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 海の化け物10

「だから、何でもないって!」

「何でもないわけないでしょ!何なのさっきの化け物!」

「寝ぼけてたんじゃないの?」

「逃げろって言いだしたのはあんたでしょう!」

「俺はそんなこと言ってない」

 二階堂家の別荘のリビングでは、親子喧嘩が勃発していた。

「いいや、優実ちゃんに千穂ちゃん任せたところしっかり見てたんだから!」

「それが気のせいだって言ってるの」

「そんなわけないじゃない!ねえ、優実ちゃん!」

「え!えと」

火の粉が跳んできて、優実は目を泳がせる。

 武尊は見える側の人間だと聞いている。そしてさっきの騒動もそういった類の化け物によるものだと推察はできた。しかし、それを本人の親に言っていいものかと頭を悩ませる。

「えと、どこからが夢でどこからが現実なのか分からなくて」

「全部現実よ!」

しっかり!と陸は優実に声をかける。

「ほら、何もないって言ってるじゃん!」

「何もないとは言ってないじゃない!」

「とにかく、何もないって言ったら何もないから!」

駄々をこねる子供のような言葉を残して武尊は階段を駆け上って行った。

―誤魔化すのが大変だ。

千穂は喧嘩の間中ずっと冷や汗をかいていた。

―これも、私のせいかな。

―いや、でも、何もないで押し通そうとするのもあんまりだと思う。

千穂は内心一人で頷いていた。

「もう!反抗期めんどくさい!」

「自分と比べたら可愛いものだって言ってたじゃないですか」

「あの言葉、取り下げる!」

気を取り戻した美由が陸をなだめようとする。

「もう~」

陸は頭をガシガシと掻いた。せっかくの黒髪が、と心配になるが陸本人はまったく気にしていないらしい。乱れるに任せている。

「ほう」

頭を掻いて満足したのか、ぼすっとソファに座り込む。鎖骨あたりにある毛先をいじりながらぽつりと言った。

「何か危ないことしてないかしらとは思ってたのよね」

どこか遠い目をする。

貴昭たかあきさんの子だもの。私には想像できないこともできちゃうんだろうなって」

はあと息を吐き出し、片手で顔を覆う。

「子離れできないなぁ」

「今日のは、それとは違うと思うんですけど」

美由が恐る恐るというように口を開いた。陸は手で覆われていないほうの目で美由を見た。

「そうかしら」

「さすがに怪物相手に戦うのを心配するのは当然だというか」

「でも、出てきちゃうから戦うんでしょう?」

「どうにかやめさせられないんですか!?」

「やめろと言っても敵が襲ってきちゃうんだったら戦うしかないじゃない?」

「なんでそんなに飲み込みいいんですか!」

「私も火遊びはたくさんしたしね~」

陸は乾いた笑みを浮かべた。

「本当、黒歴史」

ふふふふと不穏な笑いがこぼれてくる。それに美由がひいっと縮こまる。

「まあいいわ。武尊が言いたくないって言うなら訊かない」

陸は顔に当てている手を下ろした。

「あなたたちにも何も訊かないわ」

だから

「早く休みなさい」

陸は、どこか悲しげに笑った。


「いやー濃い一日だったな!」

啓太はベッドに倒れこみながらそう口にした。

「朝早く集合して、船に乗って、船酔いして、船止まって、船動いて、海で遊んで、トランプで遊んで、花火して、妖と戦って」

「妖、二回も襲ってきたよ」

本当止めてほしい、と樹は啓太の寝転んでいるベッドを背もたれに床に座った。

「母さん、何か言ってた?」

「言いたくないなら訊かないって」

「ならいいんだけど」

「でも、何もないで押し通すのあんまりだと思うよ?」

そう言えば、空いているベッドに寝転んでいる武尊は樹と啓太の方に向けていた顔を枕に押し付けた。

「だって、何から説明するのさ」

声はくぐもって聞き取りにくい。

「俺が見えるってことから話すの?そんなの大人が信じる?それに千穂のこと話す羽目になったらどうするのさ。千穂のことを知ってる人間は少ないに越したことはないでしょう?」

