8話
ガレアは一瞬にして巨大蟹の足元まで接近すると、蟹から振り下ろされたハサミを避けることなく全身で受け止めた。
…あんな攻撃、俺だったら絶対に押し潰されてる。
いや、あんな巨大なハサミ誰だって押し潰されるだろ…。
だが、ガレアはそれを軽々と片手で受け止めると、握力でそれを握りつぶした。
一部、粉砕した場所から紫色の液体が流れ出す。
「力自慢な姿してんのに、これじゃまるで期待はずれだなぁ」
紫色の液体を頭からかぶったガレアは、一瞬呆れたような顔をし、次は高速で空へと跳び上がった。
完全にガレアを敵だと判断したのか、巨大蟹は一部砕かれたハサミを上へ振り上げると、それを横にスライドさせるように動かし、ガレアの横腹、いや、左半身を叩き潰した。
…しかし、そう簡単にガレアを叩き潰すことはできるはずがなかった。攻撃したはずのハサミは大きく凹み、その凹みにガレアが綺麗に収まっている。
俺が俊敏さと正確性だとしたら、ガレアは鉄壁の防御と絶対的攻撃力なのだろう。
…絶対相手をしたくない人物だなぁ。正直勝てる気しないよ。
「はっ!!」
俺がふと、上を見上げた瞬間、気合を限界まで高めていたガレアが右腕から衝撃波を放出した。
魔法でも剣技でもないその一撃は、蟹の硬い甲殻をも軽々と粉砕し、蟹の胴体に大きな丸穴をつくった。
…こんな威力の一撃初めてみた。
だって、魔法には継続的にダメージを与えるのが一般的で、剣技も一点に集中して技を放つので、これほど広範囲に一瞬で高威力で攻撃する技なんて見たことない。
…いや、聞いたことはあるんだけど…。
ガレアが空中から降りてきた後も、まだガレアから発せられるビリビリとした闘気は残っていた。
この感じだと、まだあの蟹も力尽きてはいないのだろう。
…正直もう俺の出番ないかな〜。
「あの蟹…、生命力だけは計り知れねぇな…。
俺のあの一撃で胴体に風穴開けられてんのにピンピンしてやがる」
ガレアははぁ…とため息をつくと、後退して俺の近くまで移動してきた。
…どうやら、全部任せることはできないっぽい。
やっぱり俺も…加勢しないと、いけないかぁ。
剣を鞘から抜刀し、特に構えることもなくガレアの横まで俺は移動した。
…いや、別に共闘が初めてだから少し嬉しい…だなんて少しも思ってないよ?
「ちっこいのもやんのか?ま、それを待ってたんだけどな。ちょっと俺に実力見せてみろよ」
「え…え、えぇ!?」
…もしかして、いいように動かされただけなの!?カニがピンピンしてるってウソ!?
少し、焦って頭が混乱した俺は、ガレアの周りを駆け足で一周し、またもとの定位置に戻った。
「え、い、いや…ガレアさん1人で…も」
「んじゃ行くぞー」
やっぱり話聞いてくれないよこの人っ!!
ほとんど無理やりだよこれぇっ!
