10.滑走魔法
「ゲデル様!」
ゲプロスは出現した岩盤の破壊を試みるが、びくともしなかった。
見てくれこそは土でできているかのようで、触ってみれば完全に固まっている。
この変質した壁を破壊するには、更なる破壊力か、同じ属性による解除しかない。
ゲプロスはそのどちらも持ち合わせていなかった。
なので、その場を後にする。
主を守れないことは歯がゆいが、やるべきことはそれだけではない。
騎士団長はゲデル達を隔離する前に攻撃命令を出していたのだ。
悠長な事をしている時間はない。ゲプロスは奇襲を仕掛けた獣人を回収し、一時撤退する。
「ベイリー立てるか?」
「大丈夫っス!私、ひとっ走り皆に伝えてくるっス!」
ベイリー、そう呼ばれた獣人は狼へと変身し、できる限りの速さで森を駆け抜けていった。
ゲプロスも全速力で後を追う。ゲデル達の事はきっと心配ない。
ならば、村人たちを守るのが先決である。そう判断したのだ。
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ナインは内心焦っていた。
得意としていた剣術が通用しないのだ。
「もしかして、これが全力なんでしょうか」
「我輩の力は剣だけではないのである!」
飛翔魔法を止め、落下しながら手をかざし魔法を投擲する。
しかし、騎士団長が手をかざすと薄ぼんやりとした等身大の半分程度もある光の盾が発生した。
投擲した魔法はその障壁によって弾かれてしまう。
身を守る為だけの魔法、そういう物もあるのかっとゲデルは目を丸くした。
あの盾のような障壁魔法だけでなく、用途に合わせて様々な形のものがあるのだろう。
再び飛行魔法を発動させたナインは再度突撃を試みていた。
先ほどと変わらず、杖でいなされる。だが、ナインも学ばないわけではない。
いなされること前提の動きで左手をかざし、至近距離で魔法を発動させたのだ。
目の前での魔法の発動、それでさえ騎士団長は読んでたのかいたって冷静に障壁魔法を発生させていた。
「これも防ぐのであるか!だが、反撃の余裕まではないみたいなのであるな!」
「はて、そうでしょうか」
障壁は拳大の球体に変化し、輝きを増した。
光球は騎士団長の左手の動きに合わせて凄まじい勢いで解き放たれ、ナインの腹部に直撃した。
壁として使うなら、当然それをぶつける事もできるという訳だ。
ナインは空中で一回転し、体勢を立て直す。
「不確定要素がある以上、あまり無駄な魔力は消費したくないんです」
「節約趣向で簡単に勝てるとは思わない事であるな」
あきらかな虚勢。だが、ナインは弱気を見せるわけにはいかない。
たとえ勝てないとしても、できる限りの魔法と秘伝を使わせなくてはならない。
負けてしまえばゲデルだけが頼りなのだ。そのゲデルが戦いやすいように、敵の情報を少しでも多く引き出す。
ナインが接近戦を仕掛ければ棒術よる反撃、魔法を仕掛ければ障壁魔法からの障壁弾。
遠近両立で一見隙がないように見えるが、魔法の発動には誰もが持つ限界がある。
しかし、魔力切れを狙うには相手の持つ魔力は未知数。
感知を阻害されているのだ。魔力を無駄に垂れ流す必要はない。副次的効果ではあるが、感知阻害は魔導士の基本である。
であれば、どのような攻撃手段を持っているのかを見極める。
ナインは距離を取り、離れたところから的確に魔法を打ち込む。
騎士団長は障壁を発動させ、合間を見て光球を飛ばす。
投擲発現とは違い、普通に飛ばしているので遠距離戦はナインの方が有利。
そう見えた。
「剣術じゃ勝てないから魔法ですか?手間をかけさせないでください!」
騎士団長の背後が輝いた。
すると、斜め前方に向かって飛翔し投擲された魔法を回避。
地面を蹴り、方向転換しながらジグザグに動きナインの狙いを定まらなくする。
ナインとは違った飛行魔法。この足取りはその応用だろう。これも一種の秘伝なのだろうか。
接近を許してしまったナインは杖による打撃で弾かれてしまう。
しかし、本命は次の手だった。
「これで終わりです」
「馬鹿な!?魔法を使いながら魔法をため込んでいたのであるか!」
騎士団長の左手が強く輝き、直視できないほどの光が放たれた。
性質はゲデルも直感的に理解した。魔力を分解し霧散させる浄化の光である。
「ここまでかっ」
ナインは光に包まれ消滅した……はずだった。
「まさか、魔王種ともあろうものが部下を助けるなんて驚きですね」
彼は生きていた。ゲデルが衝撃魔法を投擲発現し、弾き飛ばしたのだ。
しかし、効果範囲から逃す為にありったけの魔力を込めた衝撃。
当然、無事でいられるはずもなく、壁と激突し満身創痍になっていた。
「助かったほうが苦痛とはどういう事であるか」
「命あっての物種だろう?この剣ちょっと借りるよ」
軽く剣を振ってみるが、細身であっても片手にはずっしりとくる重さ。
俊敏に振るうには、そこそこの慣れが必要と言う訳だ。
「見たところ剣もまともに扱えないみたいですが、それでも私とやり合うのですか?
