幽霊の記憶3
「着いた!」
千穂はぴょんと車から飛び降りた。
「はしゃぐと危ないわよ」
壱華が千穂をけん制する。千穂はうんと頷いた。
「気を付ける!」
「私から離れちゃだめよ?」
「分かってるよ」
壱華と千穂の会話に周囲はつい顔がほころんでしまう。
「さて、そろそろ美由たちも着くと思うんだけど」
陸が腕時計を確認しながら駐車場を見渡す。すると車が一台入ってくる。空色のかわいらしい車だ。それが駐車場に止まる。その車から美由と男子たちが出てきた。
「よし、揃ったわね!」
いざ!と陸は大手を振って水族館の入場口に向かって歩き出す。その後ろを千穂はぱたぱたとついて行く。壱華も千穂から離れないよう速足で歩く。その後ろに優実とあかり、美由と男子組が続いた。
「今日は私のおごりね」
そう言うと陸は全員分のチケットを購入した。
「いいんですか?」
「いいのいいの」
困惑する千穂の頭を陸はよしよしと撫でた。千穂はふわっと笑った。
「ありがとうございます」
陸は目を大きく見開いた。そしてハッとすると咳払いをする。
「優実ちゃんがよく抱きついてるのが分かったわ」
「ですよね!可愛いですよね!」
「母性本能って言うのかしら。刺激されてたまらないわね!」
「そうなんですよ!」
陸と優実はキャーと盛り上がる。その騒がしい己の母親の姿に武尊はため息をついた。二人に背を向けると言った。
「先に入ろう」
「あ!待ちなさい!武尊!」
陸はすぐに離れていく息子を見つけると追いかけた。
「陸さん!待って!」
もっと語りましょうよ!と優実も陸を追いかけた。そのへんてこな光景に一同は唖然とする。
「・・・・俺たちも入るか」
チケットは受け取り済みだ。啓太の言葉にみんな頷いた。
水族館はヒトデに触れるコーナーがあったり、大きな魚ばかりはいっている水槽があったり、小さな魚ばかりが入っている水槽があったりと目まぐるしかった。人もそれなりに多い。千穂は壱華にぴったりついて回っていた。結局優実と陸は一緒に見ることにしたらしい。仲良く二人で歩いている。陸の少し後ろを美由が歩いていた。
「あの二人、背が高いから目立っていいね」
「そうね、あの二人を目印にすれば迷子にならなさそうね」
「啓太さんも大きいじゃない」
千穂と壱華とあかりはそんな会話をしながら一番後ろをゆっくりと歩いた。
「きれいだねー」
水族館の中は少し薄暗く、しかしきれいな青色で満ちていた。その光景に千穂は笑顔をこぼす。
「そうね。すごくきれい」
壱華もずっと水槽を見つめていた。その様子をあかりは楽しそうに眺めた。二人のペースに合わせようと決めながら、あかりはパンフレットを開く。
「あと少ししたらイルカのショーが始まるみたいよ」
「「見る!」」
千穂と壱華は同時にあかりの方を向いた。あかりはくすくすと笑いながら言った。
「じゃあ、皆に声かけてくるわね」
あかりは千穂と壱華から離れると武尊たちの方へと歩いて行った。
「イルカのショーだって」
「テレビでしか見たことないわね」
楽しみだねと二人は笑った。
「「見る!」」
数瞬前に自分たちがしたのと同じ反応を兄弟は見せていた。その姿を認めて、二人はまた顔を見合わせて笑った。はぐれないよう手をつないで啓太たちのところへ向かう。近づいてくる壱華と千穂に気付いた啓太が手を振る。
「見るだろ」
「見る!」
千穂は食らいつくように声を上げる。ピョンピョンと跳ねる千穂に、啓太は分かった分かったと頷いていた。
「後は陸さんたちだな」
啓太がざっと見て陸たちを探す。長身二人組はすぐに見つかった。啓太は三人を目指して歩を進める。その後を残りの子供たちも追いかけた。
「ん?全員そろってどうしたの?」
