3 天界にて その3
メフィストフェレスは神様の目をじっと見つめた。まるでその心の奥底にある真意を見透かそうとするかのような目つきだった。神様はたじろいだ。
「ま、まあ、人類にも救われるチャンスをやらんわけではないがな」
自分の心の内を悪魔などに悟らせまいとしたのか、神様の口調は早口になっていた。
「ほう。それはどのような」
「た、例えば……。あくまで例えば、だぞ。あるひとりの人間の行動を観察して、『やはり人類は生かしておくべきだ』となったら人類滅亡はとりやめる、とかな」
神様が苦し紛れに言ったこの言葉を聞くやいなや、突然メフィストフェレスが大声で笑い始める。
「はっはっはっ、それは面白い。その話乗った」
「なんだと」
「だからその『ひとりの人間の行動を観察して人類を滅亡させるかを決める』という話にですよ。神様は『人類は滅亡するべき存在』に賭ける。あっしは『人類は生かしておくべき存在』に賭けさせてもらう」
「な、何を言い出すか。これはあくまで例えだと……」
「おや、いみじくも天の神ともあろうものが、自分が口にしたことを撤回なさるんですか」
メフィストフェレスの人を小馬鹿にしたような煽りに、むむっと神様は黙りこんでしまう。
「なんとも愉快な話じゃないですか。神が人類を滅ぼそうとし、悪魔がそれに反対する。こんな話、天地開闢以来聞いたことがありませんや」
なんとも愉快そうにメフィストフェレスは笑った。神様はそれを見て少し後悔した。自分はメフィストフェレスにうまく乗せられてしまったのではないかと。しまった。なんとかうまくこの話をなかったことにする方法はないものか……。
「で、どうされるので」
続けて放たれたメフィストフェレスの言葉に、「この話をなかったことにする方法」ばかり考えていた神様は不意を突かれてとっさに対応できない。
「えっ」
「『えっ』じゃないでしょ。どうやってその『ひとりの人間』とやらを選ぶつもりなんです」
さらに放たれるメフィストフェレスの言葉。それは神様に立ち直る暇を与えない。
「そ、それは……」
「まさか考えていないわけじゃあないでしょうね」
挑発するようなメフィストフェレスの言葉に、思わず頭に血が上ってしまう神様。
(神様に血があるかどうかはこの際考えないことにする。)
「もちろん考えておる」
「ほう。それはどのような」
「これじゃ」
神様が指先を空中横一線に滑らせた。その跡は光の筋となり、その光の筋は輝く一本の矢となって神様の手の中へと落ちた。
「この矢を地上へと放つ。当たった者がその『ひとりの人間』となる」
厳かに神様は言い放った。




