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俺はコップの危機が回避できたことですっかり安心していた。ちなみにあのふたつのコップは久梨亜が取り上げてくれていた。だから先輩の手には触れなかったんだ。
先輩はまだ台を見ていた。しかしやがて思い切ったようにそこから顔を背けると言ったんだ。
「そうね。そうだ、まだお昼作るまでには少し時間あるでしょ。寝室に案内して。ちょっと横になりたいから」
ええーっ。寝室は、寝室はまずいでしょ。
いやそれは決して変な意味じゃなく、片づけてないからって意味なんだが。
「いいんですか? 散らかってますよ?」
「いいのそれくらい。まさかベッドの上まで散らかってるって意味じゃないでしょ」
先輩の言葉には有無を言わせない力があった。俺には抵抗のすべはない。だいたい「先輩は疲れて」って言ったのは俺なんだし。
寝室は洗面所から廊下を挟んで反対側。入り口はやや玄関側。
ドアを開ける。正面左隅にベッド。その頭側に窓がある。部屋の右側壁沿いは収納。右手廊下側の壁沿いに俺の机。
ベッドの足もと側には収納ボックスが置いてあって、そこが美砂ちゃんと久梨亜のスペース。中は久梨亜のはぐちゃぐちゃ。美砂ちゃんのは整理されている。さすが天使だ。
床には物が雑然と置かれている。主に俺と久梨亜のもの。美砂ちゃんのは鞄が置いてある程度。ふたりの持ち物には“不可視属性”がついているから先輩からは見えない。でもそいつの弱点はさっき目にしたばかりだから全面的な信頼は置けない。だから念のための意味を込めて先輩に言っておく。
「御覧の通り床にも物が置いてありますからあちこち動いたりしないでくださいね」
「大丈夫よ。ちょっとベッド借りるだけだし」
先輩はそう言うと真っ直ぐベッドに近づいた。さすがにその経路に物は置いてない。俺は部屋には入らず入り口で待機だ。紳士な俺としては当然の対応だろ?
先輩がベッドの脇に立つ。そのまま上がるのかと思いきや、なにやらベッドに敷かれたシーツのようすをじっと見ている。
先輩のようすに俺の動きが止まる。俺の中の警戒レベルが0から+1になった。嫌な予感がした。冷蔵庫のときもコップのときも、先輩がなにかをじっと見てるってのはなにかを怪しんでいるときだ。でもなにがある? シーツしかないぞ。
「瀬納君、あなたひとり暮らしだったよね」
シーツを見つめたままでボソッと先輩が言った。
「ええ、そうですが」
「このベッド、ひとりで寝てるんだよね」
「ええ、そうですが」
すると先輩がシーツを指さしながら聞いたんだ。
「じゃあなんでシーツのしわがこんなふうになってんの?」
???
はっきり言ってなにを言ってるのかわからない。
すかさず先輩の横にすっとんでいく。そして見た、シーツの“しわ”を。
ぱっと見たところぐちゃぐちゃな“しわ”にしか見えない。しかしよく見てるとそれらの“しわ”が縦に長い3つのグループに分かれて横に並んでいるのが見えてくる。真ん中と、その左右だ。
「これって3人で寝てるように見えるんだけど」
先輩のこの言葉に俺の中の警戒レベルが一気にMAXに跳ね上がる。
またもや新たな危機発生だ。ようやくコップの危機が回避できて安心したのに。危機だらけじゃんかよ。大丈夫なのか? なんとかなるのか? いや、このまま無事に済むとはどうしても思えないんですけど。




