山の幽霊3
公園にレジャーシートを敷く。公園からも景色を眺めている人が何人かいた。
「ちょうどいい人数ね」
人がいないのは寂しいし、混んでいるのも疲れる。そんなことを思いながら、壱華は長い髪を風に遊ばせた。山を登るのには邪魔だと、首元で一つにまとめていた。
「食べよう!食べよう!」
るんるんと千穂はレジャーシートに上がった。それに優実が続く。あかりはレジャーシートに腰だけ下ろして、足は靴を履いたまま外に出した。全員は乗り切れない大きさだったからだ。
めいめいスーパーで買った弁当を出して食べる。
「美味しい~」
景色のいい中、涼しい風に吹かれながら食事をとるのは気持ちよかった。
「登ってよかったでしょう」
「よかったー」
優実の言葉に千穂はおにぎりを頬張りながら頷いた。本当に美味しそうに食べる千穂を見て、優実もご満悦だ。ふふふと笑いながら唐揚げを口に運ぶ。
「美味しい~」
さっきの千穂と全く同じ言葉を口にする。それをくすくすと笑っているのがあかりと壱華だ。二人も顔を見合わせてから食事にかかる。
男子組は双眼鏡の話で盛り上がっているようだ。武尊がピントの合わせ方を啓太に教えているらしい。啓太はもう弁当を食べてしまっていて、暇になったようだ。武尊は案外ゆっくりと食べるタイプらしく、まだ弁当の中身は半分以上が残っていた。それを傍らに置きながら、どこを触って調節するのかを説明している。樹も並んではいたが千穂から貸してもらえなかったらしく、瞳をきらめかせながら話を聞いていた。三角座りをして、膝に弁当を抱え食べながら、聞き耳を立てるさまは愛らしかった。
「食べたら何しようか」
「景色見る!」
「さっきまで見てたじゃん」
千穂の答えに、アハハと優実は笑った。
「だって、飽きないよ!」
すごくきれいだったよ!と千穂は力説する。それにそっかーと優実は弁当を傍らに置いた。
「じゃあ、私も後から双眼鏡借りてみようかな」
「それがいいよ」
「風が気持ちいいねー」
優実も短い髪を風に遊ばせた。気持ちよさそうに目を閉じて風を感じている様子は、普段とは違い落ち着いた印象を優実に与える。ほわ、と千穂は優実に見とれた。風も、青い空も海も、よく優実に似合うと思った。
「さて、食べますかね」
少し休憩していたらしい。優実はまた弁当に手を伸ばした。
「そんなに大きなお弁当買うからよ」
「だって、唐揚げ美味しそうだったんだもん」
あかりに諭されても、優実に悪びれる様子はみじんもない。からからと笑ってやり過ごしてしまう。
「仕方ないわね」
優実の笑顔に、あかりはつい許してしまう。
「あかりも唐揚げいる?」
「一個貰おうかしら」
あかりは優実から一つ唐揚げを貰うと、自分のそぼろ弁当を差し出した。
「どうぞ」
「おかず交換が遠足の楽しみだよね~」
優実も一口そぼろ弁当を貰った。
「千穂はおにぎり弁当でしょ?足りる?」
壱華は千穂の手元を覗き込んだ。
「うーん、ちょっと足りないかもだけど、ちょっとだから」
夜たくさん食べれば平気と千穂は答えた。その答えに、そう?と壱華は首を傾げたが、本人がいいならいいのだろう。壱華は自分のオムライスを頬張った。
「今日の夜ご飯はどうするのかしら」
「何食べたい?」
壱華の疑問に、優実が問いかけてくる。その問いに、壱華は考える。
「昨日は洋だったから、和食とか?」
「焼き魚とか?」
「そうね。美味しそう」
「武尊にリクエストしとこう」
優実は弁当をひっくり返さないよう注意しながら体を方向転換させる。それに気づいた武尊が視線だけ投げて来た。優実はそれを笑顔で受け止めて武尊に話があるのだと伝える。
「何?」
意思疎通はうまくいき、武尊は優実の方を向いた。
「夜ご飯は焼き魚がいいって」
「そう?」
「いける?」
「いける」
武尊は大丈夫だと頷いた。
「帰りにスーパー寄って帰ろう」
「はーい」
そうやりとりすると、優実はまた方向転換する。
「OK出ました~」
「聞こえてたわよ」
くすくすと壱華は笑った。
そんなこんな話しているうちに、弁当も空になり、次は何をして遊ぶかが議題となる。
「お昼寝とか素敵ね」
あかりがレジャーシートに上半身だけ横たわらせながら言った。
「いいね!」
千穂もゴロンと横になる。男子組は双眼鏡で景色を見ようと柵まで行っていた。レジャーシートに余裕はある。なんて言ったって、大きな啓太がいない。それだけで広く感じる。
「啓太大きいんだな~」
「身長、180くらいありそうだよね」
「確か超えたって喜んでた気が・・・」
千穂は自分で話していて、機嫌が悪くなっていった。
「あんなに大きいなら私にちょっとくらい分けてくれていいのに!」
