山の幽霊4
「疲れたあ!」
風呂上り、啓太はベッドにぼすっと飛び込んだ。ごろんと転がる。
「舗装されてたとはいえ、登ってみると疲れるもんだな」
明日筋肉痛にならなきゃいいけど、と啓太はふくらはぎに触れる。
「啓太なら大丈夫じゃない?」
「そうか?」
武尊はベッドで碧の耳をいじりながら声をかける。碧は耳を触ってくる武尊の手めがけて自分の腕を動かしているが、悲しいかなぬいぐるみの腕はそんなに長くはなかった。
「うう~」
碧は悔しげに唸った。武尊はおかしそうに笑っている。その様子を不思議そうに樹が見ていた。
「武尊って、碧で遊ぶの好きだよね」
「そう?」
「碧で!ってどいうこと?でって!」
碧が武尊の手を止めるのをあきらめて樹にかみつく。樹はアハハと笑った。
「ごめんごめん」
「二回言うってことは悪く思ってないってことだ!」
「そんなことないよ~」
「本当?」
「本当だよ!」
じゃあいいけど、と碧は顔を武尊の方へ戻した。その「じゃあいいけど」、に樹は優実を思い出す。
「そう言えば、武尊、優実に体調訊いてたけど何かあったの?」
「起きてたの?」
武尊は手を止めた。
「そろそろ起きようかなと思ってるところだった」
確かに、あの会話の後、樹はすぐに起きだしていた。
―もう起きてたのか。
そう思いながら武尊は視線を碧に落とした。
「剣がさ、反応した気がしたから」
「優実に!?」
あの人が千穂にとって危ないって事?と樹は武尊に膝立ちしてにじり寄る。ぼすっと武尊が乗っているベッドに手を置いた。
「優実が危ないわけないから、何かあったのかなって思ったんだけど」
何もないって言うからさ。と武尊は腕を組んだ。
「そう言えばさ」
啓太も気になったことがあるのか口を開いた。
「あの幽霊、いなくなってたな。帰り」
「幽霊なんていた!?」
「いたよ」
お前は気づかなかったんだな。と啓太はよいしょと起き上がる。
「まあ、近場にいた壱華が教えてくれたから気づいたんだけど」
「そうだったんだ」
武尊がへーっと声を上げる。
「たぶん千穂も気づいてない」
武尊の言葉に樹は考える風にする。
「千穂が気付かなかったってことは、害はないって事なのかな」
「さあ」
武尊は首を傾げた。
「千穂ってどれくらいの精度で危険を感じるの?」
「その時その時で違うみたいなんだよね」
樹もつられて腕を組む。樹のその態勢に、武尊は自分が腕を組んでいることに気付くと腕をほどいた。
「じゃあ、千穂が何も感じなかったからといって安全ってわけでもないんだ?」
「うん。昨日だって、攻撃が来るまで普通に遊んでたでしょ?」
「確かに」
武尊は人差し指でこめかみをとんとんと叩いた。
「千穂を危険探知機に使うのは危ないのか」
「何かあったら終わりだしね」
「そうだね」
じゃあ、と武尊は手を胸にあてた。
「剣はどれくらいの精度で危険を感知してるんだろう」
剣は確かに優実に反応した。反応したのはあの一度だったけれど、確かに反応したのだ。その事実は重く受け止めるべきだと武尊は判断した。
「優実の何が危険なんだろう」
すぐ抱き着くところか?霊感はないと言っていたし、その通り彼女には学校にいる小鬼たちも見えていなかった。
「幽霊ってさ、見えない人間にちょっかい出したりするもんなの?」
「基本はないんだけどね」
樹が答える。
「この前の幽霊はどうして見えてたの?」
学校に出た、顔をくれと言う幽霊はたくさんの女子生徒の前に姿を現していた。
「あれは元から気質が悪霊だったし、力が強かったんだろうね。ロックオンして、自分の姿が見えるようにさせてたんだと思うよ」
「強制的に見させるなんてことできるの?」
「うん。それなりに力があればね」
「今日のはどうだった?」
武尊は啓太に話を振る。啓太はそうだなとつぶやいた。
「あれはそんな力はないと思うんだよな」
たぶん、あそこから動けないタイプの幽霊だと思うんだ。啓太は口元に手を当てた。珍しくすっと目を細める。
「でもあいつは姿を消してた。移動したのか?」
ぼうと景色を眺めていたことを思い出す。力なく、ただただそこに立ち海を眺めていた。あの姿から、力のない人間に姿を見せることができるだけの強さは感じられなかった。そして、あの近辺から離れることも難しそうなほど弱い霊だった。
「うーん」
「俺、見てみようか!」
啓太が唸っていると、碧がまた何か言いだした。武尊は啓太にやっていた視線を碧に向ける。
「見るって何を?」
「あの優実って女の子」
