作戦実行2
足がするすると海の中へ戻っていく。
「ち!逃げる気か!」
武尊がそれを追って走る。千穂はそんな武尊を止めた。
「待って!」
武尊は足を止めて、千穂の方に向き直る。
「どうして?」
「大丈夫。上に上がってきてる」
「・・・・・・だったらいいけど」
武尊は、本体が浮上してくるのを剣を構えて待った。クルルも武尊の隣で悠然と羽ばたいていた。
「来るよ」
千穂がそう言ったのと、ざぱんと黒い塊が出てきたのは同時だった。いくつもの目が白く光っていた。
「忠文さん!」
柚葉が名を呼んだ。返事をするように、ぎーという音が返ってきた。
「忠文さん!」
柚葉は海の中へ駆けて行こうとした。それを壱華が引き止める。
「放して!」
「だめよ!溺れちゃう!」
「でも!」
こんな浅瀬では、忠文は上がってこれない。だから、自分から行くと柚葉は言った。
「だめ!その体は優実の物なんだから!」
そう言われ、柚葉は唇を噛んだ。そんな柚葉を抜いて、武尊は海の中へと歩を進めた。そして、シャンと剣を構える。
「何をするの!?」
「あの怪物を倒す」
「待って!そんなことしたら死んじゃう!」
「それでいいんだよ」
武尊は振り返った。
「忠文は船が転覆した時に死ぬべきだったんだ。それを妖にそそのかされて化け物になった。一般人への影響も出始めている。それに何より」
「何より?」
「あの姿ではあんたの元へ帰れない」
「っ!」
柚葉はうつむいた。それを肯定と受け取って、武尊はもう一度剣を構えた。大きく深呼吸をする。あの巨体が切れるところを想像する。巨体の中に、丸い光るものを見つける。それが核なのだと武尊には分かった。武尊は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「いける」
武尊は黄金に輝く剣と振り下した。何百メートル離れた相手は、それでもすぱりと切られた。ドスンと音を立てて海に沈み始める。それを柚葉は涙を流しながら眺めていた。
名を呼ばれた。遠くに長身の影が見えた。それが柚葉なのだとすぐに分かった。姿かたちが変わっていても、その魂は何者なのか忠文には分かった。しかし、名を呼ぶことができない。出てくるのはぎーっという耳障りな音だけだった。
―こんな体じゃなかったら
―こんな体じゃなかったら
何度もそんなことを思った。けれど、その願いは叶わない。この体から出られない。こんな体じゃなかったら涙を流していただろう。しかし、それもできない。あきらめて海の底に帰ろうかと思った時、シャンと鈴の音が聞こえた。視線を動かせば、黄金の光がこちらに狙いを定めていた。その光を知っていた。今思い出した。自分の足を切ったのはあの光だ。その力に畏怖して、一番最初に片付けようとした存在だ。それが自分の命を狙っている。しかし、今はなぜか恐れはない。この体が壊れたら、この体から解放されるだろうか。そう期待している自分がいる。
黄金が振り下される。目に見えない霊力の刃が跳んでくるのが分かった。それを自分は避けない。ざくりと本体に致命傷の傷が生まれる。そこから体が崩壊していくのが分かった。ぼろぼろと崩れて、自分ではない何者かが悲鳴を上げていた。見れば、ぼろぼろとこの体から外れていくのは妖怪たちだった。
―こんなものでこの体はできていたのか
今になって怖気立つ。こんな体、壊れて良かったのだと思った。
「忠文さん!」
名を呼ばれる。もう自分を縛るものは何もない。彼女の元に、やっと帰れる。そう喜べば、自身がふわりと体から離れたのが分かった。
―帰るよ
―今帰るよ
―君の元へ、やっと帰ることができる
忠文の魂は、柚葉めがけて飛んで行った。
崩れた巨体から、一つの光が現れて柚葉の方へ飛んできた。柚葉は手を伸ばして、その光を両手に抱いた。その光はふんわりと温かかった。
「忠文さん」
柚葉は笑って、その光を額に当てた。
「やっと帰ってきたのね」
喜びの涙が流れている。
「これで、もう逝ける?」
「ええ、ありがとう」
そう笑みを浮かべると、柚葉は優実の体を手放したのか体が力を失った。それを壱華と武尊が支える。波の来る場所だが膝をつかせる。それが一番安全そうだったからだ。少しして、まつげが震えた。
「ん?・・・・・・冷た!」
優実は跳ぶように立ち上がった。それに元気そうだと壱華と武尊は胸をなでおろす。
「終わったよ」
武尊がそう言えば、優実はほけっとした顔をして、そっと胸に手を当てた。
「本当だ、いない」
「いる、いないって分かるものなの?」
「さあ」
優実と武尊はそんな会話を交わしていると、千穂たちがぱたぱたと駆けて来た。
「終わった?」
千穂が武尊に尋ねる。武尊は頷いた。
「終わった」
「わ!なにこれ」
優実が声を上げる。皆の視線が優実に移る。優実の周りを二つの光がふわふわと回っていた。
「柚葉と忠文だ」
武尊がそう言うと、肯定するように上下に揺れた。
「忠文さん、取り戻せたんだ」
良かったと優実は笑った。二人は武尊や千穂たちの間をしばらくふわふわと舞ってから空へと消えていった。その様子を見送って、千穂が言った。
「これで安全に帰れるね」




