山の幽霊6
「何の騒ぎ?」
階段を駆け下りると、上から声が掛かった。壱華は上を仰いだ。陸が二階から顔をのぞかせていた。
「えと、その」
「無視していいから」
壱華が言いよどんでいると、武尊が冷たく言った。陸が声を上げる。
「いいわけないでしょ!こんな夜に、どこ行くの?」
補導されるわよ、と階段を下りてくる。壱華は親子に挟まれてあたふたしてしまう。
「千穂と優実が勝手に出て行った。連れ戻してくる」
「女の子二人で出て行ったの?」
危ないじゃないと陸は腕を組んだ。そして少し考える風にすると言った。
「武尊、啓太君と一緒に探してきなさい。壱華ちゃんはお留守番」
「あ、それは」
ちょっと、無理かなと。と壱華は笑う。
「壱華は一緒に行く。母さんは待ってて。ていうかもし戻ってきたら教えて」
それだけ言い残すと、啓太と壱華と樹に行こうと声をかける。
「じゃあ、ちょっと行ってくるんで」
啓太が樹の背を押しながら陸に手をあげる。すぐ戻るんで、と言うのも忘れない。四人は建物から道路に繋がる階段を駆け下りて行った。
「気を付けなさいよ!」
後ろから、陸の諦めた声が響いた。心配は分かるが陸の言葉にそう耳を貸している時間はない。四人は一気に階段を駆け下り。武尊は道路に出ながら胸に手を当てた。
―どこだ、どこに行った
当たりを見渡す。二人の姿は見えない。
―シャン
待っていた音がする。それは海の方を見たときに鳴った気がした。もう一度、海の方を向く。
―シャン
剣が海だと告げる。
「剣が海って言ってる!壱華は俺と海に行く!二人は一応逆側を見てみて!」
そう指示を出すと駆けだす。壱華は慌てて武尊の背を追いかけた。
「OK!」
啓太は樹の手を取ると武尊と壱華の逆側に向かって走り出す。
「暗いな。鳥出してもいいんじゃないか?」
「クルルは明かりじゃないよ?」
「まあ、そうだな」
見られても面倒だし、このままいくかと啓太は自分で出した案を却下した。
「探すって言ったってどこ探すの?」
樹は手を引かれ、少々息を切らしながら兄に問いかける。啓太は走る足を緩め歩き始めた。手は離さない。
「そうだなー展望台見てみたいけど、時間がなー」
「あそこに足で行くのは無理でしょう」
千穂を連れて山登りは大変だよ?と樹は自分のことは棚に上げて啓太を見上げる。啓太は考えるために足を止めた。
「なんであの幽霊は千穂を欲しがってるんだろうな」
ただ景色を眺めているだけの弱い霊だった。それが突然どうしたのだろうと啓太は疑問でならなかったのだ。
「生き返る為とか?」
「そんなことできるのか?」
「無理だと思うけど、できると思われたら厄介だよね」
樹も一緒になって考える。目的は何なのだろうと、兄弟は口元に空いている手を当てて唸った。
「この前の幽霊は、顔の傷を消すためだったよね。なんかそれっぽい傷とかあった?」
啓太は弟の質問に記憶を手繰り寄せる。薄く消えかかった体。ぼうと海を眺める視線。
「傷は、見えなかったな」
服の下はさすがに見えないしな。と啓太は締めくくった。
「じゃあ、この前の幽霊とはまた違うのかな」
樹が再びうーんと首をひねったとき、どすんと音がして地面が揺れた。兄弟は顔を見合わせる。
「戻るぞ!」
「うん!」
手はつないであるから、啓太は気にせず速度を上げた。さすがに全速力とはいかないが、樹も足は速い部類に入るのでそこまで調整は苦にはならない。来た道をなるべく速い速度で駆け戻る。車には出会わない。時間は深夜だ。もうみんな寝静まっているのだろう。暗い道を、慣れた目で見通す。海が近づいてくると、巨大な黒い影が見えた。
「昨日の奴か!」
「本当に海に行ったんだ!」
危なさすぎ!と樹が叫ぶ。そうだなと啓太も答えた。
海がさらに近づいてくる。浜辺に下りる階段が見えた。人の影も見えるようになってくる。影は四人分あった。見つかったのだと知れた。
「壱華!一回しのげる?」
「一回ならいける!」
「任せた!」
つぶされると思った次の瞬間ぱっと仄かに白い光に包まれる。それは半球の形となり千穂と優実を包んだ。その光に足がはじかれる。結界だ。
「助かった・・・・」
千穂はほうとため息をついた。視線を上げると、武尊が大きく剣を振りかぶったところだった。黄金に輝く剣が振り下される。ざくっと何かが切れる音がした。背後を見やると、ドスンと切られた足が落ちていくところだった。
「千穂、立てる?」
「腰抜けちゃった」
「なんで濡れてるの?」
「海に入れって言われたから」
「なんで?」
「生贄として溺れてほしかったみたい」
「生贄?」
「早く戻りましょう?」
千穂と武尊が会話をしていると壱華が割り込んできた。二人はすぐに口を結んだ。
「話はあと」
仕方ないから背負っていくよ、と武尊が千穂に背中を向ける。千穂はありがたく武尊の肩に手を置いた。ぐっと体が持ち上げられる。
「優実?どうしたの優実」
壱華が倒れている優実の体を揺する。優実は反応しなかった。
「息はしてるんだけど」
速くしなければまた襲われるかもしれない。三人に緊張が走ったとき、救世主は現れた。
「おーいこっちにはいないぞ!」
てか、さっきの音あいつだろ?と叫びながら啓太が走ってきたのだ。
「啓太!優実のことおぶれる?」
「あ?できると思うけど」
「じゃあ、お願い」
壱華が優実の体を起こしながら啓太に頼む。武尊は一度千穂を下ろすと、壱華と一緒に啓太が気を失っている優実を背負うのを手伝った。啓太が優実を背負えたことを確認すると、武尊は千穂に尋ねた。
「で、腰はまだ抜けてる?」
「抜けてる」
えへへ、と千穂は笑った。武尊はため息をついたけれど、千穂を背負って連れて帰ってくれた。




