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5.作戦実行1

 深夜、子供たちはまたこっそりとコテージを抜け出した。自分たちでは気づかれていないつもりだが、陸と美由はしっかりと気づいて無視を決め込んでいる。道路に繋がる階段を下り、海に続く道路を歩く。今日も綺麗な星空だった。

「夜は冷えるわね」

柚葉がパーカーを体に巻き付ける。昨晩は結界を張るのが遅れたため、優実の体はコテージを出る前に柚葉に譲り渡した。海に着いたら壱華がすぐに結界を張り、出てきたところを武尊とクルルで迎え打つ。戦闘の隙間をぬって、柚葉が忠文の名を呼ぶ計画だった。

「うまくいくかしら」

柚葉は不安げな顔を見せた。ただでさえか細い声がさらに小さくなる。

「うまくいかせるのよ」

壱華は前を見据えたままそう言った。そのまっすぐな姿勢を、千穂は美しいと感じた。

「・・・・・・ええ、そうね」

柚葉は目を伏せた。しかし、不安が少し抜けたのか、はっきりと言葉を口にした。祈るように両手を合わせ握る。

「うまくいきますように」

そう願う柚葉もきれいだと千穂は思った。

―私には何ができるんだろう

あの化け物を引きずり出す餌にはなれるが、そもそも千穂がいるからあの化け物に狙われるわけであって、千穂がいなければみんなこんな苦労はしないのだ。そう考えると、自然と気が重くなる。

「はあ」

ため息がこぼれる。それは壱華の耳に届いていた。

「どうしたの?千穂。疲れた?」

「ううん。大丈夫だよ!」

千穂はニコッと笑った。その笑顔が怪しいと壱華は眉をひそめたが、それ以上追及はしなかった。

 てくてくと歩いて浜に到着する。これが化け物討伐を目的としていなければとても良い天体観測日和だっただろう。

―なにやってるんだろう

―なにをやらせてるんだろう

そう考えてしまって、千穂はふるふると首を横に振った。海を見据える。あいつの気配はまだしなかった。

 千穂の少し前で壱華が詠唱に入っている。壱華の周りに半球の結界が現れる。あれは千穂用の結界だ。なるべく道路に近いところに千穂はいる手はずになっていたから。壱華は波がやってくる場所にも結界を張った。それが柚葉用だ。海に近くなくては声が届かないと考えたからだ。柚葉がその結界に入る。強度を保つためには二個が限界だと壱華は言っていた。

ざざっと波が強く揺れた。

「来る」

千穂の一言に、武尊と樹が臨戦態勢に入る。黄金の剣と燃え上がる鳥が現れる。

―どうかこれが、最後の戦いになりますように

千穂はきゅっと胸の前で手を握って祈った。

 ざぱーんと海を割る音がして、何本もの足が現れた。そのうち何本かは浜に届く前に武尊の斬撃に切り落とされる。ばしゃばしゃと波を乱しながら落ちて行った。体が痛むのか、ぎーっという耳障りな音が聞こえた。これがあの怪物の悲鳴なのかもしれない。

「忠文さん!」

柚葉が話しかける。

「忠文さん!私よ!柚葉よ!」

どうか気づいてと柚葉が声を張り上げる。しかし、その声は届いているようには見えず柚葉が化け物の勢いに飲まれそうになる。

「あきらめるな!」

武尊が叫ぶ。

「どうせ俺たちの声は届きはしないんだ!届くのはあんたの声しかない!」

その言葉に柚葉は折れそうになる心をどうにかとどまらせる。それに、よしと小さく呟いて、武尊は足の攻撃を避けた。武尊の黄金と、クルルの赤が世界を彩っていた。

「忠文さん!そこは苦しいでしょう?お願いだから出てきて!」

それでも足の攻撃はおさまらない。ふと、千穂は自分が足に狙われないことに気が付く。

―おかしいな。もっとこの結界にぶつかってきてもいいと思うんだけど。

千穂は首を傾げる。戦場を見渡すと、ひらりひらりと武尊が叩きつけられる足を避けながら、その本数を減らしていた。クルルも丁寧に一本ずつ焼いている。

―クルルには足は落ちてこない。

―武尊を狙ってる?

―でも、どうして?

ぶわっと白い光が広がった。とたん、足の何本かが青白い炎に包まれて燃え始めた。壱華の術だった。壱華は柚葉と同じ結界に入っている。そこで長い呪文を唱えていたようだった。

「すごい」

足に目でもついているのか、その光に足は苦しんでいるように見えた。

「全部、切り落とせば、出てくると思う?」

攻撃を避けながら攻撃を繰り出す。それを繰り返しながら武尊がそんな言葉を口にした。

「どうだろう。逆に攻撃の手段がなくて逃げちゃうかも?」

「それは困るな」

樹の返答に、武尊は少しセーブした方がいいかな、とつぶやいた。しかし、足の多くは武尊を狙って落ちてくる。それは自然と武尊が切り落とす足が増えることを意味していた。

―私が今日気づいたってことは、今日はそれだけ攻撃が激しいってこと?

