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 なにか言わないと。でもなにを言えばいいんだ。それにきっかけがない。適当になにか言い始めても、すぐに会話が途切れてしまうに違いない。そうなったらますます空気が重くなってしまうじゃねえか。


 きっかけは……、話のネタは……。ないことはない。でもできればそいつは後回しにしたい。今は先輩と楽しい話をしたいんだ。せっかく先輩が来てくれたんだ。誰がわざわざ好き好んで重たい話をしたいもんか。


 でも“あの話”はいずれしなくちゃならない。先輩に確認しなくちゃならない。そのための用意もしてある。そして今、他に話のネタもない。他に手はない。仕方ない。


「ちょっと待っていてくださいね。すぐ戻りますから」


 先輩にそう言うと、席を立って再び寝室へと向かった。部屋の中から用意しておいたものをピックアップ。そしてそれを持ってまたダイニングへと戻った。手にしているのは少し小さめの紙袋。


「瀬納君、それは?」


 先輩が不思議そうに聞く。俺はひとつ深呼吸をする。こいつを渡すのに必要な勇気を貯める。息を止める。自分に問う。いいのか? いいんだな? “あの話”を始めていいんだな?


「はい先輩。ホワイトデーのお返しです」


 俺は紙袋をテーブルに置いて先輩の前へと押し出した。精一杯の作り笑顔でだ。でも心の中では泣きそうだ。


「あ、ありがとう。そういえば私が言ったんだったわね。お返しは今日でいいって」

「そうですよ。まさか忘れてたんですか。まさか『お返しもよこさない不義理なやつ』なんて思ってたんじゃないでしょうね」


 作り笑顔をさらにパワーアップする。でも心の中では半分泣いている。


「そんなわけないでしょ」


 先輩がちょっとあわてた口調で言う。あれ? もしかして当たってた?


 先輩は紙袋を前後左右から眺めていた。紙袋自体はたいしたことない。安物だ。問題は中身。それも中に入っている物そのものじゃない。そいつの意味するところだ。


「中、見てもいい?」

「どうぞどうぞ」


 俺の返事と同時に先輩は紙袋の中身を取り出した。透明な包装に入った少し小さめのクマのぬいぐるみ。高さは20センチほど。ぬいぐるみとしては多少貧相かも。


「わあ、かわいい。ありがとう」

「それ、中にチョコレートとかがたくさん入ってるんですよ」


 先輩の礼に続けて俺はそいつの説明をする。ただのぬいぐるみならホワイトデーのお返しには選ばない。中にお菓子が入っているから選んだんだ。


 先輩はぬいぐるみにジッパーがあるのを見つけてそれを開けた。中から色とりどりの包装に包まれたお菓子が転がり出た。


「ちょっと、これ、高かったんじゃないの? いくら瀬納君が私のこと好きだっていっても、私の渡した義理チョコのお返しとしては大げさすぎない?」


 申し訳なさそうな先輩。いよいよか。いよいよ“あの話”をするときが来たのか。できればしたくない。なんせ俺の「奥名先輩を振り向かせたい大作戦」に俺自身で幕を引くことになるんだから。でも今のモヤモヤした状態のままでいいわけがない。嫌でもしなくちゃならないんだ。


 ついに俺は覚悟を決めた。


「いいんですよ。むしろ安すぎて申しわけないくらいです。だってホワイトデーのお返しにプラスして、先輩の“お祝い”も兼ねてるんですから」

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