まあ、そんなことも言えるはずなく、俺はあたふたしながらガレアに蟹の足元まで引きずられていった。
「4人の中で唯一、年齢も何もかもが不明の剣士に会えたんだ。そりゃあ、実力を見せてもらわなきゃあ困るぜ」
「よ、4人?」
「あぁ?お前その中の1人だってのに知らねーのかよ…。この世界で最強って言われてる4人だよ。ま、俺もそんな最強だとか信じてねーけど」
ガレアは俺の問いにかえしながらも、上から降り下がってくる岩のようなハサミを片腕で軽々と防いでいた。
ガレアの足元ではその威力が思い知らされるように、大きなクレーターができていた。
「俺は、この魔法と剣術が主流のこの世界でも、武術が通じるってことを示したい…。だから、俺より強いやつは全員ぶっ飛ばさなきゃなんねーんだよ」
一瞬、俺の背中に何か冷たい、凍るような何かが走った。
…これは、俺もその中に入ってるのかな。
だったら絶対この蟹と戦っちゃだめじゃん、この戦い終わったあと俺死んじゃうじゃん。
…でも、逃げたところで捕まえられるし、手を抜いても絶対バレるし…。
「…えっと、最初にいっ、言っておくけど、俺はぶっ飛ばさないでね?」
「あ?あ……いや、お前みたいなちっこいのはぶっ飛ばさねーよ。えっと、その、いいから早くこいつと戦ってくれ!!」
…あ、今の自然と俺を脅してるようにしてるのかと思ったんだけど、無意識だったんだ。
まあ、とりあえず。戦わなきゃだめな感じだし…やるしかないかぁ…。
俺は、腰にある剣を抜刀する。
そして、そのまま自然な流れでガレアが受け止めていたハサミに剣を振った。
剣先は少しも当たっていないように見えたが、そのハサミは俺が最後に剣の動きを止めたあと、音を立てて切断部分から地面に落ちていく。
「へぇ〜…」
切断されたハサミを手放しながらガレアは俺の方にニヤッとした表情で目線をやる。
そして、落ちたハサミを再び拾い上げると、それで切断された部分より上に目がけて振り上げた。
ガンっという衝撃音とともに蟹の腕は振り飛ばされると、ガレアはまた蟹の真正面へと突っ込んでいく。
…と思ったら、蟹の頭部分に着地したあと、そのあとなにもなかったように俺の方まで帰ってきた。
「あ、あっぶね。結局俺が倒しちまうとこだった。ほら、いけーちっこいのー」
「いや、そのまま倒せばよかったじゃん!!!?」
「俺はお前の実力を見てみたいんだ。俺のワガママに付き合え、そんで、あの兵士たちにお前の実力を見せ付けてやれよ」
「でも…」
ほんとに本気をだしていいんだろうか。
いや、周りに被害がでたらいけないし、本気はさすがにだせないけど、戦っても…。
「いいんだよ。どうせ、あの王様が気づかって隠してんだろうけど、お前が小さいからって強くちゃいけないなんてルールはねぇ。それに、お前コミュニケーションとるの苦手っぽいし、目立つようになるほうがいいだろ!」
…たしかに、そうだ。それに、ここにいる兵士たちは全員王様の部下だし、兵士たちが言い広めようにも信じる人なんていないだろう。
王様は、俺のこの年齢から嫉妬する冒険者がいるだろうということ、俺がコミュ障だから有名になったらそれで困るだろうって理由で俺を隠してくれていた。
…ガレアと王様は考えてることが、逆なんだな。
俺も、コミュ障を早く卒業したいんだ。だったら王様の後ろにずっと隠れてるなんて、妹に助けてもらってばっかりじゃ絶対駄目なんだ。
「あ、ありがとうガレア。俺、やってみる」
「あぁ、じゃああのでっかい蟹、デカ二にいっぺんかましてこいっ!」
ガレアのデカ二の一言のあと、俺は腰にある剣を再び抜刀し、蟹の無傷な腕のほうへと駆け寄った。
それに気づいた蟹はその腕を無意識に振り上げる。
「遅い」
振りあげた腕の関節部分に切れ目がはいり、ゆっくりと切断された腕が落ちていく。俺はその腕に飛び乗った。
そして、次はまだ体にくっついている上腕の方へと飛びのる。
…これでこの蟹の体全体、俺の斬撃範囲内だ。
海も山をも斬れる俺の剣技は、生まれながらの反射神経と、14年間ある師に鍛えてもらった剣術からできている。
この剣術は空間を斬る。斬れる範囲は人それぞれ決まっているらしいが、俺はだいたい視界にはいる範囲なら全て斬ることができた。