11.アツィルト防衛戦
「なんてこった……!」
王国兵達はゲデルの策略により、大打撃を受けていた。
特に、装甲虫の炎上。
これは弱小国である王国を傾けかねない出来事だった。
無論、その責任は騎士団長ももちろんの事、王国兵長だって問われる。
冗談ではない、と焦りを露わにし、部下に消火命令を出す。
「しかし、突入命令が……」
「黙れ!王国が戦闘装甲虫を失えば他国に対する牽制がきかなくなる!
あの国王がそれを許すと思うのか貴様は!」
国王は魔王の善悪を問わず、功績と名誉の為だけに討伐隊を送り出すほどの野心家である。
魔王を討伐したという実績は、外交上でも良い影響があるに違いない。
その事から、多少の犠牲を払ってでも魔王を討伐せよと命令を受けていた。
それが重要な戦力を失って逃げ帰ってきたとなれば、無能の烙印を押され、極刑は免れないだろう。
上に立つ人間という物はえてしてそういう物だ。結果だけで判断して、ついでに連帯責任を取らせようとする。
それに対してあの騎士団長と来たら合理主義に過ぎるのだ。確かに、装甲虫を破棄して突撃すれば消火に使う魔力も温存できる上、敵に体勢を整える暇を与えずに済む。
騎士団長が敗れても魔王と吸血鬼だけになれば我々でも勝機はあるだろう。
しかし、仮に魔王に打ち勝ったとしても、代償が大きければ国に利益があってもこちらの利益は剥奪されるのだ。
あの国王はそういう人間だ。当初の目的を達成してもとんとんという結果では満足しないのだ。
「消火が完了しました!装甲虫はまだ動けるようです!」
「でかした!」
装甲虫が動けるのは不幸中の幸いという物。
有る無しでは戦力的な差が大きいのだ。
圧倒的重量による突撃力は強力である。これを止められる手段は少ない。
ましてや、碌な防壁もない森と来れば装甲虫は正に無敵。
してやったり、と兵長は優越感に満たされる。
「よーし!魔道隊は臨時に備え後方にて待機!
奴らはただの魔物ではない!重歩兵を先頭にし、二手に分かれ弓兵で牽制せよ!歩兵隊は装甲虫に続いて突撃!先行し内部から食いちぎるのだ!」
王国兵達は陣形を整えつつ進軍を開始した。
装甲虫が走り出し、地響きが森に広がる。
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「間に合ったか!」
森を全力疾走してきたのは大柄な黒い獣人。
咄嗟に身構えた亜人達は胸を撫で下ろして上司の帰還にしばし安堵する。
「ゲプロス様、状況はベイリーより聞いてます」
「よし、お前は弟を連れて俺と共に来い!
他のものは予定通り配置につけ!裏周りは最低限で良い!」
「やっぱりあれは俺達の手で……面白い、今すぐ呼んできます!」
獣人の聴覚は人間を凌駕する。
重量のある物体が向かって来ていれば、嫌でも気が付くのだ。
つまるところ、彼らは装甲虫を仕留めそこなった事に気が付いていた。
あれを放置すれば甚大な被害は免れない。地上班は薙ぎ払われ、木々は突撃により揺さぶられて弓兵達は堪らず落下してしまう。
ではどうするのか、答えは一つしかない。
二人の大柄な獣人がゲプロスの左右に並ぶ。
「よぉっし!たまにはいいとこ見せるぜあんちゃん!」
「応よ!俺達ゃ3番手!だが力だけならゲプロス様とも互角って事を思い知らせてくれる!」
指を鳴らし、肩を慣らし、思い思いの準備運動をする二人。
子供に泣かれてへこんでいた時とは打って変わって逞しさが溢れている。
「良い覚悟だ!王国の連中に俺達の力を見せつけ、敗北を与えてやるぞ!」
三人は構えた。
木々の上にいる弓兵達も弓を構えて臨戦体勢をとる。藪に隠れた亜人達にも緊張が走り出す。
地響きはすぐそこまで迫ってきていた。
土ぼこりを舞い上げながら、奴は来た。
「突撃ぃ!」
王国兵長の声が響く。
先頭を走るのはやはり、装甲虫だった。
背中には多くの歩兵を乗せ、後方にも展開しているのが目視できる。
装甲虫の突撃力で防衛線に穴をあけ、乱戦に持ち込むつもりなのだろう。
