山の幽霊7
別荘に帰り着くと、陸と美由とあかりがリビングのソファで待っていた。あかりはのんびりとホットミルクを飲んでいた。ふーと息を吹きかけている。
「おかえりさない」
リビングに上がると、あかりはそう笑顔で迎え入れてくれた。しかし、他の二人はそうもいかない。
「で、これはどういうこと?」
いなくなった二人はおんぶで帰ってきて、しかも海水と砂で汚れている。一人に至っては気を失ってぐったりしている。
「どこかに寝かしてやりたいんだけど」
どうするかなーと啓太がのんきに呟く。砂まみれなのでまさかベッドに連れて行くわけにもいかない。
「ソファにタオルを敷くから、そこに寝かせましょう」
あかりがそう言ってバスタオルを取りに消える。
「千穂、歩けそう?」
「うーん、大丈夫そう?」
武尊の疑問に疑問で返し、千穂はそろそろと足を床に着けてみる。
「あ、平気!」
大丈夫だよとピョンピョン跳ねる。
「ここで跳ねないで。砂が落ちるでしょう」
武尊に諫められ、千穂は跳ねるのをやめた。少しむくれる。
「千穂はもう一度シャワー浴びてきたら?」
流すだけでいいから、と壱華が提案する。千穂は髪を持ち上げて答えた。
「そうしようかな」
髪も肌もザラザラだ。千穂は海にも入ってしまったため余計に砂がついていた。
「洗ってこよう」
そう言葉を残して、千穂もバスルームへと姿を消す。それと入れ違いにあかりが戻ってくる。ソファにバスタオルを敷いてくれる。その上に、啓太は優実を下ろした。
「で、どうして優実ちゃんは寝てるの?」
陸は逃がすまいと尋ねる。子供たちは顔を見合わせるが、誰も何も答えない。陸はため息を吐く。
「どうして、優実ちゃんと千穂ちゃんはこの時間に外に出たの?」
それにも無言が帰ってくる。どうしたものかと陸は頭を抱えた。
「ん」
そうこうしていると優実が気付いたのか身じろぎし始める。ぱらぱらと砂が落ちた。視線が優実に集まる。
―どっちだ?
千穂をさらった幽霊の方か?それとも優実本人なのか?
「あ、たま痛い」
なにこれ、とぼやきながら優実は体を起こした。その拍子に砂が落ちる。
「なにこれ!」
うそーと優実は声を上げた。そこに陸が歩み寄る。
「優実ちゃん。どうしてこの時間に外に出たりしたの?」
「へ?」
優実は目を丸くした。そして自分の体を見渡す。それに確かに外に出たようだと判断する。優実は人差し指を額に当てて考え込む。
「それが、まったく記憶がなくて」
「はい?」
今度は陸が目を丸くした。しぱしぱと目を瞬かせる。
「記憶がないって」
陸はうーんと目を閉じた。
「まあ、仕方ないわ。あなたもお風呂に入って今日は寝なさい」
「はい!」
了解です!と優実は敬礼ポーズを取った。
「あなたたちもさっさと寝なさい」
陸はそう言い残すと階段を上って行った。その後を美由が追いかける。
「奥様、いいんですか?」
そんな声が聞こえてくる。
「子供にも詮索されたくないことの一つや二つあるのよ」
ありがたい言葉が聞こえて来た。
「武尊の母ちゃん、心広いな」
「適当なだけだと思うけど」
ひそひそと啓太と武尊はそんな会話を交わす。
「ねえねえ、私、本当に外に出たの?」
優実がソファから立ち上がりながら尋ねる。武尊は頷いた。
「うん。なんか、とりつかれて体使われちゃったみたいだね」
「マジ?」
優実は固まったが、すぐに頭を抱えた。
「どうして覚えてないんだろう!もったいな!」
優実は叫んだ。
「優実落ち着きなさい。この時間に大声出すものじゃないわ」
あかりが砂が落ちないよう気を払いながらタオルを回収する。玄関から外に出ると、タオルをぱたぱたと振った。
「それで、その幽霊さんは優実の体で何をしようとしたのかしら」
あかりは部屋の中に戻ってきながら疑問を口にした。
「・・・・・なんか千穂に溺れてほしかったみたいだね」
「なにそれ!」
樹が声を上げる。
「海かー。あの化け物とも関係あるのか?」
「そこは千穂に聞かないと」
のんきな啓太の口ぶりにつられるのか、武尊も淡々と返す。壱華は視線を武尊から優実に移す。どうやら本当に優実本人らしい。
「体、大丈夫?」
歩み寄ってそう尋ねれば、優実はにっこりと笑った。
「なんか頭痛い気もするけど、平気!」
「ならいいんだけど」
壱華も笑って返した。それに優実は頭を抱えた。
「砂まみれじゃなかったら抱きしめたのに!」
「セクハラまがいのことはやめなさい」
あかりがぽすっと抱えたタオルで優実を叩いた。
「はーい」
ちぇーと優実は唇を尖らせた。あかりはそれを流してバスタオルを洗濯機に入れに消えていった。
「霊感ないのにとりつかれたりするんだ」
へーっと優実は自分の手を眺める。グーパーグーパーと手を握ったり開いたりする。
「私には今のところ害はないけど、このままだと千穂が危ないね」
千穂に溺れてほしいお化けがとりついてるんだもんね。と優実は存外冷静な顔で言った。
「方法は俺が探すから、優実はあんまり気にしないで」
「分かった」
武尊の言葉に優実は素直に頷いた。そこにぱたぱたと駆けよる影がある。
「優実ちゃん!起きたの?」
千穂だ。お風呂から上がったらしい。ホクホクと湯気を立てている。優実は笑った。
「うん。ごめんね?なんか大変だったみたいだね」
「ううん。大丈夫だよ」
千穂は良かったーと胸をなでおろす。
「千穂、また髪の毛乾かさないで」
壱華が注意する。ドライヤーは脱衣所だ。千穂はぷうっとむくれた。
「だって、めんどくさいんだもん」
「風邪ひくでしょ?乾かしてらっしゃい」
「乾かさないで寝たりしたら、傷んじゃうわよ」
あかりが壱華に助け船を出す。そう言われれば千穂は髪を乾かすしかない。少しでもきれいになりたいと思ったのは自分だ。ああ、でも
―どうしてきれいになりたいと思ったんだったっけ?
千穂は内心首を傾げるが、その疑問はすっと解けるように無くなってしまう。
「私もシャワー浴びよう」
優実が千穂の後ろをついてくる。
「あ、髪の毛乾かしてても平気?」
「うん。全然平気。千穂こそ髪の毛乾かすけど、私お風呂使って大丈夫?」
「気にしないよ」
「OK」
二人は脱衣所に入って行った。




