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4.作戦会議1

 朝になった。カーテンの隙間から細く差し込んでくる光に、千穂は目覚めた。ごろんと寝返りを打つ。その先には壱華の細い背があった。まだ規則正しい寝息を立てている。

―昨日、遅かったもんな

戦ったし、と千穂はまだぼうとする頭で思った。ふと、あのタコのような足しか姿を見せない妖の本体と目が合ったことを思い出す。あの時冷たくなった指先を千穂は見つめた。手をグーパーグーパーと握っては開いてみる。なにも異変は感じなかった。その手を見つめながら、この手に武尊の大きな手が重なったことを思い出す。

―武尊はすごいな

武尊の手が触れたとたん、冷たい何かはすべて溶けてしまった。体は熱を、足は力を取り戻した。あれは何の力なのだろうかと横になりながら思案する。

 横になっていると、ガチャリと廊下から扉を開く音が聞こえた。誰か起きだしたようだ。千穂も体を起こしてみる。隣のベッドであかりと優実が眠っているのが見えた。

―優実ちゃん、大丈夫かな

夜中、柚葉とシンクロしたのか優実は声をあげて泣いていた。その背を武尊はよしよしと撫でていた。誰も何も言わなかったし、言えなかった。大切な人が亡くなってしまう悲しみは、痛みは、よく分かった。ぎゅっとシャツの胸元を握る。

―私も、貴ちゃんが死んだとき悲しかった。苦しかった。

あの時のことを思い出す。もう二度と動かなくなった冷たい体を思い出す。千穂はふるふると首を横に振るとベッドからそっと抜け出した。

― 一人でいると、悲しいこと考えちゃう。

誰か起床したのなら、その人と一緒にいようと千穂は考えた。千穂は音を立てないよう気を付けながら扉を開けた。廊下には誰もいなかった。そっと廊下を歩く。ぎしっと床が鳴って、肩が跳ねた。息を潜めるが、今の音が誰かの眠りを妨げた様子はなかった。ほっと息をついて、階段を下りる。 

 リビングのソファには武尊がいた。携帯を見ながら何か飲んでいる。

「おはよう」

千穂に気付いた武尊がそう挨拶をしてくれる。

「おはよう」

千穂も挨拶を返し、武尊の向かいのソファに腰を下ろす。

「何飲んでるの?」

「ホットミルク。・・・・・飲む?」

千穂の視線に何か感じたのか、武尊はそう尋ねた。

「飲む!」

そう答えれば、武尊はマグカップをローテーブルに置き、台所へと姿を消す。冷蔵庫を開ける音、閉める音、マグカップを取り出す音、マグカップに牛乳が注がれる音、牛乳が冷蔵庫に戻される音、マグカップを電子レンジに入れる音、電子レンジが動作する音、すべてがよく聞こえた。静かな朝だと千穂は思った。

―珍しく、私が壱華ちゃんより早く起きたからだ。

 いつもは寝坊組なのだが、今日は早く目が覚めた。こんなこともあるんだなと思っていると、チンと電子レンジが鳴った。武尊が、電子レンジからマグカップを取り出したのが分かった。ばたんと電子レンジの扉を閉める。

「はい」

武尊はキッチンから戻ってくると、薄桃色の愛らしいマグカップを千穂に渡してくれた。

「かわいい」

そう柔らかく笑みながら千穂はマグカップを受け取った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

武尊もソファに腰をかける。心地よい静寂が漂った。千穂は温かい牛乳を体内に入れ、ほっと息をつく。

「千穂は大丈夫?」

「何が?」

突然の問いかけが、何を意味するのか千穂には分らなかった。武尊は持っていた自分のマグカップをテーブルに乗せて続けた。

「浜で座り込んでたから、何かあったのかなって思って」

「あれか」

千穂は、あの時のことをまた思い出す。さっき復習したばかりだ。返答には困らなかった。

「柚葉さんが海をじっと眺めてたから、奥に何かいるのかなって思って目を凝らしてみたの」

「うん」

「そしたら、黒い塊みたいなのがあって、光る眼がたくさんついてて、それと目があったら体から力が抜けちゃって」

「本体を見たんだ?」

「そうだと思う」

「どれくらい深かった?」

「とっても、としか言えない」

「そっか」

そうとだけ答えると、武尊は考える風に口元に手を当てた。そしてぽつりと話し始めた。

「碧に確認取ったんだ。もし忠文をあの化け物から解放する手があるとすれば、それはあの化け物を倒すしかないって」

「やっぱりそうなるよね」

千穂はうんと頷いた。それは薄々感じていたことだった。人間を核に、有象無象の妖が集まって生まれた妖。命を絶つことによってしか、核となった忠文を取り戻す手はない。

「そうなると、本体をどうやって引っ張り出すかが問題だね」

武尊は考え込む。

「あいつの足って、何本あるんだろう」

千穂はそう疑問を口にした。何度切り落としても、燃やしてもすぐに新たな足が姿を現す。

「修復するのか、数がべらぼうに多いのか」

武尊はため息をついた。

 二人して唸っていると、とんとんと階段を軽やかに下りてくる音がした。二人は自然と階段に注意を向ける。下りて来たのは優実だった。二人に気付くと、おはよと挨拶をする。笑ってはいたが、顔は少し疲れているように見えた。

「おはよう、大丈夫?」

千穂はソファから立ち上がり、ぱたぱたと優実の元へ駆け寄る。優実は笑った。

「ちょっと疲れちゃったかも」

「初めて体を使われた時は記憶がなかったみたいだけど、昨日の記憶はあるの?」

武尊が晩の様子からそう尋ねる。優実はうんと頷いた。

「なんか、体は勝手に動くんだけど、私にも見えてた。・・・・・と言っても、家に帰ってきてからの話だけどね」

「そう」

武尊は自然にそう答えたが、千穂は内心冷や冷やだった。樹や壱華、啓太の闘う姿まで見られていては優実を巻き込むことになってしまう。よかったと千穂は心から思った。

「今日は何しようか」

疲れていると言った優実は、それでも何をして遊ぼうかと問いを投げてくる。千穂はそんな優実が心配になった。

「今日はお休みの日にしようよ。夜更かしもしちゃったし」

「せっかくの夏休みなのに?」

「疲れてるのはどなた様?」

武尊が少し嫌な言い方で優実を止めようとする。優実はでも、と顔をしかめた。

「宿題でもしよう。どうせ、数学自力じゃ解けないでしょ」

「その言い方むかつくな~」

「ごめん」

「別にいいけど」

優実はぽすっとソファに座った。

「ここ出たら、武尊は千穂たちの村に行くんだっけ」

「そう。それが親父からの指示」

「じゃあ、武尊がいるうちに宿題した方がいいか」

「賢明な判断だと思うよ」

「どんだけ自信あるの」

優実はふっと笑った。けれどやっぱりその笑みはどこか疲れているように千穂には見えたのだ。

―やっぱり魂が一つの体に二つあるのはそれだけで負担なんだ。

優実には幽霊の霊力から自分を守れる霊力がない。霊感が皆無なのだ。

―速く、どうにかしないと。

あの化け物を倒さないと。千穂はぎゅっと手を握った。

「どうしたの千穂?座らないの?」

優実がぽんぽんと自分の隣を叩いて示す。

「座る!」

千穂は笑顔で隣に座った。


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