海の化け物2
「きれーい」
「ひろーい」
優実と千穂が声を上げる。まずは荷物を置きに二階堂家の別荘にやってきたのだ。その感想がこれである。可愛らしいコテージだ。間取りは3LDK。一つを女子部屋に、一つを男子部屋にする。残りは予備だ。
「とりあえず、海行く?」
「海!」
武尊の言葉に千穂は叫んだ。なんて言ったって初めての海だ。水着も優実やあかり、壱華と一緒に買ってきたのだ。楽しみで仕方なかった。
「じゃあ、部屋で着替えた後ここに集合で」
リビングの装飾を眺めていた面々は、武尊の指示にはーいと返事をして、振り分けられた部屋に向かった。
「千穂は海初めてなんだよね」
楽しみだね、と優実が話しかけてくる。千穂はそれに嬉しそうに頷いた。
「楽しみ!」
ピョンピョン飛び跳ねるように歩いていく姿に、優実は笑った。
「全身で表現するね」
「二人は海初めてじゃないの?」
自分と壱華は初めて組だ。あかりは笑って答えた。
「初めてではないわね」
「千穂は小さいから、流されないように気を付けたほうがいいかもね」
「あら、小さくなくても流されるわよ?」
「確かに」
「流されちゃうの?」
途端に不安そうな顔をする。それに優実はけたけた笑った。
「大丈夫だよ、そんな沖には出ないから」
「気を付けたほうがいいって、優実ちゃんから言い出したんじゃない!」
千穂はぷくっと膨れた。そうこうしていると部屋に着く。
「わー、広いね」
ダブルのベッドが二つ並んでいる。これに一つ二人で寝るのだ。
「夜も楽しみだな~」
ふふふと千穂は笑った。
「さっさと着替えよう!」
優実は恥ずかしげもなくばっと服を脱いでしまう。
「え!もう?」
千穂はさすがに恥ずかしくて着替えられない。千穂がためらっているうちに優実はちゃちゃっと着替えてしまう。キャミソールとショートパンツのような水着だった。動きやすそうで優実らしい。と、優実を見ているうちに背中の方ではあかりも着替え終わっていた。
「え?はや!」
それに気づいて千穂は驚きの声を上げる。二人の早業に壱華も戸惑っている。
「二人とも早く着替えなよ。何だったら手伝うし」
「変なこと言ってないで、外に出ましょう?あなたがいたらきっと安心して着替えられないわよ」
あかりが優実の腕を引いて部屋を出ていく。
「先に行ってるわね」
二人ともいつの間にか水着の上に服まで羽織っていた。その早業に海初めて組は言葉を失う。二人は顔を見合わせる。
「・・・・とりあえず着替えましょうか」
「うん」
二人はもぞもぞと着替えを始めた。
「やっほーい」
ばしゃーんと水が跳ねる。啓太が水に向かってダイブした音だ。岩の上から少し深いところに向かって飛び下りる遊びを繰り返していた。武尊と樹もそれに付き合わされている。―海にはほかの人間もそこそこいるが、啓太のような遊びをしている人間は見かけなかった。
「あれ、楽しいのかな」
浮き輪でぷかぷかと浮きながら千穂は疑問を持つ。
「なんだか、痛そう」
「あれじゃ、川遊びと変わらないわよね」
壱華も千穂の浮き輪に捕まりながら千穂の疑問に是と答えた。
「千穂ーこっちでボール使って遊ぼうよー」
優実が浅瀬から手を振る。
「遊ぶー!」
千穂は元気よく答えて、優実のところに行こうとバシャバシャと足で水面を叩くがうまく進まない。それに苦笑して、壱華が代わりに足を動かす。壱華が泳ぐとスーッと滑らかに海面を進んだ。なぜ自分ではこうはいかないのか、千穂はぶすっとした顔になる。不機嫌を顔に出していると、足が砂に着いた。もう泳がなくても大丈夫だ。壱華が浮き輪から手を放す。
「千穂は運動苦手だねー」
「いいの!」
ふんと顔を優実からそむける。
「ごめんごめん、これで遊ぼう?」
空気を入れたビニール製のボールを持ち上げて示す。千穂はちらっと優実の顔を見て、こくりと頷いた。正直、海に浮いているのも飽きたところだった。よいしょと浮き輪から足を上げて抜ける。浮き輪をレジャーシートの横に置いてから浅瀬に戻る。
「やろう!」
ぱしゃぱしゃと水を鳴らしながら走る。
「よし、じゃあ行くよ!」
はいっと優実が千穂にボールを投げる。千穂はそれをアンダーハンドでポンと上に上げる。
「わ!上に上がっちゃった」
自分の真上に上がって、千穂はおろおろする。
「はい」
おろおろする千穂の肩に手を置いて、オーバーハンドで武尊が壱華に向かってパスをする。
「あかりー」
「はーい」
壱華も難なくあかりにパスをする。あかりが優実にパスをして、優実から千穂にパスが回る。
「真下から上に上げるから上に行くんだよ。斜めのまま当ててみて」
武尊にそう言われて、千穂は我慢して斜めのままボールに腕を当てる。すると、今度は前に跳んだ。それは少し低かったけれど、壱華が上手く取ってくれる。
「前に行った!」
「次はもう少し強くね」
「はーい」
「武尊は体育でも先生なのね」
くすくすとあかりが笑った。
「てか、飛び込みはもういいの?」
「飽きたからこっちに入れて。そろそろ樹も来ると思うし」
優実の問いに武尊はそう答えた。
「啓太はまだ飛び込んでるの?」
「うん、飽きなさそう」
「はー」
壱華がため息を吐く。海に来てまで川と同じ遊びをしようとは壱華は思えなかった。そしてその気持ちも分からない。
「武尊ー」
ぱたぱたと樹が走ってくる。
「俺もそっちがいい!」
おいてかないでよ、と樹は武尊のもとに駆け寄った。それに武尊は笑った。
「ごめんごめん」
「じゃあ、二人も入れてやりますか!」
そう高らかに言って、優実はボールをひと際高く投げた。