素直に降伏したほうが苦しまずに済むと思うんですが」
「冗談、私は負けるつもりなどないし、彼も今後の為に必要な人材でね。
君は私に課せられた試練だ。私が学んだことを実戦に生かすための、丁度いい踏み台といった所だ」
足元が輝き、黒い服がなびく。
ゲデルは剣を構え、騎士団長に向ける。
「また浮遊魔法、地に足がつかぬ剣など恐れるに足りず!」
「それはどうかな!」
地面を蹴ると、ナインが空中を滑るかのように飛翔していたのと同様に、ゲデルは地面を滑走しだした。
絶妙な出力調整と、浮くという概念の破棄、地面と反発する魔力の流れは踏み込むほど走りを加速させる。
咄嗟の思い付きにより、新しい秘伝と戦法が誕生した瞬間だった。
秘伝とは得てしてそういう物であるのだが、それでも実用性を帯びるのは試行錯誤を重ねてからである。
騎士団長が一瞬目を見開くのも無理はない。
滑走魔法による加速と踏み込みによる勢い、その二つの力が合わさった剣筋は素人の剣であれ脅威。
騎士団長は杖で受けるも、一撃の重さから咄嗟の反撃は行えなかった。
対してゲデルはゲプロスから教わった回転の機動性を生かし、まるですり抜けるかのように切り抜け、再び攻撃を開始する。
先ほどまでとは違い、一方的な攻防。しかし、騎士団長も奇抜な戦法に対し活路を見出し始めていた。
一撃からの離脱、数回受ければ単調さ故に反撃の隙を伺える。
騎士団長は次の一撃を受け弾いたのち、反撃で光球を放った。
振り返る前ならば、簡単には避けられないと見たのだ。
それに対し、ゲデルは左に向かって体を傾け、後ろを向いたまま進行方向を大きく左にそらした。
そのまま回転し後ろに向かって滑り出した後、軽く地面を蹴って再び特攻。
「なんて動きを!」
ゲデルは魔力を感知できる。騎士団長もそれを織り込み済みだが、滑走魔法の機動力は常識を覆すものだった。
飛翔魔法は慣性の関係で方向転換には大きな旋回が必要となる。
その点、滑走魔法は地面に負荷を加えることにより、小回りと言う弱点を克服していた。
発生させている浮力も一定方向ではなく、自在に向きを変えられる。
投擲発現ならばともかく、遠距離魔法で捕らえるのは困難であった。
対してゲデルは滑走魔法を一時的に停止し、慣性で移動しながら衝撃魔法を打ち込んでくる。
これでは魔力を削られる一方だ。
だが、騎士団長の扱える魔法は光球を飛ばすだけではない。
牽制攻撃をやめ、攻撃を防ぐ傍らに魔力をため込む。
ナインを消し去ろうとした光の魔法だ。
余程凝固した魔力でない限り、これを防ぐことなど不可能。
ある程度の物質ならば透過する。
「消え去れ!魔王種!」
発射される浄化の光、先ほどまでの魔法とは比ではない速度でゲデルに向かう。
直撃。振り返りざまの彼女に遮られた光は周囲に飛び散る。
やったか、と騎士団長は勝利を確信するも、即座に異常に気が付いた。
手ごたえが消えないのだ。放出され続ける光、命中して四散する浄化魔法。
念を入れてより強い魔力を込める、光の束は太くなり、対象に当たり散乱する光も大きさを増す。
次第に飛び散る光は大きくなり、勢いを増した。
「霧散を開始したか……いや、ちがっ馬鹿な!」
「君にも学ばせてもらったよ。魔法とは面白いものだね」
浄化の光を防ぐには、浄化が間に合わないほどの濃い魔力を束ねた壁を作ればいい。
練り固めた魔力は、簡単には霧散しない。
ゲデルは騎士団長が使った障壁魔法を再現し、光の中を突き進んでいた。
気が付いた時にはもう手遅れ。既に間合いだった。
「吹っ飛べ!」
障壁の面より発せられる収束衝撃波。
至近距離での直撃。人間が耐えられるはずもなく、騎士団長は大きく吹っ飛ぶ。
空中で姿勢を制御し、何とか壁との衝突を防ぐ。
だが、彼女は浄化魔法に魔力をつぎ込み過ぎており、残りの魔力はわずかだった。
「貴女は……貴方はなんなんですか!」
苦し紛れの叫び。そして飛翔魔法による特攻。
ゲデルの外見と大差ない、もしかしたらそれよりも若くとも見える背丈。
その歳で騎士団長と言う地位に上り詰めるにはそれだけの苦労があるのは明白だ。
故にだろうか、彼女は目前の光景を認める事ができない。あり得てはならない。
必殺の秘伝魔法を防ぎきる魔族なんて、存在するはずがない。
