16 天界にて その6
2話同時投稿の2話目です
「ええい、やめじゃ。やり直しじゃ!」
ようやく硬直が解けた神様は苛立たしげに叫んだ。
「ええっ、やめるんですか?」
「そうじゃミサエル。何を好き好んでこのわしが人間の“男”の行動報告を受けねばならん! 観察するなら“女”に限る。それも“若い女”じゃ。美人ならなお良し。巨乳でロリっぽければ最高じゃ!」
神様の叫びはほとんど絶叫と言ってよかった。その興奮の度合いは、隣のメフィストフェレスや映像の中のミサエル、それにヴァルキュリヤまでもからドン引きされていることに気がつくのにしばらく時間がかかったほどだった。
常春のはずの天界に一陣の寒風が吹き抜けた。
「え、ええっと、つまりじゃな」
さっきの絶叫から一転、神様の声はか細くなる。
「わしは対象を“女”と指定した。それを理由があったであろうとはいえ、矢のやつは“男”に当たってしまいおった。これでは賭けの条件が成り立たぬ。条件が成り立たぬ以上、賭けは不成立。よって通常なら賭けはなかったことになるところじゃ。じゃが既にミサエルらを派遣してしまっておる。メフィストフェレスもこの賭けをたいそう楽しみにしておったようじゃ。よって仕方なしに。よいか、わしは別に賭けを続けんでもよいのだ。しかしメフィストフェレスがどうしてもと言うのじゃから……」
「いや神様、あっしはそんなこと言うてはおりませんがね」
メフィストフェレスの皮肉を込めたひと言に、一瞬挙動不審になる神様。
「あっしはそんなこと言うてはおりませんが。でも神様、『ひとりの人間の行動を観察して人類を滅亡させるかを決める』という話を持ち出したのは神様、あんただ。それに『矢のやつは“男”に当たってしまいおった』っておっしゃいますけど、その矢を創り出したのも神様、あんただ。そしてその矢に自身の使命を吹き込んだのも神様、あんただ。そのあんたが矢の選んだ対象を却下なさるなんて、ちょっと無責任じゃないですかい」
メフィストフェレスの追及に神様は“ぐぬぬ”と押し黙ってしまう。
そこへヴァルキュリヤとミサエルが追い打ちをかける。
「そうだよ神よ。あんたは『女がよかろう』って言ったんだ。『よかろう』ってのは『どちらかというと好ましい』ってことであって、別に『絶対』ってことじゃねえだろ」
「そうですよ主様。もう対象者には私たちの存在を明かしてますし、まわりの人たちの記憶も操作してしまってます。それをいまさら全部なかったことにするなんて、あの人がかわいそうです」
ヴァルキュリヤだけならともかく、ミサエルからまでも反対されて、もう神様は進退窮まってしまった。
「わかったわかった。皆がそれほどまでに言うならやり直さずともよい。その男で続けてよい。べ、別にわしが女を観察したいわけではないのだから。よいか、わしは決っして“若い女の生活をのぞき見したい”わけではないのだからな!」
ついに神様が降参した。常春のはずの天界に再び一陣の寒風が吹き抜けた。3人の“ジト目”が哀れな神様の姿を見つめていた。