山の幽霊8
「ずっと体を支配できるほど力が強くなかったんだろうね」
なぜ今優実本人に戻ったのか、優実がシャワーを浴びている間に碧の意見を聞きに男子部屋に集まった。その答えがこれだった。ちなみに千穂はまだ脱衣所で髪を乾かしている。
「やっぱり弱いんだな。あの霊」
啓太が腕を組みながらそう感想を述べた。
「基本霊力のない人間に憑りついてもいいことなんてないからさ」
関係者じゃないんだったら。と碧が説明を始める。
「やっぱり力のある人間に憑りついて、それを利用するってのが王道だよね」
「じゃあ、千穂に憑りつくのが本来の形って事?」
「まあ、銀の器は特例だけど」
武尊の確認に碧が腕を組む。
「銀の器は憑りつけないと思うな。食べられちゃうと思う」
「・・・・・吸い込まれちゃうって事?」
この前の幽霊の騒ぎを思い出して武尊はまた確認の言葉を述べた。あの時は、器用に傷だけ
吸い込んだのだ。
「ああ、あれは銀の器に意思があったから操れたんだよ。銀の器が意図してくれないとあんな真似はできない」
「じゃあ、そのまま飲み込まれて千穂の力にされちゃうって事?」
「俺はそうなると思う!」
「最後逃げたな」
武尊は碧を睨みつけた。しかし、碧には効かない。
「幽霊騒ぎって、どう終息したの?」
あかりはそこら辺の話は聞いていない。つい知りたくなって問いかけてしまう。武尊が振り返って教える。
「あの幽霊、顔の傷のせいで成仏できなかったんだ。だから、千穂は傷だけ吸い込んで顔をきれいにしたんだよね」
「そうしたら成仏したの?」
「そう」
武尊は頷いた。そうなの、とあかりはまた考える風にする。
「で、あいつの狙いは何なんだ?」
啓太が話題を元に戻す。それに、ああと武尊は思い出して言った。
「生贄として溺れてほしいみたいだって千穂は言ってた」
「「生贄?」」
戸川兄弟は一緒に首を傾げた。その様は愛らしい。武尊だけでなく、壱華もあかりも笑いをこらえるのに苦労した。
「そこは千穂によく聞かないと」
武尊がそうまとめる。すると兄弟は一緒に首の角度を戻した。武尊が耐え切れなくなって相好を崩す。
「何?何かおかしなことした?」
樹が少し顔を赤らめながら語気を強める。それに笑いを耐え切れていない武尊が違うと首を横に振った。これ以上笑うまいとしているため声は出せない。
「じゃあ、なんで笑ってるの!」
「気にするなよ。俺達って、箸が転げても面白い年ごろらしいぜ」
啓太が樹をなだめようとする。しかし、樹は止まらない。
「でも!気になるじゃん!」
「ごめん。ごめん、ちょっと待って」
樹が気にしたことでツボにはまってしまったらしく、武尊は涙をにじませていた。
「何がそんなに面白いの!?」
武尊が笑いを我慢できなかったことで、壱華も耐え切れなくなって噴き出す。それとは反対にあかりは苦笑していた。
「え?ちょっと説明してよ」
仕方ないなとあかりが口を開く。
「たぶん、やっぱり二人って兄弟なんだなってことが面白かったんだと思うわ」
「何それ?」
「二人の動きがシンクロしてたから」
それが面白かったんだと思うわ。あかりはそうしめくくった。樹は隣に座っている啓太を見上げた。
「真似しないでよ!」
「真似してるわけないだろう」
「兄ちゃんとおんなじことしてたってなんか不覚!」
「それは聞き捨てならないぞ」
それはどういうことだ~と声を低く這わせながら、啓太は樹の体をくすぐった。
「ちょ!やめ!やめてって」
しかし、声はすぐにあははははと笑い声に変わる。何度か蹴りも入れているのだが、啓太には効かず、樹はくすぐられ続ける羽目になる。その騒動に武尊も我慢できなくなって声を上げて笑い始める。
「も、笑わないで!あはははは」
樹は笑いながら抵抗を試みるが失敗する。
「ごめん、ごめんて」
武尊も謝りはするのだが、笑いが止まらない。樹と啓太が乗っているベッドにもたれかかって笑っている。自分でも何がおかしいのかさっぱりなのだが、何かがおかしくてたまらなかった。きっとそれは後ろで笑っている壱華も同じだ。
「楽しいのはいいことだけど、あんまり大声で笑ってると怒られるわよ?」
早く寝なさいって言われたじゃない。とあかりが場をまとめようとするが、笑いは止まらなかった。まさか、隣の大人部屋で、武尊が友達と笑ってると陸が感動しているとはみじんも思わない。
「ねーねー、なに笑ってるの?」
千穂がドアを開けて顔を出した。髪はきれい乾かされている。あかりは困っている表情を隠さなかった。
「話してたらね、樹と啓太さんが同じ動きをしたから、やっぱり兄弟なんだなって思ったらおかしくなっちゃったみたいで」
あかりの説明に、千穂は分からないと首を傾げた。
「えー今更じゃない?兄弟だよ?」
「そうよね」
あかりは千穂の言葉になにもおかしくないわよね、と笑った。
「それは、もういいから」
あーおかしい、と涙をぬぐいながら武尊がベッドに預けていた上半身を起こした。
「千穂は、優実と二人でいたときのこと説明して」
武尊が笑うのをやめたため、壱華も息を整えに入る。それを見て取った啓太も樹をくすぐるのをやめた。
「もー、兄ちゃん、死ぬかと思った」
ぜーはーぜーはーと樹は肩で息をした。千穂は後ろ手に扉を閉めると、うーんと考え始めた。
