6話
「今日は大変だったな…ホント」
結局あのまま走りっぱなしで家までたどり着いた俺は、フランが作った料理を食べ、風呂にも入り、ガクガクになっている足で自分のベッドの上に倒れ込んでいた。
明日、筋肉痛で動けなかったりして。
まあ、明日は特に用事なかった気がするし、動かなくても大丈夫かなぁ…。
「…ベルさん」
ふと、目についた写真を見て、俺はそう呟いた。その写真には木刀を持った青年と、同じく木刀を持った俺の写真が飾ってあった。
青年の表情はにこやかに笑っているが、俺の方は緊張してるのか、とてもこわばっていた。
はぁ…と俺はため息を吐くと、そのまま眠りにつこうと思った。だが、写真の隣にあった一枚の紙に気づき、急にとびおきる。
…あの紙、何か大事なことが書いてあった気がするんだけど、気のせいかな…気のせいだよね…。
恐る恐る伸ばした手でそれを掴み取ると、俺は一瞬にして顔面蒼白になった。
これは…、以前王様から渡されたものだ…。確か、明日討伐することになっている魔物のことが書いてあるんだっけ…。
そう…明日の…。
「…延期、できないのこれ…」
いや、出来るわけないことぐらいわかるよ…。だって確かこの魔物着々とこの街まで侵攻してしてるらしいし、手練れの冒険者を集めてもなかなか食い止めれてないらしいしさ。
でも、明日俺が行ったところでなにもできない気がするんだよね…。
「お兄ちゃんっ!!」
「のわぁっ!!なっ、なんだよ!!」
ニシシ…と如何にも何か企んでいる表情をしたフランが突如俺の部屋のドアを勢いよく開いた。
ドアはバンっと壁に叩きつけられ、あと少し強かったらドアが壊れてたかもしれない。
「危ないからもう少しゆっくり開けろよ…。ってなに持ってんのフラン」
「これ?デザートのパフェ」
「ホントにパフェ?それ」
そういや、街にいるときに後で作ってあげるとか言ってたな…。でもあの表情…、何か裏があるはず…。
とりあえず食べて確かめてみるか。
ん?何で様子を見ないかって?それくらいパフェが食べたいからに決まってるじゃん。
そして、フランの手にあったパフェを手に取ると、そのまま何の遠慮もなく、一口自分の口へと運んだ。
「疑いながらも食べるんだ…」
「食べたかったんだからいいだろー…!!」
突如、口の中で何かが暴れまわり、俺はひどくその場でむせた。
別に辛いものが入っていたわけではない、見た目も味も普通のパフェだ。…一体なにが…?
「おー、効果的中!パフェにさ罠魔法仕込んでたんだけどさ、こんなに上手くいくとは…、これは使えるかも」
「…ふざけんなよっ!!食べ物を粗末に扱うな!!」
俺が真っ赤に膨れた頬をさすりながらそう言うと、フランは全く反省してなさそうな声で「は〜い」と返事をした。
まさか、パフェの中に攻撃魔法が施されてるなんて誰も思わないだろっ!!口に入ったクリームやフルーツがポンポン爆発とかありえんでしょ!!
因みに、フランは全く俺の方をみて謝っていない。
…もう嫌だぁ、絶対これまたイタズラされる奴だから…。
涙目なまま、王様からの手紙を手に取ると、俺はそれをそのままフランに手渡した。
手紙の裏には、コレモラッタケドオレアシタイケナクナイ?と書いている。
いや、ただ、手練れの冒険者が何人もやられてるし、俺が行かないと結構街が危ないんだよな…。
「これ、依頼じゃなくてただのお願いなんでしょ?じゃあ行かなくていいじゃん」
「そ、そうだけど…」
「お兄ちゃんは止めてほしいの行かせてほしいのどっちなの…」
「わかんないけど、フラン俺のこと止めたことしかないじゃん」
そう言うと、フランは俺の胸にある傷跡に視線を下ろした。そして、なぜかかなり暗い顔になり…何かをぼそりと呟いた。
そういや、俺には胸のところに大きな傷跡があるが、その時の記憶が一切ない。何か強大な魔物に引っ掻かれた跡だとは思うけど…その時のことを少しもおぼえていない。
「…私は、もうお兄ちゃんのあんな顔見たくないから」
「は?」
フランはそう言うと俺に目を合わせないまま、乱暴に開けられたドアをまた乱暴に閉め、さっさと自分の部屋に帰っていった。
…フランはこのことを知ってるんだろうけど、何でか俺には教えてくれないんだよなぁ。
「俺の…あんな顔ってなんなんだろ」
ドアが閉められた衝撃で倒れた写真立てを元に戻すと、俺は別にそのことを気にすることもなくそのままゆっくりと深い眠りについた。
…そして、次の日。
俺はいつも通り背のびをしながらゆっくりと上半身を持ち上げる。
そしてふぁぁ、と欠伸をした。
そして、いつも通り床に脚をつける…。
「あだっ!!?筋肉痛がっ!!」
…やはり俺の脚はいうことを聞いてくれないっぽいです。
この調子じゃ、やっぱりいけそうにないなぁ…って、そんな自分の都合で変えれるような問題じゃないんだけど。
どうしようかな……。
俺は腕で体を引きずるように這いずりながら階段のもとまで移動する。
そして次は階段の横についている手すりに体重をかけながら階段をおりていき、やっとのことでリビングまで辿り着いた。
「フランー…」
「んー?どしたのお兄ちゃん。…あ」
俺の様子を見たフランは何を思ったのか、すぐに俺から目を逸らした。
しかし!俺はここで体を這いずらせながら移動しフランの顔の背けたほうに移動するっ!
「脚がめっちゃ痛いんだけどっ!どうしようフランっ!」
「えっと…ごめんなさい。でもさでもさ、お兄ちゃんが戦いに行かなくていいんだし…」
…俺が行かなかったらこの街どうするんだよ。
それに、フランはかなり高度な回復魔法が使える。それを使おうとしないのも俺を討伐に向かわせたくないからだろうけど。でも、そんなフランの私情で俺が討伐をサボるわけにはいかない。
「ごめんフラン。フランが心配なのもわかってるけどさ…。行かないと」
「わかってない」
「へ?」
フランはそう一言告げると、回復魔法のために詠唱を始める。
俺には、その時フランが何故あんな表情をしているのかわからなかった。
「えっと、ありがとフラン」
詠唱が終わり、筋肉痛の痛みが和らぐと、俺はフランに一言礼を言い、その場に立ち上がった。
俺の頭の中は昨日からなんだかハテナだらけだ…。
「絶対無事に戻ってきてよっ!」
「あーもう、わかったって」
おれの適当な返事にフランは口をモゴモゴさせながら脚をジタバタ動かすと、「お兄ちゃんなんか大っ嫌い!」と自分の部屋に戻っていった。
昨日から本当なんなんだよ…。
俺だって好きで討伐に向かってるわけじゃないのに…と、俺は玄関のドアをゆっくりと開け、広い草原の広がる外へ一人出て行った。
「あ、そういやセリーヌさん今何してるんだろう」