確かに、そうすれば数で有利な王国側に采配が上がる。
だが、それを許すほど獣人、もといゲプロス達は甘くはなかった。
「なんだあの三人、自殺か!?」
「どうでもいい!奴らを蹴散らせ!」
多少なり高いところから見れば、気も高まり数人程度であれば取るに足らない石ころと変わらなく見えるのかもしれない。
簡単に蹴飛ばせる石ころ。ただ、時にそれは地面に深くめり込んでおり、蹴った側の足を傷つける事もあるのを忘れてはいけない。
「憤!」
三人同時に展開する衝撃魔法。
直前まで高められていた3人の魔力は装甲虫に乗っている兵は疎か、後続の兵達も弾き飛ばした。
自身の運動エネルギーに三人の衝撃力が合わさった打撃が局所に集中したのだ。
装甲虫は堪らず仰け反り、悲鳴を上げた。その顔面は破砕されていたのだ。
「もう一発だ!」
装甲虫は全身が装甲という訳ではない。
ゲプロス達の目の前、仰け反った装甲虫は弱点をさらけ出していた。
普段地面と水平にある腹部は通常、攻撃を受ける様な個所ではない。
その為、その部分のみ装甲がなく柔らかいのだ。
「どっせい!」
三人の衝撃魔法を乗せた張り手が叩き込まれる。装甲虫は衝撃に寄り後方にひっくり返ってしまった。
腹部に重傷を負った装甲虫は、起き上がる力もなく軽く痙攣して、次第に動かなくなった。
兵長の余裕は一瞬で立ち消えたのだ。
「き、貴様等何という事を!」
唾を飛ばす勢いでゲプロス達を非難するが、攻める以上は当然の結果と言える。
彼は亜人を見くびりすぎていたのだ。装甲虫を失いたくなければ初めから使わなければ良い。
だが、この様な結果にはなるまいと油断した。それが敗因だった。
「どの口がそれを言うか!片っ端からしばき倒してくれるぞ!」
後悔時すでに遅し、兵達は一人ずつ投げ飛ばされ、弾き飛ばされていく。
弓兵も重歩兵で守ってはいる物の、相手は木の上から獲物を射る事を得意とした亜人。
エルフ族相手では分が悪すぎた。
元亜人盗賊団は獣人こそ目立つが、元々様々な部族からあぶれた者達の集まりだ。
その構成は多種多様である。適材適所で人材を活用する事により、人間よりも効率的に事を運べるのだ。
現状がそれを物語っている。力と体力のある獣人が歩兵の相手をしつつエルフが弓兵を的確に射る。
負傷者が出れば魔法に長けたグレムリンが手早く治療する。
器用貧乏である人間と比べてそれぞれが専門分野で動いているのだ。
数では勝っていても、質が比べ物にならなかったのだ。
「な、何故だ!何故押し返されている!」
亜人達だけでない。普段から森で狩猟をしていた村人もエルフに余り劣らない弓術を持っていた。
大した指示もだされていないのに的確に獣人達を援護する矢。
彼らの自己判断能力はゲプロスの修行の賜物だった。
ゲプロスは何を教えるにも一連の流れをとにかく重視する。
一つの事を失敗しても、即座に次へ進めるように、変わりゆく状況に対応できるようにと。
すると、おおよそ理解したものは流れを読み一歩先に目を向けるようになる。
その一歩分の余裕は戦闘において非常に重要なのだ。
「魔道隊!連続戦闘は考えなくていい!ありったけの魔力をもって敵弓兵を討て!」
後方からやってきた魔道隊は、火球に大量の魔力を詰めて発射した。
一人程度なら軽く飲み込める程度に肥大化した火球が木の上のエルフ達に迫る。
肌に感じる見た目以上の高温。逃げられない様広域を燃やし尽くそうという魂胆だろう。
「ありゃまずい!誰かどうにかできないか!」
「どうにかって言われましても俺達はここに釘付けですし、魔法使えるのも治療に引っ張りだこですよ!」
弓で撃ち落とそうにも実体のない炎の塊、彼らにこれを防ぐ魔法を扱える者も居ない。
その時だった。一人のエルフの肩に手を乗せる人物がいた。
「私の秘伝を見せる時が来たようだな!」
肩を握られたエルフは力が抜けたように崩れ、膝をついた。
「村長!それは魔力吸収か!?」
「左様!抜け道ばっかり覚えて破門されたが、まさか役に立つ時が来るとは思っていなかった!
