幽霊の記憶4
「楽しかった~」
うーんと樹は伸びをした。その隣で啓太も立ち上がりストレッチをしていた。
「楽しかったけど、椅子はちょっと小さかったな」
「兄ちゃんがでかいんだよ」
「それは分かってるけどさ」
もう少し高くてもよくね?と啓太は腰をさすった。同意が欲しそうに武尊を見つめるが、武尊は涼しい顔だ。
「俺は背、平均だからどこも痛くならないかな」
「くそ~」
「背が高いのも大変だね」
「他人事だと思って」
「他人事だしな~」
「お前、からかってるだろう」
「まさか」
「ほら、行きましょう」
武尊と舌戦を続ける啓太に壱華がそう声をかける。啓太は口をつぐんで壱華の背に続いた。
「ちゃんとついて来いよ」
迷子になるなよと小柄な二人組に向かって行った。
「分かってるよ」
「ね!」
樹と千穂は少しむすっとしながら答えた。
「ほら、早く行って」
武尊は千穂を促す。
「分かってるもん」
ふいと顔を背けながら樹の後ろを歩いて通路に出る。人は多かった。大勢の人間が同じ方向を目指すものだから混雑するに決まっている。
「人多いね」
「まあ、水族館だし」
「東京の水族館もこれくらい混む?」
「もっと混むよ」
「もっと!?」
「前進んで」
「あ、はい」
ついそう返事をしてしまう千穂であった。
―東京はもっと人が多いのかー
千穂はその光景を想像できなかった。想像できないなと考えながら樹の後について通路に出る。階段を上って優実たちと合流する。手を振る優実はいたって元気そうだ。それを見て安心する。
「優実、大丈夫そうだね」
同じことを思ったのか、武尊の声が聞こえて来た。千穂はちょっと嬉しくなりながら頷いた。
「ね!壱華ちゃんのお札効いたね!」
「みたいだね」
壱華凄いな、とぽつりとつぶやくのが聞こえた。
―そうだよ!壱華ちゃんはすごいんだよ!
そう心の中で胸を張る。
―私の幼馴染はすごいんだから!
それと同時にもやもやもした。壱華ちゃんはすごい、樹だってすごくしっかりしてるし、啓太もああ見えて頼りになる。
―でも、私は?
千穂はフルフルと首を横に振った。
「どうしたの?」
「何でもない」
武尊が千穂の異常に気付いて問いかけるが千穂は無理に笑っただけだった。
「すごかったねー」
階段を上り切ると優実がそう話しかけて来た。千穂はにっこりと笑った。
「すごかった!」
イルカの鼻先に立って水上を移動するパフォーマンスがあったが、あれはすごく迫力があった。
「ジャンプもすごかった!」
「すごかったねー」
語彙力のない会話が続く。それを楽しそうに見つめているのは陸だ。
「やっぱり若い子ってかわいいわね」
そう美由に笑いかける。美由も柔らかい笑顔で頷いた。
「そうですね。元気があっていいですね」
「美由も若いんだったわ」
「高校生にはかないませんよ」
「どうかしら」
「奥様!」
陸は美由の反応にくすくすと笑った。
「さて、次のコーナーに行きましょうか!」
そう言って先頭を歩きだす陸の後を、美由は慌てて追いかける。
「奥様!私、高校生にはかないませんからね!」
端から見れば何の会話かさっぱりだ。子供たちは目を合わせて首を傾げあいながら陸の後をついて行った。武尊に至ってはため息をついていたが。
陸に続いて進んでいると、水槽のトンネルのような場所にたどり着いた。上下左右を魚が泳ぎまわっているのだ。
「きれい」
ほわーと千穂は見とれる。一面真っ青だ。その中を悠然と魚たちが泳いでいる。圧巻だった。
「ほんとだ、すごい」
優実も言葉を失っているようだ。千穂はぎゅっと優実の手を握った。瞬間世界が変わった。
あれだけの青は消え、世界は黒と灰色で満ちている。叩きつけるように雨が降り、波はすべてを飲み込もうとでもするように高く打ち上げる。そこは港だった。海だった。しかし、あの水族館のような美しさはどこにもない。
「――――――っ!――――!」
誰か、何かを叫んでいる。違う、叫んでいるのは自分だ。自分の声さえ聞き取れない。自分はどこかに行きたがっている。必死に手を伸ばしている。しかし、たくさんの手が自分をからめとってしまっていて動けない。
「千穂!」
ガクッと世界が揺れて、色が青に戻る。息が苦しい。はあはあと呼吸しながら視線を動かす。青をさまよい、夜空を思わせる黒色が目に入った。星がきらめいているような黒色は、壱華の瞳だった。
「壱華ちゃん」
「どうしたの?何泣いてるの?」
「え?」
千穂はそっと自分の頬に触れた。確かにそこはぬれていた。千穂は慌てて涙をぬぐう。そしてまだ優実と手が繋がれたままなことに気が付く。優実の方を見やれば、優実も音もなく涙を流していた。
「優実ちゃん?」
「優実!」
あかりが優実を揺さぶる。優実も強く揺さぶられてやっと戻ってきたようだった。
「えと、あれ?なんで泣いてるんだろう」
優実も慌てて手の甲で涙をぬぐった。
「寝不足なのかな」
昨日勝手に動き回られちゃったみたいだし、と優実は笑う。
「どうしたの?」
先頭を歩いていた陸が戻ってくる。陸には泣いているところは見られなかった。しかし、何かがあったことは察したようだった。
「疲れちゃった?ご飯にする?」
「「ご飯!」」
泣いていた二人組は、それが嘘のように陸の提案に飛びついた。陸はおかしそうに笑うとまた歩き始める。
「この先にレストランがあるみたいだから、行きましょう」
「「はーい」」
二人はとことこと陸の後に続いた。そんな二人に釈然としない壱華とあかりは顔を見合わせ肩をすくめた。
「とりあえず、帰ったら話を聞きましょう?」
「そうね」
また泣かれたら厄介だし、と壱華とあかりは今後の方針を決める。二人も陸の後に続いた。




