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 玄関を入って廊下を真っ直ぐに進む。左手に寝室、右手に洗面。寝室は見られたくない。まずいものは全部隠してあるはずだが片づいてないし。


 廊下を進むとダイニングキッチンに行き当たる。正面右隅にキッチン。その左にはバルコニーへの出入り口。出入り口手前にテーブル。椅子は3脚。


「どうぞ。お好きなところへ座ってください」

 先輩に椅子を勧める。持っていた食材の袋を適当にそのあたりに置く。


 先輩にお茶を勧める。ペットボトルのやつじゃないぞ。茶葉から入れたやつだぞ。ティーバッグだけど。日本茶の。


「8点」

 お茶をひとくち飲むやいなや、いきなり先輩が言い放つ。


「えっ? なにがですか? お茶が、ですか?」

「なに言ってるの。この部屋の」


 先輩は多少大げさなそぶりで部屋をぐるっと見回すようにしてみせた。


「8点だなんて。そんなによかったですか?」

「勘違いしないの。100点満点で」

 バッサリ切られた。


「そんなあ……」

「女子の目から見たらひどいもんね。瀬納君に彼女ができない理由がよくわかるわ」

 さらにバッサリいかれた。


「美砂ちゃんや久梨亜はなんとも言わないの?」

「ええ。まああのふたりはそんなに来るわけじゃないですし……」


 言葉を濁す。だって嘘なんだもの。実は壁紙は彼女ら好みのを上から張ってあるし、棚に花まで飾ってある。しかし今はそれら全部に久梨亜が“不可視属性”ってやつをつけてるから先輩からは見えない。久梨亜に感謝だな。


 先輩は納得したらしい。よしよし。大博打の第4の勝負「中に入っても(俺と美砂ちゃんや久梨亜が同居しているという)決定的な証拠を見つけないかもしれない」は今のところ俺優勢。


「それから……」

 先輩の言葉に思わず心臓が縮み上がる。えっ、まだなにかあるのか。


「なんでこんなにあるの?」

 先輩の問い。えっ? なんのこと?


「椅子よ。瀬納君ひとり暮らしなんでしょ。なんで椅子が3つもあるの?」

 先輩の目に力がこもる。まずい。早くも追及モードに入ったか。


「ええっと、それは……」

「ふたりが来るから?」


 たたみかけられる“解答”。うわあ、思わず「はい」って言いそうになったじゃんかよ。


「い、いえ。もともと椅子はふたつあったんです。でも友だちとかも来るから買い足したんで」

「ふうん。そうなんだ」


 先輩が黙り込む。まずいぞ。あの顔は完全には納得してないっぽい。優勢のはずだった第4の勝負、ちょっと押され気味になりかけてる。


 先輩が立ち上がった。少しあたりを見回してから冷蔵庫を開ける。肉や野菜がいくつも見える。なんせ3人分が入ってるからな。


「へえ、瀬納君、自炊してるの」

「ええ、まあ」

「食材もいろんな種類入ってるみたいね」

「ええ、まあ」


 俺が基本自炊なのは事実。夕食にファミレスってこともあるけどそんなに頻繁じゃない。まあ自炊といっても朝は美砂ちゃんが作ってくれるし、最近は夜も美砂ちゃんが作ってくれることが増えてるけど。


 でもこれで先輩の俺への評価は上がったんじゃないかな。ちゃんと自炊してるし、食材も肉に偏ったりせずに野菜なんかもいろいろ買ってる。買い物は美砂ちゃん主導だから美砂ちゃんに感謝だな。


 しかしここで済めば苦労はしない。事態はそんなに甘くはない。


「でもひとり暮らしでこれ、多すぎない?」


 先輩の言葉に俺の動きが止まる。俺の中の警戒レベルが0から+1になった。嫌な予感がした。

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