しかし、いくら現実を否定しようとも何も変わる事はない。
ただあるのは、自慢の必殺魔法が通用しないと言う事実。
這い寄る敗北と言う二文字。
それは、許されない事。
「言わなかったか?ならば言おうか」
ゲデルは剣を地面に突き刺した。
右手の拳を握り、左手を前に構え、腰を落とす。
「私は魔王だ!」
左手で杖を掴み、相手を引き寄せる。
誰に喧嘩を仕掛けたのか、言葉と頭で叩き込む。
相手の勢いを利用した引き寄せに渾身の力を込めた頭突き、合わさった破壊力は騎士団長の仮面を破砕するに至った。
飛び散る破片の下から少女とも言える可憐な顔が露わになる。
驚きと苦痛を殺すように食いしばってはいるが、それでも少々の美しさを感じるほどであった。
しかし、魔王は躊躇わない。怯んだ隙を逃さず、次が最後の一撃と決め込み自らの意義を拳と共にぶつける。
「私は民を守るために戦う者だっ!」
ゲデルは回転と衝撃波を乗せた渾身の拳で、騎士団長の頭を殴り飛ばす。
頭に二度も強い衝撃を受けて、咄嗟に受け身をとれる筈もなく、彼女は地面で数回弾み自ら作り出した壁に激突。
背中とを強く打った事で呼吸も乱れ、たまらず気を失ってしまったようだ。
「土壇場で相手の魔法を習得するとは、呆れた学習能力であるな」
「何となく感覚を掴んでたからね。もっと褒めてくれたまえ」
ゲプロスの秘伝を会得していなければ、咄嗟にまねる事なんてできなかっただろう。
知識とはどこでどのように役に立つかわからない物、もっと貪欲になっても良いかもしれない。
とすれば、あの騎士団長は逸材である。彼女の秘伝や魔法をもっと引き出し習得すれば飛躍的に強くなれるだろう。
死なしてしまうには惜しいが、今復活されてもいろいろ厄介なことになる。
ならば、事が収まるまでこの場に放置するしかないだろう。
壁に囲まれたこの場所であれば、戦火に巻き込まれることも無い。
彼女は今の強さに慢心していたが、鍛錬すればさらに強くなることは間違いないだろう。
ゲデルは戦いを振り返り頬を緩ませた。戦いを楽しみにするのは魔族ゆえだろうか、否、成長は何に対しても楽しみなのだ。
それに、彼女とはもう戦うつもりはなかった。
切り札も投入した兵力を壊滅させれば、余程おかしな思考でもしていない限り王国とはいえ二度と強気には出られないだろう。
そこまで行けばあとは話し合いである。味方に引き込めれば良し。でなければ、彼女だけでも渡してもらおう。
先に仕掛けてきたのは王国なのだ。当然の権利である。
ともあれ、外の戦いにもとっとと参加しなければならない。
休んでる暇などあまりないのだ。
「ナイン、うごけるかい?」
「大丈夫、とはいえないのである。治癒を施してもらえると助かるのであるが」
「わかった。じっとしているんだ」
とはいえ、魔力に余裕があるわけでもない。
浄化魔法を防いだ際に、ごっそり魔力を持ってかれているのだ。
治癒魔法とは見た目の地味さと裏腹に、消費する魔力量は非常に多い。
したがって、完全回復はせず膝などの関節部や酷い打ち身などだけを治療する。
ナインは少し不満足気だったが、特に文句は言わなかった。
見た目以上に痛む箇所はあるのだろうが、贅沢は言ってられない。
彼もそれを重々に承知しているのだろう。
「あれはどうするのだ」
「拘束しておきたいが持ち合わせも時間もない。ここは放置して後で回収しよう」
何かに縛り付けたり、何処かに閉じ込めておきたい所ではあるのだが、今は安全な場所まで運ぶ時間も体力もない。
それに、ここまで魔力を消耗させたならば、咄嗟に逃げることも叶わないだろう。
この壁の中では王国兵とて手出しはできない。
であれば、手早く王国兵を追い払い、さっさと回収を済ませればいいだけの話だ。
「みんなが心配だ。急ごう」
「うむ、我輩も他人の心配をしている場合ではなかったのである」
飛翔魔法で壁を飛び越える二人。
目指すは最前線となっているであろう森の入り口。
たとえ守りを固めても、相手は王国兵なのだ。亜人と比べ個々が弱くても、団結されたら一筋縄ではいかないだろう。
そうした焦りからか、二人は注意深く確認する事を怠ってしまっていたのだった。
騎士団長は二人が壁を超えた直後に、目を覚ました。