山の幽霊2
子供組はえいしょえいしょと坂道を上っていた―大人組は留守番すると言っていた。舗装された道で、時々車も通る。
「まだ着かないの?」
息を軽く切らしながら千穂が尋ねる。
優実にたたき起こされ、今日は山に登るぞと宣言された。千穂はあからさまに嫌な顔をしたが、優実は両手を腰に当てて小さな子供に言い聞かせるように言った。
『じゃあ、また海に行く?』
『それは』
海には前科がある。あの妖を完全に退治したわけではない今、海に行くのは危険なことくらい勉強が苦手な千穂でも分かった。
『海は怖いでしょ?』
『怖い』
千穂は素直に頷いた。それに優実はにぱっと笑った。
『だから、今日は山に行こう!』
海からも離れられるし!と優実は嬉しそうに笑った。
『お弁当買って、頂上で食べよう!』
正直に言うと、あかりもあまりいい顔はしていなかった。千穂ほどではないが、運動は得意ではない。そんな二人を見て、壱華は困ったように笑った。壱華は体力に自信はあったが、二人の気持ちは分からないでもない。
『大丈夫だよ。ちゃんと速さ合わせるって』
『本当?』
千穂は上目遣いで優実を見上げた。それに優実は千穂に飛びつきそうになったがこらえた。
『本当だよ!置いてったら山に変えた意味ないじゃん!』
『確かに』
千穂はこくりと頷いた。
『じゃあ、山に行く』
『決定ね!』
起床後はトーストを食べて、着替えて家を出た。近くのスーパーで弁当を買って今に至る。
「まだ着かないの?」
千穂はまたその言葉を口にした。隣ではあかりが苦笑している。
「今、半分越えたくらいかな」
先頭の武尊が眼下に広がる海を眺めながら言った。
「まだ半分~」
「そうだよ。まさか半分で根を上げるとは思ってなかったな」
「うるさいな!」
千穂はだんだんと地団駄を踏む。それを見て、千穂とあかりの前を壱華と歩いていた優実が千穂の後ろに回る。
「押したげるよ」
そう言うと、担いだリュックを押してくれる。
「わ!楽!」
「それは良かった」
後ろで優実がけらけらと笑う。千穂は少し楽ができるとあって俄然やる気が出て来た。
「いける気がする!」
「・・・・よかったね」
どこか呆れた顔を武尊はしていたが、千穂はそれを無視した。
「横の景色も見てみたら。まだそんなに高くないけどきれいよ」
壱華も千穂の隣に並びながらそう提案する。千穂は壱華に言われた通り視線を海の方へ向けた。
「わあ」
見渡す限りずっと海である。こんな景色見たことがなかった。見渡そうとすると山にぶつかるのが千穂の地元である。こんな風に開けてなどいないのだ。
「上に着いたらもっときれいだよ」
そう優実に言われて、千穂はまたやる気のボルテージを上げる。
「ちょっと楽しくなってきた」
そういう千穂の隣であかりがくすくすと笑った。
「何かおかしなこと言った?」
「いいえ。そうよね。きれいよね」
あかりも目を細めて少し遠くなった海を眺めた。東京生まれ、東京育ちのあかりにもこの景色はそう簡単に見れるものではない。目に焼き付けておかなくてはと集中して眺める。
「ご飯が楽しみだなー」
千穂がスキップを始めて、あかりと優実と壱華は吹き出してしまった。
「すごいすごい!」
景色で釣ったり食べ物で釣ったりして、どうにか女子組は千穂を頂上まで歩かせることに成功する。展望台に上ると、千穂はぱたぱたと備え付けの双眼鏡に向かって走り出した。
「えーこれお金いるの?」
「双眼鏡なら一つ持ってるよ」
「さすが!」
見たい見たいと千穂は武尊にすり寄る。武尊はリュックを下ろして中に腕を突っ込んでごそごそと探す。
「あった」
はい、と千穂に渡す。
「ありがとう!」
千穂はそれを目に当てる。
「見えない」
「・・・・キャップ外して」
「え?あ!本当だ!」
「俺も見たい!」
樹もぱたぱたと駆けよる。ずっと歩いていたため頬は上気している。
「待って!今調整中だから!」
何やら武尊に教示を仰ぎながら千穂は双眼鏡と格闘している。そんな千穂の隣に樹は並んだ。順番を確保する為だろう。
他の四人はどこでお昼を食べたらいいかと見渡す。すると右奥にベンチがあった。少し下れば公園になっているようで遊具もある。さっき通り過ぎた駐車場には車が何台か止まっていて、備え付けの双眼鏡で景色を眺めている人もまばらにいた。
壱華はつと視線を向けた先に、一人でぼうっと海を眺めている女性を見つける。身に着けている服が、今とは違う時代のもののように見える。壱華は啓太のTシャツを引っ張った。啓太は壱華の方に振り返り、なんだと表情で訴えた。壱華も無言のまま女性の方を顎で示す。啓太はそちらの方に視線を投げた。
「・・・・特別に悪霊になってるってこともなさそうだな」
「今のところ害はないかしら」
「千穂が近づいたら変わるかもしれない。近づけさせないようにしよう」
こそこそと話したが、あかりには聞こえていた。二人の見ている方を見る。薄く、女の人が立っているのが見えた。
―壱華たちにも透けて見えてるのかしら。
その見え方で、彼女が生きていないことは簡単に知れた。
あかりはあきらめて認めることにした。
―私、見えるようになったのね。
碧に体を貸した代償だろう。
―こんなの聞いてないわ。
帰ったら碧に文句を言ってやろうとあかりは思った。
「なあ!腹減った!飯にしようぜ!!」
武尊の双眼鏡に群がっている千穂と優実と樹に啓太はそう声をかけた。三人は振り返ると素直に返事をした。
「「はーい」」
武尊に双眼鏡を返す。武尊はそれを首にかけて啓太の方に歩み寄ってくる。武尊も女性に気付いたようだ。
「あれってさ」
「今のところ害はなさそうだ。千穂が近づくと刺激するかもしれない。千穂はなるべく近づけないようにする」
「分かった」
短時間で情報交換をする。展望台から下りるとある公園に向かった千穂たちの背を、女性は振り返って眺めていた。