「千穂は今のままが可愛いよ」
「可愛いじゃ嫌なの!きれいになりたいの!」
「そうなの?」
さすがに壱華ちゃんみたいに!とは言えなかった。本人を前にして言うのは恥ずかしい。
「そうなの!」
そうとだけ言って千穂はそっぽを向いた。寝転んでいるからすぐに眠くなる。すぐにスース―という寝息を立てて眠りについてしまう。
「疲れてたのかな」
「体力がある方じゃないから」
千穂の髪を触って遊ぶ優実に壱華がそう話す。
「壱華は元気だね」
「そうね、体力には自信あるかも」
優実には負けるけど、と付け足す。優実はからからと笑った。
「だって、運動取ったら私のいいところなくなっちゃうもん!」
さて、と優実は立ち上がる。
「ちょっと上見てきていい?」
展望台のとこ。と優実は壱華に問いかける。寝ている二人を置いていくわけにはいかない。
「ええ。二人は私が見てるわ」
「ありがとう。すぐ戻るよ」
そう言って、階段の方へ向かい上っていく。その後姿は軽やかで、トントンと飛ぶように上がっていく。
優実はすぐに階段を上り終えると展望台の方へ足を運んだ。
「これは絶景」
一人うんうんと頷いて、景色を見渡す。晴れて良かったと思う。海も空も青くてきれいだ。
「案外境目ってはっきりしてるものなんだな」
海と空の境目が分からないという表現を聞いたことがあったが、優実にはしっかり境目が見えた。
「違う青なんだなきっと」
そして、柵に沿ってゆっくりと歩く。風が気持ちよく髪をさらっていく。優実はまさにご機嫌であった。
「さすがにあのへんな黒いのもここまでは来ないし」
いいことづくめだと優実は思う。
ゆっくりのんびりと歩く。その先には壱華たちが見つけた霊がいるのだけれど、優実には見えないのでいないも同然だ。そして、霊にとっても本来なら見えない人間はいないも同然だった。意思疎通を図ることが難しいのだから。しかし、今回幽霊にとって優実はスルーすべき存在ではなかった。霊は覚えていた。千穂と一緒に歩いていたのを見ていたのだ。霊はそっと優実に手を伸ばす。本来なら通り過ぎていくはずの体に、霊は触れた。そして音もなく優実の体の中に消えた。
「?」
一瞬世界が歪んだ気がした。何度か目をしばたかせる。景色ははっきりと目に映っていた。
―気のせいかな?
水分が足りないのかもしれないと、優実は展望台から下りることにした。すとすととまた軽やかに階段を下りる。目をやれば、千穂とあかりに交じって樹も横になっていた。
―まだ体小さいもんね。
と微笑ましくなる。でもきっと、かわいいと褒めたら機嫌を害するのだろう。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
壱華が笑顔で出迎えてくれる。それだけで優実は天に昇れると思った。隣に腰かけながら話す。
「やっぱりきれいだね」
「そうね」
壱華も笑顔で頷く。
「壱華の地元ってどんな感じ?」
お茶の入ったペットボトルに手を伸ばしながら問いかける。
「そうね。山と森ばかりって感じかしら」
「囲まれちゃってるの?」
「そんな感じ」
こんなに開けた場所なんてないわと壱華は言った。
「だから、とっても気持ちいい」
にっこりと笑った壱華の笑顔は、周囲の人間の視線を集めるのには十分な華やかさを持っていた。優実もほけっとしばらく見とれる。
「どうしたの?」
壱華は首を傾げる。それに優実は現実に帰ってくる。ふるふると頭を左右に振った。
「何でもない」
えへへと優実も笑う。それにそう?ならいいんだけど、と壱華も笑顔を返した。
そんなやり取りをしていると、武尊と啓太が帰ってくる。
「寝ちゃったの?」
「ええ」
「そう。やっぱり疲れちゃったかな」
「いいんじゃない?夜よく眠れるわよ」
「じゃあ、今は起こしたほうがよくない?」
「そうかしら」
武尊と壱華は起こすべきか起こさずにいるべきか悩む。
「いいんじゃない?寝かせてても」
優実がそう言うから、武尊は視線を自然と優実にやる。
シャン
剣が鳴った。それは何かを告げようとしているが、何かがまだ武尊には分らなかった。じっと優実を見つめる。
「なに?」
武尊の視線に気が付いて、優実が問いかける。武尊はしゃがみ込むと優実の顔を覗き込んだ。
「体調とか、悪くない?」
「・・・・平気だけど」
さっき視界がゆがんだ気がしたが、あれは気のせいだったのだろうと優実は判断していた。
「なんか変なこともなかった?」
「・・・ないけど」
やっぱりさっきのことを思い出すが、ここでいうべきことでもないだろうと優実は口にしなかった。
「そう」
武尊は立ち上がった。
「もう少ししたら、下りようか」
起きている組は頷いた。




