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 海の化け物9

 海からタコの足のようなものが伸びてくる。昼間足に巻き付いて来たのは武尊の足と同じくらいの太さだったが、今は大木の幹ほどの太さがあった。使い分けているのかもしれない。

「ちょこまかと!」

壱華は攻撃呪文を唱えるが、的が大きい割に俊敏に動くそれになかなか当たらない。敵の攻撃は結界で凌ぐ。ちなみに、樹も同じ結界の中にいた。樹も神獣に命じて攻撃を試みるが体当たりをしようが効かない。かみつくには相手はよく動いた。仕方なく、牙はひっこめた。それに対して、クルルの炎は効いているようだった。足が焦げる度に、それは引っ込み、新たな足が出てくる。武尊も何本か切り落としていたが、やはり新しい足が出てくるのだ。

「数が多いのか、回復してるのか分からないな」

武尊はこぼした。

「本体を叩けたらいいんだけど!」

樹が結界の中から叫ぶ。足が波を叩く音にかき消されないようにだ。

「本体って、海の中だよね!」

「たぶん!」

武尊も叫んで会話を成立させる。壱華は攻撃範囲の広い呪文を唱えているようで、長々と何やら呟いている。

―切ろうと思えば、切れるのかな。

直接切り落とさなくても攻撃ができるのだと碧は言っていた。そして、それを実行したことがある。今、使わなくてどうする。武尊はすっと目を閉じた。自分の霊力を乗せて、それが跳んでいく様を想像した。

「いける!」

武尊を叩き潰そうと黒い足が振り上げられるが、それが下されるより武尊の斬撃の方が速かった。びゅっと風が吹き、それに霊力が乗っていく。ざくりと足の根元が切れた。慌てて武尊はその場から移動する。上から足が落ちてくるからだ。

 ドスンと鈍い音が響く。

「危ないな」

「・・・・今のは自分のせいだと思う」

「そうだね」

樹の突込みに、武尊は素直に頷いた。しかし、足はまだ伸びてくる。突き刺すように伸びてくるそれを、武尊は足元を蹴ることで避ける。

「邪魔!」

避けた足を、剣を振り下して切り落とす。切られ落ちた足は砂になって消える。次の攻撃に武尊が備えたとき、壱華の詠唱が終わった。壱華は札を砂に向かって投げつけた。そこを中心に大きな円が白い光で描かれる。次の瞬間それはカッと光量を増し、樹と武尊も目を開けてはいられなかった。腕で目を庇う。ギャーと耳障りな悲鳴が起きた。どすどすと何かが落ちる音も聞こえる。うっすらと武尊は目を開いた。あたりにあの光はなく、安心して残った分も開く。すると、ぶすぶすと焼き焦げた足があたり一面に何本もあった。それに唖然としていると、ざらざらと風に吹かれ足は消えていった。

「ひとまず、これでしばらくは来ないかしらね」

よしっと満足している壱華に視線をやる。

「何をしたの?」

「ちょっと霊力を増強して放っただけよ」

「壱華って案外力押しなんだよね」

樹が説明する。

「すごいな」

「今日は武尊が的になってくれてたから助かったわ。結界の補強に神経使わなくてよかったから」

「そうなの?」

「なんなのかしら、すごく武尊に執着してたように見えたわよ」

「本当?」

じゃあ、狙いは千穂じゃなかったのかな?と武尊は首を傾げる。

「狙いは千穂だったとは思うけど、もう手の届かないところに行っちゃったから武尊に変えたのかしら」

「昼間切ったのは、こいつの足だったの?」

樹が問いかけてくる。そう言えばと思いだし、頷く。

「こいつだった」

剣もそうだと言っている。間違いない。

「じゃあ、仕返しのつもりだったのかな?」

武尊ばっかり狙ったのは。と樹が首をひねる。

「純粋に結界の外にいたからじゃなくて?」

「それもありえる」

男二人はうーんと考え込んだが、それを壱華が止めた。

「とりあえず、家に戻りましょう?千穂が無事か確かめなきゃ」

その言葉に、武尊は剣を体内にしまい、樹はクルルの召喚を解いた。


『さて、説明してもらうわよ』 

 陸は言った通り説明を求めた。千穂と啓太はソファに座り縮こまっていた。あかりも何と言ったものかと困った表情をしていた。優実はきょとんとしており、美由はまだ息が整わないでいた。

