4 天界にて その4
「いいでしょう」
神様の提案に今度はメフィストフェレスも同意した。そしてこう続けた。
「で、その者の観察ですが、我らがするわけにもいかないでしょう。いくら神様が暇だからといっても」
メフィストフェレスはまたも神様を煽るように言うとフフッと笑った。
この言葉に再び頭に血が上る神様。
(繰り返しになるが、神様に血があるかどうかはこの際考えないことにする。)
「な、何を言うか、わしが暇なはずがないであろう。わしはこの天の主であるぞ。わしがこの天の中で一番いそがしいのだ」
そして自分の背後に向けて大声で呼びかけた。
「誰か、誰かおらぬか」
しかし応える者はいない。
実は天使たちは物陰から神様らのやり取りの一部始終を聞いていた。しかし「また厄介事を持ち込んでくれて」と嫌がって誰も応えようとしなかったのだ。
「誰か、誰かおらぬのか」
再び神様が大声で呼びかけた。
こうなるとさすがに誰かが出て行かざるをえない。
「あのう、お呼びでしょうか」
現れたのはかわいらしい少女のような天使だった。
神様はその天使の姿を一瞥するや不審そうな顔になる。
「なんだミサエルか。いつもの用聞きの天使はどうした」
「はい。みなさま急用とかでお出かけになられていて、今は私しかおりませぬ」
もちろん事実ではない。だれも神様の用を押しつけられたくないので、一番下っ端の彼女にそう言うように言って押し出したのだ。
神様は少し不満そうに見えたが、やがてひとつ咳払いをするとミサエルと呼ばれた天使に向かって厳かに命を発し始めた。
「よいか、わしは今からこの矢を地上へと放つ。お前はこれを追ってこれが誰に当たったかを見届けるのじゃ」
「えっ、私が、ですか」
「そうじゃ。それだけではない。その後のその者の行動を監視し、適宜わしのもとへ報告するのだ」
「……わかりました」
そこへメフィストフェレスが割り込んだ。
「ちょっと待った。報告者がそちら側だけでは不公平。こちらも監視を送らせてもらいます」
「なんだと」
神様が文句を言おうとするのを無視して、メフィストフェレスは空中に輪を描いた。たちまちその輪の中が黒くなると、まるでトンネルから出てくるようにそこからひとりの悪魔が現れた。
ボンキュッボンの若い女性風の悪魔だった。黒い翼としっぽがあり、頭には二本の曲がった角が生えている。
「お呼びでしょうか、メフィストフェレス様」
女悪魔がメフィストフェレスの前にひざまずく。
「うむ。ヴァルキュリヤよ、いまからわしが命じることを確実に履行するのだ」
メフィストフェレスは彼女に近づくと、なにやらそっと耳打ちしていた。
「では矢を放つぞ」
神様はそう言って一同を見回した。
「対象は女がよかろう。歳は幼くもなく、適度に若いのを。では行け」
神様が矢に向かってそう言うやいなや、矢は空中に浮かび上がった。
矢はしばしどこへ向かおうか考えるようなそぶりを見せた。やがて目標が決まったらしく、一直線に地上めがけて文字通り“矢のように”飛んでいった。
それに続いてミサエルとヴァルキュリヤがその後を追って飛び出していった。