海の化け物7
「じゃあ、千穂はニンジン切って」
優実が玉ねぎで、俺がジャガイモね。と武尊は担当を割り振った。
「「はーい」」
生徒二人の返事はたいへんよろしい。千穂は武尊から渡されたピーラーでニンジンの皮をむく。基本料理をしない千穂は、その作業が楽しかった。
「玉ねぎ、目に染みる~」
涙目になりながら優実は玉ねぎを切っている。その横で、武尊は器用に包丁でジャガイモの皮をむいていた。
「武尊はやっぱりうまいね~」
武尊の手際の良さに、優実は感心する。優実はちらと武尊の顔を見る。そして口にした。
「さっきのぬいぐるみ、武尊の?」
「そうだけど」
「私、動いたように見えたんだけど」
「気のせいじゃない?」
「・・・・・なんか前もこんなことあった気がする」
「前って?」
武尊は手を止めて、聞き返した。優実はうん、と小さくいってから続けた。
「ポッキーが浮いて消えたと思ったんだけど、私にしか見えてなかったみたいで」
あれも、気のせいだったのかな。と優実は不満気というか不安気な様子だ。
「・・・・まあ、俺が近くにいるし、何か影響あるのかもね」
「やっぱり見える人の近くには寄ってくるもの?」
「・・・そうだね」
霊力強すぎて近づけませんとは言えなかった。武尊は皮むきに戻りながらしれっと答える。
「今日も、船泊まった時黒い何かが見えた気がしたんだよね」
あれ、何が引っ掛かってたの?と優実は問いかける。
「さあ、よく分からなかった。黒かったのは覚えてるけど」
「それでよく触ったね」
「まあ、外さないと進まなかったろうし」
「・・・・・千穂は何小さくなってるの?」
二人の会話を冷や冷やしながら聞いていた千穂は、緊張のあまり首を引っ込めて縮んでいた。
「怪我でもした?」
「してない!」
フォローなのだろうけど、武尊はなぜこうもちくりと刺さるような言い方をするのだろう。と千穂は少々不機嫌になる。
「上手にできてるじゃん」
優実がニンジンに手を伸ばしていた。
「これも切っちゃうよ」
「お願い」
「はーい」
武尊監督のもと、料理の準備は進んでいく。そう言えば、と優実は顔を上げた。
「壱華とあかりは?一緒に作る気満々だったのに」
「そうだったの?」
「うん。武尊、部屋から出てこないから作っちゃおうかって話になって」
「ちょっと夢中になってたからね」
時間見てなかった。と武尊は説明した。
「トランプしてたんだっけ」
「そう、ババ抜き」
「ババ抜きってあんなに盛り上がったっけ?」
「まあ、久々だったし」
「そっかー」
優実はまだ先ほどのことが気になるらしい。ちょくちょく聞いてくる。
「私、呼んでこようか」
千穂はそう名乗り出る。ニンジンの皮はむけたからやることが無くなったのだ。
「お願いしちゃおうかな。でも、別に遊んでてもいいから様子だけ見てきてもらおうかな」
「分かった!見てくる!」
優実の言葉に、千穂はいったん手を洗ってからぱたぱたと階段を上った。男子部屋の扉をノックする。
「はーい」
壱華の声が答えた。千穂はそっとドアを開ける。碧はベッドに寝転んで動いていなかった。今度は用心したらしい。
「遊んでるの?」
後ろ手に扉を閉めながら問いかける。
「千穂だけ?」
啓太に聞かれて千穂は頷いた。
「優実ちゃんが、壱華ちゃんとあかりちゃんが来ないねって怪しみ始めたから行ったほうがいいかも」
「そう言えば、ご飯作りましょうって話になってたものね」
つい夢中になっちゃったわ。とあかりは苦笑した。
「何してたの?」
「ババ抜き!」
千穂の問いに答えたのは碧だった。千穂しか部屋に入ってこなかったのを確認して動いても大丈夫だと判断したのだろう。
「また?」
ババ抜きってそんなに楽しかったっけ?と千穂は首を傾げた。
「碧が強くてさ」
樹が少し興奮気味に口を開いた。
「強いって?」
どういうこと?と千穂は一層首を傾げた。
「いつも一番で上がっちゃうの!」
「あれ?もっと運が絡むゲームじゃなかったっけ」
そんなに独り勝ちできるゲームだったっけ、と千穂は不思議がる。
「だからすごいんじゃん!」
樹は目をキラキラと輝かせた。
「そう、なのかな」
よく分からないなーと千穂は眉をハの字にする。
「千穂もやる?」
樹に誘われたが、千穂は首を横に振った。
「下に行かないと、優実ちゃん来ちゃうから」
「そうね、私たちも下に行きましょうか」
壱華があかりとアイコンタクトを取る。あかりは笑って頷いた。
「そうね、そうしましょう」
立ち上がって、男子組に言った。
「じゃあ、またあとで」
「俺らも下に行こうよ。なんか手伝おう!」
樹が啓太にそう言った。啓太は顔をしかめた。
「・・・・あんまり人数いても邪魔じゃね?」
「・・・・・兄ちゃんは遊びたいだけでしょ」
とりあえず行こうと、樹は立ち上がり啓太の腕を引っ張った。それに仕方なく啓太も重い腰を上げる。部屋を出て行こうとする二人に、碧が声をかけた。
「二人とも行っちゃうの?俺、暇になっちゃう~」
「悪いけど、しばらく一人でいて?ご飯食べたらまた遊ぼう?」
今度は違うゲームをやってみよう、と樹が言えば、碧はきらきらと瞳を輝かせた。
「分かった!じゃあ、俺、良い子で留守番してる!」
碧はぼすっと跳ねた。
「じゃあ、またあとで」
樹は手を振って、啓太の背を押しながら部屋を後にした。
一階に行けば、武尊が大きな鍋で材料を炒めているところで、もう人員は必要ないとのことだった。
「な?言ったろ?」
「手伝おうとする意志は大事です」
「まあ、そうかもだけど」
兄弟の会話に、周囲はくすくすと笑った。壱華だけは呆れたように首を横に振っていた。