「それで、何があったからここまで避難したのかしら」

「・・・・・」

「・・・・・」

「―」

事情を知っている者は誰も答えられない。何をどこまで話していいかさっぱりなのだ。

「あの、武尊が、千穂が危ないって判断したってことだと思うんですけど」

優実が小さく手をあげた。

「武尊が?」

「はい。だから、私たちには何が起きてるのか分からないというか」

「武尊しか知らないってこと?」

「私はそうだと思ってるんですけど」

優実は上げていた手を下ろした。自信がないのか陸の雰囲気にのまれているのか、声が普段より小さい。陸はうーんと考えた。

「まあ、確かにいろいろ知ってることとか隠すタイプではあるのよね」

あの子、と陸は納得したようだった。

「学校どうだった?て訊いても普通としか答えないのよ」

あんたの普通って何よ!そこが知りたいのよ!と陸は力説を始めた。何やら自分の息子に不満があるらしく、陸は一人で文句をつらつらと並べ始めた。早口すぎて頭に入ってこない。走ったせいで個人差はあれ皆疲れているのだが、陸は一人ぴんぴんしている。

―武尊のお母さんってすごいんだな。

千穂はそんなことを思った。すごくないと、武尊のお母さんなんてしてられないよね、と一人納得していた。うんと一人頷いた次の瞬間。

 どん

と家が揺れた。次にミシミシと木が鳴る音がした。

「まじかよ!」

啓太が慌ててカーテンを開けて外を見る。そこには巨大な黒いタコの足のような物体があった。

「なにこれ!」

優実が驚きの声を上げる。美由は何か言う前に意識を手放してしまった。ソファにぼすっと倒れこむ。あかりは緊張の面持ちでぎゅっと手を握った。陸は驚いた顔で足を見ていた。

「タコ?」

こんなに大きい種類っていたかしら、と能天気なのか現実逃避なのか陸は自分の記憶をあさり始めたらしい。

「結界ごと壊すつもりだな」

足が窓めがけて突っ込んでくる。しかし、それは結界のせいで家を壊すまでには至っていない。

「時間の問題だな」

啓太が歯噛みする。

「どうやったら倒せると思う?」

啓太は千穂の方を向いた。確かに啓太の戦闘スタイルでは不利な気もする。小太刀だから、深手を負わすまでにはいかないだろうし、獲物が刺さるところまで近づけば自分が吹っ飛ばされる可能性だってある。

「でかすぎ」

千穂は答えられずにいた。

―どうしよう。

―私のせいだ。

それはここ最近忘れていた感覚だった。その言葉が頭と心を支配する。関係のない人を巻き込んでしまったと体が強張る。涙がにじんでくるのが分かった。

 どんどんと家が揺れる。それになすすべがない。海からそこまで離れていないことが災いしたようだ。目を凝らせば、海から足が伸びてきているのが見えた。どれだけ長いのかとあかりは唇をかみしめる。

「警察か消防呼んだ方がいいのかしら」

「そういう次元じゃない気もするんですけど」

陸と優実はどことなくのんきな会話を続ける。

「やっぱり?こいつなんなのかしら。なんで家を壊そうとするのかしら」

―私がいるからです。

とは千穂は言えなかった。あかりが心配そうに視線を投げかけてきたが、千穂は笑うしかできなかった。それもうまく笑えたか分からなかった。

 あかりはもう一度外を見た。この家を狙っている足は一本だけのようだった。

「裏口から逃げたほうがいいかしら」

あかりは千穂と啓太に問いかける。啓太が首を横に振った。

「壱華が張った結界がこの家を守ってる。外に出た瞬間襲われて終わりだ」

あかりはぎゅっと千穂の手を握った。千穂の手は震えていた。大丈夫だと言いたかったけれど、声にならなかった。

「仕方ないな、ちょっと相手するしかないか」

「危ないよ!」

「このままじゃ結界壊されて終わりだ」

啓太は家の外に出ようとしたその時、ズドンと音がした。地震でも起きたのかと思わせる揺れだった。啓太は慌てて外に出る。そこでは武尊が剣を抱え直すところだった。

「ごめん、遅くなった」

「いえ、助かりました」

啓太はなぜか敬語で受け答えしてしまった。

 あれだけ執拗に攻撃してきていた足だったが、武尊に切られた後はぼろぼろと崩れ砂になっていった。元のほうの足は逃げたようだった。

「壱華にあれだけ焼かれたのに、往生際の悪い」

武尊は剣をしまいながら悪態をついた。

「啓太!何外に出てるのよ!」

壱華は追いついたとたん啓太を叱り始める。

「扉開けたら結界の意味ないじゃない!」

招き入れるようなものよ!と続ける。啓太は呆けた顔で壱華を見た。

「そか、そうだよな。ごめん」

「兄ちゃん大丈夫?」

樹が背伸びして啓太の目の前で手を振った。

「たぶん大丈夫」

「本当に?」

「ちょっとテンパったかも」

扉開けちゃったし。と啓太は頭を掻いた。

「それは完璧兄ちゃんの落ち度だね」

「武尊が間にあって良かった~」

啓太はほうと息を吐き出した。安心したのもつかの間、まだ解決していない問題があったと思いだす。

「で、武尊。これは何の騒ぎなの?」

あ、と声を上げて啓太は後ろを振り返る。そこではそれはそれは美しく陸がほほ笑んでいた。


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