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それはまた、別の話。

 【クラス:魔王】


 ステータス画面に表示されたその文字を見て、俺は片腕を天に突き上げた。


「よっしゃー!! とうとうレアクラス【魔王】になったぞー!!」


 黒衣の装束を着た俺の周りには、様々なモンスター達がずらりと並んでいる。

 場所は俺が所有する城《茨の城》の広間である。赤い絨毯に豪華なシャンデリア。壁には高価そうな絵画や甲冑などを飾り、花瓶には永遠に枯れない花が咲き誇っている。

 もちろん、現実じゃない。ここは、VRMMOのゲーム、《The Monster World》の中なのだ。


 俺の名前は笠置亮太かさぎりょうた、とりたてて目立ったところのない高校二年の男子だ。

 中肉中背、可もなく不可もない容姿、運動も成績も並み。そんな俺だが、唯一自慢出来るのは根気だ。

 コツコツやるのは得意だし、それが好きな事ならもっと熱が入る。


 最近俺がはまっていたのが、《The Monster World》のモンスター集めだ。未確認情報だが、モンスターを百種類集めるとレアクラス【魔王】になれると掲示板に書いてあったからだ。

 本当かどうかわからないけど、俺は何かをコレクションするのは好きだし、魔王というクラスにも興味があった。

 それでチャレンジした結果が、これだ。


「あの噂、マジだったんだなー。これで、トップランカーの《白帝》以来の魔王か。嬉しいなー。な、グレイ」

「キュウ」


 近くにいたグレムリンのグレイに話し掛けると、可愛らしい鳴き声で返事をしてくれる。《The Monster World》のAIは優秀なので、まるで生きているかのような反応が返ってくるのだ。

 とにかく、魔王だ。

 俺はさっそく魔王のクラススキルやステータス変化などをチェックした。


「へえ、魔王になるとモンスターの隠しパラメーターが軒並みアップするのか。もちろん、ステータスの方も格段にアップ、と。俺自身のステータスもなかなか上がってるな。うん、やっぱレアクラスなだけはあるな」


 うんうん、と満足感を抱きながらうなずき、入手したスキルの方も確認しようとした。

 だけど、出来なかった。


 ――来たれ。異界の王よ


「へ?」


 どこかからか、気味の悪い声が聞こえた気がして天井を振り仰ぐ。すると、突然辺りが暗くなり、ぐにゃりと視界が歪んだ。


「な、なんだ? バグ? VR酔い? ……気持ち悪」



 立っていられずしゃがみこんだ俺は、目を瞑った。

 がんがんと、頭が痛む。耳鳴りが大きくなる。

 吐き気と目眩に耐えていると、浮遊感が俺を襲った。

 ――いったいなにがおきたんだ。


 額に脂汗をかきながら、俺は意識を失った。そんな事があるはずのない、VRの中で。


「……スター、マスター」

「う……」

「マスター、しっかりなさってください、マスター」


「う……?」


 しつこく呼び掛けられ、俺はぼんやりと目を開いた。あれ、俺は何してたっけ……。


「ああ、気が付かれたのですね。ご気分はいかがですか、マスター」

「よくない。って、え? 誰?」


 俺を覗き込み、心配そうな顔をしているのは、やたら美形の兄ちゃんだった。

 少し長めの灰色の髪と黒曜石の瞳。線の細い美形で、なぜか執事の格好をしている。……NPCだろうか。見覚えないけど。


「誰、などとお戯れを。私です。グレイでございます」

「へ? グレイって、あのグレイ?」

「左様でございます」

「グレムリンのグレイ? 俺が一番最初に召喚した?」

「はい。マスターの最も忠実なるしもべたる、グレイでございます」

「……わーお」


 俺はなんと言ったらいいのかわからず、乾いた笑いを浮かべた。

 なんでグレイが人間になってんの? しかも執事姿。


「……もしかして、大型アップデートか? さっきの目眩はそのせいとか? いや、でもなんの知らせもなかったけどなあ……」


 まだ寝転がりながらぶつぶつとつぶやいていると、花のような甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「ぬし様。まだお加減が悪いのですかえ?」

「え? ――わっ」


 横を見ると、グレイとは反対側に、超絶美女がしゃがみこんでいた。

 白い肌に艶々とした長い黒髪が流れ落ちている。切れ長の瞳は金色で、目尻に赤い色がさしてあった。唇は紅く、緩やかに弧を描いていて、江戸時代の遊女――花魁のような格好をしている。

