1.目覚め
「魔王様……我らが魔王様。お眠りになられるのですか」
酷く微睡んだ意識の中、誰かが呼びかける声だけが聞こえる。
優しいようで、冷めたようでもある不思議な声は何とも心地よい。
私は疲れているのだろうか、非常に眠たい。
声の主には申し訳ないが、このまま眠らせてもらうことにしよう。
「わかりました。この地でお眠りになられるのであれば、我々は魔王様が目覚めるその時まで、共に眠りましょう」
「私の体を揺り籠にしましょう。魔王様には快適な休息をとって頂かないと」
声に出していたのだろうか。何を言っているのかはよくわからないが、どうにも私に付き合わせてしまっているようだ。
ただただ眠い。気を使わなくても良いと言いたいところだが、体が一切動かない。
頭もうまく働かない。私は極度に疲れているのだろうか。
「はい……魔王様は今初めて休眠を取ろうとしております。このようなことは初めてでしたからね。
ですが、彼らも魔王様を追い詰めた代償として、殆どの力を失いました。
ですから我々の事は案じないでください」
「魔王様が眠っている間に、奴らは力を集めるつもりなのでしょう。
ですが、ご心配なく。魔王様が目覚めれば、世界は再び魔王様の元に帰るでしょう」
そうか、そうなのか。ならば、安心して共に眠ろう。
大丈夫だ。すこし眠るだけでいい。
そうすればまたすぐに、私の世界は……。
「ええ、我々はその時をお待ちしております」
意識が遠のく。もう限界のようだ……。
暗黒に沈む感覚の中、先ほどまでに聞こえなかった三人目の声が聞こえた。
よく聞こえない、眠い。
「お前達は本当にそれでいいのか」
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目が覚めた。
ここはどこだ。
私は誰だ?魔王だ。そう、微睡む意識の中で聞いた言葉は覚えている。
私は何物でもない、魔王だ。
眠りすぎたのか、頭がひどくぼやけている。足取りもおぼつかない。
だが、自覚はしっかりとある。
私は君臨する存在であると。
しかし、目の前に広がる光景は木、土、苔、草……。
城は?部下は?領地は?あるのは巨木とそのうろの中にある石で造られた玉座だけだ。
一際大きく育った木は玉座を保護するかのように包んでいた。
まずは木に登り、周囲を把握してみることにした。
長く寝ていたからか、やはり体がうまく動かない。
途中何度かずり落ちそうになるものの、何とか登れた。
むなしい光景だった。
足元に広がるのは密林だ。背後にはこの密林を半分囲う様にそびえる山脈。
では、正面には何が広がっているのか……一面の荒野だ。
「城も民もないのに魔王か……笑えん」
自分の置かれている状況に呆れながら黄昏ている……場合ではない。
状況を整理しよう。最後に残っている記憶からして私には最低でも2、3人の部下がいたはずだ。
だが、現状どこにもいない。目覚めない私に愛想をつかしてどこかに行ってしまったのだろうか?寂しい。
見渡す限りでは文明の痕跡すら見当たらない。辺境中の辺境なのか、そもそも文明人が滅んでしまっているのか。
そこで、最初に認識しておきながら気にも留めていなかった玉座を思い出す。だいぶ劣化していたみたいだったが、調べれば何かしらの手がかりは得られるだろう。
甘い考えはすぐに打ち砕かれた。余りにも劣化が激しい。自分が座っていた所以外は、ほとんど朽ち果てていた。
私は一体何年眠っていたのだろうか。それほどの時間が経っているにもかかわらず、私の肉体は成熟しているとは思えないほどだった。
魔王という自覚があるからには、それなりの長寿種族なのかもしれない。
体をあちこち調べている時、ふと玉座の文字に目が留まった。