珍しく早口でまくし立てるように話す。

「―そうだな」

啓太が体を起こした。扉を見つめながら言葉を続けた。

「訊かないって言ってくれたんだからそれでいいだろう」

でも

「心配されてることだけは忘れないほうがいいかもな」

「・・・・・分かってる」

「武尊元気無いー?」

碧がぴょんと武尊の背に飛び乗る。ぽすぽすと頭を叩いた。

「別に」

そうそっけなく返すと手で碧の腕を払った。

「ねーババ抜きは~」

碧はまだ遊び足りないらしい。遊ぼう遊ぼうと武尊にせがむ。

「碧、俺と遊ぼう?」

樹がトランプを混ぜながら誘う。

「二人で?」

「神経衰弱にしよう?」

「何それ!」

新しいゲームの名前に碧は簡単に釣られた。ぴょんと武尊から下りてくる。碧が見ている中で、樹は床にトランプを広げた。

「こうやって、めくって。同じ奴だったら貰えるの。たくさんカードを取れた方が勝ちだよ」

「分かった!」

碧はぴょんと飛んで理解したことを表現した。それに樹は自分からめくった。

「違うな~」

「次俺?俺?」

「そうだよ。次が碧」

「俺もめくる!」

碧はカードにぴょんと飛びついた。その様はかわいらしい。樹はつい顔が緩むのが分かった。

 樹と碧の記憶力は変わらないらしく良い勝負になった。

「あれ?ここだと思ったんだけどな」

碧が不服そうにそう言った。

「そういうことはよくあるから」

樹は碧が当てようとしたカードを当てて自分のものにする。

「あ!ずるい!」

「ずるくないよ。これが神経衰弱だもん」

「楽しそうだな」

樹の上から声が降ってきた。樹は顔を上げる。

「兄ちゃんもやる?」

「やろうかな」

ふと視線をやれば、武尊もこちらを見ていた。

「・・・・武尊もする?」

「・・・・する」

のそりと、彼にしては緩慢に体を起こした。

 当然のごとく、武尊の独壇場になった。


「今度は神経衰弱してた」

 優実がシャワーから帰ってくるとそう言った。

「男子部屋に行ったの?」

「うん。女子は全員お風呂使ったからどうぞって」

あかりの問いに、優実は頷いて答えた。

「武尊、どうだった?」

ベッドに寝転んでいた千穂は体を起こした。陸と喧嘩した後の武尊は同室の啓太と樹に任せたのだ。下手にわざわざ顔を出して何か言うと機嫌を損ねるのではと考えたからだ。

「なんか普通に遊んでたよ」

ていうか

「記憶力のゲームだから武尊強いね。一人勝ちしてたよ」

「さすが」

千穂はそう言いながら体を起こした。

「元気そうならいいや」

にかっと千穂は笑った。それに優実は千穂にダイブした。

「わっ!」

どさっと押し倒される。ベッドの上でぎゅーっと抱きしめられた。

「可愛いな~」

「分かったから、分かったから放して」

ぺしぺしと背中を叩いて抗議する。優実は腕の力を緩めた。

「でも、あのタコみたいなの何だったんだろうね」

その言葉に千穂は体をこわばらせる。

「私は何も見えなかったわよ」

音は聞こえたけど、とあかりは嘘を吐いた。それにあれ?と優実は首を傾げた。

「私には見えたから全員に見えてるものだと思ってた」

「千穂は見えた?」

「・・・ううん、見えなかった」

あかりの答えに便乗して、見えなかったと千穂は答えた。そかーと優実は身を起こした。

「啓太さんは見えてるっぽかったな」

「あいつに霊感あるなんて話初めて聞いたわ」

壱華もあかりの話に合わせる。

「そうなの?」

じゃあ、私にだけ見えてたのかな?

「ていうか、なんで壱華は残ったの?」

樹もだけど、と優実はぶっこんでくる。まさか一緒に足止めしてましたとは言えない。

「そうね、私は見えちゃって、腰抜かしちゃったの」

武尊に連れて帰ってきてもらったの、と壱華は答えた。優実は目を輝かせた。

「壱華も見えたの!?」

あれ、気持ち悪かったよね~と優実は一人盛り上がる。

「そうね」

とても怖かったわ。と壱華は苦笑した。

「でも一緒に走ってこなかったって言うことは、海で見えたってこと?」

「ええ」

「海だと元気そう」

タコだもんね、とまだ決まっていないことを口にする。

「あと、見えたって言えば」

優実はポンと手を叩く。

「武尊、金色に光る剣でタコの足切ってるのが見えたんだよね」

それには何と答えようか迷う。

「そうなの」

とりあえず壱華はそう笑った。

「壱華は見なかった?」

「怖くてずっと目を瞑っちゃってたから」

「そっかー」

優実は枕を抱きかかえた。ぎゅーっと抱きしめる。

「武尊は千穂を守るって言ってたけど、いつもあんな怪物と戦ってるのかな?」

それは、鋭く、深く、千穂の心に刺さってきた。

 本当は人間も相手にしてます、なんて言えない。今日なんて、まだかわいい方かもしれないなんて言えない。これから、もっと危ない目にあうなんて言えない。

 千穂は視線を落とした。涙をこらえるので精いっぱいだった。

「千穂、この前は幽霊にも狙われてたもんね」

見えないのに、どうして狙われちゃうだろうねと優実は千穂の様子に気付くことなく言葉を続ける。

「でも、幽霊は武尊がどうにかしてくれたみたいだし、任せとけばいいでしょう」

ね、と優実は笑った。悪意などみじんもない、どこまでも晴れやかな笑顔だった。千穂は小さく頷いた。

「うん」

優実は優しく目を細めた。

「大丈夫だよ。武尊がどうにかしてくれるよ」

「うん」

千穂は笑顔で頷いた。


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