木曜日〜葛藤〜
そもそも。
俺は故郷の味ーーつまり、嫁の手料理に飢えているだけであって、自分で料理をしたいわけじゃない。
ただ、今までの食生活じゃいけないとは思ってる。
栄養はかなり偏ってるわけだし、金は必要以上に掛かるし、何よりこの腹と頭のてっぺんが…
だからと言って50近いおっさんが、今更手料理を始めたところで一体何になる?
『今は料理男子の時代っすよー』
山下くんの言葉が頭の中に響く。
『今の時代、料理の出来る男がモテるんすよー』
「…………」
何度も言うが、食べたいのは嫁の手料理だ。
俺が頑張ったところで、嫁の手料理が食べられるわけでもない。
だが…
『課長って自分でメシ作らないんすか?』
(それが普通なのか…?)
時代という波の流れは実に恐ろしい。
ついひと昔前までは、亭主関白だの男子厨房に入らずだの言っていたが、それももう古いということか。
確かに最近の料理番組では、芸能人だか何だか分からんが、男が料理をしてる姿を良く目にするようになった。
分からないわけではない。
だからあの時、たまたま入った本屋で、たまたま手に取った本を買ってしまったのだ。
勢いもあったが、興味がなかったと言えば嘘になる。
そしてその勢いに任せて料理を始めたのも、また事実だ。
(……悪くはない、か)
まだまだ始めたばかりだ。
料理をしてると言うのもおこがましい。
だが…
(あいつの手料理も食べたいが、まずは俺の手料理を食べていこう。そうすればきっと…)
ーー故郷の味に近づける。
そう心に言い聞かせた俺は、目の前の蕎麦をすすった。
「あ。今日はかき揚げ蕎麦なんすね」
「ああ」
今日も麺は美味かった。