劣化した跡だと思い軽くしか見ていなかったが、よく見れば読めそうでもある。
「ゲ……デル?」
かろうじで読めたのはこの三文字。たった三文字だ。
所々崩れているので、元々は何かしらの単語か文章だったのだろう。
しかしだ、何も手掛かりがない以上、私はゲデルと名乗ることにする。
魔王ゲデル。そう、私は魔王。何もないのであれば、ここから新たなる魔王として始めれば良いのだ。
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行けども行けども広がるのは大自然のみ。獣道はもううんざりだ。
玉座があれば何かしらの建造物の跡があってもおかしくない。そう思い周囲を徘徊しだしたゲデルだった。
しかし、闇雲に歩いても何一つ見つからなかったのだ。少なくともこの近辺に文明人は存在しない。疑惑は確信に変わりつつあった。
君臨することもできないとは。一体何故、この時間に目覚めたのだろうか。それに理由はあるのだろうか。ゲデルは自分の存在自体に疑念を抱き始めるが、すぐさま強引に思考転換する。
巨木を登り、邪魔な木枝は手刀で薙ぎ払える。それ以上にもっと大きな力を己の内側から感じる。これほどの力を持った存在が何の意味もなく目覚めるとは考えにくい。というか考えたくない。
あれやこれ考え始めては雑念だと振り払い、注意散漫気味に歩いていたせいだろうか、ゲデルはどこを歩いていたのか分からなくなっていた。
どこ見渡しても森しか見えないのだ。迷うなという方が難しい。
木に登ったとき、夕日の位置からおおよその方角は確認していたが、今は朝日が差し込んでいる。
再確認を怠らず、北に進路を向けて移動する。まずはこの見飽きた森を抜けよう。
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どのくらい歩いたのだろうか。気が付けばもうお昼頃であった。
明るくなったことで視野が広がったおかげか、ゲデルは自分以外の足跡に気が付いた。
今までの憂鬱感は吹き飛び、高揚感のようなものを感じるが、喜ぶにはまだ早い。
足跡は靴だった。装備をするほど発達した魔物か、文明人かは定かではない。
魔王らしくまずは魔物の上に君臨するのも悪くはないが、折角言葉を覚えているのだから会話をしたいと考える。
足跡は方角的見て、森を抜けるように続いている。やっと見つけた大切な手がかりなので見失わないようにしなければならない。
しばらく進むと、今度は野営の跡を見つけた。ゲデルは文明人に違いないと確信した。
この場で野営したとなると既に森を抜けている可能性もある。急がなくてはならない。
せっかく見つけた文明人を見失ってしまってはまた振り出しだ。余裕を持っていようと心掛けていたゲデルも流石に焦りが見える。枝木を払いのけ、ひたすらに進む。
木々の背は低くなり、草が生い茂る。
見失いそうになりながらもなんとか足跡を追う。
そして、ついに森を抜けた。見渡す限りの草原、ゲデルの心はまるで光が差したかのように高まった。
だが、遠くに広がるのは一面の荒野。生命に溢れているのはこの森の周辺だけのように見える。
風景に見とれていたせいだろうか、ゲデルは背後から近づく存在に気が付くのが遅れた。
「なんっ……!?」
ゲデルと同じくらいの大きさはありそうな岩の蜘蛛が襲い掛からんとしていた。
被さる様に上げた足を振り下ろさんとするとき、年季の入った女性の声が響く。
「まて!」
既でのところで攻撃を止めた岩蜘蛛。
ゲデルも即座に反撃をしようと構えていたところ、拍子抜けしていた。
蜘蛛達の背中から人が飛び降りてきた。どうにもこの蜘蛛は飼いならされており、このおじさん達とおばさんが騎手として操っているようだ。