「私が言えるのは、海で溺れてほしかったみたいってことくらいだよ?」
「生贄って言われたんだっけ」
「そう」
武尊に確認を取られて千穂は頷いた。千穂はほかに何かなかったかと記憶をたどる。
「あ」
「何?」
「そう言えばね、あのタコみたいな化け物が出てきた時なんだけど、『あの人知ってる』って言ってた」
「あの人?」
「そう。全然形、人間じゃないのに」
「碧」
武尊は自分の使い魔の名を呼んだ。
「はーい」
碧は元気な返事を返した。
「碧、あの化け物の核が人間って言ってたよね」
「言った!」
碧はぴょんと跳ねた。いつものように武尊の肩に飛び乗る。
「あれは、人間を核に有象無象が合体したなりそこないの妖怪だよ」
ぽんぽんと武尊の背中を叩く。
「実際どうなってるの?あいつの今の状態を知りたい」
武尊は一層の情報を求めた。碧はうーんと考え込む。
「たぶん、人間としての意識はないと思う。有象無象が体の支配権をめぐって争ってるんじゃないかな」
「それと千穂を狙うのって関係あるの?」
「関係はないかな。妖である時点で銀の器を狙っちゃうのは本能みたいなものだから」
「そんなひょいひょい狙われても困る~」
「だからこれだけの守り手が用意されてるんでしょ?」
「そうなの~?」
千穂は碧の言葉に、本当かな~と首を傾げた。
「まあ、確かにみんな頼りになるけど」
「あかりまで巻き込んでるしね」
武尊が付け足す。
「私は好きで顔を突っ込んでるだけだから」
気にしないでとあかりは髪を払った。
そうこうしていると、がちゃりと音を立てて扉が開いた。優実がひょいと顔を出す。
「いたいた~」
部屋戻っても誰もいないんだもん、と優実は部屋に入ってくる。優実の前で今の会話を続けるか迷う。ちなみに碧は動くのを耐えている。黙っていると、優実は口を開いた。
「よく分かんないんだけど、私にとりついた幽霊が千穂に悪さしたんでしょ?今同じベッドで寝てるんだけどさ、私は下で寝たほうがいいかな」
「いや、さすがにそれは」
気が引けます、と千穂は首を横に振った。優実は少し困った顔をする。
「でも、寝てる間に勝手な事されても困るし」
「ちょっと待ってて」
壱華は部屋を出ると女子部屋に向かった。その背を全員で見送る。
「で、みんなで集まって何してたの?作戦会議?」
「まあ、それと似たようなものかな」
武尊が答える。優実は珍しく眉をハの字にしながら千穂の頭を撫でた。
「なんかごめんねー。変な幽霊連れこんじゃって」
「全然!気にしてないよ!」
その答えは100%嘘なのだが。むしろ迷惑をかけているのはこっちだ。自分の友達だから優実は狙われたのだ。そう考えると、千穂はものすごく申し訳なくなってしまう。
「そう?でもどうしたら追い出せるかな~」
成仏してくれるのが一番なんだけど。と優実は誰もが思っていることを口にした。
「その方法を考えなくちゃ」
武尊は肩から碧をベッドに下す。こてんと碧は寝転がった。あの態勢ならじっとしててもまだ楽だろうと千穂は思った。
扉がまた開く。壱華が戻ってきた。手には一枚お札を持っている。それを優実に差し出した。
「これ、先生って呼んでる占い師さんがくれたお札なの。これを持ってたら、きっと幽霊も前に出てこれないわ」
「へー、そんな知り合い居るんだ」
「村にね」
「行ってみたいかも」
「機会があればね」
優実の言葉を壱華はきれいに流した。しかし、優実はにっこりと笑った。
「ありがと。これ持って寝る」
ぴらぴらと札を振る。
「じゃあ、とりあえず抑え込む手段は貰ったので、私は寝ます」
「おやすみ」
武尊がそう声をかける。
「今日はもうみんな寝るでしょ?」
「そうね。もう夜遅いし」
寝不足は肌に悪いのよ。とあかりは笑った。
「それは嫌かも!」
千穂はシュタッと立ち上がった。千穂も優実とあかりの背について行こうとする。本当はまだいろいろ話したりないことはあるのだけれど、もう眠かった。壱華も苦笑しながら、おやすみなさいと男子に声をかけた。
「「おやすみ」」
三人は声を合わせて挨拶の言葉を述べた。
「今日はもう寝よう」
武尊の言葉に、兄弟も頷く。
「俺は眠くない!」
碧はまだ遊びたいようだったが、武尊はそれを無視して電気を消す。
「おやすみ」
「「おやすみ」」
やっぱり兄弟だよなと武尊は思った。
千穂は背に壱華の体温を感じながらベッドで横になっていた。真っ暗闇に目は慣れたが、優実とあかりは壱華側のベッドで寝ているため姿は見えない。暗闇の中、ぼうと考える。
―優実ちゃんに幽霊がとりついた。
―お札は効いてるみたい。
優実は心地よさそうな寝息を立てて眠っている。あのお札は壱華のものだ。きっと一人この部屋で呪いをかけたのだろう。それを優実に渡したのだ。
―私のせいだ。
悪い癖が発動していた。本来なら関係のない優実に害が及んでしまったことに、千穂は罪悪感を持ち始めていた。あかりも巻き込んでしまっている。
―どうしてこうなるんだろう
暗い中で考えても否定的な答えしか出てこない。
―私のせいだ。
―だめだ、考えるのやめよう。
千穂が怪我をすると、壱華たちが傷つくのだと武尊は言っていた。千穂が無事でいることで、守れるものもあるのだと。
―だから、自分の否定なんてしちゃいけないんだ。
千穂は一層縮こまって、逃げるように眠りについた。