優実が初めに気が付いて振り返る。それに続いて陸と美由が気付いた。
「イルカショーがあるみたいだから見に行こうと思って」
「いいですね~」
優実はひょいと啓太が拡げているパンフレットを覗き込んだ。地図を見て理解したらしい。
「じゃあ、あっちですね」
「すご、この地図一目で分かるんだ」
「地図読むの得意なんですよ」
意外でしょ?と優実は啓太に笑った。そう言われれば困ってしまう。肯定しづらい。啓太は困った顔のまま固まってしまう。優実はけたけたと笑った。
「もっと派手で反応しやすい特技練習しときます」
こっちですよ、と優実が歩きはじめるから、みんなその背について行く。
「特技も何も、運動得意じゃん」
「ああ、それがあったね」
武尊の言葉にやっぱり優実は軽やかに笑うのだ。まさかこんな人間に幽霊がとりついているなんて誰が思うだろう。
壱華が渡した札は効いているようだ。幽霊は結局昨晩再び出ては来なかった。千穂は大丈夫かなと優実を見上げる。それに気づいた優実はん?と首を傾げてから手を差し出した。千穂はその手を取る。すると嬉しそうに笑ってくれる。それが千穂は嬉しかった。千穂も自然と笑顔になる。
「これで迷子にならないね」
「迷子になってもこの集団目立つからすぐ合流できそう」
目印にされている啓太は自分のことを棚に上げてそんなことを言った。
「分からないよ。千穂小さいから人混みが壁になって俺たちのこと見えないかも」
「小さくないもん!」
武尊の言葉に千穂はそう嚙みついた。それに武尊は少し意地悪気に笑った。
「千穂は小さいよ」
「小さくないもん!」
「ほら、意地悪言わないの」
陸がポンとパンフレットで武尊の頭をはたいた。武尊ははたかれた部分に痛くはなかったろうに手を当てた。
「はいはい」
そうとだけ答えると武尊は一人先頭を歩き始めてしまう。陸は眉をハの字にする。
「ごめんなさいね。武尊が意地悪言って」
「陸さんは悪くないよ?」
「千穂ちゃんいい子!」
その勢いは抱き着いてくる優実のそれに似ていて、千穂は一瞬体が強張ったが抱きしめられることはなかった。それに一息ついて、前の武尊の背を見る。
―面と向かって武尊に小さいと言われたのは初めてだったかも?
どうして今更小さいと言ってきたのか、千穂は不思議だった。しかし、その心は武尊にしか分からないので、いくら推察しても無駄だった。
―どうしてかなー
そんなことを考えていると、すぐにショーが見れる観客席に着いた。人が多い。この大人数で一か所に固まるのは難しそうだった。優実がグー、パーで分かれようと提案した。千穂は武尊と啓太と樹と一緒の組になった。もう一組は優実と壱華とあかりと陸と美由だ。
―意地悪言われたばっかりなのに
ちょっと嫌だなと千穂は思ったが、一緒になってしまったものはしょうがない。おとなしく武尊の横に座った。この際隣に座らなくてもいいのに、千穂はなぜか隣を当然のように陣取ってしまった。千穂の右手に武尊、左隣には樹、樹のさらに隣に啓太が座った。
「早く始まらないかな~」
樹が足をプラプラさせながら待つ。千穂もそれにつられて足を揺らす。
「もう始まるよ」
武尊が腕時計を見ながらそう言った。その瞬間、わっと会場が沸く。見れば大きなプールにイルカが入ってきたところだった。
「わあ!」
千穂は目を輝かせる。
「かわいい!」
「そうだね」
武尊の言葉が意外で、千穂はつい武尊の顔を見上げる。少し緩んだ口元から、楽しみにしているのがよく分かった。
―おんなじ気持ちなのかな。
そんなことを思っていると、武尊が見られていることに気が付く。
「なに?」
「なんでもない」
千穂はすぐに視線をイルカに戻した。少し頬が、熱い気がした。