「ごめんねぇ危ないところだったわぁ、私たちの後をつけてるからまた獣人かと思ったの……ところで、君はどこの子なの?」
駆け寄ってきてゲデルの無事を確認するおばさん。服装からして狩人という事がわかった。
つまり、どこか近くに村や集落があるという事だ。ゲデルはこのチャンスを逃すまいと対話を試みる。
「あ……え……」
なんということか、ゲデルは何日も人と話していなかったせいで声がうまく出なくなっていた。
話し方を忘れるとは迂闊極まりないと恥ずかしささえ覚える。
あまりの惨めさに目をそむけたくなった。この羞恥っぷりに魔王としての威厳を見出せないのだ。
せめて、鼻歌でも歌いながら進めばよかったと、妙な事まで考え始める始末である。
「あらまぁ、そんなに怖がらせちゃった?本当にごめんね。大丈夫、私たちは敵じゃないから」
怯えて声も出ないと思われたようだ。恥ずかしさのあまり逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、今を逃せば次はいつ文明人と出会えるかわかったものではない。
ここは恥を忍んで通すしかない。今は耐え忍ぶべきなのだ。ゲデルは心の中で強く自分に言い聞かし、この場にとどまる。
「シャリアさん、その子逃亡奴隷なんじゃないかね?角があるし、服装もその……」
今の言葉で亜人の扱いがどういうものか軽く理解できた。ただ、ゲデルは亜人という枠で収まるつもりはない。
無駄な発言をして、会話を妨げるのは得策でないとゲデルは黙る。あちこち気にしてれば適当に話が聞ける。
知ることは大事だ。無知であればあるほどあらゆる行動を狭め、後手後手になるのだから。
「確かに、亜人みたいだけど見たことがない角だねぇ……ねぇ、君、どこから逃げてきたの?」
「わから……ない」
逃げてきたも何もこの森で目覚めたのだ。まずどこに何があるのか知りたいくらいだ。
「困ったねぇ、行く当てがないなら仕方ないかねぇ」
腕を組みうんうんと頷くその仕草はとてもわざとらしい。
「おいおいシャリアさん!あんたがこういう子ほっとけないっての皆わかってるんだし、手短にすませましょうや」
笑いながら岩蜘蛛に騎乗するおっさん等。やり取りや口調からもシャリアとは長い付き合いという事が理解できる。
「そうだね。ねぇ君、行く当てがないならうちに来ないかい?」
断る理由はどこにもない。願ってもない好機というものだ。
是非連れて行ってほしい、っと言いたい気持ちをゲデルは抑え、あくまでも怯えた少女を演じ切る。
「行きたい……」
「決まりだね!ほら、乗った乗った」
シャリアの両手に抱えられ、荷台の上に乗せられる。
岩蜘蛛が荷車を引いているらしい。荷車は蜘蛛につながれ、シャリアの号令で走り出す。
「この子たちはうちの岩蜘蛛達の中でも一番早い子たちだからね!一日もしないで私たちの村、アルマス村にたどり着くよ」
言葉通り、岩蜘蛛というのは頑丈そうな見た目と裏腹に素早い生物のようだ。
シャリア等は岩蜘蛛の上に直接乗っているが、あまり揺れている様子はない。
もしかしたら、この荷車よりも乗り心地が良いのかもしれない。
岩蜘蛛というのも見れば見るほどに、なかなか格好良い。
魔王としての威厳を醸し出すには悪くはない乗り物だ。
「黙り込んじゃって……よほど怯えてるんだねぇ」
妙な思考に耽っているゲデルに対して、見当違いの同情を向ける狩人たち。
ゲデルはそのことに全く気が付いておらず、どうやって威厳を復活させるかだけを考えるのだった。
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「……でねぇ、うちの子もこの村をまもるんだー!って聞かなくてねぇ!
