幽霊の記憶8
「さて、誰だったのか教えてもらおうか」
啓太の肩からおろされた柚葉は暴れるのをやめてからだんまりを続けていた。武尊が眉を顰める。
「じゃあ、話を変えようか。あなたは山の上で何をしていたの?」
そう問いかけると、柚葉は目だけで武尊を見た。その厳しい瞳にあきらめたのか、柚葉はぽつりと答えた。
「探してたの」
「何を?」
「海に飲み込まれてしまったから、いつか浜に上がるんじゃないかって、島中の浜が見えるあそこで探してたの」
「何を?」
何をと問えば、また黙ってしまう。
「探すのが目的なんでしょ?何を探してたのか教えてもらえないと探すの手伝えないよ?」
その言葉に、ハッと柚葉は笑った。
「手伝うって。お前たちに探せるはずがない」
「だって、見つからないと優実の体から出ていく気ないんでしょ?」
「そうね。あの子を使って取り戻そうと思ったんだけど」
「・・・・―誰を?」
武尊はぐっと柚葉の顔を覗き込んだ。力強い目に射抜かれたからなのか、質問が痛いところを突いていたからなのか、柚葉は息を飲んだ。ぐっと押し黙ると、負けたように言った。
「忠文さん」
「あなたの何?」
「旦那様」
それだけ言うと、柚葉はぽろぽろと涙を流し始めた。それがきっかけだったというように、柚葉は顔を覆いながら話し始めた。
「忠文さんは漁師をしてた。少し曇っていたけどいい天気だった日に漁に出たの。そしたら、途中から嵐に変わってしまって、忠文さんたちが乗っていた船はひっくり返ったって命からがら帰ってきた漁師が言ってたわ」
その先は言われずとも知れた。しかし、柚葉は話す。
「私、話を聞いてすぐに家を飛び出して海に向かったわ。だって、帰ってこないって信じられなかったんだもの。一生懸命名前を呼んだけど、帰ってこなくて、村中の人間に引っ張られて家に帰ったの」
夢に見たのは、優実と手をつないだ時に見えたのは、その時の光景なのだと千穂は悟った。ぐっと手を握る。
「忠文さん以外の漁師は体が返ってきたわ。でも、忠文さんだけが私のところに帰ってこない、私のところにだけ帰ってこない」
「・・・・だから、体が上がるのをずっと待っていたの?」
そう武尊がかけた声はどこか優しく聞こえた。柚葉はうつむき顔を押さえたまま頷いた。
「・・・・・・・あの怪物は、誰?」
その先は聞かなくても想像できた。だって、そうでなければ彼女が嘘だと叫ぶ理由が分からない。それでも、残酷な質問を武尊は投げた。柚葉は震える声で言葉を紡いだ。
「・・・・・忠文さん」
ぎゅっと、苦しそうに武尊は目を閉じた。そしてゆっくりと目を開く。
「分かった、ありがとう」
武尊はそう言うと、札を柚葉に差し出した。
「今日は疲れたろうから、休むといいよ」
柚葉はじっと差し出された札を眺めた。そしてぽつりと言った。
「あなた、酷いのか優しいのか分からないのね」
「好きな方で、思ってくれればいいよ」
「変な人」
柚葉は泣きながら笑うと、札に触れた。かくりと体が傾ぐ。その体を、器用に武尊は支える。武尊が力を失った体を寝かせようとしていると、優実が身じろぎをした。すっと目が開く。涙が一筋流れた。
「起きた?」
「うん」
優実は自力で体を起こす。涙がしとしとと流れた。それを優実はぬぐうのだが、涙は止まらなかった。
「変なの。悲しいのは私じゃないはずなのに」
「体を貸してるから、共鳴でもしてるのかもしれない」
武尊は気にするなとその頭を撫でた。優実はうんと頷くと、あきらめたように声をあげて泣いた。誰も、何も言えなかった。
「ねえ、美由」
暗闇の中、ベッドで横になりながら陸は自分のお付きの名を呼んだ。
「なんですか、奥様」
「あの子たち何をしてるのかしら」
「ご自分で訊かれたらいいじゃないですか」
「それができないからあなたに訊いてるんじゃない」
夜中、こっそり家を出て行ったのは知っていた。そして今度はどたばたと戻ってきた。行きは息をひそめていたのに、戻ってきた時にはそんな余裕は感じられなかった。いったい何をしてきたのだか。
陸は美由の言葉にムスッと膨れたが、その顔は美由には見えなかった。美由は困ってしまう。
「武尊さんが考えてることなんて、私には分かりませんよ」
「そう?結構単純だと思うけど」
ごそごそと陸は美由の方に体を向ける。
「美由から訊いてみてよ。美由にだったら、あの子答えるかもしれないじゃない」
「そんな無茶な」
美由は真っ暗闇の中顔を青くした。もちろん、陸には見えていない。
「一回だけ」
ね?と陸は明るい声でねだる。美由は全力で断った。
「無理です!私には無理です!」
寝転がりながらぎゅんぎゅん首を横に振る。
「そうなの?」
「そうなんです!」
力強いその言葉に、陸はあきらめた。
「そう。じゃあ、何をしてるのか一緒に考えましょう?」
ぼすっと枕に頭を落とし直す。ちょっとした調整だ。
「考えるんですか?」
「そう、考えるの」
陸は大まじめな顔で頷いた。
「この二日間、夜中になぜ家を抜け出してるかですか?」
「そうそう」
「なんででしょうね~」
「ここ、夜遊びできるところなんてそうないじゃない?」
「じゃあ、夜遊びが目的ってわけじゃないってことですか?」
「そうなると思ってる」
陸は声のトーンをまじめなものに切り替えた。それに美由はうーんと唸る。
「何をしてるか。あの化け物と関係あるんですかね」
「化け物退治が目的?」
「危ない!」
やめさせなきゃ!と美由は飛び起きる。それに陸はからからと笑った。
「まさかそんな」
「でもあの太い足を武尊さん、切り落としてたじゃないですか」
そう言われれば笑えない。武尊が確かに金色に光る剣を振り回していたのは見た。見てしまった。でも、なんでもないとあの息子は言う。
「やっぱり危ないことに首を突っ込んでいるのかしら」
そうつぶやいて、陸はため息をついた。そして枕に顔を押し付ける。
「もういい!男の子は分からない!」
「あの、武尊さんだけじゃなくて、お友達も一緒に外に出てるみたいですけど」
女の子も含まれてますよ、と言外に告げる。陸は体を起こしている美由を見た。
「・・・・・やっぱり年なのかしら」
「いや、陸さんは若いと思います」
そこは即答してしまう美由であった。陸はそう?と返す。美由は力強く頷いたが、見えないのだと気づいて言葉にする。
「陸さんは若いです」
私よりエネルギッシュです。と締めくくる。
「・・・・・貴昭さんに訊いてみようかしら。あの子、何やってるのって」
「貴昭さんはご存じなんですか?」
「だって、今の学校に移るの決めたの貴昭さんだし」
「それは、訳を知ってそうですね」
「明日、電話してみよう!」
どうやら解決策が見つかったようで、美由はほっと胸をなでおろした。
「本当、危ないことしてなかったら良いですね」
「まあ、武尊は基本いい子だし、きっと大丈夫よ!」
明日の行動が決まった陸は、考え方もポジティブなものに変わった。これで、陸は寝られるだろうと判断した美由は、布団に体を横たえた。
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
大人組は眠りについた。




