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1.海の化け物1

 突き抜けるような青い空。光を照り返す海。

 季節は夏。学校の期末テストをどうにかこうにかクリアした千穂ちほたちは、今、一艘のクルーザーに乗っていた。夏休み前半、二階堂家の別荘にて過ごすことが決まっているからである。

「ああー気持ちいい!!」

甲板で優実ゆうみが両手を広げてくるくると回っている。

「太っ腹よね。お友達と別荘に行ってらっしゃいなんて」

あかりがほうと、ため息を吐く。

「母親の趣味だ」

「お母様から言い出したの?」

「そう」

武尊たけるとあかりはそんな会話を交わす。

「うぅ~気持ち悪いよ~」

千穂は船酔いで顔が青ざめている。

「もう少しで着くはずだから頑張って」

「無理~」

壱華いちかの励ましの言葉に、千穂はべそべそと泣いて見せた。

「酔い止め飲んで来ればよかった」

同じく船酔いを起こしている啓太けいたが息も絶え絶えに言った。

「本当、準備不足」

いつきがやれやれと首を横に振る。しかし、すぐに目を輝かせる。

「俺、海で遊ぶの初めて!」

「確かになぁ」

啓太も力なく頷く。

「遊ぶって言ったら川だったもんな」

「テスト頑張ってよかったぁ!!」

力ない啓太に代わって優実は元気全開である。

「本当、教えるのに難儀したわ」

今度はあかりがやれやれと首を横に振る。

「私と壱華と武尊の三人がかりでやっとのこと赤点回避したんだから」

生徒はもちろん優実と千穂である。そして武尊は啓太の勉強も見ていたのだから、やはり超人めいている。

「私と千穂、本当に頑張ったと思うよ!鬼教官だったもん!」

「そうだねー怖かったねー」

千穂は青い顔で頷いた。

「予習を写すのはいいとして、その時点で理解するのを後回しにするからツケが回ってくるんだよ」

もう少し自力で頑張って、と武尊はちくりと刺すことも忘れない。

「頑張れる気がしないなぁ」

優実は勉強に対してはどこまでも弱気である。

「先生の言ってること分からないもん」

「じゃあ、その都度分かる人に聞いて」

ぶーと唇を尖らせる千穂に武尊が言う。それに、じとっと千穂は武尊をにらみつけるが効くわけもなく。

「あと、もう少しだから我慢してね」

それは船酔い二人組に向かって向けられた武尊の言葉である。

「もう少しって、どれくらい」

「30分?」

「全然長い~」

千穂は項垂れた。

「30分じゃ、千穂にはきついかもね」

優実が近寄って、よしよしと頭を撫でる。ちらと運転席に武尊が視線をやると、父親の会社に勤めるクルーザーを運転できる男性は困ったように笑った。

―まだ着かないから我慢しろって事か。

そう判断して視線をまだ頭を撫で、頭を撫でられている二人に戻す。学校の休み時間と同じような穏やかな空気が流れたとき。

ズドン

重い音がしてクルーザーが大きく揺れ、動きが止まる。

「なっ」

父親が手配した男性は、驚いて声を上げた。

「え?何?何?」

優実はきょろきょろとあたりを見渡す。しかし、視界は見渡す限りの青青青―のはずだが、そこに黒い何かが割って入る。そしてばしゃんと海の中に消えた。

「え?」

優実は目を細める。目が悪いわけではないが、よく見えなかったのだ。

「何今の?」

優実に抱きしめられている千穂は、冷たい汗をかいていた。

―まさか海の上で狙われるなんて。

気配は妖。その危険になぜ直前になるまで気づかなかったのか。

―気が、緩んでたのかな?

そう思いながらあたりを見渡す。壱華も、樹も、啓太も驚いたような顔をしている。武尊はいつも通りの冷静な顔で何を考えているのか分からない。とりあえず気づかなかったのは自分だけではないようだ。

「エンジンが動かないな」

男性がそんなことをぼやいているのが聞こえる。

「噂には聞いてたけど、本当だったなんて」

「噂?」

武尊がすかさず食らいつく。男性は顔を上げて話してくれた。

「最近ここ周辺では前触れもなくエンジンが止まっちゃうって話が出てたんだよ」

「この船だけじゃないってことか」

武尊は少し考える風にするとばっとTシャツを脱ぐと海に飛び込んだ。

「「はっ!?」」

誰もが驚愕に声を上げる。男性なんて真っ青になっている。当然だ、自分の勤める会社の社長の息子が突然海に飛び込んだのだ。彼の進退に関わる。

「武尊?!」

一番先に我に返った壱華が駆け寄る。武尊は海に浮いていた。

「ちょっと見てくるから!引き上げる用意だけお願い!」

そう残すと潜って行ってしまう。

「もう!何なのよ!」

突然の妖の出現と突然の武尊の行動に壱華は地団駄を踏む。しかし、すぐに縄はないかと男性に話しかける。男性は顔色の悪いまま頷いて縄を出してくれた。それを手に壱華は武尊が飛び込んだ場所に戻る。