そうだ!そんなボロ布一枚じゃ夜寒いでしょう?うちの子のお古でよければだけど、村についたらさっそく着替えましょう」
「あ、はい」
止まらない話、このことを分かっていたのか、妙に距離を取っているおっさんたち。
聞いた話を整理してみると、どうやらアルマスの村は度々獣人を中心とした野盗団に攻撃されているとの事。
野盗団を警戒しながら狩猟にでれば、追跡してくるものがいると勘づき、襲撃と勘違いしてゲデルに襲い掛かろうとしたそうな。
状況を鑑みれば仕方ないかもしれないが、岩蜘蛛の制止が少しでも遅かったら、ゲデルと狩人は敵対関係になっていだろう。
件の獣人に出会わず、岩蜘蛛に踏まれ反撃せず、何とか無事文明人とコンタクトが取れた。幸運というほかない。
ここまでの幸運が舞い降りれば、そろそろ不運の一つでも舞い降りてくるだろう……などと、ゲデルが縁起でもないことを考えていた矢先だった。
「シャリアさん!敵だ!例の獣人だ!」
後方を走っていた男が慌てて報告してくる。
例の獣人とはつまり、野盗団の事だろう。縁起でもないことは想像するものではないとも一瞬思ったが、想定していたからこそ、こちらまで慌てるなどという事はなかった。
ゲデルが目を凝らしてみると、野盗団というものの追ってきているのは二人だけだ。
大柄な狼に跨った狼の獣人、なんというか面白い光景ではある。
「オラオラァ!怪我したくなかったら獲物をおいて行きな!」
「そうだぜぇ、俺たち紳士的だからよ!全部おいて行くだけで勘弁してやるぜ!」
紳士的とはいったい、等と言っても無駄なのだろう。
獣人は斧を片手に迫ってきている、元より交戦するつもりなのだ。
狼の走りは岩蜘蛛よりも早い。追いつかれるまでの時間はそんなにない。
「横取りばっかしてないで、ちったぁ自分たちで獲ったらどうなんだい!」
「獲ってるさ!足りないんだよ!」
「人間は草齧ってても生きていけるんだろ!?」
皆、必至だ。これに尽きる。
広大過ぎる荒野で生き抜くためには、野盗も立派な生存戦略になりえるのだろう。
過酷な環境ほど、調和は乱れるというのも感覚的に理解できる。
では、平和的秩序が失われつつある場合、新たなに生まれる秩序とは何か。
力である。単純に強い者に服従するだけだ。
つまり、ここで力を見せつければ、ゲデルがのし上がる切っ掛けにもなるというもの。
そうと分かれば行動あるのみだ。ゲデルは一言任せて、と言い放ち、馬車から跳躍した。
この軽率な行動が、大騒動の切っ掛けになるとは知らずに。
「おいガキが一匹向かってくるぞ!」
「は!?何考えてんだあいつ!」
野盗と言うくらいだからもっと荒々しい反応を想定していたが、それに反して獣人は戸惑いを見せていた。
やる覚悟はあっても、やられる覚悟はないと?そう思いゲデルは不快感を露わにした。
ゲデルは渾身の力を籠め跳躍し、獣人の一人を蹴り落とした。
突然の出来事に唖然としていたもう一人の獣人も、即座に思考を切り替え、ゲデルに襲い掛かる。
斧を振りかざしながらの突撃、すれ違いざまに助走を乗せた一撃を見舞う試みだろう。
これが剣だったならば、ゲデルも何かしら対処を考えただろう。だが、連中が持っているのは少々柄の長い斧だった。
ゲデルは腰を落とし構え、斧の柄を掴み取り、獣人を狼から引きずりおろした。
「いってぇ!……こんな無茶苦茶な!」
「眠っとけ」
のたうち回る獣人の頭を蹴り上げ黙らせた。
手早く片付いたが、シャリア達が引き返してくるには十分な時間だった。
「大丈夫かい!怪我してないかい?」
岩蜘蛛から飛び降り、駆け寄ってくるシャリアは開口一番にゲデルの心配をした。
だが、おっさん等は違う反応を見せた。
「奴らを伸したのか……なんてことを」
一人はバツの悪そうな顔をしている。もう一人に至っては頭を抱えている。
「仕方ないでしょうが!やっちまったもんは!まずはこの子の心配でしょうが!」
「そーだなぁ、やっちまったもんは仕方ないよなー」
シャリアの後に続いて喋りだしたのは、獣人が乗っていた狼だった。
「そうそう、仕方ないよなぁ!適当に獲物ほっぽって逃げりゃあよかったのによォ」
狼たちは体を強張らせたかと思うと、狼から獣人へと変体した。体格は伸した獣人よりも随分と良いものだ。
