ホムンクルスは民や貴族はおろか兵士たちからの信頼も厚い。匿名で票を募れば国王よりもホムンクルスに傾くかもしれないほどにだ。

 まさしく順風満帆である。そんな中ほんの少しの綻びも生じさせたくはない。

 想像できる危険を可能な限り排除するしかないのだ。

 なので、ナインは心を鬼にしてゲデルを監視する。


「縛られるときは決まって君が近くにいる時だな!

 君はそういう趣味なのかい」


「ぶぇっほ!」


 なにを言い出すのかこの魔王は!と言いつつ周りを見ればなんだか微笑まし気な面々。

 ものすごく嫌な誤解を受けている。言葉はなくとも理解できる状況。


「ゲーデールー殿。冗談にしても言ってよろしくない物と喋るべきではないものがあるのだ」


「全面遮断?軽い冗談くらい言わせてくれないかな」


「我輩が誤解されるようなものは止めるのだ!絶対である!絶対!

 そして皆の者もその顔をやめるのだ!我輩の趣味はもっと大人びた女性なのだ!」


「……」


「……なにを言わせるのであるか!」


 ナインはゲデルに乗せられ口を滑らしてしまい、顔を真っ赤にして怒り出した。

 意識的に乗せたのかどうかは定かではないが、この魔王に主導権を握らせるとろくなことにはならない、とその場にいる人々は学ぶのだった。


「あなた方はいつもこのような感じなのですか?」


「我輩は不本意なのだ!」


 彼は拗ねてしまったようだ。

 後で御機嫌取りをしなければな、等とゲデルは思いつつ、いつもこんな感じだと答える。

 上に立つ者は部下の緊張をほぐす為、冗談の一つでも言えなくてはならない。

 今度こそお留守番している黒い重鎮、もとい獣人が吹き込んだ言葉だ。

 からかわれる身としてはたまったものではないが、警戒心や緊張を和らげる効果は絶大である。

 事実、同行している兵士の何名かは必死で笑いを堪えていた様だった。

 そういった反応を見ると追い打ちを掛けたくなるのがゲデルなのだが、やりすぎるとナインとの関係が悪くなりそうなので踏みとどまる事も心得ている。

 やりすぎは良くない。これもまた師の教えである。


「聞いていた話と、というより一般的概念の魔王と違いすぎる気がするんですが……」


 以前教わった破壊の魔王が尾を引いているのだろうか、それとも政治的に支配できない有体がそうさせるのか、概ね魔王と言う肩書に良い印象を抱くものは本当に少ない様だ。

 彼もまた、魔王は悪しき存在であると信じていたからこそ強行的な襲撃に加担したのだろう。

 固定概念が粉砕された今、彼は軽く頭を抱えてうなっている。


「うぅ、しかし、しかしですが、あなた方は我々を信用しても良いんですか?