しかしながら流石はエルフ族!魔力量が凄まじいぞ!」
村長は勢いよく両手を広げた。魔力を発生させて目一杯力みながら徐々に両手を閉じていく。
すると、魔導士隊が放った火球は一か所に収束して圧縮されて行く。
極限まで火球を圧縮し、両手の間にある物を潰すかの如く柏手を鳴らした。
その音と連動するように火球は解き放たれ、勢い余り霧散した。
火球と言えど所詮は魔力なのだ。制御を失えば途端に掻き消える。
「人の首は折れないが、他人の魔法を引っ掻き回すことぐらいはできる……。
魔力切れだ。後は頼んだぞ」
村長はゲプロス達に後を託してその場に座り込んだ。
魔力を吸われたエルフも未だ立ち上がれないことを見るに相当量の魔力を消費したのだろう。
「よし!もうひと踏ん張りだ!野郎ども!」
ゲプロスの鼓舞により、亜人達が再び攻勢に出る。
次々と倒れ行く王国兵達。しかし、魔道隊を放っておけば治癒され再び襲い掛かってくる。
狙うべくは魔道隊。
「治療は後で何とかなる!もう一発だ!」
兵長の号令、再び発生する火球。
「まだ余力があったのか!」
先ほどよりは小さい物の、それでも尚脅威と言える大きさ。
魔力で徹底的に固められた熱は簡単に打ち消せるものでは無い。
唯一魔力操作そのものを阻害できる村長には余力がない。
万事休す。そう思われた時だった。素早く動く影が勢いよく大木を上り、火球の前に立ちふさがる。
「やらせないッス!」
歩兵と戦っていたはずのベイリーだった。
獣形態で駆けあがり、獣人形態に変移し大の字になりその身で受けようとする。
枝や弓程度ならともかく、大きな物体と接触した魔法は維持が難しいのだ。
つまり、ベイリーはその身を挺して被害を最小限に食い止めようと試みたのだ。
無事でいられるはずがない。火を見るより明らかとはこの事かと誰もが思った。
「ベイリー!」
ゲプロスが叫ぶ。火球は爆ぜ、獣人の女は炎に飲み込まれた。
全ての火球に連鎖して空中で広がる炎。
光と熱により直視する事もままならない。
「くそ!あれだけの魔法でたかが獣人一匹だけだと!ふざけるな!」
「たかが一匹だと?貴様、死よりも恐ろしい目に遭いたい様だな!」
「ひっ!」
あふれ出るほどの殺気。
味方の獣人でさえ、背後にも放たれるそれを感じ取って怖気づく。
しかし、それはすぐに止むこととなった。
「一匹どころじゃないんだよ。残念な話だけどね」
「いてっ」
どこからともなく声が響く。続いて、燃え尽きたはずの獣人が落下する音と間の抜けた叫び。
炎が広がっていた場所に視線を向ければ、消え行く光の板のようなものが見えた。
状況を上手く飲み込めていない王国兵達、その集団は後方から来る衝撃波により二手に分断された。
空いた空間を滑走して来るは、魔王ゲデル。
飛翔して来るは、吸血鬼ナイン・レヴァナード公爵。
「き、貴様等何故!?」
騎士団長が隔離して応戦して居たはずの二人がその場に現れた。
この状況が意味する事は一つしかない。
しかし、兵長は現状を認められない。認めたくない。そうなってしまえば、勝ち目は一切ないのだから。
「騎士団長……だったかを打ち倒したから来た。簡単な話だろう?」
現実は非情である。
兵長は青ざめていた。
実力だけは認めていたあの騎士団長がこの短時間で打ち破られたのだ。
「私はまだまだ戦えるが、君たちはどうなんだ?
やると言うのであれば、徹底的にその力を削いでやるぞ!」
声を張り上げ威嚇するゲデルだが、騎士団長との戦いで魔力のほとんどを消耗していた。
つまりは、はったりである。やせ我慢なのである。
しかしながら不意打ちで放った衝撃波が王国兵達を混乱させて判断力を奪っていた。
兵達は次々と戦意喪失して兵長を見やる。
「くそっ!一時撤退だ!」
ゲデルの威勢が勝敗を分けた。
王国兵は来た道を引き返していく。
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「被害状況は?」
王国兵の撤退を見守りつつ報告を聞く。
見たところ大したことはなさそうだが、一応でも聞いておくことは大事なのだ。
「は、負傷者はおりますが治癒できる範囲内です。
物的被害の方はほとんど無いかと」
「良い事だ。それで、捕虜は捕らえたのかい?」
捕虜がいるのであれば情報を聞き出す必要がある。
ゲプロス達との合流前、ナインは状況の不審さを告げていた。
どうにも、この場に騎士団長以外の騎士が居ないのはどう考えてもおかしいとの事。
確かに、少し考えてみれば直属の部下を一人もつれていないのはとても不自然。
騎兵こそいたものの、騎士と言うには武具がお粗末すぎていた。
国の象徴たる騎士が皮鎧だけを着込んで戦場に出るとは考えづらい。
別動隊としてどこかで待機しているのか、ナインの屋敷を包囲している者達がそうなのか。
できる限り後手に回るのは避けたい。
「捕虜は8名おります。
現在拘束し、死なない程度に治療していますが、あまり有益な情報は得られないかと」
「我輩に任せるのである。こういうのにはこつがあるのだ」
自信満々に胸を張るナイン。
余裕あるように振る舞ってはいるが、それは表面だけだろう。
やりすぎないように、とだけ忠告しておく。
「では、私は騎士団長を回収してくる」
振り返り急ぎ足で来た道を戻ろうとする。
だが、すぐさま引き留められた。
「まつのだ!まだ早すぎるのだ!