「弟分をよくもやりやがったなこのガキャ」
「謝って済む状況じゃなくなっちまったなぁ!」
ガタイも良ければ威勢も良い奴らだ。先ほどのが弟分という事は、そこそこ強い個体という事だ。
武器も持たずに挑もうとしているのか、軽く構えてにじり寄ってくる。
口調こそは軽いものを感じるが、油断は一切していない様だ。
少しは歯ごたえがありそうだ、とゲデルは微笑む。
「まちなさい!大の大人二人がこんな子によってたかって!」
ゲデルと獣人の間に割って入ったのはシャリアだった。
出鼻をくじかれた形にはなってしまったが、この度胸はゲデルにとって好印象となった。
しかし、このような獣人から逃げようとしていたのだ。大した強さは持っていないだろう。
ただ、驚くべきは、そのシャリアよりも弱いと見えるおっさん二人もシャリアの横に並んだのだ。
先ほどの苦い表情は消え、覚悟を決めている。徹底抗戦するつもりだろうか。
「冗談か?面白くないぞぉ?いいか、一度だけ言ってやる」
「そのガキを此方に寄越せ。さもなくば、死あるのみだ」
あからさまに不機嫌になり、牙を見せる獣人達。だが、シャリア達も、一歩も引く様子はない。
よく見ると、おっさんの一人が此方を払いのける様な手振りをしているではないか。
逃げろと?私にか?ゲデルはそれこそつまらない冗談だと鼻で笑った。
ゲデルは、おっさんの横に並んだ。そして、三人まとめて弾き飛ばした。
「なにすんだ!」
「すまない。だが、私がやらかしたんだ。私が責任を持とう」
狩人たちは騒いでいるが、獣人は律儀にも待ってくれそうにはない。
「良い度胸だ!だが加減はしねぇぞ!」
「誠意みせりゃあちったぁ軽くしてやろうと思ったんだがよ!」
獣人達はいきり立ち、ゲデルに飛びかかった。
その猛攻は酷く単純なものではあるが、息の合った連携は馬鹿にできたものではなかった。
一方を防ぐと、必ずもう一方は完全な死角から攻撃を叩きこんでくる。
ともあれ、数回不意を突かれたものの、馴れてみればこれまた単純である。
なにせ、死角しか狙ってこないのだから。近距離で死角を取るには体をどうにか隠さない限り、限度があるのだ。
つまりは、どこから攻撃が来るか、逆に範囲を狭めてしまっている。
分かってしまえば敵ではない。ゲデルは軽くため息を吐き、死角から飛び込んできた拳を掴み、強く握った。
「あぁいだだだだだだだ!」
悶絶する獣人、骨の軋む音が痛々しく響く。
「どこからそんな力が!?てめぇ、まさか!強化魔法か!?」
強化魔法?それを使えばさらに強くなれるのだろうか。
だが、すこし対応しただけでこの有様、しばらくは必要なさそうだ。
ゲデルは湧いた疑問を破棄し、現状の対応を考える。
どうにも、狩人と言い、最初の獣人と言い、殺し合いに発展するのを避けていた節がある。
暗黙のルールなのか、単純に覚悟がないのか、それはわからない。だが、一応はそれに倣ってゲデルも降伏勧告をするのであった。
「なぁ、先にちょっかい出してきたのはお前達だ。誠意を見せろとまでは言わないが、ここは穏便に済まさないか?」
「ふざけた事を!」
ふむ、ならばちょっと痛めつけようか。
ゲデルは拳に力を籠め、獣人の拳をより強く軋ませる。
「あぁあああ!やめっ……やめっ……」
聞いてるだけでも痛ましくなるほどの悲痛な獣人の声が響く。
「このまま、握りつぶしてもいいのだが」
「……わかった。負けだ。素直に引き下がろう」
仲間の苦痛にゆがんだ顔に耐え切れなかったのか、獣人は手を広げ、戦意喪失を露わにした。
それを見てゲデルは手を緩め、痛めつけていた獣人を開放した。
かくして、獣人は逃げ帰り、ゲデルは称賛される、という事もなく、シャリアに怒られるのであった。
結果良ければ全て良いではないか、とも溢しそうになったが、彼女らの表情はそれを許しそうなものではなかった。
ともあれ、みんな無事でよかったと締めくくってくれたものの、まだ何か不安を抱えている様子ではある。
あの野盗獣人の事だろうか?ならば、問題を片付ければ村を一つ掌握できるかもしれない。
ゲデルは意気揚々と荷台に乗り込むのであった。