「いないわね」

小さくそう呟くと、振り返って言った。

「みんなへりに移動して!武尊を見つけたらすぐに言って!」

その指示に子供たちは縁に散っていく。男性も移動しようとするが、壱華はそれを止めた。

「エンジンが突然動いたら危ないから、見ててください」

「あ、ああ。分かったよ」

足取りはどこかふらふらとしていて心配だったがこのクルーザーを操縦できるのは彼しかいないので任せるしかない。

「もう、勝手なんだから!」

そう憤ったところで、武尊は戻っては来なかった。


 海自体は静かだった。しかし、確かに妖がいると剣は告げてくる。

―剣が教えるってことは、千穂にとって危険なんだろうな。

そんなことを考えながら海水の中で目を凝らす。クルーザーが止まったとき、確かに黒い何かが見えた。優実の反応からして彼女にも見えていた。

―それだけ強いって事なのかな。

そこを判断できる知識は自分には今ない。あとから確認しなければと思う。

―これって、静かすぎるって言うのかな。

海だというのに、泳ぐ魚一匹見当たらない。それが海にとって異常なのかどうか武尊には分からなかった。

―まだまだ分からないことだらけだな。

勉強が足りないんだなと素直に思う。そんなことを考えていると、何かが猛スピードで近づいてきている気配がした。しかし、海の中では動きは緩慢になる。気づいた時には足を何かに取られていた。ぐっと下に引っ張られる。慌てて息を吐き出しそうになるのをこらえる。落ち着いて視線を下げると、赤黒いタコの足のようなものが巻き付いていた。吸盤はない。

―こいつが正体か?

武尊は剣を手に顕現させる。そして剣を振り下して切った。海水の中ではスピードをもって振り下ろせない。しかし、この剣にはそんなこと問題ないようで、いつも通りの切れ味を見せた。切られた足は力を失い武尊の体から離れる。根元の方はどこかに消えて行ってしまった。体が思ったように動かず、すぐに見失ってしまう。息も持たないので、武尊は水面から顔を出した。それを追ってくる様子はない。

「武尊!」

声がかかって上を向くと、啓太が手を振っていた。啓太は船の中に顔を向けると、縄を投げてよこしてきた。また上を向くと、縁の手すりに縄を巻き付けている。それが終わったのを確認してから武尊は縄を引っ張った。しっかりと巻き付いているようで、武尊は紐を引っ張りクルーザーに足をかけた。そしてするすると上っていく。よいしょっと手すりを乗り越えて船に無事帰還する。

「どうだった?」

「大丈夫?」

千穂と壱華から質問が飛んでくる。同時の質問にどっちから答えるか迷う。

「あー、とりあえず大丈夫。エンジンに何か絡みついてるみたいだったから切ってきたよ」

これで通じろと武尊は両者の質問に答えた。その答えに、壱華がほっと胸を撫でおろす。

「大丈夫ならよかった。突然飛び込んじゃうんだもの。驚いたわ」

「ああ、ごめん」

次からは気を付ける、と武尊は付け足した。そしてクルーザーを操縦してくれている男性にへと体を向ける。

「動かしてみてくれませんか」

もちろん船をである。男性は慌ててエンジンに手をかける。

「あ!かかった!」

「じゃあ、さっさと離れましょう。ここはあんまりいい場所じゃないみたいだから」

さっきのタコのような妖が追ってこないうちに離れたほうがいいだろうと武尊は判断した。男性がクルーザーを動かす。男性が言ったようにクルーザーは動いた。それにほっと胸を撫でおろす。自分の荷物からタオルを引っ張り出して体を拭く。ふと視線をやれば、ちょこちょこと千穂が近づいてくるところだった。

「何?」

そう問えば、ぐいっと顔を寄せてくる。

「切ったって、何を切ったの」

千穂は自分の耳に手を当てて武尊の答えを待つ。そのしぐさにため息をつきながら武尊はその手に顔を近づけた。

「タコみたいな妖だったよ。絡みついてきた足を切ったらどこかに逃げてった」

「気持ち悪そう」

「・・・・気持ちよくはなかったかな」

千穂の感想に武尊は思い出して顔をしかめた。そしてふと千穂に視線を落とす。

「そう言えば気分はいいの?」

そう問えば、千穂はあっと声を上げる。

「せっかく忘れてたのに!」

自分は船酔いをしていたと思いだした千穂はすぐに顔色が悪くなった。うめき声がするかと思ったら啓太もその場でしゃがみ込んでいた。啓太も船酔いしていたことを忘れていたようだ。それに武尊はため息をついた。

 二人が酔った以外は何も問題なく目的の港にたどり着いた。


 セミロングの髪が風に揺れる。その色は見事な黒だ。うらやましいほど癖のないまっすぐな髪。その女性は双眼鏡を片手にとある港を眺めていた。そこでは一艘のクルーザーから少年少女たちが下りてくるところだった。

 ふふふと怪しく笑う。

「みんな若くてかわいい~」

口にするセリフまで怪しい。女は双眼鏡を外してウシシと笑う。そしてまた外した双眼鏡を目に当てる。

「どの子が千穂ちゃんかな~」

「あの~りくさん?」

「なあに」

千穂を探す女に声がかかる。それに双眼鏡を外すことなく女―陸は答える。

「勝手に来てよかったのでしょうか」

「いいのいいの」

「怒らないでしょうか」

「怒るかもしれないけど、怒らせとけばいいのよ」

「でも―」

掛かる声に陸は双眼鏡を下ろして後ろを振り返る。

「大丈夫だって!武尊のことは任せておいて」

ばっちんと音がしそうな勢いで陸はウインクして見せた。それに一緒に来た美由みよしは頭痛がすると思った。


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