撤退中とはいえせめて王国兵が見えなくなってから行かなくては危ないのである」
「あの程度であれば多少戦闘になっても……」
大丈夫だ、と言いかけたが止めた。
ゲプロスが睨んできたからだ。この視線は師匠としての物だろう。
「無益な戦いは余計な恨みを買うだけです。
王を名乗るのであれば、あまり身勝手な行動は慎んだ方が良いかと」
もっともである。
逸る気持ちを抑えきれず愚行をしでかすところだった。
大きな存在になればそれなりに恨まれることもあるだろう。
しかし、いたずらに恨みを買う必要もない。
敵は一人でも少ないほうが良いのだ。
言われたことの意味を反芻し、落ち着きを取り戻す。
「すまない」
「わかればいいんです。
先に捕虜の尋問をしましょう」
ゲプロスに案内され、ゲデルとナインは捕虜の元へ向かう。
捕虜は手足を縛られており、恨めし気にゲデル達を睨んでいた。
「傷だらけじゃないか」
致命傷ではないものの、彼らの手足には切り傷や引っ掻き傷が深く刻まれている。
「治療を急がせてはいるが、何分手が足りません。
致命的な傷だけは治療しましたが、同胞を優先させるのは当然の事」
「確かにそうだけどさ」
捕虜に歩み寄りって顔を一瞥する。
すると、癇に障ったのかより一層眉間に皺が寄った。
「忌々しい魔族め、俺達を苦しめたって何も情報は漏らさんぞ」
それは一種の覚悟だろうか。
ゲデルに対し抵抗の意を見せ、唾を吐きかけた。
横で見ていたゲプロスは無言で制裁しようとしたが、ゲデルに止められる。
「は、威勢がいいね。
ならば君からだ」
捕虜に手をかざして魔力を集中させる。
掌は仄かに光を放ち、魔法を顕現させた。
捕虜は来るであろう苦しみに備えるべく、目をつぶり歯を食いしばった。
しかしながら苦痛は感じなかった。それどころか、包まれるような温かさを感じる。
安らぐ様な、安堵するような不思議な感覚。目を開けてみれば、自身の傷はすべて完治していた。
「これは」
「折角だからね。私の思い付きの実験台になって貰ったのさ」
衝撃魔法では掴んだ相手を触媒にして発動させる場合もあった。
ならば、治癒魔法でも同じことができるのではないかと試してみたところ、うまくいった。
思わせぶりに手をかざしたのはちょっとした嫌がらせである。
唾を吐かれたのだ。そのくらい許されるだろう。
「治癒魔法は魔力の調整が難しいはずなのだが、魔法関連では本当に化け物であるな」
「ちょっとそれは酷くない?」
「事実でしょう」
「君もか!」
かのようなやり取りを見せられながら一人一人治療される捕虜達。
友達同士が冗談を言い合う様な空気にすっかり毒気を抜かれてしまう。
この効果を狙ったとすれば大層な役者だが、そう思えど何故か憎めなくなっていた。
治癒魔法と同時に何か仕掛けられたのかもしれない。
「俺達をそれとなく懐柔するつもりか?」
「その発想はなかったな」
彼は笑うしかなかった。
この魔王は善意で動いているのだ。
魔王が何か悪さしたという話でもない。
ただ魔王だから討伐するという当たり前の話だったはずだ。
しかし、目の前の光景は何なのだろうか。
焼いた村の人々は率先して亜人達と手を組み、魔王は直々に捕虜の治療をしている。
信じていた王国こそ、侵略者ではないか。
薄々感じていた疑心が確信に変わったのだ。
状況的に、我々こそが悪党なのだと。
「ははは、どうやら治癒魔法に精神操作が混ざっていたらしい。
これでは、だれが何を喋っても仕方のない事だな」
「そうっすねぇ。こりゃ強力な暗示だわ」
いくら自分たちが悪いとはいえ、敵にほだされるのは沽券にかかわる。
だから精神操作をかけられた。彼らはそういう事にした。
「ゲプロスどうしよう、なにか精神に悪影響を与えてしまったようだが」
「戦士としての気持ちを汲んでやると良いでしょう」