千穂は考える。昨日も結界は攻撃されていなかった。

―ずっとずっと、武尊を狙ってる?

そうだとしても理由が分からない。千穂は後ろに振り向いた。そこには暇を持て余している啓太の姿がある。―ちなみにあかりもこの結界組だ。樹は足が来ないのをいいことに外でクルルに指示を出していた。

「どうしたんだよ」

突然体を向けられて、啓太は驚いた表情を浮かべていた。

「足、武尊ばっかり狙ってる。私を狙ってるんだったら、この結界が攻撃されてもいいはずなのに」

「・・・・・・確かに」

啓太は戦場を見渡して是と答えた。啓太は考えるそぶりをする。

「千穂の前に、武尊を排除しようってことじゃないのか?」

「そうなのかな」

「最初にあの妖に傷つけたのも武尊だしな。マークされたんじゃないか?」

「そうなのかな・・・」

千穂はうつむく。ただそれだけの理由であればいいと思った。

「柚葉と千穂の二人の時でもあいつは現れたんだろう?だったらやっぱりあいつの狙いは千穂だよ」

「そっか」

それは確かにと千穂は答えた。

「じゃあ、私を手に入れるのに武尊が邪魔だから、先に消そうとしてるってこと?」

「俺はそうだと思う」

「筋は通る?」

「通ってると思うぜ」

啓太がそう言った時、だんと衝撃が走った。上を見やれば、足が大きく振り上げられたところだった。

「こっち来た!」

嘘!と千穂は声を上げた。怪物よ!作戦を変えたのか!と千穂は心の中で突っ込んだ。次の一打が振り下されようとしている。しかし、その足はぼてっと落ちただけだった。見れば、武尊が剣を振りぬいたところだった。

「すごいよな、あれ」

啓太が感心しているのか呆れているのか分からない声音で言った。

「飛び道具にもなるなんてチートもいいところ」

「まあ、一応、伝説の剣ですし」

「自分で出した剣を伝説なんて言うか?」

「でも、大体本当でしょう?」

「まあな」

攻撃されたというのに、二人の会話はどこかのんきだった。

「千穂!」

「何!」

「本体、出てきそう?」

「見てみる!」

千穂は海の方へ体を向けると目を凝らした。そこにあるのは足ばかり。その下に、いるはずだった。海の底に、いるはずだった。あのたくさんの目をぎょろつかせて、こちらを見ているはずだった。

―足が邪魔で見えない

それだけあちらも本気ということか。攻撃の間が緩んだのか、柚葉の声が聞こえた。

「忠文さん!もうやめて!」

泣きそうな声だと思った。どうにかその声を届かせたいと思った。千穂は一度目を閉じて、開いた。砂浜など、足など通り抜けて、海の底を見渡そうとする。海にあるのは、黒く濁った気配。その奥に、あいつがいる。

「いた」

光る目を見つける。目が、合った。しかし、今度はくじけない。

「忠文、出て来い」

千穂がそうつぶやくと、苦し気なギーという叫びが海を震わせた。


 ズキズキと頭が痛んだ。ジュクジュクと足が痛んだ。しかし、意識はどうしても浮上しなかった。体の主導権を掴めなかった。鋭い痛みが足を襲う。けれど目覚めることができない。その時、力に溢れる声が己の名を呼んだ。違う、それが己の名だと気づかなかった。しかし、魂が揺さぶられた。その衝撃に目を覚ます。強引に意識が前面に押し出される。その時、必死な声が聞こえて来た。

「忠文さん!聞こえてるの?私よ!柚葉よ!」

―柚葉

その名を聞いた時、視界に現れる姿がある。小さく細い影だ。丸い目をした愛らしい人。自分が守ろうと心に決めた人。

「ゆず、は」

記憶が流れ込んでくる。海で船が転覆したこと、死にたくないと願ったこと、見知らぬ声が聞こえてきたこと、生かす代わりに体を貸せと言われたこと、己がその条件を飲んだこと。

「柚葉!」

自分が帰りたかった人の名を、はっきりと思いだす。頭がすっきりとして、自分が足を海上に出していることに気が付く。

―自分は何をしていたんだ?

強い気配は二つ。一つは黄金の輝きを持っていて、もう一つは白く輝いていた。しかし、自分を必死に呼んでくれるのはその二人じゃない。

「忠文さん!」

呼ばれる。強く呼ばれる。自分はそこに帰りたい。ずっと帰りたかった。だから、帰ろうと重い体を叱咤して海上へと向かった。


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