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 幽霊の記憶7

 深夜になり、子供たちはコテージを抜け出した。昨日は陸に邪魔されたため、足音を立てないよう慎重に歩いた。なんだか悪いことをしているようで気が引けたが、確かにあの海の化け物は片付けないと安全に帰ることができない。正体を探るのは大事だ。千穂はどうにか物音を立てずに階段を下りきる。ふうと息を吐く。

「ほら、急いで」

壱華が千穂を手招きする。暗い部屋は見づらいが、ここ数日でレイアウトは覚えた。うっすらと見えていれば問題はなかった。何にもぶつからずに玄関まで抜ける。

「どれが私の靴?」

その言葉に、壱華が携帯を取り出して明かりを付けてくれる。その明かりを頼りに靴を見つけスリッパから履き替える。

「行きましょう」

壱華が手を差し伸べてくるから、千穂はその手を取った。

 道路に繋がる階段を下りていく。先頭は武尊だ。その後ろに優実がいる。それに啓太と樹が続き、あかりと壱華と千穂が最後尾だ。ちなみに優実はまだ優実本人のままだ。海に行ったら交代するつもりらしい。

 さくさくと七人で道路を歩いていく。外灯もない道は、夜空を美しく見せた。最近は見慣れない、満天の星空だ。

―こんなことになってなかったら、もっと楽しかったかもしれないのに

千穂はそんなことを思いながら空を仰いだ。夜空を見上げていると、浜に続く階段へとたどり着く。そこを下りて、足を止める。

「う~夜はさすがに寒いね~」

優実がパーカーのポケットに両手を突っ込みながら縮こまる。千穂も寒くて壱華の腕を掴んでいた。あかりも上着を体に巻き付けている。男性陣は樹以外の二人はぴんぴんしていた。樹は寒そうにそわそわとしていた。

「さ、海に着いたし、お札貸して」

「了解」

優実は札を手放す。とたん気を失ってかくりと膝が曲がる。武尊は難なくその体を受け止める。

―そこまで身長差ないんだけどな

千穂は長身の優実を簡単に支えられてしまう武尊をすごいと思った。武尊は特別大きいという印象を持たせない。身長は平均だと自分で言っていた。

―力が強いのかな

不思議に思っていると、優実が立ちあがる。入れ替わったようだ。

「その体は優実のもだけど、あんたは優実じゃない。呼び方に困るから、名前を教えて?」

「・・・・・柚葉ゆずは

武尊の問いに、優実は―優実の体を使っている柚葉は答えた。

―可愛い名前

千穂は壱華の後ろに隠れながら顔を出して柚葉を見つめた。すっと、長い黒髪を背で一つにまとめた小柄な女性の姿が見えた。あれがきっと柚葉の本当の姿なのだろう。丸い目が愛らしい人だった。しかし、その姿は今見えるはずのないものだ。千穂は目を閉じ首を横に振る。ゆっくりと目を開くと、柚葉の姿は優実の物へと戻っていた。それにほっと胸をなでおろす。

「どうしたの?千穂」

壱華が首を回して問いかけてくる。千穂は首を横に振った。

「何でもないよ」

「そう?」

壱華は視線を柚葉に戻した。その横顔がとてもきれいで、千穂はつい見とれてしまう。ほけっと壱華を見つめていると武尊から声が掛かった。

「千穂。あいつ来そう?気配とかする?」

そう尋ねられて、千穂は目を閉じた。注意を海に向ける。

 黒く暗い海に、一際黒いものがある。何より冷たいそれは、そっと浮上してきていた。近いのだと知れた。

「来てる!」

そう叫んだのと、ざぱっと足が波の間から現れたのは同時。

「早いな」

武尊はそうつぶやきながら剣を顕現させる。

「時間稼ぐから結界頼んだ!」

「分かった!」

壱華が詠唱に入る。千穂を狙った足は一緒にいる壱華を狙っていたが、その足は武尊に切り落とされる。

「すごい」

刃は振れないままに足を切り落として見せる武尊に、千穂は感嘆の声を上げた。

 どすんと壱華と千穂の前に足が落ちる。千穂は巻き起こった風に目を閉じ、ぎゅっと壱華に身を寄せた。壱華は詠唱を終え、札を地面に叩きつけた。白い光が半球を作り壱華と千穂とあかりを包んだ。そこに樹が駆け寄ってくる。

「あんたもこっち」

啓太が柚葉の腕を引いて走る。二人も結界に収まった。樹もいつの間にやらクルルを召喚していた。

「クルル、出てる足を燃やして」

クルルは返事の代わりに火の粉をふんだんに含んだ熱風を足に見舞った。先日戦った時よりよほど凶暴な攻撃だった。火の粉に触れた足がぼうっと業火を上げ燃え始める。その熱に苦しむように足は海の中に消えた。

「時間稼ぎにはなるか」

樹は数本出ている足のうち一本を海に帰したことをよしとした。

「クルル!その調子」

その言葉に、たくさんの火の粉が宙を舞った。それを感心したように見ながら、啓太はくるくると小太刀を回した。

「俺の出番なくね?」

武尊やクルルとは違い、接触しなければダメージを与えられない啓太は手をこまねいていた。

「無いかもね」

壱華はポケットから札を取り出すとまた詠唱に入る。

「だよな~」

啓太は小太刀は出したままにそうぼやいた。そして視線を足から柚葉に移す。

「それで、あれは誰か分かりそう?」

「ちょっと待って」

千穂がその言葉に柚葉を見上げれば、彼女は目を細めてじっと海の向こうを見つめていた。 結界の周りに武尊が切り落とした足がどさどさと落ちていく。しかし、彼女はそんなもの目に止めてもいなかった。柚葉はさらにその先を見通そうとしている。千穂はそれを悟って、己も同じ場所を見つめた。

