人間失格5秒前
今日もいい天気だ。
窓の外からチュンチュンと雀の鳴く声が聞こえてくる。
「あー、うっぜー」
彼は高校生だ。しかし、いじめに合い不登校になっている。朝だろうが昼だろうが夜だろうが関係ない。
寝たい時に寝て、起きたいときに起きる。
両親は公務員で、兄弟はいない。一人っ子だった。
もしトシキに他の兄弟がいたら、不登校で引きこもりになっている兄か弟であるトシキを、無理やりにでも学校に連れ出そうとしてくれたかもしれない。
もしくはそのきっかけを作ってくれたかもしれない。
家庭を顧みないモラハラが目立つ父。
夫である父に頭があがらず、毎日びくびくして過ごす母。
トシキには友達はいない。無論彼女なんて生まれてこのかた17年いたためしがない。
イケメンどころかブサメンのトシキに、彼女ができるとしてそれはきっとブサメンでもいいというブサ面のブスだろう。いや、そんなブスさえも、トシキの前では逃げ出してしまうだろうか。
「ごはんテーブルに置いておくからね。温めて食べなさい。お弁当も作ってあるから。ちゃんと学校にいくのよ」
うぜぇ。
うぜぇんだよばばぁ。
心では罵ったが、脳みそが眠くてまだ完全に覚醒しきれていない。
もう一度寝るか。
トシキは、夢もみない深い眠りへと落ちて行った。
目覚めると、お昼過ぎになっていた。今日も学校は無断欠勤だ。
両親は一人息子のトシキに、私立に行かせるために塾へ通わせ、その頃のトシキはまだ真面目だった。
ちゃんと将来なりたいものだって決まってたし、いじめになんて合ってなかったし、ブサメンでも関係のない友人が数人いた。
同じ公立の高校を受けると約束していたのに。
両親は大反対し、ある程度は進学校の私立へとトシキを入学させた。
トシキは私立高校で浮いていた。
補欠で合格した最下層の人間。成績別にクラス分けされたため、F組であった。
入学して早々に、人生に真っ黒いラインが引かれている気がした。
F組が2年に上がり確立は60%程度だそうだ。みんな授業内容についていけず、退学するのだ。
そんなクラスに入ったトシキの心情は、いかばかりのものか。
しかし、クラスでもブサメンで有名だったトシキに同情する者などいない。みんな必死で勉強して留年したり退学したりしないよいうにしている。
そんな卑屈な人生が嫌になって、校内のトイレで煙草を吸ってみた。
反抗期の始まりだったのかもしれない。少し遅い反抗期。
「知ってる?あいつってさー、家が金持ちだから裏口入学したんだぜー。でもクラスはFだけどよ」
「なんていうか気持ち悪いじゃん?顔面にきびだらけでぶつぶつしてて。こっち寄るなブサメンがうつるじゃねーかってかんじ」
「ぎゃははは、いえてるーー!!」
F組で友達もできないブサメンのトシキは、都合のいい、他の生徒たちのストレスのはけ口、いわゆるイジメにあっていた。
なんでもない。
そう言い聞かそうとしても、心は痛かった。
歩けば指を指して笑われ、何をするにもとろかったトシキはクラス中から無視され、馬鹿にされてのけものにされた。
さらには別クラスからまでも、からかいにやってくる連中がいた。
イジメは無視だけに留まらず、ノートや机に死ねとかブタ、キモイ、ブサメンなどの落書き、上履きを隠され、体育着を焼却炉に入れられて焼かれたり。
人生失格5秒前の扱いを受けていた。
人生失格は、むしろいじめた奴らなのだろうけれど。教師はイジメを知っていて放置していた。こいつも人生失格だ。
はぁ。人生失格5秒前でいいから違う人間に生まれ変わりたい。
トシキは自分の不細工な面を鏡で見てから、トイレを出て、クラスに戻った。その時は、自分の机と椅子が廊下にだされていた。
トシキもそれなりに頑張ったと、自分でも思った。
でも、もう限界だった。
次の日から、トシキが登校することはなかった。
「ばばぁうっぜええなぁ。今時キャラ弁かよ」
昼に、朝飯では足りなくて、母親の作った弁当を食べた。
お小遣いはそれなりにもらっている。
ブサメンでも、母にとっては可愛い一人息子なんだろう。
トシキは、とりあえずひとっぷろ浴びた。ここ数日風呂にも入っていなかったことを思い出して。
自室に戻ると、お菓子をテーブルの上において、コーラをさらにその隣において、パソコンに向かった。
パソコンの電源をつけて、自分だけの世界に浸っていく。MMORPGという、架空の世界のファンタジーワールドへ。
トシキを学校へと誘ってくれる友人も知り合いもいない。父も母も、無理して登校させようと何度か、家から引きずり出そうしたが、トシキはもがいてそこら中のものを投げつけて抵抗した。
それ以来、父と母は、特に父はトシキをないものとして扱うようになった。母はまだご飯を作ってくれたりと身の回りの世話を焼いてくれるけれど、それだっていつ、掌をい返されて父のようになるのか分からい。
自分の世界は、この現実世界にはない。
ネットワーク上の、MMORPGの中にあった。
ゲーム画面が起動する。
キャラクターを選んで、メインキャラの魔法士を選んだ。
LVは70で、アナスタシアワールドという、トシキがプレイしているMMORPGではLVカンストである。
セカンドもすでにカンスト。
サードを作ろうか迷っているところに、ピンポンとチャイムが聞こえた。ヘッドフォン越しなので、音は小さかった。
ピンポン。
もう一度聞こえた。
多分、親のクレジットでアマゾンで注文したゲームと攻略本が届いたのだろうと思い、席を立って、トシキはぼさぼさの頭のまま、玄関へ移動した。
そして、扉をあける。
チュンチュンと、雀の鳴く声がやけにうるさかった。
心臓がバクバクと大きな鼓動を打っている。
目の前には鈍く光る包丁があった。
「金だせ小僧」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
トシキは反射的に後ろに下がって悲鳴をあげた。
その瞬間、背中に熱いものがつきたてられた。
刺されたのだ。
そう分かった時には、すでに出血多量でトシキの脈はどんどん弱まっていった。