二口女 。
深夜テンションで、昔話風に書いてみました。
昔、ある村に若い男がいました。男は村のみんなが働いているにも関わらずいつも寝てばかり。起きるのはご飯と便所とお風呂のときだけ。たいそうな怠け者で村の人たちは男のことを良く思っていませんでした。そんなようでしたから、当然、男と結婚したいと言う女もおらず、村の人たちも男とは関わりがほとんど無かったため、その男はいつも一人でいました。
さて、そんなある日の昼の事。男がいつものようにご飯を食べようと布団から抜け出そうとすると、誰かが家の戸を叩く音が聞こえました。
「はて、一体誰が、俺に何の用だ?」
男が不思議に思って戸を開けると、そこには目を見張るほどに美しい女が一人、たいそう慎ましやかに立っていました。
「嗚呼、これは何とも綺麗な人だ。しかし、こんな所にはたして何用で?」
「はい、私、他人の世話をするのがとても好きでだらしない人ほどやり応えを感じられるんです。ここに大層な怠け者がいると聞いて、はるばる隣の村からやって参りました。」
女はこれまた容姿に負けず劣らず可愛らしい声でそう尋ねた。
「いかにも、それは俺のことだ。自慢じゃあないが俺は一日のほとんどを寝てすごし、起きるのは飯と便所と風呂だけだ。あんたが世話してくれるってんなら俺は飯を作るのと風呂を洗うのと洗濯をお願いしたいねえ。」
「ええ、もちろんですとも。掃除も料理も何でもいたします。それに私、とても少食ですからご飯を減らされる必要もございません。ですからどうか、こちらに住まわせていただけませんか?」
「ああ、もちろん。こちらからお願いしたいくらいだよ。」
男はたいそう喜んで女を家に住まわせました。女は家事を何から何まで一人で済ませ、ご飯も一度に茶碗半分ほどしか食べませんでした。怠け者の男が美しい女と暮らし始めたことに村の人たちは非常に驚き、女に自分の村へ帰るよう勧めましたが、女は男の世話をし続けるので村の人たちもとうとう諦めてしまいました。最初は感謝し、いちいち礼を言っていた男も、しばらくすると慣れてしまい横柄な態度をとるようになりました。それでも女は嫌な顔一つせず、男の家に住み続けました。
ある日男は、ほとんど自分しかご飯を食べないにも関わらず米びつの米の減りがやけに速いことに気が付きました。
「さてはあいつ、俺が寝ている間にこっそり食べてるな。あれほど食べないのはおかしいと思ったよ。よし、寝たふりをして食ってるところを咎めてやる。」
男は次の日の昼にご飯を食べ終えるといつものように横になり、しかしいつもと違って寝たふりをしながら女の様子を見ていました。
しばらくすると女は米びつを開け、おにぎりを数個ほど作りました。すると突然、女の後頭部が大きく開き、真っ赤な舌と真っ白な歯が生えた口にが現れました。男はびっくりして声を出しそうになりましたが、すんでのところで押し殺し、寝たふりを続けました。女は長い髪を腕のように自在に操り、作ったおにぎりを後頭部の口へ運びました。そうして全部食べ終えると後頭部の口は閉じて見えなくなり、女は満足そうに腹をさすった後、何事もなかったかのように家事を始めました。
男は恐怖心を抑えながら寝たふりを続けていましたが、ふと、子供の頃に母親から聞いた「人を食べる二口の鬼」の話を思い出しました。その話では、やはり男と同じような怠け者が、これまた女と同じくらい器量の良い女性に惚れるものの女の正体を知ってしまい、間一髪のところで逃げ延びる、という話でした。あいつも話と同じように俺を食おうとするのか。俺は、はたして話の男のように逃げられるのか。そうこう考えているうちに、男はある一つの考えに行き着きました。
「そうか。俺があまりにも怠け者なものだから、神様が怒ったんだ。それでこんな罰があたったんだな。」
男は次の日から早速、仕事を始めました。はじめは慣れない作業でてこずりましたが、村の人たちは男が働き始めたのを見て、喜んで手伝ってくれました。そうして働いているうちに仕事の大変さを知り、そして家事をしてくれる女への感謝を思い出しました。家事もすすんでやるようになりました。はじめ、女は「世話のし甲斐がなくなる」と言って止めようとしましたが、男の考えが変わらないと分かると、説得をやめて男と一緒に家事をするようになりました。最初は不機嫌そうだったものの、少しずつ元のように可愛らしい様子になり、二人で今まで以上に楽しく過ごすようになりました。
女が来てから1年がたった冬の日のこと。男は女と火鉢の火にあたりながら唐突に話はじめました。
「ああ、俺は幸せだな。こんなに綺麗で優しい人と一緒に過ごせるなんて。」
すると女は顔を曇らせた。
「……実は私、あなたに隠してることがあるんです。」
そう言うと、女は男に後頭部の口を見せつけた。
「私はあなたが思ってるほど良い人では……いや、そもそも人ではありません。私は最初、あなたを食べるためにやって来ました。動かない人間は脂が乗っているんです。ですからあなたを騙してここに住まわせてもらいました。はじめはあなたが肥えるのを今か今かと待っていたのですが、あなたはある日突然、働くと言い出しました。私が最初に反対していたのは、せっかくの脂が落ちてしまうと思ったからです。しかしあなたは見違えるようにしっかり働き私を手伝い、優しくしてくれました。そのうちにあなたを食べたいと思う気持ちは薄れてゆき、やがて愛情へと変わりました。」
女はここまで話すと、顔を上げて男の方を向きました。
「私はあなたをずっと騙してきました。あなたが私に何と言おうと、私はそれに従います。出ていけと言われれば今すぐにでも出て行きますし、死ねと言われればその覚悟もございます。」
「言ったな。聞いたぞ。それでは俺の言うことを聞いてもらおう。覚悟を決めろ。」
「はい。」
「俺と、結婚してくれ。」
「……今、何と申されました?」
女は面食らったような表情で問い返しました。
「言葉通りの意味だ。人でなくとも結婚の風習はあるだろう。お前が来てからの1年間で変わったのはお前の心だけではない。俺もお前を愛している。だから、ぜひ、俺と結婚してほしい。」
「本気で言ってらっしゃいますの?」
「ああ、本気だとも。ここで嘘をつくやつがいるか。」
「でも、私、人間ではないのですよ?」
「知ったことか。そんなことは全く関係がない。お互いがお互いを愛しているのだから、それで良いではないか。それともお前は不満があるのか?」
女はしばらく俯いたままで、よくよく見ると顔が紅くなっていました。
「……本当に、私でいいんですか?」
「しつこいやつだな。いいと言っているだろう。俺はお前がいいんだ。」
そう言うと男は女を抱き寄せて口づけをしました。女は一瞬たじろぎましたが、男の力強い腕に抱かれて、今度は自分から唇を重ねました。
久しぶりに投稿しましたね。シリーズの方書けよ。申し訳ないです。気長にお待ち下さい。