 僕はまだ完全に信用する事はできません。この茶番も油断を誘う為の物ともとれます」


「はっきり言ってくれるね。

 ただ、私が相手の油断を誘う事を恒常手段にしているから大した反論はできないけど……敵が明確になった今、敵の敵は味方であってほしい」


 ゲデルはホムンクルスの人となりを見て、思慮深い人柄だと認識していた。

 何かに対しての基準を作り、それに準じた損得勘定で動ける人は行動が信用できる。

 アツィルトの森で戦った時を思い返す。

 もし彼の命令通り兵達が迅速にゲプロスを追っていたならば、ゲプロスは部下や村人たちの援護無しで戦う事になっていたかもしれない。

 ゲプロスは魔法に対する対抗手段をあまり持っていない。村長がいなかったら勝敗は分からないものとなっていただろう。

 挑発にのり冷静さを欠けたように見せておきながら、最低限の見通しは立てている。

 つまり、彼は感情によって判断力が欠如する事のない人間という事だ。


「背中から刺されるかもしれませんよ?」


「そうなれば目一杯抵抗するさ」


「脅しですか?」


「君はそうなる事を望まない人間だと私は確信しているんだけどね」


「ただのお人好しなのだ。きっとそのうち痛い目を見るのだ」


「君たちがそうならない様に提言してくれるじゃないか」


「ま、まぁ、そうであるが……」


 ナインは鼻をこすって照れている。


「僕は貴方が何故そうまでお人好しなのかが解りません。

 だから、信用もできません」


 前もって調べていたか誰かから聞いたのだろうか。

 目覚めてからというものの、確かに狙われてばかりではあったが、それぞれが理由をもっていた。

 ナインもゲプロスも部下や民を守るために手を打っていた。そして話の通じる相手だった。

 彼らもとんだお人好しである。その彼らから学ぶのだから、お人好しな思考になるのも当然の帰結と言えよう。


「私が相対したのは良い奴ばかりだからね。

 で、君も良い奴だと私は思っている。それだけだ」


 からかっているんですか、と言いそっぽを向いてしまった。

 彼は何か苦い経験をしたことがあるのか、とてもまじめなのか、簡単に人を信用できない様だ。

 それでも感情的な判断でこちらを拒否せず、同行してくれている。

 感情的に左右されずに考えられる人間は常に被害を抑え、大きな戦果を上げようと前もって動く。それ故の事だろう。

 逆を言えば、損害をもたらすことを提示する事により、選択を容易に奪える。

 次に相手はどの様な行動を選択するのかを想定し、先回りして潰しておく。


 彼は現状において勝つ手段がないと身をもって理解している。

 感情優先な人間ならば、命を賭してでも立ち向かってくるのだろうか。

 それは明らかな愚行である。やめてほしい。

 ともあれ、冗談半分とはいえ抵抗の意思を見せたことで、余程自信のある策でもない限り、裏切る事は無いだろう。

 中途半端な状況での裏切りはお互いに損害しか生まないのだ。


「ゲデル様、そろそろです」


 幌の外からのぞき込んできたのは大柄な王国兵……の、装いをしたゲプロスだった。

 暗示魔法対策で村長と護衛のゲプロスを変装して紛れ込ませているのだ。

 彼は意外な事に、都会での生活も馴れているそうだ。

 盗賊頭をやる前は傭兵団に居たこともあれば、王都でパンを焼いて生活していたこともあるとか。

 そんな経験豊富の彼曰く、田舎者である部下たちは少し大きな街にでれば必ず挙動不審になる。

 との事で直々について来たのだ。

 もっとも、ゲデルを傍で見守ってやりたいという親心でもあるのかもしれないが、そこまではゲデルの知る所ではなかった。


「正念場だ。気合を入れなきゃね」


「捕まっているのにそう自信ありありな顔では怪しまれるのだ」


「もうちょっと暗い顔とかできないんですか?」


 ゲデルの心情は顔に出やすい。

 だからこそ他人は無意識に彼女に対する警戒心を緩めてしまう。

 だが、時と場合によっては致命的な弱点にもなりえるだろう。


「しかしね、私はどうにも演技という物が苦手なようでね」


「我輩の時はそこそこいい線であったぞ」


「大した対策は練ってなかったからね」


「ごほん、えー、実は今日の夕餉はマチョウの丸焼きでした」


 ホムンクルスが小恥ずかし気に語りだす。


「私も食べれるのかい?」


 ゲデルの目が輝く。


「どうやら、囚人には別のものが出るそうでして」


 ゲデルは絶望した。


「その顔である」


 心情がどうしても顔に出てしまうのであれば、心情から操作してしまえばいいと言う事だ。

 それにしても、あまりにも急激な表情の変化。

 本当に大丈夫なのかとホムンクルスは少々不安になるのだった。


「通信水晶はしっかり持っているのであるか?」


「あぁ、ばっちり落とさないように持っている」


 シャイズ兵長の時と同じく、国王本人から事の顛末を語らせて証拠にするのだ。

 演出をより確実な物とするために、装甲虫まで連れてきているのだから。


「さて、僕も表に出ましょう。

 これでも騎士団長ですからね。形だけでも皆を率いなくてはなりません」


 ホムンクルスは蜘蛛車から降り、他の兵士の岩蜘蛛を借りて先頭に出た。

 マーバルク王国の王都はもうすぐだ。


---


 ホムンクルス率いる達一行は王都の中では物凄い歓声を浴びた。

 騎士団長が戦場から戻ってきたためだろう。それだけ民から人気があるのだ。

 仮面がなくなっているせいか、歓声のなかにやや場違いなものも含まれていたが。

 適当に対応しつつ、王城へと向かう。


 昔ながらでありながら威圧感と重量感に溢れる石造りの塀が交差する王都。

 戦闘要塞として作られたからこのような構造となったのだ。

 ほとんどは壁をくりぬき、家や店として改造されている。

 交通の便を考えてか、王都の入り口から王城まではまっすぐ大きな道が続いている。

 有事には道中に幾つかある大きな門を閉ざし、塀の上から一方的に攻撃するのだろう。

 入り組んだ塀は迷路のようになっている。

 人が通る為の道はあるが、大勢がなだれ込む為の道を探すには土地勘が無ければ非常に苦労するだろう。

 最後の門を潜り抜けると塀は途絶え、独立した塀に囲まれた石造りの建造物が現れる。


 王城の入り口にて親衛隊の隊長を呼び出した。

 呼び出された親衛隊長はホムンクルスを見て驚いた様子だったが、無事帰ってきたことを喜んでの事だった。

 その様子からして殺害計画に加担していないことは明らかだった。


「暗示もかかっていない様子ですね」


 何のことかと問う親衛隊長に対し、これまでの事を説明した。

 今度は正に驚愕といった所。

 半信半疑ではあるが、討伐隊の隊長格全員が揃っている上に、大人しく捕まっている魔王と蜘蛛車の幌の中から姿をのぞかせるナインを見て納得した。


「私共もご一緒させてください。万が一という事も考えられますので」


「むしろその方が好都合です」


 思わぬ返事に親衛隊長は一瞬唖然とするが、何か考えがある物と説明を聞く姿勢をとる。


「親衛隊の方々には合図を出すまで陛下の忠実なしもべを演じていただきたいのです」


「我々は元より……」


「解っています。それでもです。

 陛下がどんなに理不尽な事を言っても、それで当然と言う態度をとってください」


「……件の暗示魔法ですか。

 いやはや、信じられませんな」


「恐らく二種類の暗示魔法が掛けられております。

 認識阻害と思考制御です。

 貴方には認識阻害がかかってないようですが、一応同行する親衛隊は暗示がまだかかってないか確認する必要があるでしょう」


「陛下には安全が確保できるまでお待ちいただくように伝えてください。

 同行する親衛隊の方々にもこのことは説明したほうが良いですね」


「それ以外の者達には厳重に警備させましょう」


「ええ、途中でまた暗示を駆けようとしてくるかもわかりません。お願いします」


 親衛隊長は近場の兵士たちに指示を出し、手の空いている物を集め、それ以外は警備をより厳重にと通達させる。


「知ってても実際に目の当たりにしてみると驚くものだ。

 君は本当に信頼されているんだね」


 ゲデルはホムンクルスの顔を覗き込むようにして称えた。


「何なんですか、今更……僕たちも最終確認しますよ!」


 少しばかり顔を赤くしそっぽを向きながら、全体に確認を促す。

 国王を相手にするのだ。下手をすれば全員罪人扱いとなるだろう。

 失敗はできない。一人一人、念入りに計画の確認を行うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