剣が何故か反応したんでしょ?と碧は首を傾げるように体を傾けた。
「そうだね」
うんと武尊は頷いた。
「俺、妖だから、目の造りが人間と違う。何か見えるかも!」
碧はぴょんと跳ねると武尊の肩に飛び乗った。ぶらんぶらんとぶら下がる。
「・・・・連れてけって?」
落ちないよう体を押さえてやりながら武尊は問いかけた。碧は頷いた。
「行こうよ!」
「呼んだほうが自然じゃない?」
樹が提案する。碧はえーっと抗議の声を上げた。
「こっちに来たら、俺、動けないじゃん」
「そこが問題?」
「じっとしてるのって大変なんだから!」
碧は樹に力説する。
「でもあっちに行っても動けないよ?」
「すぐ戻ってくればいいじゃん!」
首を傾げる樹に碧は腕を動かしてそう言った。
「ちょっと顔出して、すぐに帰ってくるってどうやるの?」
樹はうーんと考え込む。武尊も考えてみることにしたようだ。腕を組んで目を閉じている。啓太はまたいつの間にか横になっていて、眠ってしまっていた。沈黙が続く。
コンコン
扉が叩かれる。
「はーい」
樹が返事をすると、かちゃっと扉が開いた。噂をすれば、ひょこっと優実が顔を出した。
「もうみんなお風呂に入った?」
「「入った」」
樹と武尊は同時に頷いた。それにくすくす笑いながら優実が言った。
「トランプ持ってるでしょ?遊ぼうよ」
そう言いながら部屋の中に入ってくる。武尊は肩に張り付いている碧を引きはがすとベッドに置いた。
「いいよ、何する?」
「大富豪!」
「OK」
武尊はごそごそと鞄からトランプを出した。そしてそれを混ぜる。
「他の女子も呼んできてよ」
「もうすぐしたら壱華が来るよ。あかりと千穂は疲れて寝ちゃった」
「了解」
武尊はちらと寝ている啓太を見る。しばらくは起きそうにない。数に入れなくていいと判断する。武尊は四人分のカードを配った。
一時間ほど大富豪をすると、優実は満足したのか寝ると言って部屋を出て行った。優実の後を追って部屋を出ようとする壱華を武尊が止める。
「壱華」
「何?」
壱華が振り返る。長い黒髪が綺麗に揺れた。
「今日、優実に剣が反応したんだ」
「え?」
壱華は腰を下ろした。話を聞く気満々だ。
「それで、俺が見てみるよって言ったんだ!」
ぴょんとベッドから碧が飛び下りてくる。
「優実を?それで、どうだったの?」
「女の幽霊がとりついてるっぽい」
さらっと碧は口にした。
「女の幽霊って」
「山の展望台にいた?」
「俺は留守番してたから知らないよ」
碧が手を挙げてそう言う。それに、それもそうだと武尊は視線を碧から壱華に移す。壱華は考え込んでいた。
「多分あの幽霊よね。反応したのはいつ?」
「優実が展望台から下りてきた時」
「辻褄は合うのよね」
霊は女だし、優実は一人で展望台に行っていたし、展望台から帰ってきた優実に剣が反応しているわけだし。
「私もついて行けばよかったわね」
しまったと壱華は唇を噛んだ。
「まさか霊力のない人間にとりつくなんて」
「珍しいことなの?」
「基本ないわね。余計なことしなければ」
「優実、余計なことしたの?」
「今回の場合はやっぱり・・・・」
「千穂?」
「そうなると思うわ」
壱華と武尊の会話がはかどるはかどる。それに樹が飛び込む。
「で、どうする?」
二人の視線が樹に集まる。
「追い出せたら一番いいんだろうけど」
「それは難しいのよね」
先生だったらできるかもしれないけど。と壱華はため息をついた。
「あの先生、呼んでもこなさそうなんだもん」
武尊も頭を押さえる。樹は悩む年長組を眺めた。
「とりあえず、見張る?」
「そうなるかなぁ」
武尊が顔を上げる。壱華を見た。
「前半と後半に分けて見張ろうか」
壱華には中で、俺は廊下で見張る。と武尊が提案する。
「俺もやるよ!」
樹は外されたことに抗議の声を上げる。
「じゃあ、明日頼もうかな」
「・・・・本当に?」
「本当」
武尊は頷いたが、また外されるんじゃないかと樹は上目づかいで武尊を見上げた。それに武尊は苦笑して、ぽんぽんと樹の頭を撫でた。
「本当だから」
「分かった」
「今日は明日に備えてたっぷり寝てて」
よし、と壱華は立ち上がった。
「今が十二時だから、三時半になったら交代ね。まず、私が見張るわ」
「了解」
壱華はにっこり笑うと、おやすみなさいと言って部屋を後にしたが、すぐに駆け戻ってきた。
「やられた!戻ったら二人ともいない!」
その言葉に、樹と武尊は顔を見合わせる。そして立ち上がった。
「とりあえず、一階を見てみよう」
武尊の言葉に、二人は頷いた。




