海の化け物6
「お腹すいた」
ぽつりと千穂がこぼした。あかりのシャンプー講座で疲れた千穂は、ずっとぐでっとソファで伸びていた。優実も、そのソファに背を預けている。
「武尊、部屋から出てくるかな」
「さすがに出てくるんじゃない?料理だってする気だったわけだし」
「でも、全然出てくる気配ないじゃん」
優実とあかりはそんな会話を交わす。あかりはさっきの会話で髪が気になり始めたのか、髪をずっと触っている。
「・・・・作っちゃう?カレーでしょ?」
壱華が提案する。
「まあ、カレーなら作れなくもないかな」
優実が背もたれでのけぞりながら言った。
「てか、ご飯とか炊けてるわけ?」
優実がのっそりと起き上がって台所に入る。そして、きょろきょろと炊飯器を探した。
「あ、あった。おーさすがですね。お米は炊けてます」
優実から報告が入る。じゃあ、と壱華とあかりが腰を上げた。
「人数も多いわけだし、武尊にばかり任せるのもよくないわよね」
「陸さんは武尊のカレーが食べたいと言ってたけど、今日は我慢してもらいましょう」
二人は腕まくりをして台所へ向かう。千穂はやっと身を起こして三人を見やる。
「私、料理なんてできないよ」
「一緒にやってみる?別に待っててもいいけど」
優実がひょいと台所から顔を出す。
「三人は作れるの?」
千穂はソファから下りて台所へととことこと歩み寄った。すると、はい、と壱華からヘアゴムを渡される。
「邪魔でしょう?」
「・・・うん」
そうか、料理には長い髪は邪魔だった。家庭科の調理実習では長い髪は束ねていたことを思い出す。見ればあかりも髪を束ねているところだった。優実はショートヘアーなので髪をくくる必要はない。女子陣が、さあと気合を入れたところ、どっと上から声が響いて来た。
「うわー」
「まじかよー」
「碧強すぎー」
「なんだか、楽しそうね」
壱華が階段を見上げながらそう言った。
「何があったのかな。気にならない?」
優実が瞳を輝かせる。興味がわいたらしい。
「今、碧って言ってなかった?」
「言った」
あかりと千穂はこそこそと話す。
「優実、行って大丈夫かしら」
「部屋に入るとき、ノックすればいいんじゃないかな」
そうすれば、返事をしている間に碧を隠せる。
「ねえ、行ってみようよ」
で、面白そうだったら混ぜてもらおう!と優実は笑った。それにちょっと困った顔をしながら千穂は頷いた。
「行ってみようか」
そしてノックしよう。優実が扉を開ける前にノックしよう。そう心に決め、階段を上り始める。
「もう一回!もう一回やろうぜ!」
「何してるんだろう」
啓太の声が聞こえてきて、優実は首を傾げた。先頭を行く千穂は、どうか碧を隠してくださいと胸中で願った。
扉の前に付き、ノックをする。
「ねえねえ、何してるの?入っていい?」
そう問いかけると、扉がぎいっと開いた。そして飛び出してきたのはウサギのぬいぐるみだ。ぽすっと千穂の肩に飛び乗る。
「聞いて聞いて千穂!俺、ババ抜き超強い!!」
「え?ぬいぐるみしゃべった?」
千穂のすぐ後ろにいた優実は碧をまじかで見てしまった。ぎぎぎと音を鳴らしながら首を巡らせた。優実は目を丸くして碧を見ていた。
「あ、えと、これは」
「ていうか、飛んできた?」
「気のせいじゃない?」
武尊が動かなくなった碧を千穂の肩からはがす。そして自分の肩に乗せた。
「で、何の用?」
「あ、ああ盛り上がってたから何があったのかなって」
優実は碧から目を離さずに武尊の問いに答えた。碧も動かず耐えている。これは二人の根気比べだった。
「トランプだよ」
武尊が部屋に入りながら答える。武尊は戸川兄弟と囲っていたトランプを指さした。
「ほんとだ!」
優実の視線がトランプにへと移る。いそいそと中に入ると自分もぺたんと床に腰を下ろした。
「これ終わったら私も混ぜて!」
「優実、その前にご飯でしょう?」
「そうだった」
あかりが言いくるめて、注意をトランプからずらす。武尊が部屋にかかっている時計を見た。
「本当だ、もうこんな時間だったんだ」
武尊は碧をポンとベッドに置いた。
「俺、一階に行く」
「カレー作る?だったら私も作る!」
千穂が武尊の背について行く。それを見た優実も自然と千穂を追う。
「カレー好物なんだよね~」
「知ってるよ」
優実と千穂は並んでそんな会話を交わした。壱華とあかりは視線を碧にやった。碧はもぞもぞと動き出す。
「いやーびっくりした」
「びっくりしたのはこっちよ」
気を付けて、と壱華は扉を閉めながら言った。あかりもうんうんと頷いている。
「千穂の声がしたから、千穂だけかと思っちゃった」
「本当?」
壱華が怪しいと目をすがめる。しかし、碧は厳しい視線も何のその、自由に動き回る。
「いっぱいいるなーとは思ったけど、あのお姉さんが来るとは思ってなかった」
「本当?」
今度はあかりが目を細める。
「本当だって!」
信じてよ!と碧は飛び跳ねた。
「ねーねーそれより、俺、ババ抜き覚えた!俺、超強い!」
「ババ抜きであんなに盛り上がってたの?」
「ババ抜きを侮るなよ!結構深いぞ!」
「本気で言ってる?」
ババ抜きの素晴らしさを布教するとでも言い出しそうな啓太の勢いに、壱華が水を差す。
「碧が強いのは本当だよ!」
珍しく樹が啓太の肩を持った。
「そんなに強いの?」
壱華は床に腰を下ろしながらトランプに手を伸ばした。あかりも壱華の隣に座る。
「一回見せてもらおうかしら」
にっこりと壱華は笑った。