幽霊の記憶6
「突然泣いちゃったんだ?」
話を聞いた武尊がそう言った。優実と千穂は頷く。時と場所はシャワー後の男子部屋だ。
「私は、えーと、なんであの時の海は荒れてたのに、この海はこんなにきれいなのみたいな言葉が聞こえた!」
「私は嵐真っただ中の海が見えた!」
優実と千穂は自分に起きたことを力説する。その言葉にうーんと武尊は頭を押さえた。
「それで、昨日は千穂は生贄だって言われたんだよね?」
「なんかね、誰かを取り戻すための生贄って言ってたかも」
「それ、今思い出したの?」
「そう」
「分かった」
武尊は頷く。壱華が付け足す。
「それで、幽霊はあの怪物を見て、あの人知ってるって言ってたんでしょ?」
「言ってた!」
今度は千穂が頷く。その言葉にみんなでうーんと唸る。
「海で溺れたら生贄になるんでしょ?」
武尊がつぶやく。
「儀式とか必要ないの?」
優実が手をあげて疑問を口にする。武尊は壱華を見やった。
「俺は知らない」
「一般的には儀式をするかもしれないわね」
「じゃあ、幽霊には儀式が必要という知識がないんだ」
武尊が条件を洗い出していく。
「あと、海で溺れてほしいって言うからには誰かが海で死んだんだろうね」
「その人を生き返らせようとしてる?」
優実が武尊の言葉に首を傾げる。
「そう考えると筋が通ってるかな」
うんと武尊は頷いた。
「でも、なんで千穂なんだろうね」
私に憑りついたんだったら私を生贄にすればいいのにと、優実はそれはそれで恐ろしいことを口にする。
「千穂は気に入られやすいから」
「霊感ないのに?」
「そこのところはよく分からないけど」
「そっか」
武尊が対応してくれる。千穂はほっと息をついた。
「とりあえず、進展させるとしたら、やっぱりあの化け物が誰かってことをはっきりさせた方がいいんじゃね?」
知ってるんだろ?と啓太が口を挟む。
「誰か分かったとしてどうするの?話とかできるの?」
樹が兄にきつめの口調で突っ込む。
「そうはいっても、帰る前にあいつを処分しとかないと帰れないだろう。安全にさ」
「それはそうだけど」
「だったら、何か手掛かりになりそうなことはやってた方がいいと思うぞ」
「う~」
珍しく啓太がまともなことを口にする。樹は唸ることしかできなかった。優実がごそっとポケットから札を取り出す。一日中持っていたそれはくしゃくしゃになっていた。
「お出まし願いますか?」
札をひらひらさせながら言う。それにみな考え込む。果たしてそれは善処と呼べるのか。しかし、ずっと異物が入っているのもいい状況とは言えない。ならば―
「お出まし願おう」
武尊が思い切ったように言った。
「OK」
優実はにかっと笑うと札を壱華に返した。壱華は不安そうな顔で札を受け取った。とたん、優実はこてんと
気を失ってしまう。座っていて、ベッドにもたれかかっていたからよかったものを。みなの視線を集める優実はそっと目を開いた。緊張が走る。
「―して」
優実はすっと涙を流した。
「どうしてあなたたちの海はあんなにきれいなのに、私たちの海はあんなに荒れていたの?」
「自然現象に人は勝てない」
武尊はどこか冷たく言った。
「俺はきっと、あんたのことを切ることができる。でも、協力してくれるなら無理には追い出さない」
「あの人が誰か、思い出せって言うんでしょ?」
「聞いてたなら話は速い」
武尊は立ち上がった。
「海に行こう」
「今から?」
樹が首を傾げる。武尊は頷いて、しかし考え直したのかいや、と首を横に振った。
「まだ人がいるかもしれない。夜中に抜け出そう」
「分かった」
千穂は頷いた。
「千穂も家を出るの?」
あかりが心配そうに言った。武尊はうんと頷く。
「たぶん、目のつくところにいたほうが安全」
「私はどうしたらいい?」
あかりは問いかける。
「一人残すのもあれだし、一緒に行く?」
あかりはしばらく考えて首を縦に振った。
「ええ、行くわ」
「じゃあ、決まり。それまでおとなしくできる?勝手に千穂を連れ出さないでよね」
武尊が優実の中にいる幽霊にそう釘をさす。
「できないなら、また奥に引っ込んでもらうけど」
「おとなしくしてるわよ」
ふいと優実は顔をそらした。それに思うことがあったが、みんな何も言わなかった。
「待って」
武尊が思い出したように言う。
「ずっとその体使ってると、力がなくてそのうちまた優実に戻るんじゃなかったっけ」
「「あ」」
一同はそう声を上げる。しまったと言うように頭を押さえたり顔を覆ったりする。
「大丈夫よ」
「本当?肝心な時にいなかったら怒るよ?」
「・・・・・・」
優実は苦虫を噛み潰したような顔をする。武尊は無言を答えとして受け取る。
「自信ないんだね?」
「・・・・・・」
優実は答えない。
「壱華、札貸して」
武尊は手を伸ばす。壱華は反射的に札を武尊に渡す。
「しばらく休んでて。もう少し遅い時間になったら呼ぶから」
そう言うと、優実の手に札を握らせた。優実は何か言いたげだったが、言う前に意識が途切れてしまう。こてっと優実の体はベッドを背もたれに力を抜いた。
「良かったの?強制的に押し込んで」
樹が心配そうに言う。武尊は肩をすくめた。
「さあ。でも、強制しないと引っ込まなさそうだったし」
こういうところは容赦ないと千穂は思う。いや、みな思っているだろう。
「時間になるまで待とう」
「はい」
千穂はそう返事をした。