 ……うっわあ、妖艶美女。

 俺はしばらく惚けたように彼女に見惚れていたが、ふとある事に気が付いた。

 ……頭に狐耳ついてる。つか、尻尾もある。しかも九本。まさか、ひょっとして。


「……玉藻、なのか?」


 呼び掛けた名は、俺がまだ始めたばかりの頃に召喚して、九尾にまで進化させた妖狐のものだ。

 まさか、という思いを裏切るように、美女は嬉しげに微笑んだ。


「あい。ぬし様がよう可愛がってくれはりました、玉藻でありんす。うふふ、ぬし様にこうして人の姿でお仕えできる日を、どれだけ夢に見たことか」

「え、ち、ちょっと待って。まさか、他の皆も……」


 俺は慌てて上半身を起こして、くらり、と倒れそうになった。


「危ない!」


 そこをさっと助けてくれたのは、浅黒い肌の男だった。鋭い瞳はダークブルーで、短い髪は赤銅色。こいつもかなりの男前だが、この配色、そして持っている戦斧から考えると……。


「……もしかして、ミノンか? あの、ミノタウロス・ロードの」

「おお! さすがはわが主人! よくぞ一目でおわかりになられましたな!」


 おそるおそる問いかけると、男――ミノンは嬉しそうに破顔した。なんてこった……。


「ご主人様、あの、わたくし、セレネです」

「……主、陸皇だ」

「はいはーい! あたしはキティだよっ!」

「それがしは……」

「わたしは……」


 周り中から声をかけられて見渡すと、先ほどまでいたモンスターの姿は無く、かわりに美男美女がわんさか居た。

 次から次へと取り囲まれては名前を名乗られ、目が回りそうになる。

 その混乱を静めたのは、グレイだった。


「皆、そこまでです。マスターはお疲れのご様子。煩わせてはなりません」


 グレイが二度手を打ち鳴らすと、皆は渋々といった様子で元の位置に戻った。

 どうやら、グレイがリーダーのような役割らしい。

 俺はようやく起き上がり、混乱しながらも事の次第を確かめるべく運営に連絡を取ろうとした。しかし。


「……ウィンドウが開かない」


 呆然とつぶやく。何をどうやっても、ウィンドウは開かず、緊急連絡用のツールも軒並み停止していた。

 ……嘘だろ。え? ちょっと待ってくれよ。


 身体中から、嫌な汗が吹き出す。頭の中では、かつて読んだ事のあるウェブ小説が浮かんでいた。


「……デスゲーム、は、ログアウト出来ないだけの筈だし。まさか、異世界に来た、とか。……ははっ、まさか、そんな」

「恐れながら、マスター。ここはどうやら元の世界とは違うようです」

「えっ……」


 グレイは憂い顔を窓へと向けて、続きを口にする。


「先ほど、妙な出来事があり、私達は人の姿になりました。その後、マスターが目覚める前に周辺を探りましたが……違うのです」

「ち、違うって、なにが」

「なんと申しますか……風や、日の光、空気。それらに違和感を感じるのです。これは、私だけではなく、皆も同意見です」


 グレイは端正な顔をしかめて言い難そうに答えた。他のモンスター……いや、何て言えばいいんだ?

 ……皆、でいいか。皆もうなずいて同意を示している。

 だけど、異世界だって? そんな、馬鹿な。まるっきり小説みたいじゃないか。

 俺は呆然としながらふらふらと窓辺に寄った。

 窓を開けて外を眺める。

 とたんに煌めく光が目に飛び込んできて、眩しさに手をかざした。

 視界に入ってきたのは、青色だった。水だ。大量の水が視界いっぱいに広がっている。かなり遠くに、草原と森。山も見える。


「海……? いや、磯臭くない。なら、池、いや、湖か……」


 呆然としつつも言葉がこぼれ落ちる。

 気を失う前までは、この城は岩山の頂上にあった。なのに、今は湖のど真ん中に建っているらしい。

 ……なんてこった。


「マスター、顔色が……マスター?」

「…………夢だ、きっと」


 小さくつぶやいて、俺は再び意識を手放した。

 目が覚めればきっといつものように、自分の部屋でうたた寝をしていたことに気が付くだろうと、儚い望みを抱いて。


 その後。目が覚めても結局何も変わらず、俺達は仕方なく自給自足の生活をしつつこの世界について調べることにした。人間のふりをして冒険者になったり、店をひらいたり、学校にいったりもして。

 そうして、いつの間にかこの世界の謎に深く関わっていたりしたわけだけど――。


 それはまた、別の話である。

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