水曜日〜早朝〜
ピピピッ…ピピピッ…
ーー目覚ましがなる。
いつもより1時間も早くセットをした。
「…………もうそんな時間か」
まだ眠たい。
重いまぶたをこすり、重い体をゆっくりと起こす。
中年ってのは嫌な歳だ。
気持ちは若くても、体がついていかない。
「……おはよう、俺」
最近おでことてっぺんが気になり始めたが、今はそれよりも気にすることがある。
さて、顔を洗ったらやるか。
◇◇◇
チンで温めたごはんから湯気が出てる。
このままでも美味しそうだが、そうもいかない。
何故長年の習慣ーー朝はパン(コンビニ)ーーをなくしてまで、いつもより1時間も早く起きて台所に立っているかと言うと…
「……醤油、まだあったかな」
あくびを噛みしめ、俺は冷蔵庫の中を漁る。
と言っても、大したものはほとんどないが。
そう。
昨晩のリベンジだ。
レベル1も作れなくて、課長と言う名の中間管理職なんてやってられるか!
「あ、あったあった」
やはり昨日と同じく、コンビニ弁当に付いている醤油のあまりを、俺は颯爽と取り出した。
たまごはーーある。
「よし」
いそいそとそれらをちゃぶ台へと持って行き、昨日買ってきた本を読み返した。
【レベル1ー卵かけごはんー】
『卵かけごはんとは…ご飯に非加熱の鶏卵を掛けた飯料理です。調味料として醤油などが使用されます。卵を生のまま用いる為、新鮮な卵を用意しましょうーー』
「なるほど…」
これも立派な料理の1つ。
あなどっちゃあいかん。
料理なんて何1つしたことのない俺にとって、料理とは未知の世界なのだ。
昨日の俺はどうかしてた。
焦ってはいけないのだ。
まずは両手で卵を割れるようにしなければな。
『ー卵の上手な割り方ー
卵を割るときにテーブルなどの角に当てて割る人がいますが、この方法だと殻が中に入ったり、黄身が崩れてしまうことがあります。卵を上手に割りたいなら、平らな面に卵を水平にして少し勢いをつけてコツンとぶつけてやるといいです。きれいにひびが入れば、中に殻が入ることもなく、黄身が崩れることもありません。あとはひびに親指を当てて卵を両側に開き、容器の上から割り入れます』
「平らな所…だと…⁉︎」
俺は落胆した。
ひびを入れるなら角だろ!と思い込んでいたのは間違いだったという訳か⁉︎
それとも初心者は、平らという安全な場所を選べ!ということか。
俺は卵を手に取った。
「平らな所で…少し勢いをつけて…」
ぐじゃっ……
oh…
ちゃぶ台の上に、見たこともないグラデーションが広がった。
言葉に惑わされちゃいかんな。
少し勢いを付けて、ではなく、少しずつ、だな。
「力加減が難しいな…卵」
本日最後の卵を取り出し、再び挑戦する。
コン…コン……
よし、上手くひびが入ったぞ!
あとは…
「親指をひびに……」
ぐじゃっ……
oh…
親指が中に入ってしまった。
中の黄身が溢れ出てくる。白身も出てくる。
そのままの格好で硬直しててはいけないな。
倍になった未知のグラデーションを綺麗に拭きあげた俺は、半分覚めてきた白米に醤油を掛けて平らげた。
「ごちそうさまでした…」
卵、恐るべし。
そう思いながら、俺は会社へ行く準備を始めた。