―何か見えるかもしれない

柚葉の本来の姿が見えた千穂は、今日は見える日なのかもしれないと目を凝らす。足とは違う黒い塊が、海の底に見えた気がした。そこに光る何かがたくさんある。それが目だと気づくのに、千穂は時間を要した。しかし、気づいたときには既に遅く、その目と視線が合ってしまう。

―見つかった!

そう悟った瞬間、足がくじけてしまう。

「千穂!」

千穂の異変に壱華が詠唱を止める。倒れてしまいそうになる体をあかりが支えてくれた。ゆっくりと砂浜に膝をつく。

「っ!はあ、はあ!」

肩を大きく揺らして呼吸をする。心臓はドキドキと大きく速く脈打っていた。

「千穂!」

壱華が膝をついて千穂の顔を覗き込む。視線を動かせばひどく心配そうにしている壱華の顔が見えた。

―大丈夫だって、言わないと

けれど、息が上がってしまってしゃべれない。胸元を掴む手がカタカタと震えた。歯の根が合わない。指先が冷えていくのが分かった。

「嘘」

柚葉の声が、落ちて来た。それをなぜ千穂の耳が拾うことができたのか、千穂自身が疑問だった。千穂は震えるままに顔を上げて柚葉の顔を見た。目が、見開かれていた。よくよく見れば、涙がにじんでいるように見える。しかし、どうしたの?の一言が言えない。

 柚葉の声は啓太にも届いていたようで、啓太が問いかける。

「誰か分かったのか」

「嘘!嘘よ!」

柚葉は取り乱してしまう。それに啓太は潮時だと判断した。嘘だと頭を抱えて叫び続ける柚葉を啓太は肩に担ぎあげた。

「武尊!誰か分かったっぽいぞ!ずらかろう」

「分かった!」

武尊は最後の一振りを見舞うと踵を返して走ってくる。そして千穂の異変に気付く。結界の中に入り込み、千穂の前に迷わずひざをつく。

「どうしたの?」

「あ、たけ、たける」

「大丈夫」

武尊は震える千穂の手に自分のそれを重ねた。ぎゅっと握りしめられた千穂の両手は、武尊の片手ですっぽりと覆われてしまう。そこからじわっと熱が拡がった。体が温まっていくのが分かる。震えが止まり、足に力がみなぎっていく。

「立てる?」

千穂の変化を感じ取ったのか、武尊は立ち上がった。千穂が頷くと武尊は手を差し出す。その手を掴むと千穂の体を引き上げてくる。千穂の足は確かに自分の力で自分の体を支えた。

「逃げよう」

武尊は全員を見渡してそう言った。千穂の手を取り走り出す。足は追うかどうか考えているようだった。

「クルル!最後の一発!」

樹が時間稼ぎにクルルに指示を出す。クルルは胸をいっぱいに膨らませるとぐわっと大火を吐き出した。足が三本ほど巻き込まれる。その熱に耐えきれなかったのか足は逃げることを選んだようだった。

「よくやった!」

そう言えば、クルルは小さくなり樹の肩に止まった。

 柚葉はまだ啓太の肩の上で暴れている。しかし、力自体は弱いのか啓太が押さえつけているのか、啓太はまっすぐに走り続けた。その後姿を感心したように見上げながら樹は走った。樹は後ろを振り返る。あかりが少し遅れていた。樹の視線に気づいた壱華が啓太の前から逆走してあかりの元へ駆け寄ると手を取った。

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫」

それだけ会話を交わすと、壱華は前だけを向いた。足が追ってくる気配はない。しかしいつ気が変わるか知れない。速くコテージに戻るべきだった。一番の心配である千穂の手は武尊が引いている。大丈夫だ。そう思った瞬間、千穂と武尊を狙って海岸から弾丸のように足が伸びてきた。その足が二人をとらえるより武尊の方が速かった。千穂を後ろに押し、自分は前に跳ぶことで避ける。千穂はころころと坂道を転げた。

「いったーい」

だいぶ元気になったのか、さっきまで震えていたとは思えない文句を口にした。しかし目を開けて顔を白くする。もう少しであの足に貫かれるところだったのだと悟ったからだ。武尊は態勢を立て直しながら剣をその手に呼ぶ。

「しつこい!」

はじめからこの一発にかけていたのか、足はおとなしく武尊に切られた。根元だけずるずると海の中に戻って行く。それを認めてから武尊は千穂の元へ駆け寄る。

「大丈夫だった?」

「膝痛い~」

啓太の足元で止まっていた千穂は武尊にそう泣き言を言った。

「擦りむいたのかも。帰って消毒しよう」

武尊はそう言うと千穂の手を掴み立たせる。

「走れるでしょ?」

「うん」

半べそをかきながら千穂は頷いた。

「よし」

武尊も頷いて走り始める。コテージに続く階段はすぐそこだった。


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