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村に到着して、軽くあいさつでもしようとしたゲデルだったが、有無言わずシャリアの家へと運び込まれた。
というのも、女の子なんだからそんな恰好で人前に出るものではない、との事。解せぬ。
「運動を邪魔しないように伸びる生地だからね!これなら胸も苦しくないでしょう」
すこしぴちっとした服だが、邪魔な布を纏うよりは格段に動きやすい。
ズボンというのも、余裕を持った作りになっており、動きの邪魔をしない。
もともと、体をよく動かす人間の為に作られた服装なのだろう。
かるく運動をしていると、ゲデルが服を気に入った事を感じ取ったのか、シャリアは嬉しそうにほほ笑んだ。
だが、その微笑みもすぐに消え、真剣な表情が戻ってくる。
「ねぇ、君は自分の名前はわかるの?」
「ゲデルだ」
「そうゲデルちゃんね?いい響きね」
どうにも、軽い雑談をしようという訳ではなさそうだ。
魔王としてこの村を手に入れるには、最初が肝心だろう。
力だけで支配してもいいのだが、配下がいない時では一切の統率が取れない。
ならば、まずは取り入り信用させるしかないのだ。
幸い、シャリア達はゲデルに悪い印象はあまり持っていない。
うまく対応すれば、道は開けるだろう。
ゲデルは、態度を改めてシャリアを見つめた。
「いい?ゲデルちゃん、今から私が戻るまで、この家から一歩も出ちゃだめよ」
「何故?」
「ゲデルちゃんはあの獣人を傷つけてしまったでしょう?
すごくありがたかったけど、あの獣人達とは微妙な距離感を保っててね。
切っ掛けがない限りはお互いの要望をある程度は呑んでいたの。
けど、今回の件を言い分にして、彼らは必ずこの村まで報復に来る。
それを余計なことをしたと言って、逆恨みしてくる人たちもいるかもしれないの。
だからね、私が話をつけるまで、絶対に外に出ちゃだめよ」
成程、つまりは戦いを臨まぬ腑抜け共が、飼いならされた状況のままで満足していた、という話らしい。
ゲデルは落胆した。そこまでこの村は貧弱なのか、と思わざる得なかった。
これでは、村を手中に収めたとしても、大した力にはならないではないか。
だが、何もないよりはましなのだ。
ならばどうするか、行動あるのみだ。
「大丈夫、奴らは私が何とかする」
シャリアは目を丸くして驚いた。
この子は何を言っているのだ。そう顔に書かれている。
なんとも、表情豊かである。
「あの獣人達は単純に力に従っているように見えた。
だから、私に返り討ちにされて、もう一人が無傷にもかかわらず、あっさりと引いたんだろう。
ならば、報復には彼らより強い獣人が来る事は明確だ。
報復が繰り返されるならば、野盗団の首領を打ち倒すまでやればいい。
私ならばできる」
この過酷な環境の荒野で生き抜くには、生存競争の相手が少ないほど良い。
つまり、ゲデルよりも強い連中が居るのであれば、この程度の村なんてとっくに滅んでいるという考えだ。
仮に、ゲデルよりも強い者が潜んでいた場合、素直に負けるしかないだろう。若しくは、この村を犠牲に体勢を立て直すかだ。
「無茶なこといわないの!若い子が無法者に捕まったら何されるかわかったものじゃないの!」
「その時はその時さ。潔く首を清潔にしておくしかない。
ただね、私は負けない。何故ならば……いや、これは終わってから言うよ」
「けど!」
シャリアは引き下がらない。本当に他人思いのいい人なのだろう。
村を犠牲にする等と一瞬でも考えたバツの悪さからか、ゲデルは一瞬、目をそらしてしまう。
心配は無用と呟き、シャリアに向かって再び語る。
「もし、私が野盗団に勝ったら一つだけお願いを聞いてもらいたいんだけど」
「お願い?」
「ああ、私をこの村においてくれないかな?」
「そんなことの為に?」
「そんな事だから」
ただ村に置いてもらう、聞くだけならとても謙虚だろう。
だが、この村を長年悩ませた野盗団を壊滅したとなれば、それなりの功績になる。
特に、この村においては絶対的な功績となるだろう。
小さな村の小さな活躍だが、地道な一歩が大事なのだ。
そう、私の活躍はここから世界に轟かせるのだ。
私の世界は、ここから始まるのだ。
初投稿になりますがよろしくお願いします。